「無罪の推定」は死語か?
1990年に栃木の足利市で起こった園児殺人事件で、すでに無期刑が確定している受刑者DNAと、園児に付着していた犯人の体液のDNAが一致しないことがわかったようだ。これは捜査関係者のリーク。最高裁が初めてDNA鑑定の証拠能力を認めた事件だが、鑑定精度が低く、弁護側が再鑑定を要請していた。この事件は、DNAが新たな有力証拠として認められたという点で話題になったが、マスコミはたびたび警察の捜査のずさんさを問題にしていた。矛盾だらけの自白、公判での否認、目撃証言の捏造などが指摘され、冤罪ではないかともいわれた。再審となることはまちがいない。
つい先日、強制わいせつ罪にとわれた防衛大の教授が一審、二審で有罪となったが、最高裁で無罪がいいわたされた。痴漢行為そのものはあったことはまちがいないだろうが、女子高生のいうままに教授を犯人に仕立てあげてしまったわけだ。警察によって一度犯人にされた人は、もう逃れようがない。起訴されれば、99%有罪となる。警察、検察は都合の悪い証拠や調書は表に出さない。裁判所もすべての証拠開示をもとめない。
無罪推定の原則なんてこの国にはないようだ。無罪の推定とは「疑わしきは被告人の利益に」だ。ところが、この国の警察は「疑わしきは罰せよ」が原則のようだ。それどころか、5年前に起きた鹿児島県議の公職選挙法違反事件などは、「犯人をでっち上げてでも、罰せよ」だ。
警察も検察も裁判所も、憲法で保障された国民一人一人の人権というものをどのように考えているのだろう。60年たっても、戦前の人権感覚をそのまま引きずっているように見える。このような重大な人権侵害が起きても、結局誰も責任をとることはない。きちんとした説明も聞いたことがない。彼らは、憲法をもっとも厳しく遵守すべき立場にある人たちだ。もう、暗澹たる気分になってしまう。
来月から裁判員制度が始まる。冤罪を起こしてしまうような警察、検察にはやはり、取り調べをすべて可視化し、求められた証拠はすべて開示してもらわなくてならない。でなければ、彼らの都合のいい証拠だけ見せられて、彼らの都合のいい方向に裁判員が誘導されかねないではないか。
それにしても、今ごろになって国会で議論されているが、厳しい守秘義務や、裁判官にはなくて裁判員にある罰則などいろいろ問題が多く、また憲法違反の疑いがあるこんな制度が一カ月後には施行される。ほんまに、ええんかいな。
つい先日、強制わいせつ罪にとわれた防衛大の教授が一審、二審で有罪となったが、最高裁で無罪がいいわたされた。痴漢行為そのものはあったことはまちがいないだろうが、女子高生のいうままに教授を犯人に仕立てあげてしまったわけだ。警察によって一度犯人にされた人は、もう逃れようがない。起訴されれば、99%有罪となる。警察、検察は都合の悪い証拠や調書は表に出さない。裁判所もすべての証拠開示をもとめない。
無罪推定の原則なんてこの国にはないようだ。無罪の推定とは「疑わしきは被告人の利益に」だ。ところが、この国の警察は「疑わしきは罰せよ」が原則のようだ。それどころか、5年前に起きた鹿児島県議の公職選挙法違反事件などは、「犯人をでっち上げてでも、罰せよ」だ。
警察も検察も裁判所も、憲法で保障された国民一人一人の人権というものをどのように考えているのだろう。60年たっても、戦前の人権感覚をそのまま引きずっているように見える。このような重大な人権侵害が起きても、結局誰も責任をとることはない。きちんとした説明も聞いたことがない。彼らは、憲法をもっとも厳しく遵守すべき立場にある人たちだ。もう、暗澹たる気分になってしまう。
来月から裁判員制度が始まる。冤罪を起こしてしまうような警察、検察にはやはり、取り調べをすべて可視化し、求められた証拠はすべて開示してもらわなくてならない。でなければ、彼らの都合のいい証拠だけ見せられて、彼らの都合のいい方向に裁判員が誘導されかねないではないか。
それにしても、今ごろになって国会で議論されているが、厳しい守秘義務や、裁判官にはなくて裁判員にある罰則などいろいろ問題が多く、また憲法違反の疑いがあるこんな制度が一カ月後には施行される。ほんまに、ええんかいな。