「温暖化はたいした問題ではない」論
先日、磁場逆転に関する記事紹介のコメント を頂きました。それを読んでふと思ったことを。
現在おきつつある地球温暖化を「大したことではない」とする主張を見ることがあります。「気温が2℃や3℃上ったところで影響は少ない、寒冷化のほうが深刻だ」というものです。ネットの世界では特によく見かけます。
確かにそれはその通りと言ってもいいのです。少なくとも短期的には、寒冷化のほうが深刻な事態になる可能性は高いでしょう。かつて、日本や中国、ヨーロッパなど中緯度地域は特に、寒い時期になると食糧危機が頻発してきました(ここまでグローバル化が進んだ現在では、昔に比べると影響は緩和されるでしょうが)。
しかし、だからと言って温暖化してもいい、という話には全くならないのです。
温暖化を肥満に、寒冷化を飢餓に、それぞれ例えると非常に分かりやすくなります。すぐに生命が危険にさらされるのは飢餓でしょう。飢餓よりは肥満がマシ、まったくその通りです。
しかし、だからと言って肥満を放置していいわけではありません。言うまでもなく肥満は万病をもたらします。放置すればいずれ生命に関わります。
現在の地球には、寒冷化が近いうちに起きる可能性を示す事象はほとんどなく、今後も温暖化が進行していく可能性が非常に高いのです。そんな中で「寒冷化のほうが怖いから温暖化は気にしなくていい」と言うのは、肥満患者に「飢餓のほうが怖いから肥満は気にしなくていい」と言うのに等しいのです。
この「肥満のアナロジー」はいろいろ便利です。
・肥満はある程度までは目を背けることができます。地球温暖化も、ある程度までは目を背けることができます。どこまで目を背け続けるかは人によります。
・肥満は食事を抑えても即座には解消しません。温暖化も、温室効果ガスの排出を止めても即座には止まりません。どちらも、長期間に渡る地道な対策が必要です。
・現在、肥満に対し特効薬はありません。温暖化に対する特効薬もおそらく無いでしょう。
・いつの日か、肥満に対する特効薬ができるかもしれませんが、それを待って地道な努力をしないというのは良くありません。温暖化に対する特効薬(ジオエンジニアリング?)もいずれできるかもしれませんが、それを待っているのでは良くありません(これについてはいい記事があります。http://www.asahi.com/eco/TKY201005180095.html をご覧ください)。
・肥満を予防/治療するしないは個人の自由と言ってもまあいいですが、社会全体の医療費の増大などに繋がるので、医者はできるだけ多くの人に予防/治療してもらいたいところでしょう。気候変動も、どう思おうとも個人の自由と言っていいですが、社会全体の負担が増えていくことになるので、科学者はできるだけ多くの人に正しい理解をして欲しいところでしょう。
別の主張もあります。「火山噴火 、天体衝突 、磁場逆転 などを地球は経験してきた。これらが起きれば温暖化なんか言っている場合ではなくなる」というものです。
これも全くその通りです。これらの現象は、規模によっては(少なくとも短期的には)地球温暖化とは比べ物にならない被害が発生します。これらへの対策も確かに必要でしょう。
しかし、これらの出来事は、現代科学ではいつ起きるのか予測がつきません。しかも、現代科学では有効な対策を打ち出すこともなかなかに難しく、例えば「トバ火山が来月噴火します! 」と分かっても、その対策を取るとなると、地球温暖化対策などより遥かに困難でしょう。
また、これらの出来事は過去に何度も起きているとはいえ、人間の視点からするとそう頻度の高いものではありません。地球の気候を一変させる規模の噴火や磁場の逆転などは、数万年~数十万年に1度といったところでしょう。気候に影響を与える規模の天体衝突に至っては、数千万年などの単位ではないでしょうか。
例えるなら、これらは交通事故に相当すると言ってもいいでしょう。確かに交通事故にあえば、肥満がどうとか言っていられなくなります。 しかし、「交通事故にあえば肥満とか言っていられないから、肥満は気にしなくていい」などとなるわけはありません。火山の噴火を持ち出して温暖化を気にしなくていいと主張するのは、これに類する主張だと言っていいでしょう。
結局は、「温暖化なんかよりもっと重要な問題がある」という一連の主張は、「それはその通りと言ってもいいのだが、他に重要な問題があることは、温暖化問題が重要でないことを示すものではない」という答えに集約されるで.しょう。
北極振動
北半球の、特に冬の寒さは、北極振動という現象に大きく左右されます。北極振動を簡単に言うと、
・高緯度付近の気圧が例年より低く、中緯度付近の気圧が例年より高いと、北極振動指数はプラス
・高緯度付近の気圧が例年より高く、中緯度付近の気圧が例年より低いと、北極振動指数はマイナス
と定義されます。そして、北極振動指数がマイナスの時、北半球中緯度では厳しい冬になる(地域もある)のです。
それはそうですよね。風は、基本的に気圧が高いほうから低いほうに向けて吹きます。北極の気圧が高いということは、北極から中緯度付近に向けて寒気が流出しやすいことになるのですから。
この冬の北極振動指数はどうかというと、案の定というかマイナスです。北極の気圧が高く、寒気が流出しやすい状況が続いています。
2010年9月頃~2011年1月上旬までの北極振動指数。この冬はずっとマイナスの状態が続いている。NOAA Climate Prediction Center HP
より。
ただ、北極から寒気が流出するということは、北極に向けて暖気が流入することでもあります。したがって、北極振動指数がマイナスということは、「寒い地域と暖かい地域の差が極端」ということになります。
去年12月の北半球の気温偏差の分布を見てみましょう。結局、今年の冬が寒いというのは、全球規模で見ればあてはまらないということがよく分かると思います。
2010年12月の北半球の気温の平年との偏差。寒い地域と暖かい地域の差が非常に大きい。NSIDC HP
より。
さて、この北極振動と地球温暖化には何か関連があるのでしょうか?
以前、「温暖化の原因を海水温に求める 」という記事を書きましたが、これと同様、北極振動に温暖化の原因を求める人もいるようですが、どうなのでしょうか?
まずは、北極振動指数の経時変化を見てみましょう。
北極振動指数の経年変化。NOAA CPC HP
より。
1960年代の指数負の時期と、1980年代後半以降の指数正の時期が目に付きます。また、1990年代以降も正の時期が増加しているように見えます。
確かに北極振動指数と北半球平均気温に相関はあるように見え、北極振動指数が正の状態を取りやすくなっているから平均気温が上昇しているとも見えます。これが地球温暖化の正体だと考える人がいても不思議ではないのかもしれません。
では、なぜ北極振動指数が正の状態を取りやすくなったのでしょうか?これがわからないことには、北極振動が気温上昇の原因と言うには不足です。
実は、北極振動指数が正の状態を取りやすくなったのは、温室効果ガス増加に伴う温暖化の影響ではないか、とする説があります。
「北極振動が温暖化の原因だ!」という意見には、「しかしその北極振動の変化は温室効果ガス増加による温暖化が原因なのですよ?」と言うわけで、結局は温室効果ガス増加こそが本質である、ということです。
しかし、これも確かな説とはまだ言いがたく、なぜ北極振動がおきるのかはっきりしていないと言っていい状況のようです。成層圏などとの関連を指摘する説もあり、おそらくは単一の原因で起きるようなものではないのでしょうね。
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/climate_change/2005/1.7.2.html
もう聞き飽きた感がある方も多いでしょうが、「さらなる研究(以下略)」ということになると思います。
あけましておめでとうございます
今年もお付き合いくださいませ。
さて、この年末年始、特に西日本は強烈な寒波に覆われました。山陰地方では観測史上最深積雪を記録した地点もあります。交通網の寸断や停電など、大変な事態になっています。愛媛でも積雪が60cmに達した地域もありました。我が家もうっすら積雪しています。
この冬、寒波が襲っているのは日本だけではありません。ヨーロッパやアメリカでも所によって強烈な寒波に襲われています。
このような状況になると必ず、「温暖化は間違いなのか」という意見が出てきます。去年の今頃も同じような記事
を書いていました。
去年は「寒気が厳しいところもあるが異常に暖かい地域もありトータルでは北半球の気温は高め」でした。今年の現状はどうでしょうか?
アメリカやヨーロッパが寒波に襲われた、12/15~12/21の週の気温分布を見てみましょう。
12/15~12/21の世界の気温分布。色は平年気温との偏差を示す。気象庁より。
ヨーロッパからシベリア中西部、アラスカ、アメリカ東部の低温傾向が非常に目につきます。一方、シベリア東部、カナダからグリーンランド、中央アジア、アメリカ西部の高温傾向も読み取れるでしょう。
ちょっと見ると北半球は青っぽい色に覆われ、気温が低めのように見えます。しかし、青っぽい色は人口密集地(=観測地点が多い)に存在するため、青みが強く見えていることもおわかりでしょう。
結局は、この冬の寒波も去年同様、たまたま人口密集地を襲っているため、寒波に関するニュースが目立っていると言っていい状況にあります。
それにしても、ここのところ寒波や熱波、洪水や渇水などの極端な現象は世界各地で増えているのではないか、とやはり感じてしまいます(数字的裏付けがなくて言うのは危険なことなのは分かっていますが)。
地球温暖化が進行したとしても、強烈な寒波が消えることはありませんし、常に熱波に覆われるわけでもありません。ただ、極端な気象現象は多発するであろう、と推測されています。
http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/5/5-1/qa_5-1-j.html
「この寒波は地球温暖化に伴うもの、あの寒波は地球温暖化に伴うものではない」などと明確に区別できるものではありません。それでも私たちは、気候変動に伴い極端な気象現象が頻発することを理解しつつあります。
「この物忘れは加齢によるもの、あの物忘れは加齢とは関係ない」と区別することなどできませんが、それでも、多くの人は加齢に伴い物忘れが多くなっていくことを私たちは知っています。それと同じことだと考えればいいでしょう。
気候変動に伴い極端な気象が増えているのを、今まさに私たちは目にしているという可能性は、極めて高いと思います。
風力発電は気候を変える?
強風が吹き荒れるクリスマスイヴです。佐田岬半島の風車群 は猛烈に働いていることでしょう(もしかすると、強風すぎて止めている?)
クリーンエネルギーの代表的存在といえる風力発電。とはいえ全く問題が無いわけではなく、これまでにも、バードストライク や低周波問題 などがありましたが、さらに、予想外と言っていい疑念が浮上してきたようです。
・風力発電の風車が回ることが気候変化を招いている恐れがある(DOI: 10.1038/46810a)
http://www.nature.com/nature/journal/v468/n7327/full/4681001a.html
あらかじめ言っておきます。現段階ではまだ「恐れがある」であり、科学的に立証されたわけではありません。「風力発電はダメだ」などという結論を導くようなものではありません。
また、ここでいう「気候変化」とは、「実は風力発電は温室効果ガスを多く発生する」とか「風力発電の方が火力発電よりも温暖化をもたらす」などの意味ではなく、風車が回ることそのものが気候に影響をおよぼす可能性を示しているのだということを理解してください。
その上で、要点を私なりにまとめると・・・。
・内モンゴル地方では、風車建設後は雨が降らなくなったと牧夫たちが訴えている。ここ数年のものではあるが、気象データもそれを裏付けている。
・巨大な風車は大気の層をかき乱し、水の蒸発パターンを変化させて、これが降水量の変化をもたらしているのかもしれない。
・シミュレーションによっては、降水パターンの変化による損失は、風力発電による利益と釣り合うほどのものになる
・観測データも、この25年間、風車は地表付近の気温に大きな影響を与えた可能性が示唆されている。つまり、夜の気温低下と昼間の気温上昇を抑制している可能性がある。
などと報告されています。
Natureは、
「風力発電が気候に影響を与えうるという報告は無視できるものではない、政治的な理由からこのことに関する研究を妨げるべきではない」
という内容のコメントをしています。
どういうことかというと、このような報告が最初にされたのは2004年だったのですが、その直後から風力発電に関連する業界から猛烈な批判が沸き起こったのだそうです。
Natureは、「研究の妨害すんな!」という、ある意味当然の主張をしているのです。
難しい問題ですねえ。風車と気候の因果関係が立証されるまでには、いくらか時間がかかるでしょう。立証されるまでは風車の建設は凍結すべきではないのか、という意見も出てくるかもしれませんね。
しかし、風力発電以外の発電にも、問題点は多数あるわけです。それらの問題点と風力発電の問題点(あったとして)を比較して、どちらがより問題が大きいのかを比較するのは、かなり難しいことでしょう。
そもそも、「夜暖かく、昼涼しくなるのは、農業等には好影響を与える(静岡の茶畑の例 から想像できる通り、霜害が減少します)わけで、この利益まで考え合わせると果たしてマイナスの影響の方が大きいと言えるのか?」という意見まであるようです。
おそらく、はっきりした結論が出てくるまでは風車の建設は今まで通り続くことでしょう。
この問題は、まだ研究が緒に就いたばかりなのです。現段階で建設を止めるのは、さまざまな要因を考えるとかなり困難なことでしょう。
さらなる研究を!結局はこれにつきるかな、と思います。