ミラー! (689)訪問者
転属まであと半月という頃、僕の自宅に医官仲間が集まった。みんなこの僕が意に沿わない転属内示を受けているからだと知っているからだと思う。同じ駐屯地の医官だけではなく、以前勤めていた駐屯地(といっても今度転属するところだけど…)の医官も集まる。ま、仲のいい者たち5名ほどなんだけど。みんなでいろんなもの持ち寄って飲み会。専門的な話もするし、世間話もする。僕よりも上の人もいれば、部隊研修中のものもいる。
「てっきり遠藤君は、希望通り病院勤務になると思ったんだけどな…。なんだかんだいってずっと希望通りやったよね?」
と先輩医官。
そういえばそうだね。ここの方面隊はもともと希望していたところだし、災害派遣海外派遣ができるところへ行きたいと希望していたもの。
「遠藤先輩。上はなに考えてるんでしょうかね?腕の良くない医官を広報に行かせるならまだしも、先輩は常にトップを取っていた優秀な医官じゃないですか。昇任も早いですし…。」
「ほんとほんと。病院に来てほしかったんだけどな。優秀な小児科医だし…。」
みんな僕を励ますために来てくれたんだけど…なんだか落ち込んでくる。
もうそろそろ日が変わりお開きになりそうなころ、ドアフォンがなる。
「先輩、俺でてきます。もしかしたら衛生隊隊長かも。だって結構心配されてましたし。」
と、同じ部隊にいる後輩医官が玄関へ。ドアを開けた時、声をあげる。
「あ、グラドルのあやなちゃん!」
グラドルのあやなちゃんて…?確か美里の後輩?こんな遅くなんだろ。僕は玄関先へ急ぐ。まさしく美里の後輩。もちろん若い男性医官たちは驚くよね。最近よく雑誌のグラビア飾っている子なんだから。
「こんばんは。」
「こんばんは。今奥さん東京だけど?」
「わかってます。ちょうど実家へ帰るので…。お客様ですか?」
「んん。同僚たち。何か用かな?」
「先輩にお届けものを頼まれちゃって…。」
「美里から?聞いてないけど?」
美里の後輩はカバンをがさごそ漁って、忘れてきたかもって一言。変なの。
「忘れてきちゃった…。」
何のために来たのやら…。
「タクシー呼ぼうか?もう遅いし…。」
「いえ、いいです。拾いますから。」
「でもね、このへんタクシーこの時間走ってないよ。ちょっと待ってて呼んであげるから。」
といって僕は携帯を探してタクシー会社へ電話をする。その間に同僚たちは帰って行っちゃったよ。ちょうどキリがいいからって。
タクシーが来るまでの間、外は寒いからと家に上がってもらう。僕は温かいお茶を出した。タクシーが来るまでの沈黙の時間。ほんと長かった。
「ほんとは…先輩からお使いなんて頼まれてません。」
「だろうと思った。美里ならちゃんと報告するし…。何しに来たの?」
「あの…遠藤さんに会いたかったからです。ずっと…私。」
ちょうどその時、ドアフォンがなる。タクシーが到着したみたいだ。
「あの…私、あなたが好きなんです。」
「困るよ。僕は妻も子供もいるし、気持ちは嬉しいけれど、君には全く興味はない。さ、早く家から出て行ってよ。勘違いされたら困るから。あと、もう妻のいない時には来ないでくれる?君の為でもあるし…。」
僕はしょんぼりしている彼女をタクシーの後部座席へ押し込んで見送る。なんでこんな僕がいいんだろう。わけわからないよ。