本当にない。


誕生日プレゼントも何も要らない。


家族が集って笑顔をみせてくれるだけでいい。


外食に連れてってくれるって言っても

子どもたちが喜んでくれるものがいい。


何でそんなに欲がないのかとたまにきかれるけど

わからないっていうのがホントのところだった。




最近ね、何年かぶりに少しだけ支援してた

若いMTFの子が近いうちに手術するって

報告をしてくれてね、


あっという間に移行を終えていく様を見てきて


今の時代ってこんなに簡単に移行できるんだなぁ


ってしみじみ感じたんだ。


手伝うなんておこがましいくらいに

何も手伝うことなんてない。


ほんとスムースな手筈で進めていく。


本当に嬉しかったんだ。


たくさん友達が闇に消えていった。

何人も命を落としてしまったりさ。


こんな悲しい気持ちを彼女たちにはしてほしくない。

明るくて楽しいだけの時代を生きてほしい。




そう、


私達の頃ってまだまだ苦しいこと多かった。


たからね、


色々あったけど、愛する人と巡り会えて


子育てなんてできないって思ってたのに

かわいい子どもたちに囲まれてさ


ママ友たちと戲れて


こんな幸せって無いなって感じるわけ。



お家が温かいの。


みんなが温かいの。


それ以上に何を望む必要があるのか。

何にもないの。




こんなに幸せなのに、これ以上の幸せなんて

私には大きすぎて受け取れない。


だからね、もう何もいらないんだって



今日若くてかわいいMTFちゃんの報告を聞いて

心が温かい気持ちになったときに気付かされました。




若い子たちはあたしなんかよりもっともっと大きな夢を

温めて実現して欲張りでいてほしいなって思う。


今からの時代はきっとそうなる。






これからもっと若者の支援をしてあげたい。


あたしみたいな変な人は少しも役には立たないけど

ただただ応援してあげたいの。


感謝も何もいらない。

みんなの笑顔が見られたらそれでいい。

若い子たちが幸せをつかんでくれたらそれでいい。





よく考えたら、幸せな人生を望んでいるなんて

実はすごい強欲なのかも。

それも何人分もの幸せな人生だもん。


やっぱりあたしは欲望の塊だと今気付きました。


訂正します。


強欲です。










今日は素敵な報告をありがとうございます。


手術頑張ってきてくださいね!

成功を日本から祈っています。











あんまり優待目的の株は持たない主義だけど


長らく優待+高配当のお世話になりながら

買っては手放したりまた買ったりを繰り返してきた

JTさんから今年も優待をいただきました。

夫婦で株を持ってるから

もう一つグレードの高いのが来るんだけど


優待の歴史も長いから商品の組み合わせも変わったなぁ…



今見返して思い出した!

そう、カップ麺選ばなくて済むようになったんだ!

だからパックご飯たくさん注文したはず。


JTに1000株も投入する勇気ないのでBだけど。






このカップ麺…不味いのよねえー

それに賞味期限意外と短かったり。

(頂いておいて文句言うな!)


うち、記念日以外手作りだからさ

いや、記念日すら手作りだし、

味噌も醤油も塩も横浜家系も担々麺も

ラーメンの殆どは基本手作りだから

カップ麺食べることすらないんだけどさ


このカップ麺…不味いこいつをいつももらってました。


理由は自然災害とかそういうときの非常食。




ローリングストックは先日のブログにも書いたように

結構力入れてるんだけどね


それとは別に非常食を用意してて、

それを手伝ってくれてたありがたい存在がJTさんだった。


この優待はJTの食品ブランド「テーブルマーク」の

カップ麺とパックご飯が基本送られてくるんだけど、

このパックご飯が本当に便利でね。


急ぎのときとか、風邪引いたときとか、夜食とか、

家族のいざというときにチャチャチャって

ご飯を用意してあげられるのが便利なの。


でも、こんなもの主婦してたら基本買う理由もないし、

買い溜めておくのもアホらしくてね

(買えばいい話でしょ)→覚えておくのが面倒くさくてね口笛


定期的に株主優待で届けられると本当に楽なんだ



新しいのが届いたときに古いのは処分する。



いや、カップ麺はとっくに賞味期限切れるから

先に食べちゃうんだけどさ。


不味いからスープは使わないで麺だけ茹でて

手作りスープを使って食べてる。


肉味噌と豆乳胡麻タレを絡めて坦々麺を

お昼にひっそりいただくこと多かったかな。




こんな優待も次の春で終わりか…



なんかね、JTさんの株、暴落したタイミングで

何故か他に資金を動かす動機がたまたまできて

売っぱらった後に暴落、

また安くなってから買い直せてるから結構利益出た。


ご存じの方は多いと思いますが、配当もいい。



素直についてる。



まぁ、利益上げたくて株やってるわけじゃないし

優待目的でもないし、

正直どうでもいいんだけど、

数少ない優待+配当目的の株が

ちゃんと利益上げてることとか

今年も優待届いて春が来たなとか


それだけを書きたかった。

ただそれだけ。





ご飯早く届かないかな照れ











隔離でホル注いけてないから更年期きついー


隔離のため上の子の入浴後消毒しなきゃいけないのに

夫の仕事の都合もあり夜みんな、朝上の子にしてたけど

下の子の部活で昼にお風呂消毒しなきゃ…

泥だらけユニフォームの洗濯もか…


洗濯物も山のようにでるし

泥だらけだろうし

隔離部屋の荷物消毒とか

それでいて朝昼晩のごはんでしょ?


てか、もう春休みから通しで一ヶ月も休む隙なし…

さらにうち10日間はコロナ隔離。


家族全員のストレスを受け止めなきゃだし

あたしもそろそろヘトヘト…

限界ギリギリで踏ん張ってる。


下手な夏休みより地獄だわ。



疲れ、更年期




でも、来週も予定いっぱい。

休んで多分だけどんどん予定が詰まっていく…


日曜日家族の世話、隔離部屋の除菌、ユニフォーム洗濯

月曜日ホル注、隔離部屋の除菌と掃除

火曜日PTA、大量買出、隔離部屋の掃除と片付、ユニ洗濯

水曜日歯医者、保護者説明会、在宅夫の世話、ユニ洗濯

木曜日児童相談所、美容室、子どもの病院

金曜日里親会総会の準備、ユニ洗濯、家族の世話


あ…もうゴールデンウイークだ…

もう少しゆっくりする予定だったのに…

休ませてももらえない。



もう晩御飯はてんやもんでいいよね。




過去イチでキツいかも。

3月二十日の給食終わりあたりから

休みないんですけど…







中学で学ぶ「生い立ちの授業」

小学校から心や体や家族の教育は進められているが



中学は思春期を迎える難しい時期だからこそ

人としての徳を学び

学問としての人体を学んだり

機能としての家族を学び

命のリレーとして性のことを学んだり




性教育はエッチな話と思いがちだけど
実は教科教育の垣根を越えて体系的に整理されている。

それぞれの学齢における心の発達や体の発達、
多様な経験を通して芽生える疑問や壁に対応できるよう
少しずつ子どもたちに与えている。



その最終目標は
自分のことを愛し、大切にしたいと思うこと。
愛する人を愛し、大切にしていきたいと思うこと。


私が大切な家族、その家族が愛する人が私だから
私も私を大切にしたい。

私が大切な彼だから、
その彼が愛する家族を悲しませたくない。

私が親に愛されたように、私も子を愛す。



そういう心のリレー、命のリレーの結果として
エッチな話に向かうわけで、
そのエッチな話をおもちゃにしちゃいけないって
そう伝えていくものだと私は考えています。




でね、

その家族の愛を知るためにも
本人に記憶のない幼い頃の歴史を辿ることって
ほんっとに大切なことだとあたしも思うんだ。


だからそういう歴史を辿る授業って素敵だと思うの。


で、実際にその授業が始まってたのね。
今日コロナ隔離中の上の子に先生から届けられたプリント。

え…

うちの子たちの過去の話は説明してるよ?


趣旨自体は賛同するけど、配慮をしてほしい。

そう伝えていたのに…





里親さんならもう常識になってる

この「生い立ちの授業」の問題点。


確かに美しい話ではある。

大切な話でもある。


でも、その歴史を奪われた子どもたちもたくさんいる。

その歴史があまりにも残酷なものである子もたくさんいる。

離婚しちゃったとか、死別したとか、虐待受けたとか。


真っ直ぐ考えることが困難な子が子がいるんですよ。




詳しくは書けないけど、うちの子も

お母さんとの思い出は殆ど無い。

写真も少ししか残ってない。


強く印象に残っている話は悲しいものばかり。

いや、多分その悲しい思い出は

多分成長してから妄想されたのか

誇張されてしまった思い出だろう。

他の思い出はなくなってるのに
そこだけやたら具体的でさ。
証明できないけど。

とにかくそんな思いでしかかけないのに。





名前の由来も今ではもう確かめることすらかなわない。

生まれたときの様子も、
何を飲んで育ったのかも、
どんなおやつを食べていたのかも、
どんな遊びをしていたのかも何もわからない。

思い出はお母さんに叩かれたこと、
自分の幼い頃を知ってる人はいない、
それで何を感じたかって…

いじめ以外のなにものでもない授業。



そういう事情があることは伝えてあった。
それもこの授業への配慮を求めるためにね。


それなのになんなんだよ。



もう少し聞き方ってものがあるでしょ。




とはいえ、窓口の先生も新しい先生だし、
家庭科の先生とは距離があること知ってる。
伝えられなくて配慮できなかったんだろうなぁ…


その上で、私はこの授業の意義は共感する立場。



教頭先生も急遽対応を検討すると話してくれたけど
対応できない可能性もあるよね。

ちがう切り口でやってほしかったけど、
それがかなわないのであれば、
その授業の時間に行かなきゃいけない治療の
予約を無理矢理入れてさ、
早退なり欠席の対応をさせようと思ってる。


本人もそうしたいって言うし。

それでも、大切な自分の歴史だもんね。
自分という人間がどんな人間なのか、
アイデンティティの核になるような情報だもん。

知りたいよね、何とか知りたいよね。




あたしの里親としての務めの1つ。

この子たちの失われた歴史を辿る。探す。見つける。


コロナもあってこの2年間は動けなかったけど、
そろそろ本格的に探していこうと思っています。


児相の力も借りるけど限界ありそうだし、
関係者ももう辿れる宛がすくないけど、
少しでも歴史をたどりたい。


しっかりそこに生きていた証をみつけたい。
 







現役の先生方、もしこのブログをお読みいただけたら
文科省だったり都道府県教委だったりから配られてる
ガイドラインをもう一度
お読みいただきたいです

大切な話だからこそ
その大切な話がまるごと欠落している
子どもたちの心に目を向けてください。
どれだけ苦しむかは想像できるはずです。
その子はこの難しい思春期にでも
ちゃんと受け止められる子ですか

他の子たちと大きく異なる歴史を見せつけて
何を感じさせたいのですか?
ほんの少し心寄せて下されば
わかっていただけると思います。






性教育とライフストーリーワーク。
(ライフストーリーワークは人生という物語を認める作業)
この前に同じだと言っていた話を
今日直面した問題を通して今回具体的に書いてみました。

性教育もライフストーリーワークも
自尊心と慈愛心、死生観に直結する
アイデンティティそのもの。

自分とは何たるかがわからないで
自立することは不可能。

アイデンティティに悩んでいた私だからこそ
子どもたちのためにやってあげるべきこと。

一緒に歴史探ししよう。





古今東西どこでもそうなんだろうけど、


家の中で本当によく聞かれる言葉「お母さん」



今日は在宅ワークのパパと隔離中の上の子だけなのに


「ねぇ!お母さん!」


と呼ばれて上の子の頼み事をやってるさなかに


「お母さん!あれはどうなってる?」


とパパに呼ばれ、パパのもとに向かっていく最中にパパから


「あ、お母さん、あれも」


と重ねて要件を言われ


順番でやってく旨を伝えているさなかに


「ねえ!お母さん!」 


また上の子のから頼まれる。



「お母さんの体は一つだから、

一気にはできません!」



と半分怒りながら返してるその時に下の子が



「ただいまぁ!ねぇ、お母さん、

 明日の**のことなんだけど、**してもらえない?」





この家、お母さんが私以外にあと二人はいるのかな?






お母さんいなくなるとこの家回らない。


少しでも自立してほしい限りだけど…

まだまだそんなレベルじゃない。


なーんてお母さんが言ってるから

誰もが成長しない家族なんだと思う。



ちょっと抜けてたりヘマやったり出来ないこと多い

そんなお母さんの方がいい子が育つのかななんて。



でも、何か求められてるうちが華だとか

私もどこかで思ってるんだと思う。

可愛い子どもたちとか夫のために

必死で尽くしてる自分がいるのね。



こんな古臭い昭和なお母さんでいいのかな?

もし本当にあたしが倒れて

この子たちちゃんとやれるのかな?

もう少しこの子たち信じてやらせなきゃかな。




たくさんいる我が家のお母さんは

家族の安心の拠り所でもあるだろうけど、

みんなの成長の鍵でもあるのかな。なんて。




歳を重ねて病気とか周りでも増えてきて

リアルにあたしが倒れたときの想定をしなきゃと

感じる今日の「お母さん!」連呼の話でした。