大幅な肉体改造と日本語のセリフをマスター “力道山”になりきったソル・ギョング | プロレスライター新井宏の「映画とプロレスPARTⅡ」

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映画『力道山』(04年)でタイトルロールを演じた韓国の名優ソル・ギョング。彼にとってひじょうにチャレンジングな演技だったことは、1年近くもオファーを断りつづけてきた事実からも伺える。日本のプロレス界を形作った英雄であることはもちろん、母国でも偉大すぎる存在だ。しかもプロレスラーだけに、身長こそ実在の人物とほぼ同じながら、通常で体重70キロ前後の彼に力道山役がこなせるのか、という難関が目の前に控えている。

それでも結局はこの役柄を引き受け、ギョングは力道山役に挑戦する。まず必要とされるのは肉体改造。体重を約25キロアップさせ、95キロ前後までもっていった。さらに全編で話される日本語も、相手役の中谷美紀から教わりながらこなしてみせた。しかもほぼ完璧で違和感がほとんどないから驚きだ。確かに韓国っぽいアクセントも多少はあるが、それはそれで外国人らしさを醸し出していることになる。特に序盤の相撲時代、国籍の違いで差別を受けるシーンでの、このアクセントは効果的だ。

力道山の生涯を描く作品だけに、力道山は出ずっぱり。しかも韓国語での会話はほんの数ヵ所でしかない。体重アップとセリフのマスター。この無理難題をクリアーしたギョングには、カメレオン俳優の名に偽りなし。しかもルックスと言語という両方を劇的に変えてみせただけに、『レイジング・ブル』(80年)のロバート・デ・ニーロも真っ青である。

プロレスシーンでも、ギョングはレスラーをしっかりと演じてみせた。この作品では本物のプロレスラーも多数出演している。木村政彦ならぬ井村政彦を演じた船木誠勝、力道山をプロレスに導いたハロルド坂田に武藤敬司。プロレスに転向の元横綱・東富士がモデルの東浪に橋本真也(本作が遺作に)。シャープ兄弟にはマイク・バートン&ジム・スティール。遠藤幸吉が秋山準で、豊登にモハメドヨネ。対戦相手にリック・スタイナー、トレバー・ローデス、イホ・デ・ドス・カラス、ブラソ・デ・プラタJr。力士や力道山門下生として橋誠、潮崎豪、百田力(もちろんデビュー前)、猪熊裕介、三和太、ヤス・ウラノ、関本大介も顔を出す。また、テレビ解説に島田宏、リングアナウンサーの声で鳴海剛。製作にはプロレスリングNOAHと、力道山の次男・百田光雄が協力した。

 プロレスシーンでは当時はないような技など、ところどころでツッコミどころはある。とはいえ、これはあえて時代に合わせて作ったものであり、いきすぎないところまでで寸止めされている部分は伺える。言葉の表現も同様だ。しかしながら、戦後の日本を映し出した街の景観など、実に緻密に再現されている撮影が見事である。実際、今作は韓国の黄金撮影賞で3部門を制覇し、大鐘賞映画祭では撮影賞と監督賞を受賞しているのだ。

 韓国では0412月6日に公開がスタートし、05年3月にフランスのドーヴィル・アジア映画祭に出品された。日本での公開が実現したのは06年3月4日。同年4月にはアメリカのニューポートビーチ国際映画祭で上映されている。

 もちろん力道山は実在の人物だが、映画そのものは多くのフィクションを交えていることを前提に観た方がいいだろう。実話、ではなく、「based on true events(実話に基づく)」というヤツである。実際、エンディングでは「この作品は、史実に独自の解釈による創作を加えて製作されています。劇中の登場人物、法人、団体、並びに出来事、事件などには、事実と異なる箇所があります」との注釈が加えられている。現在は力道山を知らない世代がファンの大半、いやほぼすべてを占めているだけに、プロレス史を学ぶ上でこの作品の出来事を鵜呑みにするのは決して好ましくはない。あくまでも映画として鑑賞するのが正解だろう。力道山を演じるギョングは 正直、力道山に似てはいないが、日本人になりきった力道山、その日本人へのなりきりぶりはカメレオン俳優の面目躍如。戦後のヒーローよりも、むしろ異国からの移民という苦悩に焦点を当てる『力道山』。やはり今作もひじょうに難しい役どころである。彼の出演作品は現在もコンスタントに製作され、その多くが日本でも公開されている。その作品を知らずに観れば、力道山を演じた俳優とは気づかないだろう。

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