『ファイティング・ファミリー』(19年)は、プロレス映画だ。だから当然、プロレスネタが満載。とはいえ、プロレスファン以外が置いてきぼりを食うようなことは決してない。むしろ、プロレスやWWEを知らない人にこそ観てほしい。異国から単身WWEに乗り込んだペイジがつかむサクセスストーリー。むしろ、現代的な“女性映画”としての側面が大きいのではなかろうか。
また、今作では英米のプロレスネタはもちろん、映画ネタもところどころに散りばめられているのがものすごく楽しい。たとえばイギリスサイドでは『ハリー・ポッター』シリーズ、アメリカサイドでは“ザ・ロック”°ドウェイン・ジョンソンの『ワイルドスピード』シリーズが使われる。もちろん気づかなくても問題はない。この作品は“イギリス映画・ミーツ・ハリウッド”という素敵なマリアージュにもなっているのだ。
映画ネタでとくに目を引いたのが、ペイジがNXTのリングでマイクアピールをするシーンだった。「ディーバプロモチャレンジ」と銘打たれたマイク合戦。新人ディーバたちが自分たちの魅力を観衆にひとりずつアピールしていく。モデルやチアガール出身の彼女たちは自信満々に練習の成果を披露。そして、ペイジの順番はすぐに回ってきた。
が、モデルでもチアガールでもないペイジの口からなかなか言葉が出てこない。ホームリングのWAWで経験はあるはずなのに…。すると観客から「おい、オジー・オズボーン、なんか唄え!」とヤジを飛ばされる。オジー・オズボーンとは英国出身のレジェンドロックミュージシャン。同国出身であるペイジのゴスロリイメージが、オジー・オズボーンを観客に思い出せたのだ。
そのあと、「キリストの力がオマエを屈服させる!」とのきついヤジが浴びせられる。ここに関しては、ちょっと元ネタを知っていたほうがいいかもしれない。「キリストの力がオマエを屈服させる!」…英語では「The power of Christ compels you!」。このセリフはホラー映画の金字塔『エクソシスト』(73年)からの引用である。
70年代、『エクソシスト』の大ヒットにより世界中にオカルト映画ブームがわき起こった。それは日本にも飛び火、「悪魔の~」という邦題がやたらと目立った時代である。
映画女優クリス・マクニール(エレン・バースティン)の一人娘リーガン(リンダ・ブレア)にある日、異変が起る。原因不明の症状を訴え、12歳の彼女が知るはずもない卑猥な言葉を吐くなどしだいに常軌を逸していく。リーガンは病院で検査を受けさせられるが、結果は異常なし(現代医学がまったく通用しないこのシーンがホラーより怖い)。エスカレートする容態に病院側は万策尽き果て、悪魔払い(エクソシスト)に頼んではどうかという非科学的な最終案を提示する。
リーガンを担当する悪魔払い師は2人いた。高齢のベテラン、メリン神父(マックス・フォン・シドー)と、ひとり暮らしの母親を亡くしたばかりで信仰心に揺らぐダミアン・カラス神父(ジェイソン・ミラー)だ。リーガンの寝室でおこなわれる悪魔とエクソシストの壮絶な死闘。ここで繰り返し発せられるのが、「The power of Christ compels you!」なのである。
ペイジの容姿がオジー・オズボーンを連想させたように、ヤジを発したファンには彼女が奇異に映ったのだろう。なにも言えずに固まってしまったペイジ。まるで悪魔に取り憑かれたようだ。そこで飛び出した悪魔払い儀式からのセリフ。アメリカ人とは異なる色白さは、現地ファンからすれば「フリーク(変人)」なのだ(地元でも変人扱いの家族だが)。
そういえば、こんなシーンもあった。ペイジがフロリダの合宿所に到着した場面。同期たちはすでにプールでくつろいでいた。ペイジがあいさつすると、3人の同期(みんなアメリカ人)はペイジのアクセントに驚く。「クールね!」との言葉はからかい半分だ。「ナチ映画みた~い」というバカっぽい勘違いは、欧州産B級ナチス映画を観てきた経験か。彼女たちはそばにあった新聞の見出し(しかも死亡事件!)をペイジに読ませる。ペイジのブリティッシュ・アクセントにウケまくる同期。同じ英語でもまったく違うことを印象づける素晴らしいシーンだ(3人はビキニだし、ペイジは寒いノリッジから出てきたそのままの格好というのも最高)。
ところで、「The power of Christ compels you!」」の「compel」は「強制的に追い出す」という意味。本作の字幕では「キリストの力がオマエを屈服させる」で、『エクソシスト(ディレクターズカット版』では「キリストの力がなんじを追う」となっていた。翻訳はそれぞれ。ちなみにロック様の決めゼリフ「If you sme---ll what The Rock is cooking!」は、「ロック様の妙技を味わえ!」で浸透しているが、本作では導入部ということもあってか「拝むがいい。ロック様の登場だ!」となっていた。本当に、名訳だと思う。
「エクソシスト」
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