ミラー! (688)転属の黒幕
転属内示のことを黙っていたのだけれども、どこからともなく知られたみたいで、なんか部下たちはこの僕に気を使っている。
ある日の週末、久しぶりにゆっくり休みが取れたので、芦屋のお祖母ちゃんちへ遊びに行く。ほんと年明けのことがあってから行ってない。そろそろ行かないときっと機嫌を悪くするし…。
お祖母ちゃんの大好きなお菓子を買いこんで、お祖母ちゃんちへ。相変わらず大きなお屋敷に住んでいる。玄関前には大きな車寄せがあって、僕が車を停めると使用人がドアを開けてくれて、車を移動させてくれた。待ってましたのように、お祖母ちゃんがニコニコしながら、僕を出迎える。
「久しぶりね春希。」
僕は手土産を渡して中へ入る。結構いい年なのに、元気なお祖母ちゃん。一時期元気じゃなかったけれど、今年行われる衆議院選挙に春斗が出馬することになっているからか、若返った。さすが元総理大臣。政治家血筋というものだろうか。あと、春斗に五体満足な男の子が生まれたからね。そのことも喜んでいる。
リビングへ招かれると、いつものように弐條家御用達のお菓子とお茶が出てくる。甘いものが好きな僕もちょっと苦手だったりするけれど。苦笑しながら食べてしまうのはいつものこと。
雅美がニコニコしながら息子の瑞貴君を抱いて僕のそばへ。はあ…診察ですか?もちろん順調に首も座って、寝返りもしている。元気そのもの。
「だから、瑞貴君はほんと順調。心配いらないって。」
ま、心配なのはわかるよ。玲奈ちゃんが障害持っているしね。玲奈ちゃんも順調にリハビリをしているので、普通の生活に支障はない。軽い自閉症ってこと。字を書くことはできないけれど少しずつなら読むことができるみたいでほっとした。
「遠藤、お婆様から聞いたわよ。」
「何を?」
「転属なんですって?それも医官らしくないところへ。」
「え?」
なんで雅美が知っているんだろう。それもお祖母ちゃん経由で。関係者ならまだしも、お祖母ちゃんは関係ないだろ?
「まだ内示状態だよ。」
「でも遠藤は佐官だから決定みたいなものでしょ。師団広報ってどういうこと?遠藤にとって栄転じゃないよね?」
「ま、与えられた仕事には従うよ。広報関係って楽しそうだよね。子供も絡んでくるかもしれないし。」
「ほんとあんたは楽天的よね。ま、いいけど…。頑張ってみたら?」
と瑞貴君をあやしながら言った。お茶を飲みながら、色々考えてみた。
そういやお祖母ちゃんは僕の今の仕事、超反対してたっけ…。災害派遣なんて!って…。マジ勝手…。何のために自衛隊にいるかわからないよね。あ…もしかして。黒幕はお祖母ちゃんかも。たぶんそうだ。今の防衛大臣は弐條派の人間だし、前統幕の大叔父さんは、お祖母ちゃんの義弟だし…政界裏ルートか?ったく。それでなくても医官の仕事を減らさせているのも、お祖母ちゃんが黒幕だって噂だし。
お昼はお祖母ちゃんたちと久しぶりにランチ。お祖母ちゃんお気に入りのお店のデリバリーで。
「春希。あなた単身赴任中でしょ。きっといいもの食べてないだろうから、しっかり食べなさいよ。」
とどんどんこの僕へ料理を勧める。
「ところでお祖母ちゃん。なんでこの僕が転属すること知ってるの?まだ内示状態で公表されてないんだけど?」
もちろんお祖母ちゃんはあっけらかんとした表情で答える。
「だって大切な春希を危ないところへ行かせたくないじゃない?広報なら、色々な人に顔を売ることができるし、将来のためにもいいと思うけど?だから色々頼んでおいたのよ。新谷君に。」
やはりか。新谷君って、弐條派の防衛大臣。そういや副大臣も弐條派。重要ポストは最大派閥弐條派で占められている。
新谷防衛大臣は、駆け出しの頃、お祖母ちゃんに大変お世話になったらしくて、お祖母ちゃんに頭が上がらないらしい。
「ちょっと、特別扱いはやめてくれないかな。何のために自衛官しているかわからないよ。ほんとお祖母ちゃんって勝手だよね。自衛隊をなんだと思っているわけ?といっても身内が可愛い頑固なお祖母ちゃんにはわからないか…。僕はね、医者であり自衛官なの。今の仕事に誇りがあるんだから。」
お祖母ちゃんは僕の話をたぶん聞いてない。にこにこしながら食事をしている。ほんと自分に不都合な話は聞かないんだから。
ま、こういう人事になった訳がわかった。ああまた裏で政治家のお坊ちゃんだからって陰口言われるんだろうなあ…。