
今日の一曲!DÉ DÉ MOUSE「Moment」―『Nulife』のスタート―
今回の「今日の一曲!」は、DÉ DÉ MOUSEの「Moment」(2019)です。8thアルバム『Nulife』収録曲。

デデマウスの単独記事を立てるのはかなり久々で、6th『dream you up』(2017)のレビュー以来です。この間に当ブログの更新スタイルが変わって「新譜レビュー」を封印したので、ちょうど方針転換期にリリースされた7th『be yourself』(2018)への言及が飛んでしまっていました。その証拠に、リンク先に載せた見送り判断一覧にもしっかりと同作がリストしてあります。
ということで、この場を借りて7thについてもざっとレビューを行うとしましょう。『Mikiki』や『OTOTOY』のインタビューをご覧になった方ならご存知でしょうが、7thと8thはストーリーが地続きというか共通のコンテクストを有した連作であるため、まとめて語ることになったのは実は好都合なのです。記事タイトルの副題に「―『Nulife』のスタート―」と付したのも、7thから続くシークエンスを意識しています。
5th『farewell holiday!』(2015)で新機軸のオーセンティックサウンドを打ち出して以降、アルバム毎に異なる色を見せ続けているデデマウス。6thでエレクトロニックに回帰した次の作品として、ともすれば再び5thのような予想外の一手が来るかもと身構えていたところに放たれた7thは、ジャケットの訴求力の高さも相俟って過去最高に聴き易い仕上がりのダンスミュージック集となっており、難解さを取っ払う方向に振れた点が個人的に意外でした。キャッチーさの観点では6thにも光るものがあったので、7thに於いてもその路線が推し進められていると表現出来なくはありません。しかし、『Mikiki』上で本人の口から語られている通り、制作に関して6thと7thでは真逆のアプローチがとられていて、両者間にはアーティスト像の発出について「外から vs 内から」の対立が存在します。要するに、7thにはデデマウスの内面がより強く反映されているのです。
だけあって、湧き上がる衝動を敢えて抑えなかったトラックが多くを占めているとの感想を抱き、中でもリード曲である「be yourself」はその代表格と言えるでしょう。際限無くアッパーに進展し続けるビートの奔流に表れているユーロテイストには、ティーンエイジャーらしい勢い任せの美徳が宿っています。ここで10代を引き合いに出す意味に関しては、各種インタビューを参照のことと丸投げしますが、パーソナルな音楽遍歴に基いたフォローもしておきますと、過去にこの記事で詳らかにしている通り、僕の小学生時分の愛聴盤のひとつには『SUPER EUROBEAT presents ayu-ro mix』(2000)があって、更に遡って幼少期に親の影響で好んでいたArabesqueでユーロディスコが耳に染み付いていた過去があるため、デデマウスより一回り下の自分にとっても、本曲のサウンドには懐かしさと共に刺さる部分があるのです。
次点で好みの楽曲は「next to you」で、『Mikiki』では「〈Kawaii〉系ではないシックなフューチャー・ベース」と形容されています。世代的な隔絶も要因なのか、僕はFBならではの魅力をいまいち掴めていないままなのですが(理解に努めようとした痕跡ならこの記事にあります)、本曲から滲む「背伸びして大人になろうとしてみた感」にはグッとくるものがありました。ベースミュージックつながりで近接ジャンルの話を持ち出してきますと、「トラップは好かないけれどチルトラップなら可(意訳)」とかつて述べたことがあるように、個人的な近年のダンスチューンに対する評価は、過度な攻撃性や過剰な装飾へのカウンターとして登場してきた後発の音楽を贔屓する傾向にあります。従って、英語版Wikipediaの「Future bass」のページで言うところの"less intense drops"なファクターを場合によっては相殺してしまう「Kawaii」の甘いトッピングは、せっかく獲得した引き算の美学に反している気がして疑問符がちらついていました。本曲はその「?」へのアンサーになり得ると解釈していて、こういうFBならアラサーの自分でもいけるとわかったのは収穫です。FBを象徴する"twinkly-sounding"は終始顕在化していながら、声ネタのビター加減やブラスの派手過ぎない取り入れ方が、「可愛い」と言われて嬉しいお年頃を脱していると喩えたく思います。
代表的に二曲を取り立てただけで恐縮ですが、本記事のメインは8thの収録曲なので時間を進めましょう。6thを経た7thでキャッチー路線が極まったことを考慮すると、次作はどうしても一歩引かざるを得ないだろうと予想しており、果たして「エキゾチック」がテーマに掲げられた8thは、過程はどうあれボーダーレス且つジェンダーレスで多様なルーツが窺える一枚であったので、諸要素の分散が結果的に俯瞰の視座からの産物であることを証明していると感じました。「過程はどうあれ」だの「結果的に俯瞰」だのと回りくどいのは、ラフ段階の音源に対するスタッフからの進言がなければ、7th並みの派手なサウンドになっていたかもしれないと、各種インタビューで明かされているからです。
上掲の告知動画に使用されている表題曲「Nulife」やMVが作られている「Heartbeat」ではラテンの生き生きとしたノリが表立って強調されたかと思えば、サイバーなビジョンが浮かぶソリッドなサウンドと多層的なボコーダー使いがDaft Punkを連想させる「Breath」のようにデジタルメイドの趣が顕なトラックもあって、作風の振れ幅の大きさに驚かされます。眼前にカリブ海を臨むような心地好さに満ちていてサンセットに合わせたいリゾートチューン「Magic」や、シズル感溢れるピアノ&ボーカルとトラップ系ハイハットの意外な調和が印象的なタワレコ特典曲「Cause」もお気に入りです。いくつかの楽曲について『Mikiki』では、インタビュアーの北野創さんによる的確なジャンル名が引用されたクレバーな楽曲解説が読めるので、是非とも参考にしてください。
https://youtu.be/imYOihLkCE0?t=30m17s
そんな粒揃いの本作の中で、個人的に最もツボだったトラックがこれからメインで紹介する「Moment」です。上掲のリンクはデデマウスが定期的に行っているDJ生配信「Nulife Groove 029」のアーカイブ動画で、当該楽曲がプレイされる30:17~に開始位置を設定しておきました。本当はブログ内に動画を表示したかったのですが(ブログ編集画面内のYouTubeタブからなら出来るのですが)、「リクエストによる埋め込み無効」が設定されていることに鑑みて、ここにはリンクを貼るだけにしておきます。
先に8thの概説を語った際に用いた「ジェンダーレス」という言葉は、実は『Mikiki』上でテーマとして挙げられていたもので、それを反映させた制作手法のひとつとして、声ネタのピッチを下げて性別不詳感を出すやり方が紹介されていました。この要素がいちばん好く表れているのが「Moment」だと捉えており、女性ボーカルのハイトーンな部分を際立たせて恍惚感のあるグルーヴを生み出すのがデデマウスの得意分野との認識でいたため、今回のアプローチは殊更新鮮に響いたのです。今でも本曲のボイスサンプルのネタ元が女性なのか男性なのか判然としませんし、一人の声をピッチを変えて重ねているのか複数人の声をそのまま重ねているのかもよくわかりません。過去にレビューした別アーティストのナンバーで例示しますと、Bonoboの「Emkay」(2013)のボーカルにも似たような性別不詳の向きがあるので、本曲が好きな人はおそらく気に入ると思います。
このように「声」に深い趣向が凝らされているのが本曲の特徴で、それを「ジェンダーレスなボーカルが複数重なっている」と纏めれば、その妙味は混声合唱の一体感に近いものがあると言えるでしょう。メロディラインの神聖性とリズムセクションの独特さも考慮に入れると、「カットアップで作られたゴスペル」と表現したくなるような時代を超越した仕上がりです。とりわけフィンガースナップっぽい音だけがテンポを把握する手がかりとなる0:39~1:16(便宜的にサビと規定したい部分)は、歌の牽引力に身を委ねないと現在位置を見失いそうになるつくりで、簡素さゆえに難しいアウトプットから高度なトラックメイキング術が窺えます。このセクションがあるからこそ、明けの1:17~でリズム隊とシンセが復調してノリの良いビートを刻み出すカタルシスも一段と強まっており、このギャップが中毒性に寄与していると絶賛したいです。
1:36~は言わばソロパートないしヴァースで、「ナッホゥ」と聴こえるフレーズをフックに展開していくため、チョップによって意味を成さない音素の連なりに分解されているはずなのに、何かのメッセージを繰り返し訴えているかのような振る舞いになっていて面白みがあります。また、本曲の中では異質な雰囲気を携えている2:25~2:43の暗さにも特筆性があり、沈み込みの著しいディープな音処理が素敵です。かなり妄想力を高めて楽曲の解釈を述べるとすれば、サビ周辺には"Love"でスタートするボイスが、ヴァース周辺には"Not"を含むボイスがそれぞれ意図的に宛がわれている気がするので、愛を否定したい孤独な人間に対して大勢が救いの手を差し伸べようとするストーリーが、背景に読み解けやしないだろうかと想像しながら聴いています。
以上、ざっとですが6th以降に当ブログに生じていたブランクを埋めました。この間にはフルアルバム以外も多くのワークスがリリースされており、コラボやリミックスにも良作が多くあったのは流石です。配信限定の作品もスルーするには惜しいものばかりで、EP『via alpha centauri』(2017)はテーマからして初期のファンを狙い撃ちしにきているとわかるサービス精神旺盛さでしたし(「star gazer」が特にオススメです)、シングル『thanks tracks』(2017)収録の「winter dance」は冬の空気を忘却の彼方に吹き飛ばすほどの超絶アッパーチューンで7thの布石になっていると感じました。8thでは落ち着きと多彩さを見せ、2020年の『OTOTOY』のインタビューでは、「ただアッパーなだけじゃない良い音楽」の布教に努めるスタンスを表明しているデデマウスですが、それでも時々は享楽的な一面も見せてほしいなと欲張りなことを思いもします。これはどういうスタイルでもハイレベルに熟せることがわかっているからこその期待で、多産で総合的にバランスを取ってくれたら嬉しいですね。
先々週にはコロナ禍にある状況下だからこそのEP『Hello My Friend』(2020)のリリースがあり(制作背景については公式サイトのディスコグラフィーをご覧ください)、春の雨をイメージしたテンダーなサウンドと心地好いノイズに支配された珠玉の5曲(過去に言及したことのある「Old Friend's Song」の新ミックスも収録)には、不安な心理を和らげる効能が確かにあります。冬が終わって春が訪れたように、いつか雨も止むだろうとの希望を込めて最後に紹介しました。直接的にポジティブなメッセージを受け取るのも大事だとは思いますが、言葉に縛られないインストナンバー ―ボーカルが存在しても意味を掴めないものも含む― だからこそ、寄り添いをなお強く感じられるということもあるでしょう。