昨日の部分を再掲します。
【本文】 心もとなき身だに、かく思ひ知りたる人は、袖を濡らさぬといふたぐひなし。
【口訳】 わたしのような実情にうとい者でさえも、こんなふうに泣かずにはいられない。そしていかにも人情のわかる人ならば、袖を涙で濡らさぬ人は誰一人としてないありさまであった。(『新編日本古典文学全集』)
【検証】 大きく分けてこの部分の文構造のとらえ方に四通りあります。
(A) (「心もとなき身だに、」は)事情にうとい者でさえも。「袖を濡らさぬといふたぐひなし」にかかる。その間に、「かく思ひ知りたる人は」と限定条件がはいる構文。人情を解し、人間の運命に対する深い関心を抱いている人ならば、の意。「心もとなき身」は作者をさす。「かく思ひ知りたる人」も、作者自身をみずからさして言いながら、さらに人間感情の普遍性に及ぼうとする書き方。(『日本古典文学全集』 1973)
(B) 「かく思ひ知りたる人は」は挿入句。このように人情味を解し、分別ある人は。(『新潮日本古典集成』 1982)
(C) 「心もとなき身だに、袖を濡らさぬといふたぐひなし」の文と、「かく思ひ知りたる人は、袖を濡らさぬといふたぐひなし」の文とを一つに合わせたもの。事情に疎い者(作者をさす)でさえも、ともかく人情を解し、人間の運命に対する深い関心を抱いている人ならば、の意。「かく」が作者自身の涙せずにいられない気持ちを表すとともに、その悲しみを人間感情の普遍性にまで及ぼす。(『新編日本古典文学全集』 1995)
この三説は全て読点を「だに」の後、「かく」の上に打っています。そして、その構文的な分析を見ると、(A)がもっとも早く、「かく思ひ知る人は」を限定条件とする構文と捉え、つづいて、(B)が「かく思ひ知りたる人は」を挿入句と見、(C)が「限定条件がはいる」構文では不十分として、二つの文の合体したものと主張しているわけです。(AとCの校注者は同じです)
内容としては、この三説とも、「心もとなき身(事情のわからない自分)」は当然、作者自身として、「かく思ひ知りたる人」も「人間感情の普遍性」とは言いながら「作者自身」のこととしているのが特徴です。
なお、『新日本古典文学大系』 1989 は、本文を同じくして、脚注に、
「高明一家をよく存じ上げていない私ごとき者でさえ、こうして心ある者は皆涙を流した。」と口訳しています。構文上の理由は書いていませんが、内容的には前三説と同じく、「よく存じ上げていない私ごとき者」と「心ある者」はどちらも作者ということでしょう。
(D) それに対して残る一説は句点をこう打ちます。
「心もとなき身だにかく。おもひしりたる人は、袖をぬらさぬといふたぐひなし。」
そして頭注に「事件の内情に対して不案内の自分さえかく悲しく思われるから、まして高明公一家に親しく、よく知っている人は。 こういいながら作者は高明公室と親交があり、高明室は夫兼家の妹であり、兼家たちがこの事件を動かしている張本である、事情を知らなくともはげしい衝撃をうけたことは想像できる。」(『日本古典文学大系』 1957)と書きます。
(A)・(B)・(C)は、「心もとなき人」と「思ひ知りたる人」とが同じくどちらも「作者」のことであると考える点で共通しています。それに対して、(D)だけは明らかにこの二つを別人としています。そして、その結果、句読点の位置が、前者は「かく」の前に「読点」を打ち、後者は「かく」の後に句点を打つという違いとなって表れているわけです。
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