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スヴァンテ・アレニウス②

 大気中の二酸化炭素濃度が地球の気候に大きな影響を与えうる―。この結論は、発表当初あまり注目されませんでした。

・気候に影響を与える要素を、あまりにも単純化しすぎている。例えば、温度変化によって海流が変化するし、大気循環も変化するが、それらを全く考慮していない。

チンダルの実験 で、パイプの中の二酸化炭素濃度を2倍にしても、検出器に届く赤外線はほとんど変化しなかった。これは、大気中の二酸化炭素がすでに赤外線を吸収しつくしている(飽和している)ことを示す。二酸化炭素に温室効果があったとしても、濃度が増えたところでそれ以上赤外線を吸収する余地がなく、温度上昇にもつながらない。

大気中の二酸化炭素量に比べると、海水中や鉱物中の二酸化炭素が圧倒的に多いので、大気中の二酸化炭素の濃度が変化しても海水や鉱物が吸収・放出して調整されるだろう。つまり、大気中の二酸化炭素濃度が大きく変化することはありえないであろう。

 などの反論がなされました(これらの反論は現在ではおおむね否定されていますが、温暖化は間違いだとする人たちから類似の主張がされることがあります。)

 そして、アレニウス自身もそう考えていたのですが、

・仮に人間活動が大気中の二酸化炭素濃度を上昇させ、それにより温暖化が進むとして、何か悪いことがあるのだろうか?

・人間活動によって二酸化炭素濃度が増加していくとしても、その影響が出てくるまでに数百年、数千年はかかるだろう。

 という意見がありました。アレニウスは北欧スウェーデン人です。当時の科学者たちの多くは冷涼なヨーロッパに住む人たちです。暖かくなってメリットこそあれデメリットが何かあるでしょうか?

 また、当時の西洋文明は急速に発展してはいましたが、現在の文明に比べるとまだまだかわいいもので、巨大な地球の気候を左右しうるほどに急成長することはないだろう、とも考えられていました。


 アレニウスが導き出した「二酸化炭素が地球環境に影響を与えうる」という結論が正しいのかどうかはとりあえず置いておこう。たとえ正しいとしても、それで不都合は何もないではないか―。

 こうして、アレニウスの理論は人々から忘れ去られていきました。人々がアレニウスを思い出すのは、第2次世界大戦後、人類が空前の経済成長と人口増を経験する時期まで待たなければなりません。 人類活動が地球全体の環境に決定的な変化をもたらしていることが明らかになるのは、1950年代のことになります。

2010年1月の気温



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 NOAAによると 、2010年1月は20世紀の1月平均気温に対し+0.60℃を記録しました。これは観測史上第4位の高温となります。

熱帯雨林がCO2を放出?

 熱帯雨林がCO2を吸収するのではなく、放出しているというニュースが流れました。これはいったいどういうことでしょう、前の記事でちょっと触れたように、植物は二酸化炭素の固定を行うのではなかったでしょうか?


 植物は光合成を行って二酸化炭素を糖に変換することで、CO2を固定しています。


6CO2 + 6H2O → C6H12O6 +6O2


 一方、植物は光合成だけでなく呼吸もします。私たちと同じように、酸素をCO2に変えています。


C6H12O6 + 6 O2 → 6 CO2 + 6 H2O


 したがって、光合成により固定するCO2と呼吸により放出されるCO2が同量なら、大気中のCO2濃度は増えも減りもしません。森林がCO2を吸収するためには、光合成が呼吸を上回る必要がまずあります。

 しかし、記事では、周囲で発生する森林火災による煙が太陽光をさえぎり、光合成効率が著しく低下しているとされます。これではCO2固定へ減少します。

 また、植物はいずれ枯死します(落葉なども含みます)。枯死した植物のたどる運命は2つ。微生物により分解されCO2として大気に戻ってしまうか、分解をまぬがれ最終的には石炭などとして固定されるか。当然、微生物による分解が活発になるほど森林がCO2を固定する量が減ってしまいます。現在、気温上昇傾向や森林の乾燥化により、土壌中の微生物の活動が活発化する傾向が見られます。これによって、今まで地中に蓄えられていた植物の分解も活発化し、CO2放出量が増加していると示唆されています。

 これらの効果を加算して、森林全体のCO2固定量が決定されます。下図は、環境研究所による、日本の森林の年間のCO2固定量を示しています。森林があるだけて常にCO2固定しているわけではありません。




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図1:日本のCO2固定量。西日本ではCO2固定側に、北日本ではCO2放出側に働いている傾向がある。ここでは森林に限らず農地なども含まれている。



 じゃあCO2放出側の、例えば北海道の森林を伐採すればCO2は減少するのか、と思った人、大間違いです。これまで考えてきた森林のCO2吸収や放出は、いわばフローにあたり、ストックの事を考慮していない議論なのです。

 例えば、若木ばかりの森林を考えます。若木は成長が活発でCO2をどんどん固定していくので、年間のCO2固定量はかなり大きくなります。逆に、老木ばかりの森林は、成長は止まり光合成も鈍化するので、年間のCO2固定量は小さくなり、倒木の増加などによりCO2放出は逆に増加します。

 しかし、森林全体にストックされているCO2の量はどちらが多いかというと、一本一本の木が大きく、足元は腐葉土に覆われたような古い森林のほうが圧倒的に多いわけです。今この瞬間にCO2固定量が多いかどうかも重要ですが、森林がすでに固定しているCO2の量はさらに重要です。下の図が分かりやすいでしょうか。




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図2:広葉樹林とカラマツ林の、林齢とCO2吸収量・貯蔵量の比較。齢が増すほどCO2吸収量は減るものの、CO2貯蔵量は増加する。北海道庁HPより。


 年間のCO2固定量が少ないから、CO2放出側に偏っているから、この森林は良いとか悪いとか、そんなことは言えないのです。

 今回の記事は、熱帯林が温暖化に悪影響を与えるとか、日本の森林のほうがCO2固定に役立っているとか、そういうことを言っているわけではありません。熱帯林の環境悪化により、本来森林が持つCO2固定力が低下していて、それを取り戻すためには環境改善が必要だと主張している、という趣旨にまとめられると思います。

 さらには、無理な乱開発も手伝い、森林の土壌の深くに形成されていた泥炭層(もともとは植物、さらに時間が経過すると石炭に変化する)で火災が発生していることが報告されています。泥炭火災は想像以上に深刻なことが近年分かってきていて、この記事によると、泥炭火災により発生するCO2は日本で排出されるCO2すら上回るとの試算がされています。今回の記事の元になった報告の著者の大崎先生も、泥炭火災への警告を発しています。

http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/115.html

 この対策も現在重要課題となっています。





まだまだ足りない

 去年コペンハーゲンで開催されたCOP15、各国別に排出目標を設定するということ(になっていました。

 そして先日、主要な国々の排出目標が発表されました。結果がこちら 。そして、new scientist社がこの結果をまとめています。

http://www.newscientist.com/article/mg20527462.900-new-un-emissions-pledges-still-stack-up-to-35c.html


 これによると、各国のこの程度の削減目標量では、目標とされる「産業革命以前に対し+2℃以内の気温上昇にとどめる」ことは到底不可能で、平均で3.5℃の気温上昇があると予想されています。これは、IPCCの将来予想のモデルの中で最悪とされるA2シナリオに近い値です

 A2シナリオ:世界の各地域が固有の文化を重んじ、多様な社会構造や政治構造を構築していくことによって、世界の経済や政治がブロック化していくことを仮定している。このような社会では、国や地域の間に常に緊張関係が生じ、国際的な貿易や人の移動、技術の移転が制限される。このため経済発展は遅れ、一人当たり所得も2050 年で7 千ドル程度と伸び悩む。途上国の出生率は下がらず、来世紀末の人口は150 億人に達してしまう。地域間の自然資源や資産の格差は、地域間の所得格差をますます拡大させる。資源の少ない地域では技術開発への投資が加速されるが、経済成長が低めであるため一般的に技術革新は遅れ気味となる。環境への関心は相対的に低く、地域的な環境問題の深刻化のみが環境対策の動機づけとなる。

環境省HPより抜粋。

http://www.env.go.jp/earth/report/h13-01/h13-01-5.pdf


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 3.5℃上昇の場合の予想される被害は上図の通りです(環境省訳IPCC報告書より)。3.5℃上昇の世界はなかなか壮絶です。おそらく全ての作物の収量減少(品種改良による耐暑性獲得などの技術的進歩はここでは考慮していません)、広範囲におよぶ生態系の破壊などは、かなり差し迫った危機です。温室効果ガス抑制へのさらなる高い意識が必要ということでしょう。

ヒマラヤ氷河

 21日のブログ でヒマラヤ氷河が消滅する時期に関するIPCCの報告書は誤りだった、という記事を書きました。

 それに関連するニュース がつい最近出ました。ヒマラヤ氷河は、重力観測データから470億トン/年の早さで融解している、とのことです。元論文は

http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~heki/pdf/MatsuoHeki_EPSL.pdf

http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~heki/pdf/MatsuoHeki_EPSL_J.pdf

のようです。

 まだしっかり読んだわけではないですが、氷河(氷床)の総体的な変化を追跡するのはやはり重力観測がいいのでしょうか。南極の氷床 も同様の方法で算出していますし。