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純潔のマリア


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 研究者必読マンガ「もやしもん 」の作者の新作。「純潔のマリア 」。中世ヨーロッパの魔女狩り を背景にしたファンタジー。おもしろいです。ちょっと「ピルグリム・イェーガー 」風味。まあ、同じ中世ヨーロッパで魔女でキリスト教だから。


 「己の幸福と世界の幸福 そなたの天秤で計るがいい」

鉄をばらまけ!?

今日のScienceに、「海洋酸性化が植物プランクトンの鉄利用を妨げる」という記事がでました(DOI: 10.1126/science.1186151)。これについてちょっと考察。


1.海洋酸性化?

 大気中の二酸化炭素の濃度が増加すると、海水に移行する二酸化炭素も増加します。炭「酸」ですので、海水は酸性化する方向に働きます。 貝やサンゴや有孔虫といった炭酸カルシウムの殻を持つ生物は、殻を作り維持するのが難しくなるので、海の生態系に大きな影響を与える危険性があります。

 詳しくは環境研究所のHP を。


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図1:ここ300年間での海水のpHの変化。全海域で酸性化が進行、特に北大西洋で度合いが大きい。wikipedia英語版 より。



2・鉄?

 植物の生育にはいろいろな栄養素が必要になります。陸上植物では窒素・リン・カリウムの3大栄養素がよく知られています。これは海の植物プランクトンも同じなのですが、特に陸から遠い海域では、それらの栄養素はまだまだ残っているのにプランクトンは増えない、という現象が見られました。よく調べてみると、それらの海域では鉄がまったくと言っていいほど海水中に見られなかったのです。

 鉄を必要としない生物はありませんので、陸から遠い海洋では、鉄不足が生物の増殖を制限しているのではないか、ということが分かってきました。鉄は地球で4番目に多い元素なのですが、鉄イオンは酸素存在下ではあっという間に酸化鉄や水酸化鉄(水に溶けない)になってしまい、海底に沈んでいってしまう性質があるからです。生物は普通、海水に溶けた状態の鉄しか利用できません。

 実際、世界各地で海水に鉄を散布する実験がされていて、多くが鉄散布によって植物プランクトンが爆発的に増加したという結果を残しています。


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図2:北太平洋の8×10kmの海域に、4ナノモルの鉄(25mプールに耳かき一杯分の硫酸鉄に相当)を散布した場合のCO2・クロロフィル・硝酸塩の濃度変化。青が鉄散布区、赤が対照区。

鉄散布区で、CO2が減少しクロロフィルが増加したことは、植物プランクトン増加による光合成の活発化を示す。また、硝酸塩濃度の減少は、栄養素である窒素がプランクトン増加により消費されたことを示す。北海道区水産研究所生物環境研究室より。


 このように、鉄濃度は植物プランクトン増殖に大きな影響を与えます。それが、海洋酸性化が進むと鉄が沈殿しやすくなるため、プランクトンが利用できる鉄の量が減少することになるのです。これは生態系の変化をもたらしますし、二酸化炭素固定量の低下につながるかもしれません、


3・鉄をばらまけ?!

 だったら海水に鉄をばらまいてやればいいじゃないか、という話があります。何しろ、プールに耳かき一杯の鉄で8×10kmの海域をカバーできるのです。タンカー1隻分の鉄があれば全海域を十分にカバーできることになります。

 しかし、問題はいろいろあります。

○鉄散布実験では、増加したプランクトンは特定の種類に限られました。特定のプランクトンばかり増えるのは、かえって生態系の混乱をもたらします。一歩間違えると赤潮・青潮と同様のことになりかねません。

○二酸化炭素固定の観点からは、二酸化炭素を吸収した植物プランクトンが海底に沈降しないといけません。しかし、実際に測定してみると、鉄散布でプランクトンが増加しても沈降量の増加は見られないという報告があります(海と環境 、日本海洋学会)。プランクトンが増えるとそれを餌にする動物が増え、またそれを餌にする動物が増え・・・と、海面近くでの循環が加速するだけで固定にならないのではないかと考えられます。そのあたり、硬い木質を作り炭素を固定できる陸上植物とは違います。


 なかなか特効薬というものはない、ということでしょうか。



スヴァンテ・アレニウス①

さまようブログ (wikipediaより)
スヴァンテ・アレニウス (Svante August Arrhenius) 1859~1927、スウェーデン

大気中の二酸化炭素濃度が地球の気候を左右しうることを発見。「気候変動研究の先駆者」


 多くの点でアレニウスこそが現代までつながる気候変動研究の先駆者と言っていいでしょう。鉛筆と紙による計算で、「もし地球大気の二酸化炭素濃度が倍増すれば、平均気温は5~6℃上昇するだろう」と、現代のコンピューターを駆使した計算に近い結論を導き出しました。さらに一歩進んで、人間活動により放出される二酸化炭素により平均気温が上昇するのではないか、との推測まで打ちたてました。

 人類活動は地球の気候すら左右しうるようになったのではないか、という新しい概念に、ついに到達した瞬間と言えるかもしれません。


 アレニウスは、多くの分野に通じた化学者かつ物理学者です。最も有名なのは彼の名を冠した「アレニウスの定義 」でしょう。「酸はH+、アルカリはOH-」と、中学校の理科で習うと思いますが、酸とアルカリの定義をしたのがアレニウスで、この業績により1903年にノーベル化学賞を受賞 しています。また、アレニウスの式 と言われる、化学反応の速度を予測する計算法もアレニウスの業績です。現代化学の基礎を築いた人物と言っていいでしょう。

 そんな偉人・アレニウスですが、結婚からわずか2年後の1896年に離婚を経験します。理由は分かりませんが、前年に産まれたばかりの長男の親権を失っていることから考えると、アレニウスに何か問題があったのかもしれません。

 失意のアレニウスは、それを忘れるかのようにある研究に没頭しました。フーリエチンダル 、その他の学者たちによって可能性が示唆されていた二酸化炭素の地球の気候への寄与を、ひたすらに計算したのです。当時はコンピューターなどありません。計算は全て手作業でした。

 地球を緯度帯ごとに分けて、それぞれについて太陽からの入射と地球からの放射を計算し、すべてについて二酸化炭素や水蒸気の温室効果やその他の挙動を計算していくという、気の遠くなるような作業を続けたのです。ものすごい根気が必要な割には、報われるかどうかわからない作業!

 そして1896年(離婚の同年です)、"On the influence of carbonic acid in the air upon the temperature of the ground (pdf開きます)"を書き上げます。「大気中の炭酸が地表の温度に与える影響について」くらいの訳になるでしょうか。これにより、二酸化炭素の変化が気候に大きく影響することが定量的に示されました。地球温暖化や温室効果を説明する際、下のような図がよく出てきますが、その基礎を作ったのがアレニウスと言っていいでしょう。


さまようブログ wikipediaより

地球と宇宙の熱収支。この図に出てくる数値を定量的に求めた最初の人物がアレニウスだと考えてよい。



 これほどの労作ですが、発表当時は全くと言っていいほど受け入れられませんでした。あらゆる意味で、この研究は世に出るのが早すぎたのです。

 次回に続きます。

タイムスケール

 気候変動問題―というより地球科学―を考えるとき重要なのが「タイムスケール」。私たちは今、どんな物差しで物事を考えようとしているのか、常に認識しておく必要があります。

 現在知られている、過去の地球の気温変化を列挙してみました。なお、グラフは全てGlobal warming art のHPから引用しました。


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図1:過去30の世界平均気温変化



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図2:過去130間の世界平均気温変化。1950~1980年ごろの低温が目立つが、全体として気温が上昇傾向にあることは間違いなさそう。

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図3:過去2000間の気温変化。線が複数あるのは、再現に用いたデータが複数あるため。いずれの再現でも、中世の温暖期近世の小氷期 が目立つ。が、何より20世紀後半からの急上昇が特徴的。



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図4:過去1万2千年の気温変化。これも複数のデータがあるため線が複数ある。黒線が平均。1万年前の氷期からの急速な回復と、8千年前ごろの温暖期(完新世の気候最適期 )が目に付く。このスケールになると、現代の温暖化は小さすぎて見えにくくなる。


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図5:過去45万年の気温変化。EPICAVostok とは南極氷床のアイスコア 採取地点の地名。すなわち、このグラフについては世界平均気温ではなく南極の2地点の気温変化を示す。が、当然、地球平均気温と相関があるであろう。赤線は南極氷床の推定量。数万年~十数万年程度のサイクルで、長く不安定な低温期と短時間で急速な温暖化が繰り返していることが分かる。「ノコギリの歯のよう」とよく例えられる。

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図6:過去550万年の気温変化。このスケールで見ると、地球は徐々に寒冷化しているのが分かる。また、この100万年間程度は、気候の変動が極めて大きいことも読み取れる。


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図7:過去6,500万年の気温変化。特に目立つのは3,500万年前~6,500万年前にかけての高温期。現在の気温より平均で12℃も高温 であることが分かる。なお、このころには北極にも南極にも氷はなく、海面は今から100mも高かったとされる。このスケールになるとプレートテクトニクスによる大陸配置の変化も気候に大きな影響を与える(極地に大陸があるかどうかは地球全体の気候を左右する要素となる)。

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図8:過去5億5千万年の酸素同位体比変動(気温変動と一致する)。下の青いバーは、極地に氷床があった時代(厳密な意味での氷河期 )を示す。長い地球史では、現代のように極地に氷がある時代のほうが珍しい。一方、このスケールからははみ出すが、過去に地球は赤道まで完全に凍りついた時代(スノーボールアース )があったこともほぼ確実とされる。

 

 図1から図8まで並べてみると、何というか、クラクラしてきます。いまさら言うまでもないのですが、現在の地球温暖化問題は何とちっぽけな事か!とはいえ、地球史ではちっぽけでも人類にとっては全くちっぽけではないわけです。

 例えば図1を見て、「温暖化は止まっている」ように見える(と考える人がいる)のですが、科学者たちは数年の変動を問題にしているわけではありません。人類史上、数年単位の気温の変動は常に存在し、それに人類は対応してきました。

 図5~図8を見て、「過去の地球にはもっと温暖な時代があった、だから温暖化はたいした問題ではない」と思う人もいるかもしれませんが、科学者たちは数万年単位の長いオーダーを問題にしているわけではありません。現代科学は100年以上も先の気候を見通すだけの力はありません。そもそも、数百年数千年先には、文明はもっとスマートに気候変動に対処できるか、滅んでいるかのどちらかでしょう。

 現在問題となっている地球温暖化は、数年単位でもなく、数百年単位でもなく、数十年単位の問題である。この視点を忘れてはいけないと思います。


 図5を見れば分かりやすいのですが、地球の気温は激しく上下してきました。この1万年間は、平均気温の変動は±0.5℃程度に収まっていて、例外的なほど地球の気温は安定していました。その安定に助けられ、人類は文明を発達させることができたのかもしれません。

 今後数十年のうちに、文明は初めて数℃規模の変動を経験する公算が高くなっています。

ジョン・チンダル


さまようブログ (wikipedia英語版より)
ジョン・チンダル (John Tyndall) 1820~1893、イギリス

二酸化炭素などいくつかのガスが温室効果を持つことを実験的に確認


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 八幡浜市大島方面を望む


 チンダルといえばチンダル現象 。媒質中に粒子(この写真の場合はおそらく細かい水滴)が分散しているとき、光の経路が見える現象のことです。上の写真のように、雲間から差し込む光の経路が見える現象もチンダル現象の一例です。

 チンダル現象の発見者であり、名前の由来ともなったチンダルですが、彼がフーリエが提唱した温室効果を実験的に確かめた人物です。

 フーリエは地球大気の温室効果を理論的に予測しました が、当時の科学者の多くは「大気は赤外線に対して透明だ(=温室効果は存在しない)」と考えていました。そこでチンダルは実験してみることにしたのです。

 
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(wikipedia英語版 より)

 チンダルは、上の図の実験装置を組み立て、ガスがどの程度赤外線を吸収するのか測定しました。

 当時、すでに大気の主成分は窒素と酸素から成ることが知られていたので、窒素と酸素の温室効果を分析したところ、この2つのガスには温室効果は全くないという結論が得られました。

 フーリエは間違いだったのだろうか?チンダルはそう疑いつつ、たまたま手近にあった石炭ガス(≒メタン)を試してみました。すると、石炭ガスには顕著な温室効果があることが確認されたのです。

 チンダルは勢いづき、多くのガスを分析していきました。その結果、チンダルの実験の100年前に発見された二酸化炭素にも、強い温室効果があることを確認しました。また、水蒸気などにも温室効果があることも確認しました

 いくつかのガスは温室効果を確かに持つ。このことが発表されたのは1865年。フーリエの死後30年以上が経過していました。


 ところで、チンダルは、二酸化炭素に温室効果があることは認めつつも、これが地球の環境に決定的な影響を与えうることまでは認識していませんでした。なにしろ、地球の大気には二酸化炭素は1万分の2~1万分の3程度しか含まれていないのです。「(水蒸気は)イングランドの植物にとって、人間にとっての毛布よりも重要な毛布である」と書き残しており、むしろ水蒸気の温室効果の重要さを強く認識していたことが分かります。これは全く正しく、温室効果に対する寄与は、全気体中で水蒸気が最大です。

 ですが、実は二酸化炭素も決して無視できるものではありませんでした。二酸化炭素もまた地球環境に重大な影響を与えることを理解されるのは、チンダルの発見からさらに30年後になります。

 チンダルの報告の30年後、二酸化炭素の温室効果について正確に計算した、「気候変動研究の先駆者」が登場することになります。