A Flood of Music -21ページ目

今日の一曲!喜多日菜子(CV:深川芹亜)「世界滅亡 or KISS」

 

レビュー対象:「世界滅亡 or KISS」(2020)

 

 

 今回取り上げる楽曲は、プリンスチャーミングを待ち望む妄想に生きているだけの普通に夢見る女の子・喜多日菜子が歌う「世界滅亡 or KISS」です。『アイドルマスターシンデレラガールズ』の関連楽曲で、ショートアニメシリーズの第5期『アイドルマスターシンデレラガールズ劇場 Extra Stage』の特殊ED曲と位置付けられます。

 

 

 前々回の記事が当ブログに於けるこれまでの『アイドルマスターシリーズ』への言及を一箇所にまとめたもので、本来このSC記事とは後にₙC₅(特定の枠組み毎に5曲をレビューする企画)を書くための足掛かりにする類のものです。しかし目下の特殊な更新事情から上掲記事内では、後に同シリーズのₙC₅を予定しているわけではないと断りを入れていました。

 

 とはいえ同記事アップ後に鉄は熱いうちに鍛えよのマインドが芽生えてきまして、しかも本日2025年7月5日は狭義の終末予言が巷を賑わせていますので、「世界滅亡」を冠する本曲をレビュー対象にしようと決めた次第です。ただそれは扨置いて本来通りₙC₅を執筆する世界線だったとしても、選び得る5曲には本曲が含まれると言えるくらいには大のお気に入りだとフォローしておきます。

 

 

 

収録先:『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS LITTLE STARS EXTRA! Sing the Prologue♪』(2020)

 

 

 本曲の収録先は『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS LITTLE STARS EXTRA! Sing the Prologue♪』です。えくすて第12話までの通常ED曲および特殊ED曲が収められています。表題曲「Sing the Prologue♪」はTRYTONELABO所属の滝澤俊輔さんとTAKTさんがそれぞれ作編曲を担っており、「世界滅亡~」も同じ所属の坪田修平さんの手に成る楽曲なので、トライトーンラボのワークスにふれるには適したディスクです。

 

 「Sing~」作詞の高瀬愛虹さん、「春恋フレーム」作詞の磯谷佳江さん、同編曲の玉木千尋さん、「私色のプレリュード」作詞の烏屋茶房さん、同作編曲の篠崎あやとさんおよび橘亮祐さんと、当ブログ内で過去に言及のあるクリエイターが勢揃いしており個人的にも嬉しい一枚になっています。ちなみに以下にお名前を出している柏谷智浩さんは日本コロムビアの音楽プロデューサーで、曾てこの記事でリミックス論を語った際に要約した井上拓さんの言「前作は著作者側からの注釈に『原曲を壊していい』とあったためその通りにした」に於いて、ぼかした「著作者側」の正体であることを序でに明かしておきましょう。

 

 ということで下掲の番組『もっとデレステ★NIGHT』の新規ソロ曲紹介コーナー「マジカルエキストラタイム」のフルバージョンでは、日菜子役の深川さんと「世界滅亡~」作編曲の坪田さんと上述した柏谷さんの三名による楽曲制作の裏話をたっぷりと聞くことが出来るので、本レビューに先駆けてご覧いただけると幸いです。以降「MET」と書いたらこの動画内での発言を指すとお含み置きください。

 

 

 

歌詞(作詞:八城雄太)

 

 まさに物語ないしまるでミュージカルと言うほかない、ストーリー性に富んだナラティブな内容で特徴付けられます。本記事冒頭で日菜子のパーソナリティを説明する際、フックを意識して小難しくプリンスチャーミングなる言葉を用いましたが、これは所謂「白馬の王子様」のことです。最初に聴衆の耳目を集める台詞"「この中に王子様はいませんかっ!?/どうか私とキスを、キスをしてください~っ!!!」"が示す通り、典型的なおとぎ話を予感させて物語は幕を開けます。

 

 しかし本当にステレオタイプならこの"私"はダムゼルインディストレス即ち「囚われのお姫様」に相当するはずで、ところが実際は城に幽閉されているわけでもなければ覚めない眠りの中にいるわけでもなく寧ろ能動的に王子様を探していますので、本曲に於いてはヒロインではなく主人公なのだなと前提を履き違えさせない親切な導入です。

 

 

 タイトルの「KISS」についてはあい分かったとして、「世界滅亡」がどう絡んでくるんだということが続いて説明されます。"私はどこにでもいる普通の女の子!/……だったはずなのに/悪い魔女に呪いをかけられて/世界が近々滅亡することに大決定!"と、呪いが対自分ではなく対世界なところにまた意外性を見てからの(「私の世界」なら対象が何方でも同じことかもしれませんが)、"どうしよ~って困っていたら/良い魔法使いさんがドロンと登場!/チチンプイプイ★/呪いを弱めてくれたおかげで/運命の王子様と愛のキスができれば/呪いは解けることになりました!"でさらっと世界の命運を一身に背負うことになるのは蓋し主人公です。

 

 "その日から私の私による私のための……/いや、世界のための!/王子様探しの日々が始まったのです!!"ということはつまり、残した「or」は「さもなくば」の意味だと得心がいきますね。より自然には「KISS or 世界滅亡」でしょうし別に「または」で捉えても二者択一は伝わるけれど、その場合はAとBが等価であるとの原則に反しますから(普通の文脈で世界滅亡とキスは結び付かない)、間にif notを見出すのが正しいとしたいです。

 

 

 

 背景説明が終わって漸く1番がスタートし、"私"のディテールが明かされていきます。"クラスメイトのあの子かもだけど/私の王子様? なんて聞けない!/センパイ センセイ おさななじみだとか/属性だけじゃ わからないよ/それが運命なの"と、俄に日常的な周辺人物像が連ねられて年相応の少女なのだと再認識出来ました。ゆえにこの時点では以下のように、待ちの姿勢が表れていても不自然ではありません。

 

 "見つけて!/早く 私を/白馬の王子様/じゃなきゃ/世界が終わるの/恋する前に"は、敢えてユニークな転倒を起こしている一節で好みです。世界滅亡を阻止するためには王子様との愛のキスが必要だからこそ探しているのに、その動機に未だ恋をしていないからを挙げられると一足飛びの感があります。

 

 身近な交遊関係には限界があると悟ったところで再び"魔法使いさん"の登場、"「王子様は思わぬところにいるかもしれないよ」"のアドバイスに"なるほど、レッツアドベンチャー!"と超速理解で返して、"私の旅"がファンタジックな領域へと場面転換していくのが続く2番です。

 

 

 "炎の山を越え/氷の谷 越えても/見つけ出したい/私の運命"と地上を踏破した後は、"羽ばたけ!/今 恋のツバサ/青い春空/真っ白な雲のライン/ハート描こう"と自分の姿形すらを自由に変化させて空に舞い、"見ててね!/遥か上空から/届け ラブレター"と最大効率で愛のメッセージを伝えんとする本気の捜索劇に心躍ります。

 

 だけれども"どこかで待ってる/愛する(予定の)王子様"と括弧書きで注釈するところに一抹の不安が覗き、次いで"どこを探しても見つからない王子様。"の句点にやや諦めが窺え、"あちこち探し回っているうちに、/私はどうやら危険な場所に/足を踏み入れてしまったみたい!/ピンチ!"と風雲急を告げて3番です。

 

 

 "紅 染まる 夕暮れ"で天空ラブレターが通用しなくなる宵闇が迫って、その黄昏は恋を知らぬ儘に愛を求める少女の心を惑わせます。"アブナイ 恋の憧れ/触れちゃダメと/わかってるよ…けど/たまに刺激も欲しい/もちろん優しさも欲しい"と抑圧されていた恋への憧憬が暴発寸前になり、それでも"全部叶えて 王子様"と未だ見ぬプリンスに満たして貰おうとする姿勢がいじらしいです。

 

 なれど本音は"ヤケドしちゃうくらいの恋/夢見たって いいでしょ"でその魔力に抗えなかったため、"「熱い…熱い熱い熱い熱~いっっ!!!」/見渡せば炎に包まれた古の戦場跡"と舞台は燃え上がり、"恋に破れし者たちの捨てきれない想いが/渦となって未だ壮絶な熱を放っている"と言わば恋のダークサイドに迷い込んでしまいます。

 

 抵抗虚しく"煙の檻に囚われてしまった私の意識は/闇の中へ落ちていくのだった。/「助けて、王子様……」"と展開は悲劇に傾き、やはりストックキャラクターとしてのDIDに過ぎなかったのか…?と歯痒く感じつつ先が気になる4番へと突入です。

 

 なお、ここからはn番ないし第n楽章の認識にズレが生じ始めるとの認識で、例えば人によっては先の"「熱い…"からを4番目と捉えるかもしれない点は一応頭に留めています。或いはピクシブ百科事典の楽曲ページで「全7楽章」と書かれているのも判断材料にはなりますが、ここでは「MET」で柏谷さんが仰っていた「(ほぼ)6番まであって」に加えて「間に台詞が集まっている」に準拠したいので、台詞をn番を別つマーカーと見做してここまでを3番とさせてください。

 

 

 

 "ふと気づけば 静寂に/月夜の天蓋 ひらめいて"といきなりの場面転換が起きて何事かと思いきや、"私を助けてくれたのは王子様じゃなく/魔法使いさんでした"と、未だ結末ではないけれど所謂デウスエクスマキナが発動したのだと解せる少しだけ狡い話運びに虚を衝かれました。

 

 ただしこれはこちらが勝手に"魔法使いさん"を序盤で"私"にきっかけを与えるためだけの外部存在に過ぎないと誤認していたからであって、この救出劇がアリストテレスが批判したところの「内部から生じるものでなければならない」に即すなら話は違ってきます。この点が本曲のいちばん重要なネタバラシの部分で、"私のことをずっと見守っていてくれたのです。/えへへ……♪"に「おや?」とオチの展望を察して次の場面です。

 

 

 "そうこうしているうちに/運命の日はやってきた"と無情にも世界滅亡のタイムリミットが訪れてしまい、現状王子様とのキス問題は何も解決していないので"魔女の声が響く―――"に続く5番は非情なものとなっています。

 

 

 "崩壊の刻/愛などまやかし/光は失われ/希望は消え果てた"と僅か四行のスタンザで世界は滅亡、"結局、私には王子様を見つけることは/できなかったのです……"と絶望的な独白で物語が潰えてしまいました。…と、ここで気持ちが折れてしまわないのが"私"の延いては日菜子の妄想力の強さで、"こんなところで終わるなんて絶対にイヤ……!/私は、あることを決意した―――"と意気込んで愈々クライマックスです。

 

 

 さて、つい最近もアメブロの運営からこんな注意喚起がなされていて、個人的には楽曲の歌詞解釈や解説を披露することが作品の直接的な;著作権を侵害するようなネタバレになるとは今更思っていないものの(当ブログの理念や方針はこの記事にまとめてあります)、全編に対して詳らかに言及するのも確かに野暮だなという気はいたしますので、ラスト6番の詳細は実際に聴いて楽しんでくださいと委ねて歌詞の項はこれで終わりとします。

 

 実際に聴いたから他人の感想ないしレビューを読みたかったんだが?というニーズの方には中途半端で申し訳ありませんが、物語上6番はそのまま内容を受け取る以外にリアクションのしようがないと考えるため、特段僕の文章を副えなくても好いかと思ったのも事実です。

 

 強いて言うなら"魔法をかけて"が無印の楽曲「魔法をかけて!」(2005)を連想させてエモいのと、「とっぴんぱらりのぷう」を基にした結びの"とっぴんむふふのふ♪"の昭和っぽい字面が往年の夢見る夢子ちゃんらしさを顕にしていてツボだという二点は表明しておきましょう。

 

 

 

メロディ(作曲:坪田修平)

 

 「MET」にて柏谷さんが述べている通り、共通のメインテーマ(フレーズ・メロディ)を都度イメージを変えて披露するという、劇伴ではお馴染みの手法が主旋律に対して採られています。この場合のメインとは勿論サビのことで、坪田さんは「タタタターっていうメロディ」と表現なさっていました。象徴的に幾度も登場するフレーズなだけはあって苦労したらしく、制作に於いてはクライマックスから遡って作編曲する異例の組み立てをしたそうです。

 

 確かにラスサビでの堂々たるゆったりとした進行も感動的なのですが、個人的には2番サビの鷹揚たるパターンが最もこの旋律の美しさを引き出していると感じます。初めに聴く1番のそれはアレンジと相俟ってチアリーディングよろしく跳ねた音運びが耳に残り(特に"渾身のキス待ち顔"の赤面っぷりはポップに鳴らさないとシンプルに恥ずい)、これが基準となるため2番での美メロっぷりには驚かされました。別けても前半との対比で"見ててね!"から勢い付くところが大好きで、続く"遥か上空から/届け ラブレター"も込みで歌詞と旋律が離れ難く結び付いて完璧な韻律を成していると絶賛します。

 

 1番2番のヴァースは王子様を探して東奔西走している姿が目に浮かぶようなメロディアスなつくりで物語性を一段と高めていますし、おそらく3番についての言であろう深川さん曰くの「ちょっと女出てきたな」の熱情的なラインはここまでの楽想から想定し難く、より一層"恋の憧れ"への危うさを加速させており技巧的です。

 

 4番のコンパクトで切なくファンシーなメロディはインタールードに相応しく、最も歌劇の向きが強まる5番の仰々しさは"魔女の声"を雷轟の如くに響かせていて、目まぐるしく変わる曲調に振り回されつつも聴いていて楽しく決して取っ散らかった印象を受けないのが流石の作曲センスと言えます。先述したネタバレ認定への懸念で詳細な歌詞引用はしませんが、6番の"ずっとずっと"のセクションはクライマックスを演出するファンファーレの役割を徹頭徹尾全うしていて素敵です。

 

 あとは全般的に台詞部分のフロウが良く、7分を超える長尺の本曲にリズミカルな筋を通して飽きなくさせている隠れた功労要素であることも主張しておきます。歌唱も勿論上手だけれど、妄想世界に没入する日菜子の演技も十全に熟している深川さんの総じて声優力が素晴らしいとまとめましょう。

 

 

アレンジ(編曲:坪田修平)

 

 メロディの項でも少しふれたように、メルヘンなプロローグの部分は例外として実質的に本曲が示す最初の方向性はチアリーディング然としたアレンジです。エレキの刻み方もクラップのタッチもキーボードの鳴りも学園青春モノに聴くサウンドで、これから始まるラブロマンスの端緒はあくまで等身大だと説得力を持たせてくれます。ブラスでサビメロを先出しする布石もニクいです。

 

 2番からオーケストレーションが本領を発揮してきます。"広いこの空の下のどこですか?"の問い掛けを拡張するように響き渡るオケは希望に満ち、ストリングスの手引きで蒼穹へと持ち上げられる"羽ばたけ!"のセクションではその悠然さに心地好くなって、無敵の心境にビートが跳ね出す"見ててね!"からは同時に心も弾む良アレンジで耳が幸せです。"どこかで待ってる"にブラスが「待ってる~」と追従するところも可愛くて好き。

 

 打って変わって3番はロックで意表を衝いてきて、ハードな質感のギターと2番から唯一生き残ったストリングスのツインを軸に、"アブナイ 恋の憧れ"に根差したパッショネイトな心情がセッションで表現されていきます。"「熱い…"からは更に迫真のバンドサウンドが前面に来て、シンフォニックに歌い出すギターにこの場に渦巻く熱情の残滓に捨て置けないエネルギーが籠っていることを思い知らされ圧倒されました。

 

 4番の落ち着いたアレンジで少しの休憩を挟んだのも束の間、クワイアに彩られた5番のそれはオペラやクラシックのマナーから抽出された壮大さが感じられてまた別のベクトルで圧倒されます。暫く台詞が続いてミュージカルらしく展開した後の6番では再びオーケストラに回帰し、しかし吹奏楽らしさがあった2番のそれとは異なり今度はRPGのBGMにありそうな「冒険の終わり」を告げる盛大で緻密な音像です。細かい点だと"絆"の後のベースが格好良くて惚れます。

 

 エピローグはプロローグとの統一感を持たせるために当然ながらメルヘンな編曲で、夢か現実か妄想か否かを曖昧にファンタジーの中に隠して聴き手に解釈を委ねるには持って来いのサウンドデザインです。本曲を本日に取り立てた理由の一つに2025年7月5日の終末予言があるのは述べた通りですので、5日がもうすぐ終わりそうなこのタイミング(23時41分)に合わせて、"一つだけ確かなことは今も世界は続いてて"と結んで記事を終えます。