山の声を聴け -6ページ目

笑止! 検察

 けさ六時、お袋の介護をしながらNHKラジオニュースを聞いていると、逮捕された小沢の秘書が虚偽記載を認める供述をはじめているということが関係者の取材でわかったと報じた。このとき介護の手をとめて、検察というのは何という卑劣な組織なんだと、ムカムカして、胸くそ悪くなった。ウソかでっち上げの情報であることはまちがいないだろう。そもそもこんな情報は、検察内部にしかわからない情報であり、それをリークするということは、検察というところは守秘義務なんて爪の垢ほどにしか思っていない連中の集まりなんだ。そういう「関係者」情報をマスコミはそのまま垂れ流し、世論をある勢力の思う方向に誘導したり、たとえば今回のように小沢という次期首相になる可能性の高い政治家を悪者に仕立てあげるわけだ。いまの検察の正体とはどういうものか、今回の小沢事件で、はっきり見せくれた。
 きのうの検察の説明では、政治家の資金の流れを国民の監視と批判のもとに置くという政治資金規正法は議会制民主主義の根幹をなすもので、収支報告書の虚偽記載は国民を欺くものだという。つまり立件する上で、検察にとって秘書の虚偽記載がどうしても必要なのだ。しかし、秘書は今まで否認、黙秘を通してきた。このままでは虚偽記載で立件できない。そういう状況のなかで、「関係者」から、秘書が供述をはじめたという情報がもれてくるのである。
 きのう特捜部長は、今回の逮捕起訴については政治的意図はもっていないといい、たまたまこの時期になったのであり、小沢側の政治規正法違反の重大性、悪質性を考えると、放置することはできないといった。形式犯ていどの違法行為(違法であるかも疑問)を、次期首相になる可能性の高い野党党首の第一秘書を逮捕するほど重大な犯罪であると認識したというわけだ。俺からみれば、政治に深刻な影響をつよくおよぼす重大性、これまでにおこなってきたウソの情報、裏のとれない情報をリークし、自公政権の都合のいい方向に世論を誘導する検察の悪質性こそ放置してはいけないと思う。
 小沢の代表辞任が取りざたされているが、小沢が辞任するかどうかという問題は日本のこれからを大きく左右するのではないかという気がしている。僕は小沢の政策を全面支援しているわけではない。たとえば国連至上主義に硬直した政策には賛成ではないし、けっきょくアメリカ追随じゃないのかと思ったりする。しかし、官僚政治を変えるのはこの男じゃないかという気もしている。
 この小沢にたいしてマスコミは、自民党の古い体質をもった政治家とか、角栄、金丸につながる金権政治家というレッテルを張って、グレーな政治家を印象付けようとしている。金権てなんだ? 金を集めることは悪なのか? 政治に金がかかることは悪いことなのか? 最近マスコミをますます信頼できなくなっている俺にとって、いままで悪と喧伝されてきたことについて、冷静に見つめ直さなくちゃいけないんじゃないかとつくづく思っている。

明治近代化の罪

 最近、古武術と鍼灸にこっている。どちらもお袋を介護するなかで、興味を抱いた。
 四肢完全マヒの植物状態にあるお袋を体位交換したり、もちあげて移動したり、車椅子に移したり、なかなかたいへんなのだ。肩や腰、膝にどうしても負荷をかけてしまい、僕の身体はだいぶ傷んでいる。
 昨年12月に「古武術クリニック」という講習を受けた。講師は、最近テレビによく登場するおなじみの甲野善紀さんだ。甲野さんはわれわれ聴講者にいろいろな武術の技を披露し、介護にもこういうふうに応用できるということを、自ら実践して教えてくれた……のだが、うまくできない。けっきょく、ただただ古武術の不思議に触れて感心しただけで終わってしまった。
 このままではまずいと思って、古武術に関する本を何冊か購入して、なんとかコツをつかもうと試みている。技ができると、感動だ。そして楽しいのだ。目から鱗だ。
 甲野さんによると、このような技は江戸時代の武士は誰でも当たり前のように身につけていただろうという。明治にはいると、体育、スポーツというもの採りいれられ、定着していく。とくにドイツの影響がつよい。従来の身体操法が見捨てられて、筋肉をつかった新しい身体操作が幅をきかせるようになるわけだ。このへんの事情は、日本の近代登山の黎明をさぐっているとき調べているので、あらためて書くことにする。
 鍼灸という治療方法も、非科学的な民間医療だとおとしめられていく。明治という時代は、あらゆる分野で近代化すなわち欧米化が進み、旧来の文化は遅れたものとして見捨てられ、あるいは破壊された。廃仏毀釈なんて、日本における近代化の犯罪だね。つづく
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 きょう、ソマリアの海賊退治に自衛隊の護衛艦二隻がアフリカに向かった。
 自衛隊は、日本という独立国家を自衛するための必要最小限の「実力」だと自民党政府はいってきたが、明らかに戦力である。吉田茂は自衛隊の前身警察予備隊を「戦力なき軍隊」とごまかしたが、兵器をそなえた戦力ある軍隊である。憲法は、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とうたっている。ただその前に「前項の目的を達するために」という、いわゆる芦田修正によって、自衛のための最小限の武力は認められるという解釈がされてきた。前項とはよく知られた「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力の威嚇による威嚇又は行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」である。
 アメリカからの要請もあるし、中国も軍艦を出すということにえらく刺激されたバカソーリが、ならば日本だってということになったわけだが、憲法違反の疑いが濃厚だ。小泉政権以来、憲法違反のオンパレードだ。イラク自衛隊派兵の9条違憲判決が名古屋高裁であったし、郵政法案が参院で否決されて小泉が衆院を解散したのは41条違反、麻生が金融サミットでIMFに10兆円の資金を外貨準備から拠出したのは85条違反だ。
 ブッシュのしもべ小泉も、脳天気の麻生も、アメリカにとってはたいへん都合のいい首相だろうねえ。その点、民主党代表の小沢は一筋縄ではいかない。今回の小沢事件の異常さはいろいろなことを教えてくれる。
 ここ10年政権の一角を担ってきた公明党とは何なんだ。権力のうま味に味をしめたか。平和と福祉のクリーンパーティー? 笑わせるねえ。
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今が旬のフキ味噌をつくった。

山の声を聴け-フキノトウ

大ボール山盛りのフキノトウ


山の声を聴け

フキ味噌にすると、悲しいほどの量になってしまうのだ。

小沢の政治的死につながるのだろうか

 そうなってほしくないがね。東京地検特捜部が現在進めている小沢一郎にたいする捜査は、まぎれもない国策捜査である。総選挙前という時期でもあり、政局に大きな影響をおよぼすことはまちがいない。とはいえ、自公が総選挙で勝ってこのまま政権を維持できるほどの議席を確保することはないと思う。現状をつくりだした自民党政治に国民はうんざりしているのだ。
 地検のシナリオに沿ってせっせと協力しているのは、マスコミだ。「関係者によると」とか「関係者に取材して……ということがわかった」「西松関係者が……と供述していることが判明した」などと、大文字の見出しで人目を引きつけ、小沢はグレーか黒だという印象をすり込んむ。こんな情報は特捜からのリークに決まっているし、特捜の都合のいい情報、裏のとれていない情報、真偽の疑わしい情報、ウソの情報ばかりだ。こんな情報を無責任に垂れ流すことで、結果的に小沢にたいするイメージ・ダウンを誘導している。
 民主党の若い議員たちは、親分がはめられたとあって、浮き足立っている。もっと冷静になれないもんかねえ。陰謀の匂いがぷんぷんしているが、ことさらそれを強調していては、足もとをすくわれかねない。この件については特別チームをつくって徹底調査をし、大多数の議員は百年に一度といわれる危機に取り組み、きたる総選挙にそなえなきゃいかんのではないかと思うがね。
 特捜の後ろにいるのは官邸であり、自民党である。アメリカの意志も働いていると僕は思っている。特捜が公正中立の立場にたった正義の味方だなんて、とても信じられない。
 差し迫っている総選挙では自民党が大負けし、民主党政権が誕生することは確実視されている。自民党はどうしても下野したくないのだろう。権力を手放すことによって、今まで封じてきた、とくに小泉政権以降の闇の部分があばかれる可能性が高い。かんぽの問題なんて、大疑獄に発展するだろう。自民党はそうとう追い詰められているようだ。
 今回の事件で、やっぱり民主党じゃダメだ、自民党じゃなきゃ、と国民は思い直すだろうか。小泉改革といわれたものの実態が明らかになるにつれて、国民は自民党政治にノーを突きつけているのだ。一昨年の参院選の結果はそれを物語っている。

 解散後に小沢は逮捕されるという憶測もあるようだが、ロッキード事件のとき金権政治家として悪者扱いされた田中角栄のように、小沢を金権政治家だという非難の嵐は巻き起こるとは思えない。
 小沢は、薫陶を受けた角栄はじめ、金からみで失脚したり辞職した政治家を山のように見てきているはずである。それゆえ、神経質なほど政治資金の入りと出をスケスケにオープンにし、秘書にも執拗にそれをいいきかせていたことはよく知られている。その小沢の秘書を政治資金規正法違反の容疑で逮捕したわけだから、東京地検特捜部は、伝聞や証言だけでなく、確たる証拠をにぎっているということだろうか。

多くの人が感動したというけれど……



 エルサレム賞を受賞した村上春樹のスピーチを読んでみた。
 エルサレム賞は、個人の自由と尊厳に貢献し活動している人に与えられる威厳ある賞のようだ。受賞者には、バートランド・ラッセルやボーヴォワール、最近ではスーザン・ソンタグ、アーサー・ミラーといった錚々たる顔ぶれが並ぶ。
 村上は、ガザに無差別爆撃を加えたイスラエルが主催するこの賞を受けること、また授賞式に出席することは正しい行為なのかどうか、自問する。多くの人から、行かないようにアドバイスされたことを告白し、それでもやはり、最終的に出席することを決断したという。その理由として、作家というのは、反対されるとそれをやってみたくなる人種であり、自分の目で見て、自分の手で触れたものしか信じないからだという。授賞式に出席するためにイスラエルを訪れ、何を見、何に触れて、何を感じたのか教えてほしい。
 小説を書くときの心構えとして、壁にぶつかって壊れる卵があるとしたら、いつも卵側に立つということを心にとどめるという。壁というのは戦車でありロケット弾であり白リン爆である。卵は個々の人間だ。まさしく、爆撃で殺された無辜のパレスチナ人一人一人である。だけど、殺された一人一人の卵については、国連の報告を引用して、1000人以上が命を落とし、彼らの大部分は武器を持たない市民であり、子どもや老人だった、というにとどまる。死者数の多寡をつかって残虐性を強調するやり方は、ジャーナリズムの世界でも歴史書の記述でもよく見られるが、作家の態度ではあるまい。一人一人の人間の死が統計の数字に埋没してしまうからだ。
 90で亡くなった、教師でもあり僧でもあった父親の話が印象深く語られる。学生のとき徴兵で中国の戦場に送られ、生きて帰還した父は、毎日、朝飯前に長い経を上げていた。それは、戦場で散った人々、敵だろうが味方だろうが区別なく、戦死者のために祈っているということであった。祈りを捧げる父親の脳裏には、目の当たりに死んでいった人の一人一人の具体的な顔や名前が浮かんでいたにちがいない、と僕には思うのだが。

 ガザのパレスチナの人々は、村上のスピーチをどのように受けとめるだろうか。

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今日は雪



山の声を聴け-2:24

???

 麻生が「郵政民営化の4分社化について見直すべき時期に来ている」と国会で述べた。そのうえ、「個人的に郵政民営化に賛成ではなかった」といった。こんなこといえば、強い批判を浴びるに決まっている。そんなことが予測できないほど、麻生はバカなのだろうか。なーんか、裏があるような気がする。鳩山総務相がかんぽの宿一括売却を認めない。この問題で野党が共闘している。日本郵政の西川社長が売却を白紙撤回し、さらに公平な一般競売ではないことを認めた。どうも小泉改革派の雲行きがあやしくなってきた。そのうえ次の総選挙では権力が民主党に移るであろうことは世論調査でもまちがいない。このタイミングで、麻生のあの発言は自己保身か? 何か深い意味があるのか?
 権力が移行したとき、権力をあけわたした前権力者は、角栄さんのように哀れな境遇に身をやつすことがあるからねえ。そうならないために前権力者側は必死の抵抗をするだろう。なんかそういうドロドロしたものが政治の裏側でうごめいているような気がする。メディアも巻き込んでね。「かんぽの宿」の問題から、大物政治家逮捕なんていう政治スキャンダルに発展するかもしれない。てなわけないか? どっちにせよ、麻生は蚊帳の外だろう。