ぶぶ、いらんかぇ?
あなたがもし、とても若ければ、もしかすると初めて耳にするフレーズかもしれない。いえいえ、もしかすると、関西でしか話題にのぼらないたとえ話かもしれない。
「ぶぶ、いらんかえ」
というのは、不意に訪れた客との玄関先での立ち話が長引いた際、亭主が相手にぶぶ(お茶)でもいかが、と勧めるフレーズである。これは、往々にして「もうかなり長話をしているし、そろそろ帰ったら」という意味であるから、ここで「ほな、いただきまひょか」などと図々しく客先に上がり込めば「ほんまにあがらはったよ」と後々まで陰口を叩かれること、間違いなし。
ただし、時には亭主も心から不意の客を歓迎していて、話も盛り上がっているので引き止めたい、と感じていることもある。だから、3回勧められれば、それは本心として受け止め、上がりこんでも失礼ではない。
相手がニコニコ笑っているからといって、必ずしもいつも歓迎されているわけではないから気をつけなさいよ~っというわかりやすいたとえ話である。やんわりと相手に何かを依頼したりお断りしたりする際、ダイレクトに言うのではなく、それとなく相手が気づくように仕向けるという話術だ。特に京都の人たちは、物腰も柔らかくはんなりとしているから、本心を見抜くのが大変だと、学生時代、関西に移り住んだ頃、そして、社会人になってからも、九州から来た天真爛漫だった私は、ネイティブ関西人の友人知人にこの例え話を挙げて忠告を受けることが時々あった。
そういう面倒くささは、日本人だけかと思っていた。
ロシア語会話のグループレッスンで、「客に呼ばれる/客をもてなす」というテーマを扱っていたときのこと、モデル対話例に、なんと、これ、そのままの会話が出てきたのだ。最初は必ず断るものなのだという。配られたプリントにさっと目を通し、この対話例の音読が一通り済むと、場は異様なまでの盛り上がりを見せた。
「そうなのよ。それがロシア人のわかりにくいところなのよ
」
「どうして、飲みたいんなら飲みたいと、最初に勧められたときにはっきり言わないのよ
」
「うちの主人も、いつもそれで苦労しているのよ
」
ひとしきり不満を訴えると、みんなの目は一斉に私の方に向けられた。
「さっきから黙っているけど、日本ではどうなの?」
実は、日本人も同じであること、京都人気質を説明するのに「ぶぶ、いらんかぇ」という例えがあること、先ほどから黙っていたのは、そういう習慣があるのは日本だけではなかったことに驚いているからだということを告げると、またまた驚きの声があがる。
その場にいた人たちは、「日本人=インターナショナル」というイメージを持ってくれていたので、自分たちと違う感性を持っているというのが、かなり意外そうだった。
「皆さんが海外で接するような日本人は、かなり日本以外ではどういう慣習があるか、ということを踏まえて行動しているので・・・」と説明すると、またまた大変物珍しそうに見つめられてしまった。あなたもそうなの?、と訊ねられたので、そうだと答えた。
モスクワで住んでいた集合住宅には日本人が多く住み、ちょっとした用事で約束もなくお互いを行き来することがあるので、そんなときは、一度勧められたくらいで上がり込んだりはしなかったし、実際、自分でも「長話になったわねえ」という意味で「上がっていく?」と相手に尋ねることもないわけではなかった。そう言うと、また、驚きの声が上がる。
「そうだったのぉ」
みたいな・・・。
レッスン後、私はちょっとした不安を相談すべく、先生の傍に駆け寄った。
実は、ロシア語以外にも、プライベートである習い事をしていた。一度目のレッスンのとき日本茶を出したが、先生は一口も飲まなかった。一度目のレッスンは、お互いの考えや方針を話し合ったのでかなりしゃべって喉も渇いただろうに飲まなかったので、日本茶が気に入らないのかと思い、二度目にはコーヒーを出してみた。するととっても感じの悪い返事。
「ボクは、レッスンに来ているんで、ここにお茶を飲んでおしゃべりをしに来ているわけじゃないんだ。だから、来週からお茶もコーヒーも要らないよ。」
とっても感じが悪いと思ったので、その後、打ち解けて話ができるようになり、先生に好感を持つようになっても、やはりお茶を出したことはなかった。けれども、実はあれは、
「いえいえ、飲んでください、おいしいんですよ、このコーヒー」
と重ねてお勧めしなくてはならない場面だったのではないだろうか。
相談してみると、確かに本当に欲しくない場合もあるが、シャイな人なら自分から欲しいとは決して言えないし、一度勧められてさっさと飲むこともあまりないから、次回のレッスンでそれとなくお茶をお出ししてみてはどうか、というアドバイスをいただいた。
果たして・・・。
次回、さりげなーく麦茶を出してみると、「珍しい味だね。これ、日本のお茶?」と、何食わぬ顔をして、先生はゴクゴク飲んだ。そのうち、日本の緑茶も気に入ったらしかった。
このできごとがあって以来、ロシア人の感性、意外に日本人に近いのかも、と驚きとともに親しみも覚えるようになり、他のロシア人ともかなりつきあいやすくなった。 見た目は欧米人に近いが、感性はどちらかと言えば日本人寄りなのではないだろうか。
☆ 写真は、ウズベキスタンの陶器。
春が来たので・・・
午前中。
リビングの陽あたりがとてもよく、朝つけていたエアコンのおかげでふわんっと心地よい程度に温まっていたので、そこで本を読むことにした。座ろうとしていたソファの陽のあたっている部分に目をやると、いつの間にかムルカがちゃっかりと陣取っている。しかも、私のブランケットの上で。
おかしいなぁ・・・。
この時間は窓際のソファの背中かホットカーペットに寝ていることが多いのに・・・。
そういえば、この間、1日だけ私の膝の上で寝てくれたのも、この位置で、このブランケットの上だった。少しずつ気候がよくなってきたので、今までと少し違う場所で、適度な暖を取れるところを探して色々試しているのかもしれない。
久々の肉球![]()
黙って寝ていると、ホント、かわいいです![]()
くっくっくぅ~っ
この寝言がまた、たまりません![]()
2本揃えて伸ばした手の下からにょきっと飛び出した左足に注目っ
そのまま姿勢が崩れ、手もバラバラに・・・。
あ~っ、寝てるとホントにかわいいっ
何か、ゆうたぁ?
いやいや、ムルカはかわいいねぇって・・・。![]()
甘いのは、どっち?
ガサッ、ガサッ、ガサッ・・・。
ムルカがプラスチックを舐める音で目が覚めた。
おかしい・・・![]()
昨夜は、プラスチック袋に入ったスナックも甘いものも食べてはいないはず・・・。
そう思って目を覚ますと、なんとダイニングテーブルの上にムルカの姿が![]()
国際婦人デー にちなんで、昨夜、人からお花をプレゼントされた。それをダイニングテーブルの上に置きっぱなしにしていたのだが、それを包装しているプラスチックを舐める音だったのだ。
「ムルカ
」
朝起きるのと同時に怒鳴りつけるとともに、逃げ出した現場に連れて行って、頭を軽く3つポンポンポンっと叩いた。テーブルの上にカリカリを置きっぱなしにしたのなら私の落ち度だが、花を置きっぱなしにしたくらいで、ご禁制のテーブルの上に載られたのではかなわない。怒りを表現するために、いつもはたいてい朝起きて最初に与えるご飯を、夫の後回しにし、ついでに朝食準備中にねだりに来た際、
「きてぃは、怒っているのよ~
」
と怖い顔をして見せたので、しばらくはシュンとしていた。
その後、粗相の約1時間後、夫が出かけようとしていると、何事もなかったかのように、「にゃぁ~ん」とご飯の催促にやってきた。まるで、今までご飯が出なかったのは、自分の粗相のせいではなく、私の落ち度のような態度だったので、夫に相談してみる。
「こういう場合って、自分が悪いことをしたからご飯が出ないんだって自覚するように、さらに1時間くらいガマンさせるべきだと思う?それとも、・・・」
すると、私にではなく、ムルカに向かって夫はこういった。
「にゃぁっ
ご飯欲しいの?そーう。ちょっと、待ってねっ
」
そして、
「ええやん、どうせ、すぐ忘れるから。あげたら。」
いや~~~っ![]()
オジサンは甘い![]()
結局罪の意識のないムルカは、その後、叱られる原因となったチューリップにも何食わぬ顔で接近。思わず写真を撮ってしまった私も甘いのか・・・。
スズダリ土産 ハチミツ酒
モスクワ郊外の古都スズダリ という街のお土産として、「蜂蜜のお酒」が有名だ。この街の数少ない飲食店には、必ずといっていいほど、「蜂蜜酒あります」の看板が出ている。私たちも、この街を訪れたとき、街の中心にある小さな酒屋で購入して飲んでみた。日本で多数販売されている女性向けの缶入りカクテルのテイストで、甘くて軽いアルコール炭酸飲料だった。
ひと昔前までは、スズダリでしか造られていなかったので、このお酒を味わうには、スズダリに行くか、または「産地直送契約をしている」こだわりのあるレストランに行くしかなかった。ところが、ある日、ロシア語会話でこのお酒の話が話題になったとき、先生がこういったのだ。
「あら、今では、アシャン でも売ってるわよ。」
アシャンは、モスクワ市内に何店舗もあるフランス系大規模スーパーチェーンで、品揃えのよさと充実したサービス、市場並みの価格で今や一番人気のスーパーマーケット、いわば、ロシアの急速な西欧化と市場経済の発達を象徴するような施設だ。
翌週末、さっそくアシャンに行ってみた。確かに並んでいる。工場で大量生産しているだけあって、味は、地元の酒屋で購入したものとは少し違っていた。
お土産というものは、「そこでしか買えない」から欲しくなるようなところがある。その産地が田舎や秘境であればなおさらだ。このお酒も、スズダリという中世(11世紀~17世紀)に栄えたのどかでかわいらしい街で、地元の酒屋から買い求めるか、素朴な内装の薄暗いレストランで味わうしかなかったからこそ、惹かれるというところがあった。
急速に近代化が進むロシアだが、こういう「ご当地モノ」は、ひっそりとそのまま残っていて欲しいと感じるのは、外国人のエゴだろうか。
☆ ラベルには「スズダリの蜂蜜酒」と記載されている。






