BMW R100RSを手放すこと

車検もそれなりに取得しているので、所有年月もそれなりになっていた。
飽きたわけではない。このオートバイは乗ると「オートバイ」というモノを教えてくれている気がしていた。
オートバイが劇的進化を遂げはじめた80年代後半からオートバイと生活を共にして、その過程を恵まれた環境で味わう事が出来たのはとても幸せではあるまいか。
基本的に色々と味見したいタイプであり、乗り換えたオートバイは20種を軽く超えている。認めたくないが飽きっぽいとも思う。
30代の頃からBMWに乗り始め、既に10年以上が経過。
R100RSの事は遠く昔から知っていた。この大きなカウルが装着されたオートバイはとくに目を引いた。それはレプリカ全盛時代真っ只中の私の思考ではけして「カッコイイ」というモノではなく、”酷く醜いオートバイ”という印象だった。

ドゥカティやKTMの有名欧州車メーカー、国産4メーカーにはすこぶるカッコの宜しいモデルが数多ラインナップされているので尚更のこと。
大きな排気量のエンジンを販売可能限界値までパワーを上げ、これ以上ないレベルの太いタイヤ、大きなディスクブレーキを沢山のピストンを備えたキャリパーで挟み込む。
そんな手の内に無い性能のオートバイが飛ぶ様に売れた時期を生きてきた私は、すっかり自身を見失っていたのかもしれない。それは今、このオートバイを目の前にして省みることが出来ている。
冷静に考えればこのオートバイの魅力を若い内から理解出来たろう。
しかし目紛しく発表される大きく進化したイヤーモデル達に付いていくのがやっとだった。オートバイに乗り始めて10年は翻弄されており、冷静さを欠いていたのを自覚したのはそう遠い記憶ではない。

BMWと出会って、オートバイの違う愉しみを教えて貰いながら走ったこの10年は、
とても有意義であり短い人生の貴重な時間となった。がしかし一気に味わい過ぎたかもしれない。もうオートバイに対して何の欲求も無くなってしまったのだ。
そんな時だからこそ、このオートバイともっとじっくり付き合うのもアリとは思った。
売却が頭を過ぎり始めて1年が経過していた頃、他に愉しみを見出してしまった事、それらに予算が取られてしまう事、乗る事が大きく減ってしまうこれから先の事を考えると・・・。
今回このR100RSを良いご縁があり、売却を決めた。
周囲からは車両の程度を考えると売却の再考を迫られたが、自身の気持ちに変化は起こらなかった。
「オートバイは乗ってナンボ、床の間の飾りモノではない」というのが持論なのだから致し方ない。
そしてもう次に欲しいオートバイは見当たらない。
どの国産国外メーカー関わらず”ツリ目”の新型車では尚更だ。
5年以上所有する気になれない同じデザインが施された昨今のオートバイを到底購入する気にはなれず、私の最後の愛車”R1150RS"とこれから濃厚な時間を過ごそうと思う。

五体満足でいる限り、オートバイ自体を降りること自体はないと思うが、興味を唆られるオートバイがこれから出てくる事を祈るばかり。
強いて言えば最近始めたスクーター通勤が乗ってて一番愉しいと感じる事実。
依って可能性が一番高いのは「T-MAX530」か「C600スポーツ」か・・・。
到底否定していたスクーターが一番良く感じる、自分がなんだかよく分からなくなってきました・・・。
GWといえばツーリング 2015
正直今年は海外にしようかとも思ったが、一部のつまらない反対意見によりツーリングに確定。
80年代後半から続けているので早30年に迫る勢いには自信でも驚き。途中海外生活時期があったのである1年だけは行ってないが、ほぼ毎年の恒例行事。継続は何とか・・・とは云うものの特に得るモノがあったとは思えず。強いていうなら目的地選定に悩む程になった事程度。

そんな行く先に困っている状態で向かった旅先は島根県は松江。
目的はローカル線に乗って”出雲大社”へ行く事。今更縁結びでもないがパワーを貰えれば良いかなと。

別記事で書こうかと思っていましたが、急遽R100RS売却してしまいました。
直前までは最後の旅として利用するつもりでしたが、良縁があり早々に巣立っていった。
オイル交換やタイヤ交換まで済ませていたので少々後悔な気もするが致し方ない。

この時期に必ずオートバイで走行しているため、この時期独特の匂いや気温、太陽の角度が気分を高揚させる。世の中はゴールデンウィークなのです。
そういえばオートバイに乗り続けようと決めたのも、このゴールデンウィークというモノが切っ掛けで、あまりの渋滞にオートバイでないと出掛けられないというのが理由だった。
「お前は飽きっぽい」と言われて育った私のこの状況を、両親はどう考えているのだろう。

とりあえず旅館へ入ってお風呂で疲れを癒した後、宍道湖畔を少し散歩。
湖を渡る風の気持ち良さ、これもゴールデンウィークのものだ。
そして今宵は宿の夕食は付けずに外食へ。
都合よく旅館の隣に居酒屋的なモノがあり、浴衣に下駄で出掛ける。

宍道湖と言えばとりあえず”しじみ”。ですが・・・一度は食べてみたかった「のどぐろ」でしょう。白身で淡白でありながら、必要以上に脂がのっているのが特徴。
そしてその脂の旨味が特徴だそう。柔らかくジューシーな脂がのった白身だけに、タレを変えて目を閉じて食べれば鰻の様な感触だった。

出雲大社へは数回訪れているが、高校の修学旅行以来の乗車となる「一畑電車」で往訪するのが目的。このベージュの車両は東京の京王帝都電鉄の中古車両で、子供の頃によく利用した非常に懐かしい地元車両。この他に南海電鉄の車両も存在する。
聞くところによると、この「一畑電車」の運転手研修は提携しているのか京王帝都電鉄で行うらしい。

私に取って特に意味を成さない社自体は早々に切り上げ、”出雲蕎麦”を頂くとします。
一度食べた時の印象はそれほどでもなかったが、今回の店舗はアタリ?だったか、とても旨かった。見た目からか行列が出来る事もない店だったが、それがかえって良かったのかもしれない。
出雲大社を昼過ぎに出発、再び一畑電車に乗ってオートバイを預かって頂いている昨日の旅館へ急ぐ。お土産を購入し早々出発した。
が、せっかくだから・・・と立ち寄ったのは境港。そこはもう鳥取県。

こちら側は島根県松江、渡った先は鳥取県境港だそうな。
無論本当に”ベタ踏み”なわけはなく、250ccに私の様な重量物が乗っても軽々登っていく。
この画像を撮影した際に入れたガソリンスタンドでは、遠路遥々来てくれた記念に・・・と手作りの絵葉書を頂いた。
上部からは中々の眺めでレインボーブリッジ程の高さに感じた。
二日目は出雲大社観光に殆どの時間を使用するだろう事から、この日のお宿は蒜山高原の民宿を確保してあったので、米子自動車道を再び南下し、蒜山高原ICまで一気。
下車して5分程度の場所にある宿であった為、非常に楽な一日が無事終了。

本日はブログでの絡みのある”キリンさん”にお会いすべく一路岡山県の高梁SAへ。
一時間余りお待たせしてしまったにも関らず、暖かくお迎え頂きました。
改めましてキリンさん、レプソル師匠さん、大変申し訳ございませんでした。
お二人は広島界隈にも関らず、この僻地まで早朝から走って来て下さいました。
高速道路を降りて、下道で目的地までキリンさん先導で引っ張ってもらいました。
岡山の山奥は最高でした。東北も良いけど山陰地方の曲がり道もとても良い。
短い間ではありましたが、今回初の快走ペースは非常に愉しかった。

なにやら此方のライダーが集うお店との事。集合した場所と同県の矢掛町という宿場町にある。
しかし宿場町とは言え、結構な田舎(失礼!)にも関らず多くのライダーが集まるのは店主の娘さんが美人さんだからか。
その美人さんは訪れたライダーの愛機に跨り写真を撮る事がお決まりという。その台数はゆうに2500台を超え、ギネスに申請予定でもあるそう。

さすが数千台のオートバイを跨いでいるだけあって、スムースな乗り降りは私なぞ足元にも及ばない。免許を保持しているかどうかは不明だが、左手は女性マスターで、実際に走っているそう。依って免許はお持ちの様子。

私個人はカステラが嫌いである。つまりシフォンケーキも基本ダメな部類。
しかし、ここのシフォンケーキは旨い。キメの細かさは今まで食べたモノの中で一番で、しっとり感もカステラ嫌いの私を唸らせる微妙さだ。フォークでの切断作業で既に感じる事が出来る。マスターに聞くと、それでも失敗も多くお客様への提供を憚られる出来上がりの時も稀にあるそう。一度お試しアレ。
一時間少々だっただろうか、バイク談義に華を咲かせてお別れの時間に・・・。
キリンさん、美味しいお店に連れて行って頂き有難うございました!
我々は京都亀岡の”湯の花温泉”へ、キリンさんとレプソル師匠さんは帰路へ。
出掛けに雨がパラついていたのが、気になったが我々はセーフ、キリンさん達は濡れてしまった模様。こちらも大変申し訳ございません・・・。
山陽道玉島ICから中国道宝塚ICまでは一気。250ccではありますが大型車には負けてません。
宝塚ICを下車し、県道と国道を繋いで亀岡市を目指す。どんよりした空模様だが時折陽も差す状況を無事走破し、PM5時過ぎに湯の花温泉の”有楽荘”なる旅館へ無事到着。
本来、特に何も無ければ何も書かずまいだが、この宿のコストパフォーマンスが酷い。
プランは牛すき鍋プラン¥12800-/泊だった。飲み代を入れるともう一息な金額。
「ホーンテッドマンション」か「上質の廃墟」を彷彿させる佇まいの建屋(推定築50年)をDQN一家と思しき家族が経営する。
特にどうの・・・という事は無いが、ロビーで携帯を弄る仲居には閉口した。
ご期待の夕食は大皿に盛られた牛肉とてんこ盛りの野菜の2皿。あとは茹で蟹が少々と付け合せ。
汁物は無し。あと茶碗蒸しもあったか。
正直手の掛かったモノは一つも無く、その気になれば皿に盛り付けるだけで完成しそうな内容だった。オマケに蟹が人数分出てないのを指摘すると特に謝罪も無く追加で出てきた。
宿泊と云えば、上げ膳据え膳と快適な睡眠かと思うが布団が久々の煎餅。畳の硬さが布団越しに伝わり、朝起きた時の腰の痛さたるや筆舌し難い…と来る所だが筆舌せねばなるばいと思ったのがこの記事だ。
宿泊予約サイト等の口コミではそれほど悪くないのが本当に不思議。(サクラか)
この「もてなし」で~¥8000-/泊前後なら”良い宿”になる可能性大だが、これで大1.5枚に迫る勢いなのは如何なモノか。この「有楽荘」という旅館は「二度目は無い」という程度ではなく、大きく改善が求められる状況であった。
腰の痛い朝を迎えた4日目は霧雨の舞う状況。”もてなし”との相乗効果で気分もグッと落ちてしまう。
しかし出発するAM10時には辛うじて上がってくれたのが救いだった。
先ずは亀岡市内から京都市内を抜け、名神高速大津ICを目指す。最終日の目的地は信州木曽福島。京都から、それも限りなく大阪や兵庫に近い位置から長野県まではそれなりの距離。重ねて雨天とするならば、それなりの重労働だ。
京都市内に入るや否や超の付く渋滞に見舞われる。これぞゴールデンウィークの醍醐味。4輪で観光している人達は誠にご苦労様です。雨が凌げる事以外のメリットを感じないのはオートバイ乗りなら皆感じるはずではなかろうか。

せっかくなので清水寺なぞ立ち寄ってみた。超観光地に土壇場で立ち寄れるオートバイの機動力ならでは。
かなり久しぶりの清水寺観光を終え、京都市内から国道1号で大津まで走る。
名神高速大津ICから一路中央道中津川ICへ。
中津川ICを降りて1時間程で最終日の旅館へ到着。木曽福島、御嶽山へのアプローチへ便利な温泉へ宿泊。正確には温泉ではなく鉱泉。
この日は京都市内からは始終雨天走行を強いられ、宿到着後もそれなりの降りであった。
静かな山間の温泉宿で昨日との比較になってしまうのもあろうが、中々の宿であった。

国道19号を北上し、権兵峠トンネルを抜けて伊那、そして高遠。
ここ杖突峠からはとても綺麗に八ヶ岳が見る事が出来た。
基本的には良い天気に恵まれた今回の旅はここで終了。明日からはまた日常が待っており、その先には暑い夏がやってくる。250ccでも十分にイケる事を今更ながら学んだゴールデンウィーク2015でした。
オイル交換備忘録 R1150RS R100RS

先週に引き続き定例メンテナンス実施。
R1150RSは昨年ブログ関係の方々とツーリングへ出掛けて以来のエンジン始動で、
御嶽山の噴火があった時なので、かれこれ半年以上。
しかしオートバイに乗らなくなってしまったものです。仕事の影響が大きかったのが原因であり、自身のモチベーションは回復傾向。
それと合わせて絶好のシーズンに日々近づいている事から、オートバイで出掛ける事も増えると予想。というかスクーターで出勤しているのもその影響だろう。

それはさており、前回の交換で使用したのは”シルコリン PRO-4”15w–40。
走行距離は2000km程度とあって赤い色が残っている状況で勿体ない状況はいつもと同じ。昨年はGWに使用しなかった為、交換サイクルがいつもと違うタイミングになった。
R1150RSのオイル交換はエンジンのみで終了。
折角、工具も一通り出したのと、先日4輪のオイル交換をした際に余ったMTオイルがあったのでついで作業も行う事とした。

前回使用したオメガに負けず劣らずオーバークォリティなのはこちらも同じ。なにせLSDにも対応しいるのだから。

特に帰る必要ない距離ではあったが、ブログを見返してビックリ、前回交換は2009年であった。これだと同時期に交換したタイヤもダメであろう。山がタップリなのが悔しい・・・。


画像右奥のネジ穴はシャフト用オイルフィラー。余ったオイル量が少々心元無いが、入っていた量よりは確実に多くなるのでOKとしよう。
デフオイルは350cc、シャフトオイルは150cc使用する。

因みにそのまま注ぐと350ccになる前に溢れてくる。そこでタイヤを回転させながら注入すると適量で漏れてくるのでそこでドレンボルトを締め込んで終了。
シャフトオイルに関しては無論そんな事はないので単純に規定量を注入し、本日の作業は終了した。

それにしても車検は切れるわ、タイヤは交換時期だわ、オマケにIGコイルの不調も抱えてたわで段取りの悪さは変わらず。自分で自分に困惑する状況はきっと一生続く事でしょう。
さてこれから車検を取得すれば一段落だが、900km彼方までトラブル無しでいけるか不安。
30年近く前のキャブレタ車であり、4輪も含めインジェクション車に慣れた昨今、心配事が無いと言えば嘘になるでしょう。
機械とは言え、愛情を掛ければ必ず応えてくれるモノではあるが、それにも限界はあるだろう。しかしそんな事を言っていては旧い車両に乗る事はできない。
新しい車両に馴染めない私には許容せねばならない問題である。
最近は保険のレッカー保証やJAF等緊急事態の対応も充実しているから、恐らくたぶん、きっと大丈夫ですw