の続きです。
【見出し】
スポ少での交流の実際
お出かけ交流
伝える権限
お父さん・お母さんってどんな人?
お母さんになるために
スポ少のチームに支えられて
里親が子どもたちの世界に加わる
児相から「そろそろ委託に向けて動きましょうか」
そうきりだされたのがお見合いから4ヶ月ほどしたころ。
スポ少での交流の実際
その4ヶ月間は怒涛だった。
交流の中心はスポ少の練習がほとんど。
でも、施設からの紹介で顔だしたけど全くの余所者。
愛想笑いを返してくれるだけ、みんなすごく冷たい人たち。
もうすぐに歓迎されてないことに気付いた。
やだなぁ、この雰囲気。
こんな寒い外で保護者から冷たい目で見られて、
子どもたちは話すこともできない。
近寄ってもくれない。
子どもたちは他のママたちのところに行って楽しく話してるし
パパコーチのところで私の作ったお弁当たべてるけど、
パパのところには全く来てくれないし、
好きなものだけ食べてほとんど残してくるし、
子どもたちもチームの中では私達のことを
「親戚のおじさんたち」と話してる。
交流するどころか子どもたちとの距離を痛感する毎日。
週末ルーティン
金曜日には週末の買い物を済ませてお風呂は土曜日洗えないから入ってすぐ洗う。
土曜日の朝5時に一人起きて
4人分のお弁当とお茶を用意して
1時間かけて施設に迎えに行ってチームに合流
基本8時から16時まで暇して
1時間かけてまた帰って
ご飯作って残されて捨てられて汚されて
お風呂用意してみんなを入れたあと
残り湯で泥だらけのユニフォームを洗濯して…
お弁当の下ごしらえして
寝るのが2時
日曜日も5時に起きて
お茶とお弁当と朝ごはんを4人分準備して
6時過ぎにみんな起こして身支させて
1時間かけてまたチームに合流
16時まで暇して、わがままを聞きながら
なんとかなんとか施設に送り届ける。
孤独と暇と疲労と
子どもたちと仲良く楽しく過ごしてる周りとのギャップで
毎回泣きながら帰ることが日常になってた。
チームなんてどうせ子どもたちが来たらもう縁のない関係だ。
スポ少の休みの日にどれだけ心をつかめるか。
お出かけ交流
最初のうちは練習後の半日が休みのときは
ラウンドワンだったり遊園地だったり、
ショッピングモールだったりのお出かけ中心。
子どもたちが楽しいと思っていることを通して
一緒に楽しい思い出を作ることが目標に。
しかし、そんなに思い通りに行くわけもない。
大人そっちのけで遊び回るなら子どもらしい。
この子達の場合は私達を突き放しあえてツンケン。
やりたいことを見つけるとやらせろとせびってきて
飽きたら中途半端でも勝手に逃げていく。
何より大変だったのが2時間かけてでかけた動物園。
ずっと行きたい行きたいと言うから行ったのに
他にも楽しいアトラクションも沢山あるから
入園料4人で6千円くらいだったか取られる
結構お高めな動物園遊びだったのに、
2〜3種類見ただけ、二十分ほどで
「飽きたから帰る」
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まだ小さい子どもだし、
こんな自由気ままに暮らしてる子だし、
お金の感覚なんてわかるわけがない。
友達の話でも、
あの子はどこに親と行ってきた
あの子は親とどこに行ってきた
一人ひとりは違う家なのに、
子どもにしたら「みんな」だって勘違いする定番あるある。
みんなスマホ持ってる!→クラスに二人だけみたいな。
例にもれずこの子達も勘違い
親はどこでも沢山連れてってくれる。
みんなが連れてってもらって楽しかったという場所に
ただ行ってみたかっただけ。
伝えられる権限
いろんなことを躾けたい。
でも、まだその現実を伝えられるほど
私達もスキルが無い、信頼関係もない。
子どもたちが里親に抱いてきたイメージとのギャップを
どのように埋めていくのか苦労した。
毎回子どもたちを返すまでは元気を装い
寮に戻ったあと憔悴しきって職員さんに報告。
ちょっとでも現実を見せようものなら不機嫌モード全開。
下手な期待は早く摘まなきゃいけないし、
試し行動の側面もあるだろうし、
信頼関係ができる前に私達から拒否をしにくい。
子どもたちの世界観
子どもたちと仲良くしたい交流中の里親の思い
私達にはまだ何も子どもたちに伝えることができない、
子どもたちから伝えてもいいという権限を
まだ認められていない…
苦しかったです。
そこで、施設の中の大人から伝えてもらうことにした。
子どもたちが今いる世界の中でもそれっておかしなことだって。
子どもがいる職員さんも、
僕の子どもが同じことしたらそれは叶えられない。
そりゃ同じようなことをしたら怒るよ。
お父さんお母さんが二人の思いを叶えてあげたいって
頑張ってくれてるけど、悲しい思いさせちゃ駄目だよ。
って子どもたちに言ってくれて、
みんなで一緒に話し合いの場を作って
お父さんお母さんも駄目なものは駄目って言ってください。
施設の中では好きにできる環境だったけど、
そうじゃないことはこの子達もわかってくれたと思います。
その言葉の中身より、子どもたちにしたら
大人同士が共通の世界観で繋がっていくのが見えたと思う。
だからこそ、私達里親に叱る権限を与えてもらったと思う。
そうなると今度は里親と施設職員の境目がなくなっていく。
今度はどう親らしくいられるのか、認められるのか
が課題になっていった。
お父さん・お母さんってどんな人?
二人はお父さんお母さんにどんなことしてほしいと思う?
こんなことしてほしい、あんなことしてほしいってことある?
子どもたちから返ってきた希望は
「お茶当番してほしい」
みんなはママがお茶当番してくれてる。
お茶当番は何してるママなの?
「お茶入れてくれる。鼻血したとき治してくれる」

へー、意外と可愛い希望でビックリ。
でも、すごく納得した。
この子達が身近なお父さんお母さんって人たちは
そりゃこのチームの保護者さんたちに決まってるよね。
というわけで、今度は子どもたちの望むような
お父さんお母さんになるために
チームに溶け込むことを目標に頑張り始めることに。
お出かけはもうお金たくさん使ってたから無理っていって
お外での交流は無しに、スポ少に積極的に参加する
子どもたちにとっては日常に戻るような交流に切り替えた。
お母さんになるために
お弁当も子どもたちの希望を聞いて、
何が気に食わないのか、どんな味が好きなのか
徹底的に調査研究。
好きな味がわかればもう胃袋つかめる!
最初は施設と同じブランドの冷凍食品を入れながら
同じ味付けで手作りにしてあげるとすぐに
お母さんの手作りのほうが美味しいって。
あえてたまに施設の冷凍食品お弁当を持たせてもらうと
そっちを食べなくなるほどに胃袋を掴んだ。
でも、チームに溶け込む努力をしても相手にしてもらえない。
お茶当番も何も参加させてもらえない。
たった一人だけ話をしてくれたママがいたから相談してみた。
別のチームが解散して流れてきたうえに、
一番若くて何とか何とかいさせてもらえてるようなママ。
何故私達はこんなにも冷遇されているのか教えてくれた。
①そもそも余所者
②子どもたちの正式な保護者じゃないから責任とれない
③委託が決まったら子どもたち連れて出ていく
④施設から預からざるを得ないから面倒見てるけど、施設関係には迷惑しっぱなしだから嫌悪感しかない
そう見られていると知った。
そりゃ受け入れるわけがない。
初めてママになってママコミュニティのことなんて何にもわかんない。
どんな価値観で回っているのかなんてわかんない。
自分たちがどれだけ飛び出していたのかよくわかった。
①②③はなかなか何ともできない。
④は何があったんだ?
聞いてみたら、
お茶を少ししか持たせてくれないから
ママたちが用意していたものは
お茶はみんな施設の子に飲まれてしまう。
遠征の日に時間になっても来ないから連絡したら
まだ寝てますと普通に言われて、
ママたちが急遽車出して送り届けるなど
てんやわんやになってしまったり。
職員がちゃんと迎えだったり状況確認できてないから
全部面倒見てあげなきゃいけなったり。
お茶当番だったりみんなで割り振ってる負担を
何一つ施設には請け負ってもらえない。
それを一度何とかならないのかってお願いに行ったら
チームの代表がブチギレて、
「施設には迷惑をかけるな。俺たちが全部やってやるんだ」
と言われて保護者にばかりシワが寄っている。
せめて④は変えられるかも。
お茶当番もできないけど、時々お茶や氷が足りなくなった現場を見てきた。
子どもたちのお茶はせめて責任を持つ。
さらに余分にお茶と氷をクーラーボックスいっぱいに詰めて
冬場は給湯ポットにお湯も詰めて
足りなくなったときに遠慮なく使ってください!
せっかく持ってきたので!
これが最初の4ヶ月間。
そんな中、児相からそろそろといわれる時期を迎えた。
子どもたちにスポ少の帰りに聞いてみた。
「二人はうちにお引越しするのどう?
行ってみてもいいかなぁ…とか思う?
向こうのチームはどんなところがいいかなぁ?
名前もお父さんとお母さんと同じ苗字になるけど
そういうのはどう思う?」
子どもたちの返事は
「お父さんお母さんとはくらしたいけど、
お父さんお母さんが一緒に施設で暮らすのはどう?
施設の近くに家建ててお父さんたちが引っ越してきて!
チームもずっとここがいい!
名前は怖いお兄ちゃんと同じだからヤダ」
正直返事の具体的なことにビックリ。
もしかしたらすでに考えていたのかな…
でも、一緒に暮らしたいって返事は嬉しかった。
けど、こんな無茶な要求にどこまで答えてあげられるだろう。
とりあえず一つ一つ乗り越える道を
一緒に見つけていこうと約束。
児相と施設と悩むことに
スポ少のチームに支えられて
それでもチームは毎週末集まる。
背に腹は代えられないから用意したお茶などは
次第に使ってもらえるようになって
「いつもありがとう」って言ってもらえるようになって
手伝いを少しはやらせてもらえるようになって
荷物も積極的に運ぶの手伝って、
練習試合の駐車場係も手伝わせてもらえなくて、
でもちょっとした時に少しだけ見てます!
伝言を預かったり、足りないものを聞いて準備したり。
お茶をコーチに渡すときも
コーチが違う方向にいたら片方を受け持たせてもらったり、
積極的に関わらせてもらって、
でも、私達の手伝ってる姿を代表に見られたら
ママたちが怒られる。
だから代表の前ではしない。
チームの事情を知って、
立場をわきまえる。
私達はあくまでまだ保護者ではないから
お手伝いのお手伝いという立場。
でも少しずつ努力が認めてもらえるようになっていった。
関わっちゃいけない人って扱いから
人が集まるようになってきた。
苦労をともにすることで
やっと仲間だって
認めてもらえるようになってきた。
そうなると、
子どもたちがどんな迷惑をかけてきたのか
逆にどんないいところがあるんだよとか
聞かせてもらえた。
こんなこと昔あったんだよ…
私達の知らない子どもたちの過去がどんどん聞かされる。
何か私達は親だって言いながら何にも知らない。
子どもたちの人生の殆どを知らないのに、
子どもたちが何で今こんな気持ちなのかとか
二人に寄り添ってあげることできないって気付いた。
こんなに見守ってくれてたチームなんだ、
感謝していかなきゃいけない。
同時に子どもたちのことをこんなに知ってる
チームのママたちにもヤキモチも。
①も解決。
でも、子どもたちにしたらこの町の人とチームは
大切な宝物なんだなぁ。
私達のエゴのために宝物を奪うことはしちゃいけない。
でも、家もあるし、引っ越すことなんてできない。
せめて小学校を卒業するまでの数年は、
土日は一時間弱かけてチームに合流して
このチームにいさせてあげよう。
学校で練習してたら今の友達とも遊べる。
そして、私達はチームに正式に残り続けることを宣言。
子どもたちはチームに残り続けます。
③も解決
名前もこの年で変えさせるのは辛いだろう。
大人の都合だけで特養にして戸籍をイジるのも可哀想。
私達も名前なんてもうどうでも良くなってた。
大人になったときに、自分の意志で決めてくれたらいい。
そんな戸籍より、この子達の今を大切にしてあげよう。
ということで、養育里親として受け入れることを覚悟。
しかも珍しい、学校での通称名として私達里親が
子どもたちの名前を名乗ることで合意。
里親仲間からもびっくりされた。
何で里親がそこまで譲歩するのか。
いや、子どもたちのほうが大きくなって大切なものが増え
宝物が増えている中で、これ以上奪われるのが忍びない。
私達ならその程度のこと割り切る知恵がある。
とにかく子どもたちの宝物を守ってあげる。それだけ。
下の子はもう拒否する理由もなかったから
先にうちに来てくれることに。
交流開始から8ヶ月
いよいよ下の子が正式委託。
②も解決
下の子の保護者としてチームにも参画出来るようになった。
お茶当番も配車も応分に負担させてもらえるようになった。
二人の希望だったお茶当番もいよいよ実現に至る。
チームの子どもたちと触れ合う機会も増え、
本当にチームの一員になれた。
隣近所のチームとも交流して知り合いも増えてきた。
もう縁もゆかりもない地域のお祭りに行っては
そこら中で知り合いだらけ。
お父さんお母さんが自分たちの街の祭りにいて世間話をしている。
お父さんお母さんを選んで、過去を捨てる引き算はさせない。
お父さんお母さんが彼らの人生に足し算された。
それが子どもたちは嬉しくてしかたなかったよう。
私達が子どもたちの世界に加わる
そして、上の子の保護者懇談会にも
施設職員ではなく私が出るように。
下の子はもううちに来ている。
上の子もゆくゆくはそうなる。
いろんな方に支えられて健やかに育っていることを感謝し、
たくさんの思い出を教えてほしいこと、
引っ越してもこの町のみんなの繋がりを守ってあげたいこと、
それらをお伝えしてママ友もたくさん作った。
自治会のイベントに参加しても、そこら中に知り合いだらけ。
チームだけじゃない、すべての地域の方が温かく迎えてくれる。
一緒にカラオケ行こうとか誘ってくれたり、
こんなことしてくれる子なのよと教えてくれたり、
映画行ったり、温泉旅行いったり、
そして、上の子からいよいよ希望が出てきた。
小学校卒業まではみんなといたい。
卒業したらお父さんたちのところにいく。
さぁ、いよいよ目処がたった。
下の子は正式委託。
上の子は週末里親。
子どもたちの育った町で、大好きなチームで
うちの家族の第二幕がスタート。
こういう流れがあって、続きの第二幕の話もあわせて、
子供たちの育った児童養護施設のある町で
ずっとボランティアしてます。
施設の子たちの可能性を潰さぬよう。
子どもたちが温かく迎えられるよう。
大きくなっても帰ってこられる場所であるよう。
施設と地域が手を取り合って歩んでいけるように。
田中れいかさん
是非彼女のあまたの活動を、
児童養護施設出身の人とは思わず、
一人の輝く女性のそれとして捉え、
彼女の思いを感じてみてください。
続く。



