だが、広宣こうせん流布るふが近くなれば、第六天だいろくてんおうは必ず正系門家を襲って仏法ぶっぽうらんするのですね。
 この大宇宙には仏法ぶっぽうを守護する諸天しょてん善神が存在すると共に、仏法ぶっぽうを破壊しようとする魔の働きもある。
 この魔の働きの中心的存在を「第六天だいろくてんおう」というんです。
 もし広宣こうせん流布るふが達成してこくりつ戒壇かいだんこんりゅうされれば、日本はぶっこくとなり、人々はすべて仏になる。魔はこれをもっとも恐れ憎むんです。
 ゆえに、第六天だいろくてんおうこう前夜の正系門家を必ず狙うんですね。だい聖人しょうにんさまおおせになっておられるでしょう。

 「日蓮にちれん本国ほんこくているに、第六天だいろくてんおうしゃってしょうじゃし、ぜんあくす。あっるとはこれなり。
 日蓮にちれんしゃあらずといえども、第六天だいろくてんおうらんとするにねてのようじんふかければけず」

おおせになっておられまするが、必ず第六天だいろくてんおうというのはだいな時に仏法ぶっぽうを破壊するように出てくるんですね。
 いけだいさくそう学会がっかいの第三代かいちょうに就任したのは昭和35年5月でありました。
 当時の学会がっかいはすでに強大で、権力と財力でしゅうもんを圧伏しておりました。
 第六天だいろくてんおうはその最高権力者いけだいさくの身にって、正系門家の内部からこくりつ戒壇かいだんを捨てさせようとしたのであります。
 天魔その身にいけだいさくはいよいよ政治野心に燃え、公明党を結成し、選挙に狂奔きょうほんした。
 そのうちに彼は『こくりつ戒壇かいだんは選挙に不利をもたらす』ということを深くおもったんですね。これこそ魔がはいったんです。こくりつ戒壇かいだんを否定し始めた。それが、昭和39年でありました。
 さらに彼は大悪心を起こした。
 こくりつ戒壇かいだんを口で否定するだけではなくて「民衆立の戒壇かいだん」と称するにせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうを大石寺に建てることを企んだんです。
 彼はこのにせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうを時のかんに「遺命ゆいめい戒壇かいだん」と承認させようとした。
 時のかん日淳にちじゅん上人しょうにんの跡を継いだほそ日達にったつであった。
 この人は、日淳にちじゅん上人しょうにんの下でしゅういん総監そうかんを務めていた時から学会がっかいにひたすらへつらっておったんですね。
 ゆえに、たちまちにいけだいさく籠絡ろうらくされ、正本堂しょうほんどうを「遺命ゆいめい戒壇かいだん」と認めてしまった。
 これはまさに、いけだいさく遺命ゆいめいを売り渡してしまったことになる。
 そして、昭和41年にはかんみずから「この正本堂しょうほんどうが完成した時にはだい聖人しょうにんの御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無なむ妙法みょうほうれんきょう広宣こうせん流布るふであります」などというデタラメ極まる説法をしております。
 その翌年の昭和42年には、正本堂しょうほんどう発願式ほつがんしきが富士大石寺で行われた。
 席上いけだいさくは時のかんを前にして次のようにべました。
 「正本堂しょうほんどうは末法戒壇かいだんにしてしゅうもん究竟の誓願せいがんこれにぐるはなく、将又はたまた仏教ぶっきょう三千余年、じょう空前くうぜんぎょうなり(正本堂しょうほんどうは末法万年の戒壇かいだんであり、しゅうもん究竟の誓願せいがんこれに過ぎることはない)」とこうい切ったのであります。
 いいですか、しゅうもんにおいてかんは誰人も背けない絶対ぜったいの権威ですよ。
 この絶対ぜったい権威のかんと最高権力者いけだいさくが心を合わせてこくりつ戒壇かいだんを否定して「正本堂しょうほんどうこそ遺命ゆいめい戒壇かいだんである」とこう断定したらば誰人が異議を唱えられましょうか。
 かくて、正系門家からこくりつ戒壇かいだん遺命ゆいめいは消滅し、正本堂しょうほんどうたたえる悪声あくせいのみがこだましたのであります。
 この正本堂しょうほんどう発願式ほつがんしきに参列したしゅうもん高僧ら27人がへつらいのことを当時のしゅうもん機関誌に掲載しております。その一・二をげればこういうことです。
 当時、しゅうもんきょうがくちょうであった阿部あべ信雄しんのう(後の阿部あべ日顕にっけんですが)、彼はこうっておった。
 「宗祖だい聖人しょうにん遺命ゆいめいである正法流布・戒壇かいだんこんりゅうは、本懐ほんかい成就より六百八十数年を経て、現御法主日達上人しょうにん仏法ぶっぽう守護の頭領とうりょう・総講頭いけだいさく先生により、始めてその実現の大光明を顕わさんとしている」と。
 持って回ったい方をしておりますけれども、要するに彼はこういうことっているんです。
 「だい聖人しょうにん遺命ゆいめいたる戒壇かいだんが今いけだいさくにより実現せんとしている」ということっているんですね。
 また、菅野慈雲宗会議長(後の菅野日龍能化でありまするが)、彼はこうった。
 「正本堂しょうほんどうこんりゅうは即ち戒壇かいだんであり、広宣こうせん流布るふを意味するものであります。このぎょうこそ、しゅうもん有史以来の念願であり、だい聖人しょうにん遺命ゆいめいであり、日興にっこう上人しょうにんより代々の御法主上人しょうにんの御祈念せられて来た重大なる念願ねんがんであります」との一文が麗々れいれいしくしゅうもん機関誌に掲載されて、以下27人も同じようなことを述べている。
 どうしたらこのような見え透いた嘘、へつらい、敵対てきたいの悪言が吐けるのか。これらの僧侶にはしんじんがないんです。だから、彼らはだい聖人しょうにんさまの御眼を恐れない。
 そして、一般しんも無智であり、ここに、正系門家からこくりつ戒壇かいだん遺命ゆいめいは完全に消えせてしまったのであります。


平成30年  8月1日 二百万達成記念総幹部会 浅井先生指導