ヨーロッパ、過去2500年の気候
過去の気候を再現することは、気候変動の今後を知る上でも重要なことです。
古気候の研究はヨーロッパから始まったため、ヨーロッパの古気候に関する研究は他の地域に比べ進んでいると言えるでしょう。
そこに、新たな報告が加わりました。Scienceに、過去2500年間のヨーロッパ(主にドイツとフランスのあたり)を再現した報告が掲載されました(正確には、近いうちにScience本誌に掲載されます。現段階ではその直前段階のScience Expressです)。
http://www.sciencemag.org/content/early/2011/01/12/science.1197175
この研究の肝と言えるのは、なんと言ってもデータの量でしょう。木材の年輪分析から過去の気候をはじき出しているのですが、そのサンプル数、なんと8830!(内訳は、ナラ7284、スイスマツ1089、ヨーロッパカラマツ457)。これだけの数の試料を集め、分析する根気に敬意を表します。
ここから得られた、過去2500年のヨーロッパの、6月~8月の気温および4~6月の降水量の変化を再現した美しいグラフが掲載されています(なお、なぜこの時期なのか言及がないようですが、作物の生長にもっとも重要な要素だからでしょう)。
報告の内容をまとめると、
・紀元前4世紀~紀元後3世紀中盤にかけ、温暖で降水量が比較的多い時期が安定して続いていた。気温は、紀元前350年および紀元前50年ごろに一時的に低下しているが、これはケルト人の拡大およびローマン・コンクエストの時期と一致する。
・3世紀に入り、これまで安定していた降水量が極端に減少し、これに歩調を合わせるようにローマ帝国は衰退する(3世紀の危機 )。異民族の帝国内部への侵入が頻発した。しかし、4世紀には再び降水量が多い時期に戻った。この時期、ローマはコンスタンティヌス帝の下、一時的にその国力を回復する。
・しかし、5世紀に入ると降水量は急速に減少し、ローマ帝国盛期の半分程度にまで落ち込んだ。この時期、西ローマ帝国が滅亡している。なお、この間は気温も低めに推移している。
・さらに6世紀にかけて気温が大きく低下(この気温低下はヨーロッパだけでなく北半球で広く見られた可能性がある)。ユスティニアヌスの斑点 に代表されるようにヨーロッパでは疫病が発生し、ヨーロッパ全域は混乱の極みにあった。それを裏付けるように、この時期は木材試料がかなり少ない。これまでの建築物などが大規模に破壊/放棄されたからであろう。
・7世紀から気温は上昇に転じ、ローマ帝国期と同等の安定した気候になった。この安定した気候は14世紀ごろまで続く(いわゆる「中世の温暖期 」)。温暖で湿潤な夏が安定して続き、カロリング朝やメロヴィング朝といった、比較的安定した政治体制が確立していた。
・そして14世紀、気温は低下に転じ、いわゆる「小氷期 」へと移行していく。農業生産の落ち込みは飢饉や疫病を招いた。17世紀から19世紀にかけ、ヨーロッパは最も気温が低い時期になった。この間、30年戦争に代表されるようにヨーロッパは混乱期にあった。ヨーロッパ大陸からアメリカ大陸への移民に代表されるように、民族大移動期となった。
・そして20世紀中盤に入り、気温は急速に上昇するが、近年の気温上昇は過去2500年において前例がない(unprecedented)変動であることが確認された(中世温暖期の極大期と小氷期の極大期の気温差は2℃程度だが、今世紀中盤以降、わずか50年で2℃の気温上昇がおきている)
という感じてしょうか。
人類の歴史と気候変動を関連付けることは、いわゆる「環境決定論 である」として忌避されてきた歴史があります。環境決定論に重要な影響を与えた人物が人種差別的な思想を持っていたことも背景にある、とされます。
しかし、「銃・病原菌・鉄 」のような優れた書も現れ、やはり環境は人類社会に多大な影響を与えてきたのだろう、という説が主流になっていると思われます。
上の論文紹介で赤字で書いたのは、全て「民族移動」に関連する事柄です。これらは、安定した気候の時期には見られず、不安定な気候の時期ばかりに存在します。むろん気候だけが原因ではないにしろ、一因である可能性は強く示唆していると言えるでしょう。
気候が"全てを"決定するわけではないでしょう。しかし、やはり多大な影響を与えてきたことを、この論文は示唆しています。
2011/01/26 21:50追記
「環境決定論」について、macroscope さんが興味深い考察をされています。結局は(当たり前のことなのですが)環境が全てを決めるわけでもなければ、何も影響を与えないわけでもない、に尽きると思います。
しかし、最も考えさせられたのは「気候モデル出力をもとにインパクトを計算するというアプローチにこれほど多くの人が集中的にかかわるべきなのだろうか」というものです。
この記事のおおくぼさんのコメントに対する返信でも書いたのですが、過去の気候をより正確に知ろうとすると膨大なコストがかかりますが、そこまでする必要があるのかどうか。現在の気候j観測や未来の気候予測も同様です。例えばアメダス観測に不備や不足があるのは確かなのですが、それらを解消するために膨大なコストを払う必要があるのかどうか。
以前書きました が、気候変動問題以外にも重要なことは確かにあります。そちらに予算を振り分けるほうがよいのではないか、という場合も確かにあるでしょう。そのあたりはバランス感覚だ、としか言いようがないのかもしれません・・・。