『舟を編む~私、辞書つくります~』終わっちゃいました(*_*; | わたしの夢はどこに・・・

わたしの夢はどこに・・・

私ってなに?本当にGIDなんだろうか?まだまだ彷徨っています。
その中で多くの方のブログを見させていただいて、いろいろなことを教えていただきました。
このブログは自らの心の整理と、一つの事例として他の方の参考になったらお返しになるかな
と思って開きました。

今週の月曜日(4/21)に放映されて

  『舟を編む~私、辞書つくります~』が終わっちゃいました

2月18日に第1回が放映されてからの全10回

  始まりの時の記事にも書いたのですが

  原作や映画版の時には、馬締目線だったのが

  今回は、途中から加わったみどり目線でした

いろいろな評価があるようですが

  主人公が大きく変わったのに

  原作の想いをしっかりと受け止め、とても素敵なドラマでした

 

お話の素材が辞書ですから、主題が言葉になるのですが

  わたしは元々”言ノ葉”と言うか”言霊”というモノに魅かれるのです

  それは存在するには、認識されるには、それを指し示す

  定義する言葉が必要だから・・・

 

ただ一つの言葉には複数の意味があり

  一つの言葉(読み)に当てはまる文字は複数あったりします

ドラマの中でも出てきますが

  ”愛しい”と書いて、なんて読むでしょうか?

  わたしは、”いとしい”しか知らなかったのですが

  ドラマでも出てきた”かなしい”とも読むのですね!

  さらには試しでググってみたら、”うつくしい”とも読むことを知りました

 

こんどは上でも出てきた

  ”かなしい”という読みには、どのような漢字が当てられるでしょうか?

  先ずはわたしの知らなかった、上の”愛しい”

  でもこの字は通常の漢字変換では出てこないですね(^O^;)

  それで通常は、”悲しい””哀しい”だろうと思います

これらの文字使いの違いには

  ベースの 心が痛み、辛く、切なくなり泣きたい気持ち の上に

  ”哀しい”には”あわれな”

  そして”愛しい”には”いとおしい”気持ちが含まれ

  それぞれのニュアンスが微妙に違うのだろうと思います

 

だからこそ言葉を大切に大事に使っていきたいなと思い

  その時々の自分の想いを出来るだけ正しく伝える言葉を文字を選びたいなと思います

わたしのブログでも

  いろいろな人とお会いした時の記事を何度となく書いています

  その時は、ほとんどの場合”会う”という文字を当てています

  でもある人にだけは”逢う”という文字を使っています(^O^)

 

わたしは、トランスにあたっても自分を現す言葉を探して彷徨いました

  自分を定義することで自分の居場所を意識して

  自分の心を落ち着け、また確固としたものにしていきます

でも定義するには言葉がいります

  言葉を使うということは、ある意味カテゴライズすること

  人によってはカテゴライズを嫌うこともあるかとは思います

  ただわたしは自分を現す言葉に辿り着くまで彷徨うわけですが

  場合によっては自分で言葉を作るか

  語釈を自ら設定して、意味の再定義を行うこともあります

  結果、その意図での使用者がわたし一人であっても(^O^)

 

もう一つ『舟を編む』での視点として

  仕事に向き合う心構えと言うか、生き方について!

 

馬締は、辞書の編集にある意味”命を懸けている”のだと思うし

  本人もそのような意識をしているかどうかは別に

  現実にはいつも言葉を追いかけてしまっています

  それなのに・・・

馬締の妻の香具矢は、夫光也の仕事に対する取り組みを認めながら

  認めるからこそ、もう一度自分の腕を磨くために

  一時光也と離れてでも、京都に行くことを決心します

光也は、離れて”直接に”言葉を交わせなくなることに絶望して

  香具矢が京都に行くことを受け入れられません

  自分は仕事に潜り込んでしまうのに・・・

 

光也の香具矢へのラブレターを読んだことのあるみどり

  あんな愛溢れる手紙の書ける光也と

  その手紙を読み解くことのできる香具矢の間では

  距離は離れていても言葉を通して想いを伝え合えることが出来るはずだ

  と光也を説得します

  ・・・・

 

わたしの自我を構成する大きな二側面

  ジェンダーの問題と自己を表出させたお仕事について

  ”天職と思えたお仕事を、想いの性で全うする”ということを

  全うできたかは若干のためらいはあるものの

  なんとかやり通したかな、とは思っています

それでもトランスの最中には

  ジェンダー問題とお仕事のどちらかを選択しなければいけないとしたら?!

  ということは当時は、時には考えてはいました

その時の私の選択は ・・・・実際には二兎をず~っと追いかけていたのですが

  ほとんどの場合、お仕事でした!

  お仕事を通しての自己実現の方が

  わたしにとっては

  女の子になることよりはより自分を現すことだったのです(^O^;)

多分そういうことが根底にあって

  還暦以降のトランスにもかかわらず

  5年以上に渡ったトランス期間も

  本人としては焦ることもなく

  どちらかと言うと”これでも早いくらい”の感覚でいられたのだと思います