朝ごはんを作って

洗濯して

上の子をお風呂に入れて消毒して

上の子の学校復帰に向けて勉強道具を消毒して

隔離部屋から持ち出してん

寝る


上の子の昼ご飯作って

市役所に非課税証明書取りに行って

軽く買い物して

ママ友に会ったからコロナ明けで気を使って軽く挨拶

帰宅してから上の子の行動範囲を改めて消毒して

里親の関係書類を作って

下の子の学校のお話たくさん聞いて

晩御飯作って

家計簿して

お皿洗って

お風呂入って



ただの疲れ取りのゴロゴロ半日と

やることをしに半日動くだけの

ちょっと日常をとりもどしただけの一日でした。





久々に本気で昼寝できた。

春休みやっと終わった感じ。



久々の学校で下の子は嬉しくてはしゃいできたらしい。

体育も楽しくて部活も楽しくて、

帰宅したときには足が筋肉痛で動けなくなってた。

流石に一週間も狭い家に押し込められてたら

体も鈍るよね…


でも、そのくらいにはしゃいでこれたなら

感染防止頑張った甲斐がある。





そして、児相で里親の登録更新のための書類を

役所で発行してもらうために登庁したんですが、


いろんなトランスジェンダーの若者たちの日記を読んでて

こういう手続き一つ一つに緊張したり一喜一憂したり

何か懐かしい感覚だなぁって微笑ましく感じてたの。


あたしはというと、当たり前に免許証だしてさ

ただただ事務的ないつもどおりの作業をするだけ。


今日は夫婦の源泉徴収票もしくは非課税証明書が

必要になったんだけど、主婦のあたしは源徴票ないし、

確定申告をしないと非課税証明書もだせないから

税金課で代わりに住民税申告してから

非課税証明書の発行をしてきたんですけどね、


窓口の人にももう普通にわかんないこと聞きまくり

相手も当たり前に「御主人様の扶養でしたら…」と

もう「主婦です感」をまとったようなおばちゃんだから

もう疑う感じもなく対応していて


あぁ、もうあんなワクワク体験はもうないんだな


なんて今更な感想を抱きながら

用事をパッパと済ませて帰りました。




それでふと思ったんだけどね


トランスジェンダーの子たちが若いうちに移行して

市役所だの免許だの大学事務だの

色んなところで手続きをしている際に

いろんな不都合に直面することってあると思うけど、


あれって差別じゃないって話は前々からしてるけど、

謙虚でいるべきとか言っていたけど、


よく考えたらそういう手続きに不慣れで

大人の当たり前を知らないだけなのかも?



なんとなくそんな気がしました。




思い返せば二十余年前に高校卒業してから

一人で市役所行って住民票だの戸籍謄本だのを

出してもらっていたときのこと


初めてそういう書類を自分で出したことに

嬉しくなってた覚えがある。


何が書いてあるんだろう、

どんなことまで書かれてるんだろう。


事細かく読んでて楽しんでた気がする。


そういうまだ役所が新鮮なんだよねみんな。

役所の窓口はちゃんと人間的に対応してくれるって

お客様は神様だみたいな勘違いしてるよね。


相談したら人間的に対応してくれるって思い込んでさ。





役所の窓口はそんなことないのにさ。


こういう社会常識って年の功だよね。


それがわかってるから役所の窓口対応なんて

トランスジェンダーだろうとおばさんだろうと

全く臆することなく行って

やることをさっさと終わらせる。



話それたけど、

新人のトランスジェンダーさん

行政手続であんまり変に一喜一憂する必要ないよ。





というわけで、

隔離解除初日でした。




お昼寝、最高でした。





子どもたちには安いスーパーのケーキをおやつに上げた。

隔離に耐えるのお疲れ様ってことでね。






そしたら主人が夫婦で食べようと二人だけのケーキを

デパ地下で買って帰ってきた。





子どもたちには申し訳ないが、

コロナぶとりもきになるけど、

寝静まった頃に二人でいただきます。






大人の時間


てへぺろカップケーキチョコカップケーキニヤリ










今夜を持って感染者本人の上の子を除いて

隔離解除になります。


厚労省の判断でも発症さえしなければ

PCRとか抗原検査は必要ないんだけど、

パパの会社から抗原検査の命令が出ちゃったので

パパだけ已む無く検査しました。


でね、


見事陰性でした。




下の子とあたしとパパと3人は

隔離からずっと同じ部屋で寝てるから

一蓮托生なんだけど、

感染力高いオミクロンだから

アウトだろうなぁ…

でも、発症してないだけかな?って思って

そのまま隔離期間を終えようと思ってた矢先

検査してくれって。


かなり不安だったけど、

アルコール、塩素消毒、熱湯消毒、界面活性剤

いろいろ駆使して徹底除菌してたから

手のかぶれが酷くなったけど、

そのかいあって陰性。




明日から仕事と学校に行ける二人はもう大喜び。


隔離中の上の子とその世話を続けるあたしは

ちょっとギャップ感じちゃうわけで…





でも、とりあえず拡がらなくて良かった。


早く自由に外の空気吸いたいな。

お散歩いきたいな。

保護者会隔離で出られなかったから

仲良しママ友に会いたいな。





とりあえず退屈すぎて気が張り詰めた8日間を終えました。

少しは自分の時間も作れるかな。






そんなことよりも、春休みから一ヶ月。


子どもたちが基本家にいるから

ダイレーションができていないという問題。



塞がっていないことを願うしかない。




こういうところ、

トランスジェンダーママは大変だ。


子どもたちに夫婦の営みを見せられないのと同じ

お母さんがみんながいない時間に

一人パンツ脱いでローション塗り抱くった棒を

抜き差ししてるなんて言えないし、見せらんないガーン



なんかね。


やだね、笑


みんなが寝静まってから

汚染の可能性の高いものを中心に

定期消毒とか洗浄をしてます。



空気の流れをコントロールして

いろいろ防備して

あたしだけ寒風吹き込ませてる中

洗浄、除菌などやってました。



下の子が好き勝手したりするから

特に何でも置いてあるものを直ぐに臭いじゃうから

寝静まってからじゃないと怖いんだよねガーン






それはそれとして、

コロナ隔離生活なれてきました。

我が家のルーティンとかルールが

だいぶ定着してきて

しんどいだけでなれてきてます。


上の子ちゃんの喉の様子も大分よくなり

咳き込む回数もほとんどなし。

食事ももう罹患前と同じくらいの食欲。


寝てるだけだから太っちゃうっていって

減らしてあげてるけど、

育ち盛りには足りないようです。




食欲も戻ってきてたくさん食べたがるから

必要十分な食事では物足りないようで

もっと食わせろと食欲モンスターが暴れてます。



そんな話をママ友と話してたらね


「えー、そんなことなら買っていってあげるのにー」


と何人も言ってくれてさ。

主人の実家は車で2時間。

あたしの実家は新幹線で3時間ほど。


全く頼りにできない。


それにこの街は縁もゆかりもない地域だから

頼るあてもなくていざというときにホント不安あった。


けど、こんなに助けてくれる友達できて

ほんと幸せやわぁおねがいおねがいおねがいおねがいおねがい


既にコロナ感染したうちのママ友も言ってたけど

いざというときに男ってホント役に立たない。


ほんとそれ!


「今しんどいだろうけど、応援してる!

 解除されたらまたお茶行こーチュー

 みんなでみちょまる復活ランチ会!」


ってさ。

パートナーとしての主人も大切だけど、

やっぱりいちばん頼りになるのは友達だと思うわけ。






こんなに仲いいのにカミングアウトしてない私。

昔は申し訳ないなぁって思ってたけど、

最近はそんなこと全く気にならない。


昔盲腸切ったとかいうレベルの話。


普通に認められてたら

私の過去なんてどーでもいいよね。




私がトランスジェンダーだってことは

子どもたちのためにも

隠さなきゃいけない私の個性。


そんな秘密を信頼できない人には

話しちゃいけないし、


信頼できる人にもだからどうしたという情報をあげて

代わりに秘密を守らせる負担を負わせるなんて

全く意味がわかんないし


結局話す理由なんて存在しないんです。



トランスも長くやるとそんなもんです。



結局自我同一性の問題で

ありのままの自分が承認されたら

それで十分なんですよ。


子供産めないとか

背がでかいとか

爪が広いとか

喉仏とか

骨格とか

体毛とか


あげればきりないけど、

努力できるものは努力したらいいけど

病気なんだから仕方ないって割り切っちゃえば

あとは承認されるかどうかはコミュ力の問題。


それだけ。


ママとして年相応の女性の人間関係を作ってると

それなりに青春をこの歳でも送れる。


そりゃ昔よりも落ち着いてるし、時間も不自由だけど

その歳なりの楽しみをみんな求めてるもんだし

そこで仲間意識、帰属意識も満たされる。


繰り返しになるけど、

若い頃の体験を求めても手には入らない。

けど、今のわたしの周りにある体験は

今の私達じゃないと手に入らない。

それをしっかり見定めて取りに行こうよ。


無い物ねだりより今手に入れられる幸せをね。



後ろを見ずに前を向こう!

前にしか幸せはないからね。



とついでにとある人にメッセージでした。









ちょっと難しい話しです。

ひけらかすつもりはなく、

わかる人にわかればいいつもりで書きます。



学問を進めてた人なら、わかるかな?

特に基礎科学だけではなく、

応用科学・臨床をやってた人じゃないと

意外と通じない感覚だとこの歳で気付かされたこと。



世の中は基礎科学と応用・臨床の境目がない。

というより、区別できない人が多い。



子育て界隈の関係者は特にその気が強いと思う。


マニュアル大好き。

マニュアル通りにしかできない。

テキストなしには行動できない。

本当に現場にいるのか、現場があるのか

疑問に思う状況がままある。


これを基礎と応用・臨床の対比にあてはめてみます。





里親になるにあたり、

委託前からできるじゅんびはないですか?


そう疑問に思って研修で質問した里親さんて

沢山いるんじゃないかな?

あたしもその一人。

私も新人さんに研修とか交流会で何回か質問された。

みんな普通に不安に思うことだろう。



そういうときに口を揃えて言われたことがある。

「今から考えたって無駄だから

 子どもたちが来てからでもなんとかなる」


結論から言うと、できることは沢山ある。

けれど、来る子どもの個性に合わないリスクや

そもそも話が来ないとか、不調になることもある。

手当の制度も毎年変更されてややこしいし…

準備が無駄になることを考慮しなければならない。


多くの人はだからこそ考えるのが無駄だとなる。


けど、それってヘッジのかけ方の話。

そういうヘッジができる人なら

聞いておきたいことっていっぱいあると思う。


何も対応しないのか一番リスクが少ない

最適解というのもわからないでもないけと、

それって里親の個性に合わせた対応とはなってない。






里子ちゃんは家に来たときが0歳


発達科学の理論でもその道理はある。

そこは全く否定しない。

しかし、私の周りの里親も児相関係者も

その考え方が強すぎると私は感じています。


確かにそれまでの生活環境が不十分だったゆえに

精神構造が未発達だったりすることはあるし、

愛着障害などの反応が返ってくることは容易に想像できる。

基地としての親の機能が里親にまだ確立されていない中で、

健全な反応が返らないことも明らかだろう。


しかし、何故誰もがその「0歳」理論に

答えを見つけるのか。

それ以外のものが隠れていることを誰も疑わない。






逆に、そういう理論がたまたま臨床の結果とも
合致する場合だったのに、
その答えが気に食わなくて自分で探し求めて、
自分に都合の良い新しい理論を見つけた途端に
それが正しいと信じて飛びつく人も多い。

それも全て臨床ではなく自己都合の理論を当てはめる
ただの合理化という逃避。





親にしても科学者にしても
結局自分のエゴで世界を見ちゃう傾向がある。

理論科学においてはそれでいい。
自分が設定した理想条件において道理が立てば
全て答になる美しい世界。


しかし、臨床はそんな理屈通りにいくわけないし
とはいえ当てずっぽうでもだめ。

いくつかのそれらしい理論を用意しながら
その操作による危険を予測回避しながら
対象をしっかり観察し反応を見て
最善を尽くしていくものだと思う。

失敗したからやり直しっていうのが
子育てだとできないからこそ
悪い伝え方をしたときや傷付けたときのフォロー
意外といい反応が返ってきたときのフォロー
子どもたちの反応の気づきを夫婦で共有して
次に活かす努力をしてきた。

常に私達の立てた仮説は間違えている前提で観察し、
その評価を専門家に評価してもらう。
自分のエゴは評価に入れない。

反証可能性をしっかり確保して
その上で児相ワーカーさんを納得させてきた。

理論だけではない。
教科書通りの育児なんてそこに子どもが不在なのと同じ。

多くの時間を奪われた子どもたちに
できるかぎり貴重な成長期の時間を
有効に使ってもらいたい。

そのためにやるべきことはやってあげたい。


それでもまだまだ自己否定から始める。
無理矢理たくさんを期待して押し付けてはいないか。
そんな計画的に育児をして不自然にはなってないか。

観察はしっかりするけれど、
人間らしく温かく楽しく

そんな感じで夜中の夫婦の育児会議のあとは
大きな道筋は立てても難しいことは考えない。





我が家の子育てはこの応用臨床を大切にしています。



結果として先輩里親さんたちからも
新人には難しいから絶対止めたほうがいい!
と言われてた委託だったけど、
児相職員さんも学校の先生も
里親さんたちもママ友からも
とてもうまく行ってる、いい信頼関係ができてきてる、
健やかに育ってる、仲良し親子、
なんて評されてます。


やっぱり大切なのは
ちゃんと子どもを見てあげることなのかな
なんて思うわけです。


そして、適宜理論を当てはめ試行錯誤する。



臨床です。
やっぱり臨床なんです。

子どものことを見ているふりをして
子どものことを見ている自分を演出しても
そこに子どもはいない。

子どもばかりをみていても、策がないなら
策を適切に与えてくれる助言者を持つべき。



そういう臨床対応力がない現場だからこそ
答えを求める現場だからこそ、
委託前に準備なんていらないになってしまう。



里親さん一人ひとりの個性にちゃんと目を向けたらいい。
自分たちの当たり前が当たり前ではないことにも
もっと気づけたらいいと思う。

フレッシュな新人里親さんだからこそ気付く苦労を
もっと新人さんたち同士で共有したらいい。

ベテランさんの凝り固まった答えは
もちろん大切な理論体系ではあるけど、
経験の詰まった宝物ではあるけど、
私もたくさん大切なものをいただいてきたけど、

だからこそ思うのは、
ベテランさんだけに頼り過ぎたら
多分つまずいちゃうかも。

同じくらいの歳の里子ちゃんママ友が
一番助けになるのはそのせいかも。

里親歴同じか少し上くらいの里親さんにこそ
新人さんは話を聞くのが一番いいかも。


里親さんが悩み苦しんでいるその事自体が
理論のテキストではないけど、
当に臨床そのものだから。


臨床です。応用です。
わかる人だけでいいです。
臨床を大切にしてください。



よく拝見してますこちらのブログ。
大好きでよく拝読しています。

この記事…すごくわかるのよね。



自閉症の子育てあるある?くらいに
わたしの周りのママたちも経験してる人いた話。


あたしもめちゃ共感なんです。
いろいろあるのよね、自閉症スペクトラムの子の育児。

あたしたちは下の子について施設や児相から
「障害のない元気な子です」と散々聞かされてたし、
おかしな行動が目立っていたことを相談しても
「みちょまるさんが真面目だから、頭がいいから」
などと言われてどう伝えようか、試行錯誤しながら
試し行動や施設時代の生活習慣の問題だっていう
可能性を視野に受け止めていました。


でも、問題行動を起こす中でこの子の中の論理展開が
やっぱり明らかにおかしいこと、
友達の喜怒哀楽など他人の感情に無感受でいること、

説明したり絵に書いたり色々説明しても
状況はそれなりに理解してるのに
人の感情に価値を全く置かず、だからこそ
自分の行動にも人の感情が全く考慮されず、


やっぱりおかしいぞ?


と思って児相のワーカーさんに話して


人の感情という目線で一度この子の思考を
しっかり見てあげてください。



と話して、やっと児相のワーカーさんも理解してくれた。
そこから精神科に通わせることができて、
今では自閉症とわかったんです。



自閉症だと診断される前から
自閉症だろうとは関係者からも言われてたし
そのつもりで接してはいたけど、
里子ちゃんだからなおのこと
いろんなこと覚悟もしてたけど、

わかっていてもそう簡単に受け止められるものでもなく、
結構辛いときってあるんだよね。


前に児相にも精神科にも相談してることだから書くけど、
体罰って言われてもおかしくないことを
一回しちゃいました。






うちの子、いろいろ残酷でさ。
自分が悪い子として小さい子が泣いていても
バレなきゃいいや。
バレてもごめんなさいって言って赦されたなら
もうどうでもいい。

誰かに罪をなすりつけて、
なすりつけられた子が泣いてても
バレなきゃいいや。
バレてもごめんなさいって言って赦されたなら
もうどうでもいい。

誰かを怪我させても事故だったと言って
ごめんなさいって言って赦されたなら
もうどうでもいい。


その子がどれだけ苦しんでいても、
ワンワン泣いていても、痛い痛いと叫んでいても、
全く心が動かない、そっちに関心がいかないんです。

漫画を読んでいても、テレビドラマでも、映画でも。

悲しい話でも本人は全くそこに関心がなく
面白い顔を俳優さんがしていたら
それを見て大笑いしながら体を揺すります。

道徳の授業で共感したことは全く無いそうです。
本人は何が正しいのかのケーススタディをしてるつもりです。






下の子の反抗期のピークのころね、
友達を「何か蹴りたくなったから」と蹴飛ばして
大喧嘩になって骨折させたとか。

友達Aさんの秘密を言いふらして大喧嘩になって、
友達Bさんに脅されて言わなきゃいけなくなったから
みんなに話しただけだって嘘ついて
そんな嘘はすぐにバレてしまっまたのに
だから何だと言わんばかりの態度。
それでも信じてくれてたAさんは
みんなからうちの子を守ってくれて友達なくして
そのAさんがどれだけ辛いか問い質しても
「ポカーン………え?ごめんて言えばいいの?」


悪いことをしても上の子になすりつけて、
面倒くさくて物を乱暴な使い方して壊しても知らんぷり。
バレたら
「ごめんなさい!次から気をつけるね!
 掃除するね!お手伝いするね!」
というきまり文句を繰り返すだけで反省なんてしない。

だから赦してもらってまた同じ悪さする。

また怒られると赤ちゃん返りをする。
お漏らしをわざとして指をしゃぶりだして
泣きながらぬいぐるみと幼児語で会話し始めて
それもこの子の怒られたときルーティン。

上手くいくと大人がいなくなった途端に
泣き止んでニヤリ🤪

それも繰り返してるうちにわかるからさ
時期にバレてしまって通用しなくなり、
そうなると追い詰められて本気でキレる。

さっきまで幼児語喋って泣いてたのに
中高あたりのヤンキー言葉で怒鳴り散らす。

家を破壊する。





最初は本当にいい子だと思っていました。
悪いことしてもすぐに謝ってくれる。
でも、そういう面を見ていくにつれて闇は深い…
そう感じるようになっていました。

話したり傾向をまとめていく中で
この感受性の欠如に気付いて
児相のワーカーさんにも理解してもらえるように
少しずつ進んできました。




悪いことはちゃんと悪いと言うべき。
そう言われていたし、
私もそこはしっかり伝えるべきと
思っていたから、最初はちゃんと注意しました。

素直に謝ってくれるし、そのあとお手伝いもする。
やっぱり素直でいい子だなぁ。そう感じてました。

けど、同じことを繰り返すわ繰り返すわ。

反省がない、ごめんなさいといえば赦されると思ってる。

詳しくはまた書きますが、
繰り返すのは実は反省がないんじゃなくて
着眼点が独特すぎて、
同じ状況だって普通ならわかることも
全然違う状況に見えちゃうようなんです。

素直に聞いてくれる。
真面目なところもあるし、
責任感も発揮してるという評価も聞く。

そんなときに友達とのトラブルが続いてね、
やっぱりお説教しちゃった。

人を傷つける嘘はダメ。
その子の気持ちを考えて。

人の気持ちなんてわかんないよ!

初めて本音を出してくれたことがありました。
一緒に暮らして一年ほどした頃でした。

少しずつ見えてきたこの子の特性。

でも、なかなか周りは理解してくれない。
児相も「委託されたときが0歳ですから」の連続。

いや、そういう問題とは多分違うよ。
あたしもフリースクールでいろんな特性の子たちと
沢山関わってきてるし、
家庭教師や塾を長らくやってたから
年相応の反応はわかってるつもり。
この子は違う。何か違う。

ずっと心が通わない、言葉が通じない関係に
悶々としていました。
調子がいいときは調子がいい。
そんな波を何度も越えながらやってました。


楽しい毎日を今ではそれなりに送ってますが、
そういう時期が一年半ほどありました。

その中でも、こういうのが続いたときは流石に堪えました。

そんなときに骨折や嘘やアカンベーで
流石にあたしもブチ切れちゃって…

体罰しちゃいました。

ワーカーさんも受け止めてくれたけどさ
流石にこの頃は自己嫌悪の渦に呑まれました。




こんなところで手を上げてしまうのは

やっぱりあたしが根本男だから
暴力的なところ残ってるのかな?

血の繋がりのない子どもだから
本当の意味で愛してなんてないのかな?



里親失格なんじゃないか。


ママ友に相談しても
「下の子ちゃん、そんな子に見えなーい
 子どもなんてそんなもんだよー」
だしね。

やっぱりこの苦しさって当事者しかわかんない…

共感し会えるのはやっぱり当事者ママたち。
あたしの暴力も受け止めてくれた。
みんな大なり小なり経験していた。
あたしだけの苦しみじゃなかった。
もうそれだけで救われました。





診断ももらってなにも変わりはないんだけど、
周りに理解されないことに自分で納得できてます。
これ、意外と精神的に楽になった。


人の感情に無頓着だからこそ
やっぱり対人コミュニケーションで失敗するし
それは本人もそろそろ自覚し始めてるから、

頭を下げに行くのはあたしの仕事でいい、
この子のできないを一人に負わせず、
一つ一つケーススタディとして成長につなげる。




この子は人の気持ちも
それがどれだけ大切かも
ほとんとわわからない。


それを分かれと言っても無理なんだもん。
でも、こういうときは駄目なんだよっていう
ルールになれば守っていこうって努力できる子。

過程を考えられないのなら
そこにもう注視しようとしない。
結果を一気に教えてしまう。


それで今はいろんなこと伝えてます。
本人もそのほうが楽そうだし飲み込みもいい。



この子のそういう頑張ってる姿を見ると
あたしが守ってあげなきゃ
なんて感じるわけです。



まだまだカサンドラになることも多い私ですが
できることに合理化して
何とか納得してます。

それでも失敗してきたら
また今のうちに気付けた失敗に感謝。
頭を下げに行ってまたお勉強。

それでいいんです。それで。
18歳までに少しでもできることを多く
そして楽しく温かい時間と思い出を作ってあげる。

それがあくまで育児代行の養育里親の仕事なのかな。