どうしてこのだいさいなんきたのか、これすなわち仏法ぶっぽうを守る働きを持つ諸天しょてんの力ですね。
 おん元初がんじょ本仏ほんぶつたるにちれんだいしょうにんさまさんだいほうをもって人々をすべて仏になさる。
 このどうをする時に、じゃしゅうぼうどもの煽動せんどうに乗って国主こくしゅも万民もだいしょうにんさまを憎んだんですね。
 一国の者が憎悪の目でだいしょうにんさまを見て「あっ」といってあらゆる悪口をののしりをしている。そして、かわらや石をだいしょうにんさまに投げるというような迫害が続いた。
 そして、立宗より4年目にきょだいしんきたのであります。
 で、人々は「何でこのようなさいなんが続いてこのような嫌なことばかりこるのか」と誰もその原因げんいんが分からないで、ひたすらそこでもってじゃきょうぼうことを聞いたんです。  それが、只今ただいま拝読はいどくしたしかあいだあるいけんそくもんもっぱらにして西さいきょうしゅとな云々うんぬんだいしょうにんさまおおせになっておられまするが、ここでもって、ねんぶつの者はひたすらぶつの名を唱える。あるいはやく如来にょらいやくきょうとうをする。ねんぶつとう、それからてんだいしゅうとうしんごんしゅうとうぜんしゅうとうとこういう姿をだいしょうにんさまはここで次々とおげになる。
 あるいはほんらいの神々をまつってかくかいさいくわだてたりというようなあらゆることをやって「何とかこのさいなんしずめたい」というようなことを人々はやったわけであります。
 そしてさい

もしくはばんみんひゃくしょうあわれみてこくしゅこくさいとくせいおこなう。
 しかりといえどただかんたんくだくのみにしていよいよえきせまり、こっかくあふにんまなこてり。せるしかばねものみし、ならべるかばねはしす」

国主こくしゅさいしょうが『何とかしてこくみんなんを救おう』ということせい最善さいぜんを尽くした。
 しかし、心身を労するだけであっていよいよきんやくびょうが盛んとなった。
 そして『食べ物がほしい』『しょくりょうが欲しい』というじきが目にあふれ、にんが町にあふれた。
 横たわったしかばねが積まれて小高い山のようになっている。そしてたいを並べて橋のようになっているというさんじょうであった」

ということおおせになっておられます。


平成26年 7月8日 浅井先生指導