紛らわしいですがジェンダー論ではないです。
子育て論として、教育学としての性教育です。
上の子と私達夫婦(お父さんお母さん)の
両親との思い出を話してた。
私の母はケーキを食べるときも
休みの日に何かするときも
ご飯のおかずをわけるときも
お母さんの分はいいから
好きなだけ食べたらいいよ
みんなが行きたいところでいいよ
もっとたべたいならお母さんのあげるよ
と私や兄弟を優先してくれてた。
今だからわかる。
大好きな家族が喜んでくれるなら
その笑顔が何よりの幸せだから
もっと笑顔が見られるなら
私の分なんていらないから
もっと笑顔をみせてちょうだい。
母もそう思ってたんだろうし
その感覚を教えられたわけじゃないのに
結局同じように子どもたちや夫に対して
分けてあげたり譲ってあげたりしてる。
まぁ、多くのママしてる女性って
そういう感覚になってると思ってるんだけどさ
お祖母ちゃんっていつも
自分の誕生日とかでも
お祖母ちゃんのことはいいから
お母さんたちのために譲ってくれたんだ。
「へー!お母さんと同じだ!
お母さんもいつも唐揚げわけてくれたり
大好きなケーキも分けてくれるし
この前もお母さんの誕生日なのに
自分たちの行きたいところに連れてってくれたし
お母さんもお祖母ちゃんも何でそんなに優しいの?」
以前、保健の先生とママ友たちとで
おしゃべりする機会があって
学校で教えてる「性教育」について話したの。
思春期迎えるにあたって
性の問題ってどんどんリアルになってく。
具体的なトラブルとか悩みとか
でも思春期故に子どもを管理することもできないし
話を素直にしてもらえるとも思えないし
ママたちからは不安の声が沢山
保健の先生が言うには
理科で生き物としての体のことを学んだり
道徳で思いやる心のこと
家庭科で家事や家族のこと
そして保健で男女の体のことを学ぶ
いろんな教科で同時進行的に多元的に
性について価値観を広げて言っているんだって。
じゃぁおうちでは何を教えてあげたらいいのか
先生が言うには
知識は学校で十分教えてあげられてる。
でも、1つだけどうしても教えてあげられない
大切なことがあるらしい。
自分の命、体、存在がどれだけ大切なのか。
それがわからない子は、どれだけ知識をつけても
どれだけやっちゃ駄目だって教えても
自分をその危険から守ろうとできない。
そしてトラブルになってしまうんだって。
そういうふうに子どもたちが自分への尊厳を持つこと
それができるのは学校じゃない、家庭だけなんだって。
性教育というとエッチな話だと思われがちだけど
性とは命をつなぐリレー。
親が子を愛して、子が孫を愛して、
孫が曾孫を、曾孫が玄孫を、
子が親を愛して、孫が子を愛して、
曾孫が孫を、玄孫が曾孫を、
そういう心のリレーがあるからこそ
家族を悲しませたくない、
自分が大切にされたからこそ
自分を大切にしなきゃいけない。
同じようにパートナーも家族に愛されているだろう。
だからこそパートナーも大切にしてあげなきゃ。
そういう人の心、家族の心が
性教育には必要なんだと。
家族の為に、働き、ご飯を作り、洗濯し、
お弁当を作り、叱り、抱きしめ、泣き、喜び、
誕生日を祝い、看病し、介護し、墓参りをし、
そういう家族をつなぐ思いが愛が
子どもたちの命の尊厳。
性教育は『心生』教育なんだって。
私の中の考えと全く同じだったけど
ここまでズバリ言葉にしたことがなかったから
目から鱗レベルで衝撃だった。
私が性同一性障害であると気付いて
その現実に向かい合ってこれたのも
大きな決断をするまでに悩み苦しんでしまったのも
結果、自信をもってこの道に進めたのも
心が生きることができたからだと思う。
こんな私を愛して認めてくれた人が
たくさんいたからだと思う。
ご先祖様を含めて
私の為に命を賭し、汗水流して働き、
神に祈ってくれたくれた人たちがいる。
だからこの命を無駄にはしちゃいけないって。
そう思っていたからこそ諦めずに前を向いてきた。
そして、今、血は繋がってなくても
私達の子どもたちにその思いを伝えている。
私にしたら親が子を愛して笑顔が嬉しくて
そんなこと昔から疑いもしなく当たり前だった。
虐待も時にあったけど、それでも愛されてた。
子どもたちから投げかけられた
「子どもの笑顔の為にお母さんが喜びを譲る」という
母親の姿が、不思議なことだという事自体が
私にしたら不思議なことだけど、
そんな姿を子どもたちに伝えてあげられたのなら
私としたら嬉しい限り。
それに気付いてくれたから
上の子は友達にも家族にも優しくいてくれるのかな。
昔はすぐに喧嘩しちゃったり迷惑かけまくる
地域イチの問題児だったのに(笑)
そう、あなた達は愛されてる。
あなた達の笑顔が、幸せが、喜びが
お母さんの喜びだょ。
もう一つ、
私が子どもたちのライフストーリーワークをする時、
不都合な過去であってもちゃんと
折を見て子どもたちのルーツに赴いたり
話をしてあげたり、
神社や仏教の伝統や民俗を教えているのは
子どもたちの歴史にまっすぐ向かい合ってもらって
それでも沢山の人達の思いの先に
あなた達がいるんだということを知ってもらうため。
実親の愛はいろんな事情で受けられなかったけど、
それでも沢山の愛をうけていること、
そしてお父さんお母さんの愛を受けていること
お父さんお母さんのご先祖さまの愛もまた受けていること
養護施設の職員さんの愛を受けていること
いろんな人達の思いの結晶なんだよ。
そんな悠久の歴史の中に生きているんだって
すごい輝く必要もない、輝きたければ輝くもいい
あなたらしい生き方をどう未来に描いていくか。
歴史と未来
その2つをセットで伝えるようにしています。
その結果、興味も熱意も全くなかった上の子、
やりたいことに強い思いをもって
中1にして夢をもって走り出してくれた。
子育ての世界で、特に里親の世界でテーマにあげられる
「ライフストーリーワーク」だけど、
これは私の中で「性教育」の考え方と通じてます。
心と生の教育
つまり
愛と命のリレー
うん、坂本金八的なやつ。
性の役割って
そういう働きだって言われても
私は納得できるかな。
そう思うと、
性同一性障害のトランスジェンダーであっても
里親として性の役割って担っていけるんだよね。
なんてね。