方や顕正会はせんせいの御意思を継ぎ、2028年(令和10年)までに三百万を成し、第三度の一国諌暁に立たせていただかんと一丸となって驀進ばくしんし、今日本にっぽんを独走しております。
 この顕正会の前進ぜんしんだいしょうにんさまこころかなたてまつるがゆえに一人一人が功徳をいただき、ついには一生成仏のだいぶっさせていただけるのであります。
 その抑え難き大歓喜と揺るぎなき大確信だいかくしんが止み難い広宣こうせん流布るふの大情熱につながっているのであります。
 もう、ほんぶつ仏勅ぶっちょくこたたてまつる団体は顕正会以外には断じてないのであります。
 ここに迎えた顕正会原点の月8月は、あさせんせいの激闘をしんに染める中に近く出来しゅったいする『おとぜんしょうそく』講義録の感激かんげきを大勢の同志と語り合い、全員を恋慕渇仰の絶対信ぜったいしんに立たしめ、三百万をにらんだ盤石ばんじゃくなる組織を構築してほしいと強く思っております。
 まことに、今般拝聴した『おとぜんしょうそく』講義の大感動だいかんどうことに尽くせぬものでありました。
 こう最終段階のほうこうをさせていただく私達顕正会員こそ一言一句を心肝に染め、それを身読しんどくしてまいらねばなりません。
 今回拝読したきんげんはこれまでせんせいいくとなく私達に打ち込んでくださったものでありますが、取りも直さずせんせい御自身が66年に及ぶ激闘の最中に身で読まれたものと思うほどに、熱涙ねつるいがしたたりました。
 昭和32年8月の前途多難の発足時、小川に浮かぶ笹の小舟のような妙信講をひきいられたせんせいくらきにともしうみふねおそろしきところにはまぼりとなる」とのおおせをいかなるお心で拝したてまつられたことか。
 あるいは、正系せいけいもんのことごとくが敵対てきたいおちいる中、身を捨ててゆいめい守護に立たれたせんせいが佐渡参詣を決行されたにちみょう殿どのいっしんほとけたてまつらんとほっして、みずかしんみょうしまず」との信心をいかに我が身にてられたことか。
 あるいは、にせかいだん正本堂をかいだんにせんとした細井日達のたばかりを破折するに当たり「御相伝」といつわられたその原本が空から飛来するようにせんせいのお手元に届いた際、えんさんぞうをいかに実感とされたことか。
 あるいは、昭和49年8月12日にゆいめい守護のゆえに死罪に等しい解散処分をこうむった際ためしにはくべからず、ないいちにんなれどもこころつよゆえなるべし」とのきんげんせんせいはいかにめられたことか。
 あるいは、正本堂が崩壊した後「これで安心したら何にもならない」とれよりもいまいちじゅうごうじょうおんこころざしあるべし」きんげんを拝されたせんせいは、いかにゆいめい成就のほうこうに身を捨てるけつを一重強く固められたことか。
 かくして、命尽くまで忠誠ちゅうせいつらぬき通されたせんせいさんちゅうにてともにしそうわはん」すなわち「運命と共に」とのほんぶつの大慈大悲に浴し、そのだいほうえつつねに味わわれておられたものとしてはいするものであります。
 まさしく本講義こそせんせい御自身が本抄を身読しんどくされた実証体験をもとに我等弟子一同にほんぞんを強く信ずる者に行き詰まりは断じてない」との大確信だいかくしんを打ち込んでくださったものに他ならず、その深き御慈愛には熱涙ねつるいきんませんでした。
 最後にせんせい

じょう殿どのには『有縁の弟子』うえ殿どのに『うえけんじん殿どのにちみょう殿どのには『にちみょうしょうにん』とおおくだされた。
 私達も、だいしょうにんさまからお褒めをいただけることを喜びとして一筋ひとすじほうこうつらぬきたい」

どうくださいました。
 ひるがえって思うに、こう前夜に第六天の魔王のだいしょうにより正系せいけいもんのことごとくがゆいめいに違背する中、死罪に等しい解散処分をこうむるとも、ただお一人ゆいめいを死守せられ、また、ざい以来の開目の大運動をもってにちれんだいしょうにんだいおんとくを一国に顕わされたせんせいだいしょうにんさまはいかにお褒めあそばされるのかとおそれながら拝察しては、胸に熱き物がげてまいります。
 かつてせんせいいちにんなれどもこころつよゆえなるべし」きんげんに寄せてかくさけばれました。

 「この戦い、今に至るまで数十年。この間私は一度も弱い心を起こしたことがない。
 ただただだいしょうにんさまこころを見つめ、忠誠ちゅうせいつらぬき通した。
 ゆえにだいしょうにんさまころもをもって覆いくださり、お守りくだされたのである」と。

私、はこのせんせいの重きおおせを夢寐むびにも忘れたことはありません。
 そこに、私達はせいかつや戦いの上でいかなる困難や魔障にはばまれるとも信心のこころざしを重ね、恋慕渇仰の絶対信ぜったいしんでそれを乗り越え、それぞれの立場でほんぞんさまの功徳の実証を顕わしていってこそ初めてせんせいの弟子といえるのであります。
 されば、原点の月8月に当たり、全顕正会員がせんせいの激闘を命に刻む中に『おとぜんしょうそく』講義録の冊子をしんに染め、いよいよ第三度の一国諌暁に向けての盤石ばんじゃくなる体制をととのえてまいろうではありませんか。


令和8年 7月27日 7月度 総幹部会 浅井会長指導

令和8年 7月29日 7月度 男子部班長会 行成総男子部長指導