末法の御本仏日蓮大聖人は御入滅の年の弘安5年9月に出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊を二祖日興上人に付嘱され「広宣流布の時至れば富士山に本門戒壇を建立せよ」と命じ給うた。これが御遺命であります。
この事は『一期弘法付嘱書』に赫々明々であり、さらに『三大秘法抄』にはこの本門戒壇の建立についていかなる時、いかなる手続きをもって、いかなる場所に建てるべきかを具さに定めて下さいました。
すなわち、建立の時については日本一同が日蓮大聖人を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉る広宣流布の時。
手続きは、本門戒壇の大御本尊を守護し奉るとの国家意思の表明。
この事を『三大秘法抄』には「勅宣並びに御教書を申し下して」仰せられる。これが、国家意思の表明であります。
そして場所は『三大秘法抄』には「霊山浄土に似たらん最勝の地」と仰せられておりまするが、日興上人の御付嘱状に「富士山に」と定められている。
さらに、日興上人は富士山の中にも南麓(南のすそ野)の天生原と特定されております。
以上の事を約言すれば、まさしく御遺命の本門戒壇とは「広宣流布の時、国家意思の表明をもって、富士山天生原に建立される戒壇」であります。
この本門戒壇を正系門家においては「事の戒壇」といい、また、国家意思の表明を必要手続きとするゆえに「国立戒壇」と呼称してきたのであります。
もしこの国立戒壇に日蓮大聖人の御魂たる本門戒壇の大御本尊が奉安されれば、日本国の魂は日蓮大聖人となる。
御本仏を魂とする国はまさしく仏国ではないか。
仏国は盤石のごとく安泰となる。立正安国とはまさにこの事であります。
さらに、世界の人々がこの本門戒壇の大御本尊を信ずるに至れば、地球上が仏国土になる。
この時、地球上から戦争・飢餓・疫病等の三災は消滅し、全世界の人々が心ゆくまでお題目を唱え、一生のうちに成仏を遂げる事が叶う。
ゆえに『教行証御書』には
「前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生仏になるべき事こそ有難けれ有難けれ」
「日本に広宣流布して国立戒壇が建立されて、次に、インド・中国・全世界に流布して、全世界の一切衆生が仏になるべき事こそ有難けれ有難けれ」
と仰せられる。これが、大聖人様の究極の大願であられる。
そして、これを実現する鍵こそが日本における国立戒壇建立であります。
ゆえに、大聖人様はこれを唯一の御遺命とされ、正系門家においては第二祖・日興上人、第三祖・日目上人以来七百年、この国立戒壇建立を唯一の宿願としてきたのであります。
歴代先師上人が国立戒壇を熱願しておられたその文証を2,3挙げます。
第二十六世日寛上人は
「事の戒壇とは、則ち富士山天母原に戒壇堂を建立するなり」
と仰せになっておられる。
これは、場所に約して御遺命の戒壇を仰せられている。
第六十四世日昇上人は
「国立戒壇の建立を待ちて六百七十余年、今日に至れり。国立戒壇こそ本宗の宿願なり」
と仰せられる。
第六十五世日淳上人は
「蓮祖は国立戒壇を本願とせられ、これを『事の戒壇』と称せられた」
「この元朝勤行とても、二祖日興上人が宗祖大聖人の御遺命を奉じて国立戒壇を念願されての広宣流布祈願の勤行を伝えたものであります」
と仰せられる。
後に池田大作に与して国立戒壇を否定したあの六十六世細井日達貫首にしても、登座直後においては歴代先師上人と全く同じように正論を述べておりました。
「富士山に国立戒壇を建立せんとするのが日蓮正宗の使命である」と。
いや、池田大作すら第六天の魔王がその身に入る前には正論を述べていた。
「国立戒壇の建立こそ悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の宿願であり、また、創価学会の唯一の大目的なのであります」と。
このように、国立戒壇の建立は正系門家富士大石寺の唯一の宿願であり、これに異を唱える者は一人もなかった。
平成30年 8月1日 二百万達成記念総幹部会 浅井先生指導