BMW R100RSを手放すこと | 欧州車かく語りき。

BMW R100RSを手放すこと

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2008年に入手して早7年。

車検もそれなりに取得しているので、所有年月もそれなりになっていた。
飽きたわけではない。このオートバイは乗ると「オートバイ」というモノを教えてくれている気がしていた。

オートバイが劇的進化を遂げはじめた80年代後半からオートバイと生活を共にして、その過程を恵まれた環境で味わう事が出来たのはとても幸せではあるまいか。
基本的に色々と味見したいタイプであり、乗り換えたオートバイは20種を軽く超えている。認めたくないが飽きっぽいとも思う。

30代の頃からBMWに乗り始め、既に10年以上が経過。

R100RSの事は遠く昔から知っていた。この大きなカウルが装着されたオートバイはとくに目を引いた。それはレプリカ全盛時代真っ只中の私の思考ではけして「カッコイイ」というモノではなく、”酷く醜いオートバイ”という印象だった。


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今見ても「カッコイイ」とは云えない様な気がしなくもない。

ドゥカティやKTMの有名欧州車メーカー、国産4メーカーにはすこぶるカッコの宜しいモデルが数多ラインナップされているので尚更のこと。

大きな排気量のエンジンを販売可能限界値までパワーを上げ、これ以上ないレベルの太いタイヤ、大きなディスクブレーキを沢山のピストンを備えたキャリパーで挟み込む。
そんな手の内に無い性能のオートバイが飛ぶ様に売れた時期を生きてきた私は、すっかり自身を見失っていたのかもしれない。それは今、このオートバイを目の前にして省みることが出来ている。

冷静に考えればこのオートバイの魅力を若い内から理解出来たろう。
しかし目紛しく発表される大きく進化したイヤーモデル達に付いていくのがやっとだった。オートバイに乗り始めて10年は翻弄されており、冷静さを欠いていたのを自覚したのはそう遠い記憶ではない。

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年齢を重ねた事もあるが、どんどん冷静になっていく自分がおり、これが大人になるという事なのか?と自問自答する時期があったのも事実。

BMWと出会って、オートバイの違う愉しみを教えて貰いながら走ったこの10年は、
とても有意義であり短い人生の貴重な時間となった。がしかし一気に味わい過ぎたかもしれない。もうオートバイに対して何の欲求も無くなってしまったのだ。
そんな時だからこそ、このオートバイともっとじっくり付き合うのもアリとは思った。

売却が頭を過ぎり始めて1年が経過していた頃、他に愉しみを見出してしまった事、それらに予算が取られてしまう事、乗る事が大きく減ってしまうこれから先の事を考えると・・・。

今回このR100RSを良いご縁があり、売却を決めた。
周囲からは車両の程度を考えると売却の再考を迫られたが、自身の気持ちに変化は起こらなかった。
「オートバイは乗ってナンボ、床の間の飾りモノではない」というのが持論なのだから致し方ない。

そしてもう次に欲しいオートバイは見当たらない。
どの国産国外メーカー関わらず”ツリ目”の新型車では尚更だ。
5年以上所有する気になれない同じデザインが施された昨今のオートバイを到底購入する気にはなれず、私の最後の愛車”R1150RS"とこれから濃厚な時間を過ごそうと思う。

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これから先、オートバイに何か新たな魅力を見出すことがあるのかは未知数だが、嫌いになったわけではないので可能性を模索していこうとは思っている。

五体満足でいる限り、オートバイ自体を降りること自体はないと思うが、興味を唆られるオートバイがこれから出てくる事を祈るばかり。

強いて言えば最近始めたスクーター通勤が乗ってて一番愉しいと感じる事実。
依って可能性が一番高いのは「T-MAX530」か「C600スポーツ」か・・・。

到底否定していたスクーターが一番良く感じる、自分がなんだかよく分からなくなってきました・・・。