アラスカの氷河
氷河ネタが続きます。昨日、南極の氷の話を書きましたが、今日はアラスカ。
「アラスカの氷河の融解速度の見積もりは過剰だった」というニュースが流れました。
http://www.sciencedaily.com/releases/2010/03/100302123124.htm
元になったCNRSの報告は
http://www2.cnrs.fr/en/1692.htm
のようです。
今までの計算では、過去40年間、アラスカ氷河の融解は0.17mm/年の海面上昇に寄与しているとされていました。しかし今回の報告では、これは過剰な見積もりであり、実際には0.12mm/年程度ではないか、とのことだそうです。
なぜ過剰に見積もられていたのかについては、
・砕けた岩に覆われている氷河があり、これらは日射からさえぎられるため融解も遅くなることが、従来の研究では加味せあれていなかった。
・これまでの研究では限られた数の氷河のデータに基づき計算していた
が挙げられています。
もちろん、これらはアラスカ氷河の融解が進行していることを否定するものではありません。アラスカ氷河は最大で10m/年も薄くなっています。1990年以降、融解は加速していて、1990年以降に限れば0.25~0.3mm/年の海面上昇寄与があることも報告されています。
アラスカ・ベア氷河の写真。左が1986年、右が2002年。2002年には、右上の氷河湖に氷が多数浮いているのが確認できる。氷河が急速に溶けつつあることを示す。ベア氷河は0.75m/年のスピードで薄くなっている。NASAより。
http://landsat.gsfc.nasa.gov/pdf_archive/bear_glacier_4web.pdf
融けゆく南極氷床
南極の氷も融解が加速しているらしい、ということを前に書きました が、実際、巨大氷山が南極から分離するというできごとが近年多く見られます。
ナショナルジオグラフィックの記事 によると、B9Bという、佐賀県よりやや大きいくらいの面積の氷山が、約1ヵ月後にはメルツ氷河の氷舌(氷河が海岸線から突き出した部分)に衝突し、この氷舌を破壊することになる、とのことです。
記事の写真は1月7日のものですが、2月20日の写真と並べて掲載します。衝突の様子がよく分かります。
(science daily
より)
B9B自体はずいぶん前に氷山として大陸から切り離されていますし、氷舌もすでに海面に浮いている部分なので、これによって即、海面上昇するようなことはありません。
しかし、ラーセンB棚氷 の崩壊(2002年、鳥取県と同じくらいの面積)、ウィルキンス棚氷 の崩壊(2008年に崩壊開始、近いうちに四国の3分の2ほどの氷が消失する)など、氷床の融解加速を示唆する事例があります。パイン島氷河消失の見込み、という記事も以前紹介しました 。
海の氷は、南極大陸から南極海に流れ込む氷河を押し留める「栓」の役割を果たしています。栓が失われることで、南極氷床の流出の危険性は増します。
2010.03.08追記
NASAのページに特集が出ていました。下のリンク先ページが見やすいです。
チリ地震の影響
・地球の自転速度が変化
http://www.nasa.gov/topics/earth/features/earth-20100301.html
地球の1日が1.26マイクロ秒(=100万分の1.26秒)短くなり、地球の対称軸(だいたい地軸と同じ)が2.7ミリ秒(=1000万分の7.5度)傾いたとのこと。
・断層変位は長さ500km・変位量8mに達する
http://scienceportal.jp/news/daily/1003/1003021.html
イメージとしては、海底が長さ500kmにわたって8mほど跳ね上がった、と捉えてもらっていいです。
なお、兵庫県南部地震では、長さ40km・変位量2m。今回のチリ地震の桁外れの大きさが分かります。
ちなみに2004年のスマトラ沖地震は、長さ400km・変位量20m。観測史上最大の1960年チリ地震は、長さ800km・変位量24m。恐ろしい。
四万十帯に便利
のHPより。この図のチリ地震は1960年チリ地震のものです。
・チリワインに被害
http://yuyay.blog.shinobi.jp/Entry/299/
チリワイン通販専門 ショップ&ポータル ユヤイ さんのHPによると、チリ全体で最大2億リットルが失われ、モンテスでは高級ワインの20%以上が失われた、とのこと。ああ・・・。
前の記事 にも書きましたが、モンテス好きなのです。
・帰宅早すぎ
http://www.asahi.com/national/update/0302/TKY201003020243.html
あれだけしつこく「津波は第1波が最大になるとは限らず、むしろ第2波第3波のほうが大きくなることも多い」とテレビでもラジオでも連呼してもなお、「行政からの情報提供をめぐって課題が浮かび上がった」となるのは、さすがにちょっと解せない。あれ以上どうやって注意を喚起しろと。
ミルティン・ミランコビッチ①
(ベルグラード大学図書館
)
ミルティン・ミランコビッチ(Milutin Milanković) 1879~1958、セルビア
ミランコビッチ・サイクルの提唱
これまでの研究者列伝は温室効果の研究史と言ってもよかったのですが、ここで一度脇道にそれます。
19世紀ごろ、どうやら過去の地球には氷河が今よりもはるかに発達していた時期があったらしい、と分かってきました。氷期 の発見です。しかも、氷期は繰り返し発生していたらしいことも分かってきていました。
近い将来また氷期が訪れるのではないかという疑問もあり、氷期がなぜ生じるのかとういう研究が盛んにされていました。ミランコビッチも、それを解明しようと研究をしていました。
まず、どのような条件で氷河は発達するのでしょうか?ミランコビッチ以下の仮説を立てました。
・冬の寒さよりも夏の涼しさが重要である。氷点下数十℃にもなるような冬に気温が少々上昇しても氷河が溶けるスピードにさほど影響は出ないだろう。一方、夏は、わずかな気温変化でも溶ける氷河の量は大きく変化するだろう。夏涼しいことが氷河の成長に欠かせないのではないか。
・氷期には主に北半球の高緯度地域で氷河が発達した。ならば、北半球高緯度の夏の気温が重要な要素であろう。
・したがって、北半球高緯度地域の夏の日射量変化が氷期の最大の要因なのではないか。
さて、この仮説が正しいとして、北半球高緯度地域の夏の日射量を決めるものは何なのでしょうか。
当時、地球の運動については相当に詳しく理解されていて、地球の自転や公転は一定ではないことがすでに分かっていました。それらが組み合わさって日射に影響を与えているのではないか、とミランコビッチは考えました。地球の運動で、日射に影響を与えそうな要素は3つ。
1.自転軸の傾き
2.歳差運動
3.離心率の変化
これらの要素が複合的に働いていると考え、その変動を元に北半球高緯度地域に届く入射を計算したのです。後年、ミランコビッチの計算は正しかったことが認められ、入射の変動は彼の名を冠して「ミランコビッチ・サイクル 」と名づけられたのです。
さて、ミランコビッチサイクルとは何か。ここでは、ミランコビッチの頃にはわかっていなかったことも合わせて説明します。
1.自転軸の傾き
地球の自転軸(地軸)は傾いています。現在は23.4°傾いています。しかし、いつでも23.4°ではありません。おきあがりこぼしのように、立ったり寝たりしています。
wikipediaより
最も立っているときは22.1°、最も寝ているときは24.5°。現在はちょうどその中間あたり。
地軸が寝ているとき、緯度の高い地域は、夏の入射はより増加し、冬はより減少します。逆に立っているときは、夏の入射は減少し冬は増加します。地軸が立っているときほど、氷期になる条件が整っているとも言えます。
自転軸の傾きの変化は、だいたい4万年周期で繰り返しています。
2.歳差運動
地軸はおきあがりこぼしのように立ったり寝たりしていると言いましたが、そのほかにも「独楽のように首を振っている」という性質があります。これを歳差運動と呼びます。
wikipediaより
歳差運動。倒れかけのコマの軸がぐるぐる回るように、地軸もぐるぐる回る。
これにより何が起きるかは、なかなか複雑な話なので要約します。現在の北半球では1月が最も寒い月です。これが、歳差運動により地軸が今と反対側を向くようになると、7月が最も寒い月になります。90°なら4月が最も寒い月になりますし、270°なら10月が最も寒い月になります。
ところで、地球が太陽の周りを公転していますが、その軌道は円ではなく楕円です。
wikipediaより
地球の公転軌道は円ではなくて楕円。太陽に近い時期と太陽から遠い時期がある。この図は実際より歪みを強調している。
現在、地球は1月に太陽から最も近くなり、7月に太陽から最も遠くなる軌道を取っています。つまり、北半球の冬に太陽から最も近く、夏に最も遠いことになります。歳差により夏と冬が反対になったりすると、逆に北半球の夏に太陽から最も近く、冬に最も遠くなることもあります。
現在のように、北半球の夏に太陽から遠いことは、氷期になる条件があると言えます。歳差運動は約2万年周期です。
3.離心率の変化
先に書いたとおり、地球の公転軌道は楕円です。しかし、その楕円の度合いが変化します。楕円の度合いを離心率と言い、楕円がきついほど離心率が大きいと表現します(離心率0で完全な円)。
九州大博物館
より
地球の公転軌道は、楕円がきつくなったり、円に近づいたりを繰り返している。
円に近づくほど、地球への太陽からの入射はほぼ一定になり、円から遠ざかるほど地球への太陽からの入射は変動が大きくなります。北半球の夏に太陽から遠いほど氷期になる条件があると言えます。離心率の変化は約10万年周期です。
さて、これら3つの要素をすべて合計してみましょう。離心率、歳差、地軸の傾きの周期はそれぞれ約10万年、2万年、4万年ですが、ここでは5:1:2の周期と近似しました。エクセルで(正確にはopen office calc.で)グラフにしてみます。青が離心率、緑が歳差、オレンジが地軸の傾きの変化に伴う北半球高緯度への入射強度の変動を示し、赤が3要素を合計したもの(=実際の入射強度)です。
ただのサインカーブ3本から、複雑なパターンが現れました。しかしこれではいまひとつ良く分かりません。その理由は、3つの要素を全て等価に扱ったからです。実際には影響が大きい要素と小さい要素があるのです。そこで、離心率の強度を2倍、歳差の強度を半分にしてみましょう。
だらだら続く入射強度の低下と、その後に訪れる急速な入射強度の上昇。このパターンは、以前紹介した過去の気温変化とよく似ています。
過去45万年の気温変化の図
もちろん、軌道要素は実際にはきれいなサインカーブなどではなく、他にもいろいろな要因があるので、全く同じとはいきません。しかし、氷期の訪れはどうやらこの考え方で説明がつきそうです。
ミランコビッチの計算はこれほど単純なものではありませんが、おおむねこのような物であったといえます。この計算結果をまとめ、1941年に「地球への日射の規律とその氷河期問題への応用」という本を書き上げました。
夏の北半球への日射量が氷期の原因となる。日射量の変化の要因は、軌道3要素の複合による。この結論は今では広く受け入れられています。
しかし、1941年という年、そしてセルビアという地。ミランコビッチ自身もミランコビッチの理論も、苦難の道を歩みます。