「登山界のアカデミー賞」?
ピオレドール(黄金のピッケル)賞というのだそうだが、今年は3チーム選ばれ、25日にシャモニーで授賞式があったと新聞が報じていた。3チームのうち2チームは日本人クライマーで、それぞれインド・ガルワールのカメットとカランカという高峰の未踏壁を初登攀したことが評価されたという。
ピオレドール賞は1991年、フランスの山岳雑誌『モンターニュ』によって創設され、今年で17回目。開拓精神を発揮し、困難な新ルートを高度な技術で登攀したもっともすぐれたクライマーに贈られるそうだ。
登山の世界から遠のいている僕には、ピオレドール賞なるものがあるくらいしか知らないし、さして興味があるわけでもない。この賞を初めて耳にしたのは2年前だ。山と渓谷社から、第2回ピオレドール・アジア賞(ピオレドール賞のアジア版)受賞者の韓国チームが登攀したガルムッシュという山について、電話取材を受けた。ちなみにピオレドール・アジア賞は2006年に韓国の山岳雑誌『人と山』がはじめたものだ。
ガルムッシュは、僕が30年近く前に登った懐かしい山だ。パキスタン北西部のヒンドゥ・ラジ山脈の一峰である。まだ、ヒマラヤやカラコルムに魅力的な未踏峰がいくつか残っていて、そんな処女峰に胸を焦がしていた頃だ。ガルムッシュは未踏峰でもなく、そんなロマンをいだくような山ではなかった。パキスタンからガルムッシュの登山許可が送られてきたとき、やはりダメだったか、と肩を落とした。というのは、ガルムッシュは第一希望の山ではなかったからだ。だけど、ガルムッシュを登らなければならない。僕らはこの山に真剣に取り組み、そして登ったことはまちがいない。あのガルムッシュ登山は、その後に僕らがヒマラヤで登山を展開していく起点となった。
山渓の取材記者は、ガルムッシュを登った韓国チームが受賞したことに違和感をもっていることは、口ではいわなかったが、電話口のやりとりから感じ取れた。じつはそれ以前に、この受賞のいきさつについてある人から情報を得ていた。審査委員長の中村保さんが韓国チームの受賞にかなり難色を示していたという。登山の実状を知っている人ならば、その反応は当然だろう。
ガルムッシュという山は僕にとって忘れることのできない大切な山であるが、この山をよく知っているだけに、2007年のアジアにおけるもっともすぐれたクライミングに、ガルムッシュを登った韓国チームが選ばれることが理解できなかったのだ。しかも、登攀ルートは新しく開拓したものではなく、初登のオーストリア隊と僕らが登ったルートと同じ西陵だ。
山渓の記者に、「これは賞の権威を落とすような選考だと思います。与えるほうも与えるほうですが、貰うほうも貰うほうでしょう」と、辛辣に評価した。コメント記事には当然そんな言葉は省かれていたが。
今回、本家のピオレドール賞を受賞した日本人クライマーに、どんな登山をしたのかまったく知らないので、論評する資格はないし、ケチをつけるつもりも毛頭ないが、「登山のアカデミー賞」という言葉にいかにもインチキ臭いものを感じてしまった2年前を思い出した。
ガルムッシュを登頂した俺
「千丈の堤」が崩れはじめたか
きのう海賊対処法案が衆院本会議で可決された。参院で否決されて、衆院で再議決されるのだろう。こういう法案が、支持率20パーセント台そこそこ(これだけの支持率があるというのも不思議だが)の麻生政権が4年前の総選挙で得た多数をつかって、成立してしまっていいものなのか。採決を受けいれた民主党も民主党だ。海賊退治に自衛隊を派遣すること自体が問題なのだ。
05年の郵政選挙で得た過半数の議席数をつかって、安倍政権では、教育基本法改正、国民投票法、イラク特措法などの憲法にかかわる重要法案をろくに審議せずに強行採決した。その安倍政権に批判がたかまって、2年前の参院選では与党は惨敗したはずだ。それから総選挙を経ずに福田、麻生と首相がコロコロと変わって、選挙管理内閣のはずの麻生政権は解散を延ばしに延ばして、いまや本格政権とでも思っているのか、どんな法案でも再議決して成立させてしまう。
そもそも自衛隊を紛争地へ出すということは、憲法違反じゃないのか。中曽根外相は「ソマリア沖の海賊行為は私人の犯罪行為だから、憲法が禁ずる武力行使にはあたらない」とのたまった。アルカイダなみの重火器を持つソマリア海賊と一戦交えても、武力行使にはあたらないらしい。そんな屁理屈をつかってでも、とにかく与党にとって、自衛隊派遣でなくてはならないのだ。その先に見えるのは、アメリカの要請にこたえられるような海外における軍事活動だ。その前に、憲法改正。
「公共の安全、秩序の維持はひじょうに重要だ。いっそうの貢献を果たしていく責務が世界のなかで大いに期待されており、それにこたえる義務がある」などと麻生はもっともらしげにいった。アメリカ以外のどの国も、日本に軍隊を派遣して海賊を退治してくれることを期待してなんかいない。
北朝鮮が「ミサイル」を発射したとき、国民の危機意識をあおるように、今にも日本に爆弾が降ってくるかのような大騒ぎをマスコミも政府もわざとらしくやった。その後、案の定、中川とか安倍という連中が敵基地攻撃論とか核武装論をいいはじめた。こいつらは、憲法上でも核武装はできるとか、集団的自衛権は行使できると強弁する戦前志向派だ。
中曽根政権の1987年、イラン・イラク紛争中、ペルシャ湾を航行するタンカ-がイランから攻撃を受けて、アメリカは海軍を出動させた。そのときアメリカから、ペルシャ湾内を航行する日本のタンカーも多いのだから、機雷除去のために自衛隊の掃海艇を派遣する要請があった。中曽根はアメリカの要請にこたえようとしたが、それに猛反対したのは官房長官の後藤田正晴だった。後藤田は戦争体験をもつ。二度とふたたび戦争を起こしてはならないという信念を骨の髄まで貫いていた。敗戦から営々と築きあげてきた憲法に基づく平和国家体制を、「蟻の一穴」から崩してはならない、これが後藤田の信念だ。掃海艇派遣は見送られた。
後藤田が絶対に崩してはならないと主張した平和体制、安倍にいわせれば戦後レジームなのだろう、それがいま崩れかけている。平和体制と専守防衛を国是としてきた日本が、小泉政権あたりから壊れはじめている。
本格的な政権交代がなければならないが、新しい政権はどのような姿をとるかが問題だ。
「無罪の推定」は死語か?
つい先日、強制わいせつ罪にとわれた防衛大の教授が一審、二審で有罪となったが、最高裁で無罪がいいわたされた。痴漢行為そのものはあったことはまちがいないだろうが、女子高生のいうままに教授を犯人に仕立てあげてしまったわけだ。警察によって一度犯人にされた人は、もう逃れようがない。起訴されれば、99%有罪となる。警察、検察は都合の悪い証拠や調書は表に出さない。裁判所もすべての証拠開示をもとめない。
無罪推定の原則なんてこの国にはないようだ。無罪の推定とは「疑わしきは被告人の利益に」だ。ところが、この国の警察は「疑わしきは罰せよ」が原則のようだ。それどころか、5年前に起きた鹿児島県議の公職選挙法違反事件などは、「犯人をでっち上げてでも、罰せよ」だ。
警察も検察も裁判所も、憲法で保障された国民一人一人の人権というものをどのように考えているのだろう。60年たっても、戦前の人権感覚をそのまま引きずっているように見える。このような重大な人権侵害が起きても、結局誰も責任をとることはない。きちんとした説明も聞いたことがない。彼らは、憲法をもっとも厳しく遵守すべき立場にある人たちだ。もう、暗澹たる気分になってしまう。
来月から裁判員制度が始まる。冤罪を起こしてしまうような警察、検察にはやはり、取り調べをすべて可視化し、求められた証拠はすべて開示してもらわなくてならない。でなければ、彼らの都合のいい証拠だけ見せられて、彼らの都合のいい方向に裁判員が誘導されかねないではないか。
それにしても、今ごろになって国会で議論されているが、厳しい守秘義務や、裁判官にはなくて裁判員にある罰則などいろいろ問題が多く、また憲法違反の疑いがあるこんな制度が一カ月後には施行される。ほんまに、ええんかいな。
農業の未来
単一栽培のもっとも顕著な例は、アメリカに見られるような、小麦やトウモロコシという一つの品種が何十ヘクタールという広大な土地に栽培されている光景を思い浮かべてみればいい。労働コストが低く経済効率はいいから、その農産物は市場を支配する。鷲谷さんは生態学の観点から、この大規模単一栽培は日本の風土になじまず、持続可能の農法とはいえないという。
多々ある問題の一つとして、等質で、化学肥料投与で汚染された環境には野生の花粉媒介者が住めないことがあげられる。そこで人工的にミツバチという花粉媒介者が投入されるわけだが、その人工飼育ミツバチが失踪し、ミツバチのコロニーが崩壊しているらしい。経済効率から改変された人工環境で生きることを拒否しているわけだ。
大規模単一栽培の対極にあるのが日本の里山である。「小規模な水田や畑、多様な樹林、草地が組み合わされ、多様な生き物がいる」。日本人であるならば、誰もが思い浮かべる風景だ。
自給率40パーセントを割り込む日本にとって、農業をいかに再生するかということはひじょうに重要な課題だと思う。民主党は戸別所得補償をするという、自民党は4ha以上の農業者を支援するというが、こんなんで農業が再生できるんか? きょうの朝刊で農水省が、耕作放棄地のうち13万ヘクタールが復元が不可能だと発表した。原野化して耕作にはつかえなくなってしまった土地が琵琶湖二つ分だそうだ。じゃあ、この現状をどうしようというビジョンが農水省にはないのか。
ふたたび戦争ができる国にしたいのか
小泉政権が導入し、7000億という莫大な金をつぎ込んだミサイル防衛システム、バカ高くて効果がほとんど期待できないからどの国も手を出さなかったMDを日本は買ったわけだから、使わなきゃいかんと思っていたところ、ちょうどうまい具合に北朝鮮がミサイルもどきを打ち上げてくれたもんだから、MD迎撃態勢を敷いたというところだろう。自公政権は、カイカクだといって社会保障費を削って弱者を切り捨て、軍事費に莫大な税金をつぎ込んできたわけだ。
日曜日の夜、めったに見ないテレビを見ていたとき、森本某という安全保障専門のコメンテイターが、日本の対応は完璧だったというような寝言をほざいていた。そのあと驚いたことに、これから防衛費を増額すべきかどうかというアンケートをおこなうというのだ。こいつらバカか、と叫んでしまった。結果は三分の二が増額賛成、その数字に愕然とした。北朝鮮の目ざす強盛国家に対抗して、この国を軍事大国にでもしようというのか、戦前のように。北朝鮮と同じ価値観を自公政権は共有しているようだ。ときを同じうして、敵地攻撃論が自民党の中から出てきている。あきれかえるどころか、背筋が寒くなってきた。死に体の政権と肩を組んだマスコミに煽られて、北朝鮮はけしからん、武力で懲らしめなければならない、などと、本気で思う国民が多数を占めるようになったならば、戦前と同じ道を歩むことになる。
崖っぷちの麻生政権は、権力をもちいてなりふり構わないように見える。選挙が近いが、この国の国民はこんな自公政権を支持するのだろうか。それにしても中川の酩酊会見は世界中から笑われたが、同時に日本の国民もおおいに笑われているということだ。そういう政治家を選んでいるだわけだから。国民がその程度のレベルなのか、それが次の選挙で問われる。
