に続いて、委託後の生活紹介第一弾。

子どもたちが名乗る名前【姓】について。


里子の姓、戸籍、住民票


うちの二人の子どもたちは児童相談所から

養育を委託されて一緒に暮らすだけの里子です。


特別養子縁組や普通養子縁組をしてしまえば

名前も親の姓を名乗り実子と同じになるが、

今はあくまでも児童相談所から育児を代行してるだけ。

戸籍上は実親の子どもたちで、里親の戸籍とは関係がない。

だから子どもたちには子どもたちの姓がある。


社会的養護の中の里親制度においては

「養育里親」という分類の小規模の児童養護施設。


住民票を一緒にしていても世帯主との続柄も

「同居人」や「縁故者」となってしまう。

長男長女とは書けない。


よって、そういう法律的なところを見ると

やっぱり親子じゃないんだなって

ちょっと寂しくなることもある。


でも、日常生活では全くそんなこと意識することもなく、

親子であることに疑いは持たないくらい

普通に毎日を暮らしている。



トラブル回避の“通称姓”


ただ、ちょっと厄介なのが姓の問題。

あたしがトランスジェンダーだから

性の問題も取り上げることが多いけど、

こっちは「女生」の問題、

かばね、氏、苗字、名字の問題。


養育里親さんの多くは里子と里親の

姓の不一致があるとこまることがある。


小さいうちから預かってる子だと

大きくなっめ子どもが不一致に違和感を覚えたり、

いじめの原因になってしまったりして、

急遽真実告知をしなければならないことがある。



主に2つのパターンで回避している。


①里親の姓を名乗らせ通称名にする

②里子を預かっていることを話し、名前の不一致を公表する


①の場合は自我が育った後、真実告知をしたあとに実名を使いたがったときに対応に苦慮する。実名にしたり、里親の姓に戻したり、都度変えてる里子ちゃんもいる。気持ちが不安定になったりするリスクも高い。

病院であったり、役所であったり、高校のときに資格試験など受けるとき、卒業証書を受けるときなど、書類関係は実名記載となるので子どもたちにみんなには見せないようにとか、実名と通称名の2つ発行するようにお願いするとか、配慮もいろいろ厄介。


②の場合は、子どもにそういう存在なんだと周りから認識される事が可哀想にという声もある。子どもがみんなから何で名前が違うの?と聞かれたりして傷つくことがある。しかし、包み隠さない生き方を親子ともどもできるというのは、事務上の面倒もないし生い立ちをまっすぐ向かい合わせることもできる。





我が家の場合…


うちもどうしようかなっていろいろ考えてた。


けど、結局 年長児から交流を始めたから

に書いたように子どもたちはもう実名に

アイデンティティができてしまっていた。


しかし、うちの子どもたちは詳しくは書けないけど

実の親の元に戻ることは事実上不可能なんです。


親戚界隈からも

特別養子縁組でも構わない、

もし動くなら協力します、

この子達をおねがいします、

もう私達では何もしてあげられない、

と言われている。


この子達が名前に愛着を持っていても

その名前には先祖の歴史はあっても、

その歴史をもう辿ることすら困難な

中身のない名前になっている。


大人になったときも頼る宛は私達以外にいない。


しかし、本人たちには無邪気に実名に固執している。


この子達はどんな未来であっても

私達以外に守ってあげられない。

私達以外に親や家族はいない。

もうそれだけでいい。

私達夫婦の名前を継ぐ必要もない。


継ぎたくない、縁も切りたいと言われたら

簡単に切ることもできる。

実名を守りたいと思えば守らせてあげたい。

でも、一緒になりたいと思えば

大人の意志で親子になることもできる。


私達の都合で今のこの子達の思いを無視して

変えさせることになんの意味もなかった。

だから彼らが実名で生活できるようにした。


そして、その彼らの保護者として、

彼らの名前を冠した生活を、

つまり、彼らの姓を私達が通称することにした。



子どもたちの姓を名乗ってみて


これが意外と便利。

学校内では子どもたちの名前だから不自由はなにもない。

病院では診察の過程で変な気を使ってもらう必要もなく、

保護者の名前が違うこととか診療報酬支払いのこととか

診察には関係ないところは事務処理だけだから

全く問題にならないし、

資格試験だの卒業証書だの全くトラブルおきないし、

至って平穏。


表札は里親と里子の姓を併記したものに取り替えた。

ご近所さんには子どもがいないこと話してたから

里子を預かっていますと正直に話して

でも多感な時期だし本人たちの思いもあるから

触れないであげてくださいと話した。


それでも友達が遊びに来て勘付かれたり、

噂って広がっていくもんだから、

いつかバレるだろうなっていう覚悟はしている。


そのために、あえて数人のママ友には

里親であることを早々に話しておいた。

最初は里親あるある通り

「えらいね、すごいね、尊敬する」の

決り文句を頂戴して、苦笑い。


そんな言葉は要らないし、

それで甘えたいとも思ってない。

ただ、生活習慣が大きく違うことに

子どもたち本人も気付いてないし、

そういうところでトラブルになってたら

すぐに教えてほしいことをお願いした。


あと、いつかはバレてしまうだろうから、

その時に変な噂だったり流されてたら

対応できるように協力者のアンテナを手に入れた。


ここ、性同一性障害のサバイバーの経験が活きた。

闇雲にカミングアウトして自己承認を求めてた頃

本当に寄り添ってくれる人と、口だけの人、

差別する人とか、面白おかしくかき乱す人、

いろんな人たちの特徴と傾向を図らずも知ってしまった。


もう確信をもってこの人を協力者にしようと

白羽の矢を立てることができた。

結果、今だと親友といえるママ友になった。

あとあと付き合っててわかったけど、

やっぱり厄介なママたちもいっぱいいる。

そういう人たちってやっぱりあたしの経験則から

すぐに弾き出すことができてた。


ママコミュニティに不慣れなあたしに

ママコミュニティのいろはを教えてくれたし、

ママの人間関係、子どもたちの人間関係、

先生の特徴とか、この地域の子育て事情とか

たくさん教えてもらえたから

それまでただの主婦だった私が

委託開始からものの半年で

そこらへんのママたちと知識が同じくらいになった。

いや、他のママたちに言わせれば

子どもたちの恋愛事情とか友人関係とか

どんなトラブルがあったとか、

かなり詳しい部類に入れた。


それに加えて、もともと世話好きだったり、

困ってる人に寄り添う性格だったり、

そういうのが相まって、1年経たないうちに

ママたちの相談に沢山乗れるようになった。

里親研修や子育て支援員研修で得た知識を

フルに活用して、悩みを受け止めてあげたり、

具体的アドバイスが必要な人にはしてあげたり、

私自身が辛いときには寄り添ってもらったり。


同級生ママたちの等身大を知ることできたし、

それをまた子育てに活かすことできたし、

ママが友達のママたちと仲良くしてるのが

子どもたち目線で嬉しいようで。


伝えること一つ一つがみんなのママの等身大だから

「何で母親ってこんななんだよ!だよね?!

ほんと母親ってマヂウザいんだけど…」

と友達と愚痴り合っているようです。

そう友達と愚痴りあえてるのが本人たちは

皆と同じお母さんがいるんだと感じられて

嬉しいようです。

お母さんの悪口をみんなとしてきたと嬉しそうに

私に報告してくれるなんて、実に楽しそうで良かった。

 


意外と良かった


変に隠したり、変に大っぴらにするよりも、

隠しているわけではない、

でも話したいわけでもない、

そういう適度な緊張の中で

弱者を装いながら協力をもらい、

逆に信頼を勝ち取りながら

子どもたちにもママ友にも

良い影響を与えられた。

そして、行政上の煩わしいこともないし、

子どもたちの気持ちを守れた。


どうせ大人になったら子どもたちも

自分の姓で生きるのだったら

里親が名前にこだわらないのも

一つかも知らないなって思う。


意外とその方が子どもたちも里親も

幸せに暮らせるかもしれない。

そして、バレたときにも里親が名前を出しやすいし

バレてもそのまま誰くんママ、誰ちゃんママって

呼ばれ続けるわけで、あんまり姓は関係ないし


これは私達里親が子の名を通称名として名乗ったことで

実現できた成功パターンだと思う。

里親が名前をどうするのか決めるときの

一つの参考になればと思ってまとめてみました。