のつづきです。


やっと役所から価格高騰緊急支援給付金の書類到着しました。

添付されていた案内に書かれていたことを転載です。



先日書いた解釈どおりの運用でした。



もし今回も自治体から案内な来ていない方は、お問い合わせをなさってみてはいかがでしょうか。





個人的には、里親は経費として安定した生活費を頂いてるわけで、うちはもろもろ併せて余分はまだまだあるし、本当に必要なのか不思議なところ。里親には手の付けられない、つけるべきではない子どもたちの口座でただただ貯蓄されるこのお金が、本来の意味を為しているのか疑問でしかない…。生活困窮でもない、景気対策にもならない、この時期に里子ちゃんだったというだけで将来受け取るお金が増えるなんて変な話。手厚く守られてる里親と今里子である子たちより、実親や実親とともに暮らす若者や子どもたちこそ支援されるべきと素直に思う。本当に理不尽な話。里親の支給経費が物価高騰で“本当に”足りないのなら、そちらを必要に応じて増額することが妥当であって、ただただ貯金されるお金が今の一時的価格高騰に対応するお金という考え方が明らかに見当違いだと思います…。


でも、今回の給付金は里親の権利ではなく里子の権利。個人の意見は別として、子どもたちの権利を行使する責任は里親にあると思います。逆にそれを妨害する権利はないと思うので、申請はします。でも、やはり疑問です。


せめて、あまり知られてない里親や児童養護施設などの措置児童行政の情報に市民が触れられる機会は作りたい。そして、個人的意見は表明しておきたい。


というわけで踏み込んで書いてみました。





師走ですね。


年末年始の計画なんて、ほとんどのお宅はとっくにたててるのだろう。


テレビコマーシャルでも予約受付は今日までとか明日までとか、流れてくるようになって気持ちが焦ってます。




クリスマスの食事はたまには外食かな…ケーキどこで買おうかな…悩みだしたら優柔不断な私は、結局決められないまま予約期間を終えてしまうガーン


これはおせち料理もそう。作るの面倒くさいし、何か沢山いろんなの出てるし。でもちょっと高いから何かもったいないなぁ…作れば3割くらいの値段でもそれなりのもの作れるのに…。なぁんて考えながら期間終了。



で、結局毎年クリスマスケーキ以外は手作りで終わらせてしまうんです。年末は腕によりをかけなきゃいけない調理地獄。でも、毎年同じことの繰り返し。抜け出そうと思えば簡単に抜け出せるはずなのに…



そこで、今年こそ!と思って書く店のクリスマス・お節料理のパンフレットを持ってきて、家族と相談をしたんです。


どれを食べたい?おねがい


みんなに訊いたら…


どれでも。

てか、いつも通りでいいけどえー




なにを!おまえら!何故そんなに目を輝かせない?!

こんなにも美味しそうな料理が並んでるのに

何故興奮しながら選ぼうと思わないんだ!?


だって、お節料理って添加物の固まりなんでしょ?

家庭科で聞いた。

ずっも前にそれぞれ大量発生をされたものを

販売業者が詰め替えてるだけだけど、

味とか色とか悪くならないように

添加物たくさん使ってるらしいよ。


ていうか、お母さんの手作りでいい。

おいしいし。






ガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーン




食育は大事だけど、理想は理想だけど、

センセー  それは無理っすょえーん


いや、嬉しいんだけどね。お母さんの料理がいいっていわれるのは。でもクリスマスとお節を一人で年末にこしらえるの、それだけで結構地獄なんだょ…。うちの場合大掃除もお父さん役に立たないからお母さんが仕切りながら一番頑張んなきゃだし…受験のことでも慌ただしい可能性あるし…。



今年のお正月も疲れ切って死んでそう。




一ヵ月も前から年末が怖い…


いつものように晩ご飯のレシピに悩んだので子どもたちに訊いてみた。


今日の晩ご飯は何がいい?

サムネイル
サムネイル

コスタリカ戦を見るときに食べたい料理



コスタリカ戦を見ているときに食べたい料理…


そんなもんコスタリカ料理しか思いつかんだろ。


というわけでピカディージョデパパしか思いつかなかったので、やってみることにした。って、作り方知らねーし笑い泣き


簡単だね。美味しいかはしらないけど。
提案した子どもたちが悪い。

トルティーヤじゃお腹膨れないだろうし焼くの面倒だし、ピカディージョデパパを御飯に添えるつもり。



今夜は食事でもコスタリカを食べて、試合でも勝って、決勝トーナメント進出するぞ!


と言いながらサッカーはにわかファンとも言えないレベルのわたし。夫と子どもたちが盛り上がってる熱量と出てくる言葉のちんぷんかんぷんさに押されて、私はぼーっと見てるだけ。みんな楽しけりゃそれでいい照れ

PTAやスポーツ少年団や町内会といった集まりのイベントで、料理したり配膳したりすることって結構あるけど、そのときにビニール手袋を配られて着用することになる…


そんな時に埋没系MTFママが出会すトラブル






手がデカくて

手袋が入らない


無理矢理でもスムースに入ったときはなんとか誤魔化せるんだけど、一番最悪な場面は…


手袋が破れて

使えない



このトラブルって本当こまるのよね…

バレないかって焦るし、恥ずかしいし、迷惑かけるし…


こういうときのために自前で使い捨ての手袋の大き目用意して参加してます。


トランスジェンダーMTFの方の悩みってやっぱり骨格が多いと思うけど、そんな骨格なんて普段誰も意識しないもの。そこらへんの大きな女性ってことですむんだけどね。


どんな背の高い女性でも手はやっぱり女性らしい小さな手。

どれだけ誤魔化しても誤魔化しきれないのがバレるタイミングかな。女性サイズのものをみんなで共同購入、共有しなきゃいけないときってサイズ問題にどうしてもぶち当たる。


自分サイズで発注できなくて、誤魔化し効かない男性的特徴…それは手だと思う。


完パスのMTFさんのなかで手が小さい人は女性社会で生きてても、悩みが1つ少なくなるのかな。なんて思います。





まだあまり聞いたことのない「埋没系MTFママのあるある」に将来選ばれるのではないかと思うお話でした。


将来そういう状況になりそうな方はお気をつけくださいませ。


先日のコロナ騒動でお世話になった病院さんで初めての体験。


地元の里母友達からも増えてきてるという話は聞いていたけど、全然経験できなくて半信半疑だったこと。







ちょっと里親制度の説明
(地域差があるかもしれないのでその点はご了承ください。)

里親さんはよくご存知だと思いますが、子どもたちは実親さんの社会保険制度の下に本来いるべき立場なので、健康保険加入の責任は実親さんに課せられているようです。だから私達養育里親は里子ちゃんたちを自分たちの健康保険の被保険者に加えられないです。(養子縁組里親は法的に実親になるので対象外。)

しかし、養育委託されてるだけの里親は医療費を支払う必要がないんです。具体的には、実親さんが入る健康保険に里子ちゃんは加えられていて、その実親さんの健康保険を使い7〜8割補助を受け、さらに残る本来自己負担となる分を児相が経費として出してくれる受診券 」という制度を利用します。



実の親子でも自己負担分を行政サービスとして市区町村が負担してくれる保険証に追加で持つ医療証と似たようなもの

この児相が出してくれる受診券は医療証と違い市区町村の垣根を超えて全国で使えるので地域外のお医者さんにかかるのも楽な点でありがたい。
他のママ友たちはわざわざ遠くにある市内の病院を受診しなければ医療証が使えない。でも、私なんかは市外の近くて評判のいい病院を受診できたりする。

また、実親さんに様々な事情があって健康保険料を払えない場合など、里子ちゃんが無保険状態であることがあっても、自己負担の全額をこの受診券では負担してもらえるので、実際に窓口で支払う診療費はゼロというのもありがたい。(自由診療や診断書など保険適用外内容を除く)

ただし、里子ちゃんや児童養護施設が少ない地域だと知名度も低く病院窓口で理解されず受診券について都度説明を要してしまうんです。これは里親あるある。






そこでこの診療報酬明細書の話

「措置児童」として扱いが区別されている。この病院、里子ちゃんの扱いに慣れていて理解もある病院らしい。

多分あの先輩里親さんたちが開拓したんだろうなぁ…と思い当たる人たちがいるので機会があったら聞いてみよう。

確かにカルテを作ってもらうときも受診券の説明をほとんどしなくても理解してもらえていた。こちらから何も言わずとも里子ちゃんの病院内での呼称をどうするか尋ねられた。(里親と里子ちゃんの苗字の違いでトラブルになることもあるから)


トランスジェンダー以上にその存在が知られていない里親里子ですが、少しずつ裾野が拡がって、地域の理解や温かい目も増えてくれると嬉しいな。


今回の場合は、ママ友を頼って病院を利用しているので、この「措置児童」扱いは措置児童であることを病院スタッフさんに周知させる、つまりママ友にもばれちゃうという弊害もあるんですけど、助けてくれたママ友は守秘義務もあるしおかしな人じゃないし、むしろ優しいママだから里子だってバレても問題はなさそう。
だけど、たぶん里子ちゃんだってこと知られてしまったろうから、近いうちに説明しておこうかなって思います。





子どもたちも大きくなって里子という境遇に多感になることもあるだろうけど、社会はそんなに冷たくない。私はそう信じてるし、卑下されるも同情されるも尊敬されるも本人次第。そう人から見られて何を感じるかも本人次第。沢山悩んで考えて、それでも帰ってこられる場所がある。それで良いのかなって思ってます。