しかるに、広宣流布前夜の今になって国立戒壇建立の御遺命が正系門家から消え失せてしまったのであります。
まさに、七百年来未だかつてない御遺命破壊という大悪事が起きたのであります。
なぜこのような事が起きたのか。これを仏法の本質から見るならばまさしく第六天の魔王の働きによるのです。
この大宇宙には諸天善神と魔の存在がある。
諸天善神は仏法を守護するが、第六天の魔王は仏法破壊を業としているんですね。
ゆえに、この第六天の魔王は大聖人様の御在世においては良観を始め国中の邪法の僧侶の身に入って大聖人様を憎悪させ、さらに、平左衛門等の国家権力者の身に入って大聖人様の御命を奪わんとした。これが、竜の口の大法難となっているのであります。
しかし、大聖人様の絶大威徳の前には国家権力もひれ伏してしまった。魔が敗退したんですね。
しかし、この第六天の魔王が広宣流布の前夜に手をこまねいてこれを傍観しているという事はないんです。
必ずや、御本仏の御遺命たる国立戒壇建立を妨害するに違いないんです。
そこに、昭和39年以来の御遺命破壊のたばかりがあったのであります。
どのように御遺命が破壊されんとしたか。その実態を知るには私は『この悪事に加わった五人の悪人を見ればわかる』と思っております。
その五人とは池田大作と彼に諂った二人の貫首の細井日達と阿部日顕、さらに、二人の貫首に取り入った寄生虫ともいうべき山崎正友と大草一男であります。この五人ですね。
この五人のうち池田大作はまさしく第六天の魔王その身に入った御遺命破壊の元凶であります。あとの四人は魔の眷属ですね。
池田大作は宗門における最高権力者でした。
八百万学会員を率い、政治権力たる公明党を配下に置き、その権力は宗門を圧伏しておりましたね。圧倒的な力でもって押しつぶしておった。
ゆえに、細井日達以下全僧侶が池田大作の前にひれ伏してしまったんです。その一例を挙げます。
昭和40年10月、正本堂の御供養350億円を集める事に成功した池田大作はその翌月に正本堂建設委員会というのを東京品川の妙光寺で開かせました。
この委員会には細井日達以下宗門首脳僧侶が列席しておりました。
この席で池田大作は管長に次ぐ第二位の地位にあり、また、妙光寺の住職でもある柿沼広澄総監に対し2時間に渡り罵倒を繰り返したんですね。『よくぞここまで悪口が続くものよ』と思うくらい2時間も罵倒した。
全部の僧侶が下を向いてそれをじーっと見ておったんですね。そしてとうとう流会させてしまったんです。
この罵倒の原因は何かといいますと「宗門は自分を法華講総講頭に任命しておきながら待遇も決めずに軽視している。今日の椅子の席の並べ方が気にくわない。もっと尊敬せよ」というのが理由だったんですね。
この面前の罵倒を受けて、その5日後に柿沼広澄総監は辞任してしまった。
一方、宗門においてはさっそく臨時集会を開いて、細井日達も臨席して法華講総講頭の待遇について次のような事を議決しているんです。
1、法華講総講頭は仏法守護の頭領として僧俗こぞって尊敬する事。
2、「行列の場合は仏法守護のために先陣を為す」という事で時の貫首上人より前に立つ。
これは、行列の先頭に立つという事ですが「猊下を守護している」なんて嘘八百を並べ立てて猊下を従えて歩くような姿にしているんです。
3、法要以外の席は猊下に並ぶ。
4、末寺への来寺の通知があった場合は住職は出迎える事。
5、その他の事はこれに準じて尊敬の誠を尽くして対応する事。
こういう事が決議されたんですが大変な事でしょう。
ですから、当時京都平安寺の住職であった阿部日顕は池田大作に諂うあまり車から降りて通る所から門前まで出てきて立ってそこで礼をしてお迎えしたというんです。
それから池田大作が平安寺に来る事を聞くと門の所から本堂までの間の長い距離を赤絨毯を引いて迎えたというんです。
要するに、宗門でこういう馬鹿げた事を決めたわけであります。
かくて、宗門の全僧侶は池田大作にひれ伏してしまったんですね。
いいですか、御遺命を破壊せんとする魔を「仏法守護の頭領」と崇めるなどはまさしく魔を仏と呼ぶようなおかしさでしょう。
しかし、これが第六天の魔王その身に入った者の力なんですね。全宗門をひれ伏させてしまった。
やがて池田大作は御本仏の御遺命たる国立戒壇を「選挙の邪魔になる」といってこれを否定するために偽戒壇正本堂を建てた。
そして、これを時の貫首細井日達に「御遺命の戒壇である」と言わせたんです。
令和元年 8月27日 8月度 総幹部会 浅井先生指導