ライジング -47ページ目

ライジング

脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo


『ACROSS THE UNIVERSE』


今年、何本かの劇場作品を2度以上鑑賞しました(マイ・ブルーベリー・ナイツ、山のあなた ~ 徳市の恋、スカイクロラ)が、自分にとって今作はそういうもう1度観たい1本です。


監督はブロードウェイ・ミュージカル『ライオン・キング』の演出でトニー賞を受賞したジュリー・テイモア。生まれて初めて観たミュージカルが劇団四季の『ライオン・キング』でした。あの時のあの舞台は衝撃でした。今なおロングランを続けていますが、とにかく舞台の動物の生き生きとした姿、歌声、完成されたストーリーとぐいぐい惹きつけられるエネルギッシュな演出に釘付けだったのを憶えています。


そんな監督の最新作は、ビートルズ・ナンバーを駆使したミュージカル映画で、1960年代のアメリカを舞台に若者の夢や恋愛など甘酸っぱい青春を描きつつ戦争という怪物に翻弄されていく姿も描いています。

ビートルズ・ナンバーは、200曲以上の中から33曲をチョイスし、そのメロディや歌詞が時々の心情を見事に表現していきます。ビートルズの楽曲が持つあまりにも強いパワーを新しくアレンジし見事に作中に融合させている監督の仕事は素晴らしいの一言に尽きます。あのイマジネーションはどこからくるんでしょう。時にミュージックビデオを観ているようで、時にミュージカルを観ているようで、特に「ストロベリー・フィールズ・フォー・エヴァー」の映像が強烈に印象に残っています。


主人公は、ジュード役にジム・スタージェス。彼の風貌が若い頃のポール・マッカトニーに似ててビックリするのと歌もすごく上手く声もいいです。現在公開中の『ブーリン家の姉妹』にも出演しています。

相手役のルーシーにはエヴァン・レイチェル・ウッド。とってもキュートな女優さんですね。彼女の作品は残念ながら観たことなかったんですが、若さを前面に表情豊かでとっても良かったです。


この作品にはU2のボノやジョー・コッカーなんかのカメオ出演もあったりします。また、トリビア的、隠しコマンド的な仕掛けが満載で、ビートルズのコアなファンはきっと唸るハズです。まず、主要キャストの名前(ジュード、ルーシ、マックス、プルーデンス)を見ただけで、ニヤッとすると思いますが、自分はそれほどコアじゃないので、たくさんの見落としがあったように思います。後で、パンフに書かれていたトリビアな部分の多さに驚きました。なので、この作品は何度も観て楽しむという要素を多分に含んでいます。


実はこの作品、12月19日にDVD、ブルーレイで発売になります。とはいってもやっぱりこの作品は劇場サイズの作品だと思うので、できれば大画面、大音響で観たい。



Original Soundtrack

1年って長いですか短いですか。

1日が長いと感じる人もいれば1年が短いと感じる人もいる。

人が感じる時間の長さは当たり前だけどマチマチです。

日々刻々と変わるものだし、昨日と今日、今日と明日、全然違うかもしれませんし、まったく同じかもしれません。

人が生を受けた瞬間から与えられる持ち時間。100年もあれば、わずか数時間もある。時が経過してみないと分からない持ち時間ですが、その中から切り取った1年は自分にとってどんな位置づけでどんな意味を持つ時間なんだろう。年末や年度末になると1年を振り返ってと題して様々な評価や反省、記憶のおさらいがさかんになります。でも、考えようによっては、1年はどこから切り取っても1年だし、極端に言えば毎日どんな期間でもおさらいができるんだから、1年ってくくりに高い塀を造って囲うなんてことしなくても、ずっと連続して繋がってるんだと思えば日々評価もできるし反省もできるし記憶のおさらいができるんだなって思えます。すると、なんだかいつでも新しい自分になれるような気がします。

個人差はありますが、1年経つと体の約80%の細胞が入れ替わるといいます。骨や神経以外の内臓、脳などは1年で新しくなるそうです。

すると今日の自分は1年前の自分とは違うんだ。

今見ているこの手の皮膚も違うんだ。

そう思うとなんだか清々しく気持ちがすーっとする感じがします。


このBLOGを始めて1年が経ちました。

その前にやってたBLOGはすぐに挫折したので、ここも続かないかもと思いながら1年。よく続いたなって思います。

そんなBLOGの切り取った1年はどうだったのか。

いろんな方と出会い、別れ、嬉しいこと、悲しいこと、怒りに震えること、たくさんメモリーされました。


1年前のBLOGからリフレッシュされるかどうかは分かりませんが、少しずつでも新たな歩を進められたなぁと思います。

秋に始まったBLOGは四季を通り抜けまた秋へ。


これからもたくさんの人のエネルギーをもらいながら、少しずつ少しずつ歩き続けようと思います。

そう無理の無い自分の歩幅で。



以前撮った紅葉です。今年も秋を真っ赤に染め上げてくれるかな紅葉



『容疑者Xの献身』

ガリレオの湯川先生的に言えば「実におもしろい」作品でした。

TVシリーズでの福山&柴咲コンビは絶妙で、コミカルな部分、論理的、科学的に事件の真相を暴いていく部分が非常に良い塩梅で楽しく観ていたので、映画化されても大きく期待を裏切るようなことはないだろうと予想していました。ただ、TVの2時間スペシャル的な感じも否めないかなぁとも思ってました。が、見事に期待を裏切ってくれましたんね。


今回は特に天才数学者役の堤真一、暗い過去を持つ弁当屋の松雪泰子のキャスティングがドンピシャはまったように思います。それにしても堤真一はスバ抜けて上手い。松雪泰子と共に最近、TV、映画で大活躍ですが、その役の持つ過去から引きずる憂いや鬱屈した感情までも表現し、それがまったく自然で恰も演者ではないのかと錯覚を起こしそうなほどです。彼が出演するだけで、作品の重みが増し、ギュッと締まって見えるのはファンであるが故の贔屓(ひいき)目でしょうか。


主役の福山雅治と柴芝コウは、ご存知のようにフジの大ヒット映画『HERO』のキムタク&松たか子につづく名コンビになりましたね。論理的な湯川と非論理的な直感を信じる内海のキャラを生み出し、ありがちな殺人事件を緻密に練り上げ、謎解きの痛快さと人間の内なる情念や理性をも描くストーリー展開、原作者の東野圭吾はやっぱりスゴイです。


原作を読んでいないので、どこまで原作に忠実なのかは分かりませんが、これまでのTVドラマシリーズとは一味違った切り口で事件の究明をしていく(内容を詳しく書くとこれから観る人に怒られるので・・・)部分がとても人間的で微妙な心理が見事に演出されているように思いました。推理ミステリーによくあるキーマン、キーアイテムもちりばめられていますし、TVドラマシリーズのファンはもちろんですが、見てなかった方でも、楽しめるんじゃないかと思います。TVドラマシリーズを見てた方でしたら、「こんな展開もあったかぁ」と唸らせてくれると思います。


宮廷画家ゴヤは見た


『宮廷画家ゴヤは見た』


かなりおもしろかったです(あくまで個人の主観ですが・・・)。

おもしろかったといってもちっとも笑う場面はありません。逆に背筋が凍るような場面がたくさん出てきます。まさしく、原題の「GOYA'S GHOSTS」って感じです(といってもホラー映画じゃないですよ)。


ハビエル・バルデムとナタリー・ポートマンがキャスティングされてるってだけでワクワクしますが、期待を裏切らない質の高い作品だと思いました。


舞台は18世紀末、スペインのマドリード。宮廷画家として頂点を極めたゴヤが見た明と暗、異端審問や内政不安を五感を研ぎ澄まし、キャンバスの上で表現していきます。そして、裕福な商人の娘イネス(ナタリー・ポートマン)と修道士のロレンソ神父(ハビエル・バルデム)の2人の肖像画を描くことになるゴヤは、その後の2人の人生に深く関わっていくことになります。

この2枚の肖像画は、その後の3人の数奇な運命を象徴することになりとても印象的でした。


監督はミロス・フォアマン。『カッコーの巣の上で』、『アマデウス』で2度のアカデミー賞を受賞している腕はダテじゃないですね。


キャストは言うまでも無く、ハビエル・バルデム。あのド迫力な存在感、威圧感は見る者を釘付けにします。それにナタリー・ポートマン。二役あり、真逆の人生ありと幅広く難しい役どころを見事に演じきっています。

タイトルにはゴヤという名前があるのにゴヤ役のステラン・スカルスガルドはどこか控えめに見えたのはハビエルとナタリーの強烈な個性のせいでしょうか。そういう部分を実に上手く演出しているところが監督ミロス・フォアマンの真骨頂ともいううべき部分なんでしょうね。
それにしても、『ノーカントリー』のときも今回もですが、ハビエルが出てくる場面は異様な空気感が漂っていて、時に恐怖に背筋が凍る感覚を覚えたりします。特に最後は身震いします。


スペインでは頂点を極めるような画家であったゴヤが、宮廷の華やかな作品を製作する一方で、貧困や暗く混沌とした世をあるときは皮肉を込め怒りを込めメッセージを込めて作り出された作品は物凄い集約されたエネルギーを感じました。映画のオープニングとエンディングに実際のゴヤの作品がバックで映し出されますが、絵の持つ力をまざまざと感じます。

正直、ゴヤというと有名な「巨人」くらいしか知りませんでした。しかも宮廷画家ということすら知らず、まったくの知識の無さに情けない限りです。

映画観終わった後、すぐに本屋へ駆け込みゴヤの作品集を見たのはいうまでもありません。

amebloを始めてもうすぐ1年になりす。
幸いにもメール、コメント、ペタを頂けて不快な思いをするようなこともなく、バーチャル
でありながら、ネット世界にもある言葉の温もりを感じることができたように思います。これもたくさん心のこもった触れ合いをしてくださったおかげだと思います。ありがとうございました。

1年やっていると突然音信不通になった方や退会される方もいて寂しい気持ちに襲われることがあります。理由は人それぞれだと思います。これも始まりがあれば終わりがあるということで受け入れるしかないのですが、ただ、ひとつだけどうしても納得いかない憤りを覚えることがあります。

それは、心無い人によって泣く泣く退会したり、言葉の暴力、虐待によって心身が病んだり、挙句に自らの命を絶つなんてことが起こっていることです。


つい最近、韓国のタレントさんが相次いで自殺するという訃報が入り、ネットの誹謗中傷によって追い詰めれたのが原因との憶測が報じられました。

匿名をいいことに罵詈雑言を浴びせかけ追い込んでいくなんて血の通った人間のやることじゃない。こんな酷い卑劣な虐待のような行為をして命を奪うのは殺人行為だと思います。


あるタレントさんのBLOGに訪問していたときのことです。近況や趣味、趣向なんかについての記事が大半で、読者さんのコメントも微笑ましい和気藹々とした内容でとっても良かったんですが、ある日、来てみるとそのタレントさんのお詫びの記事が掲載されていました。その前の記事が炎上し、そのお詫びという内容だったんです。いったいどんな記事を書いてしまったんだろうと思って読んでみたら、別段特定の人や不特定多数の人に向かって失礼な事を書いてるわけでもなく、自分はこうなりたいという何の害もない内容(タレントの方に迷惑がかかるといけないので記事の詳細は書きません)なのに、その記事に対して通常の何十倍もの匿名コメントが入っていて、誹謗中傷の嵐。擁護するコメント、さらに煽るコメント入り乱れてめちゃくちゃになっていたところ、結局、何も悪くないタレントさんがBLOG記事でお詫びするという本末転倒なことになったということでした。その後は終息し今もBLOGは続けられています。

このとき、初めて炎上の現場というのを見たんですが、もう無茶苦茶です。日本語ってこんなに醜いものだったのかと愕然として、理解に苦しむ内容にただただ呆然でした。


ネットをしていると"闇サイト"、"炎上"なんて言葉が飛び交っていますが、多くの人はモラルを守って心ある血の通った行動を取っていますが、あるほんの一部のモンスター達の為に暗くて狭くて息苦しいネットのブラックホールを作ってしまっているんですよね。


言論や思想の自由が認められていますが、それは相手に対する無差別な攻撃をしていいということではありません。たびたびモラルについて書いてきましたが、老若男女、自由だから"何でもあり"なんて考えは傲慢、自己中の何ものでもないです。


こうやって書いてる自分でさえも、もしかすると無意識に人を傷つけることがあるかもしれません。この世に完璧な人間はいないものですが、自分が言われて心痛むことは他人も心痛むんだということを忘れてはいけないと思います。誹謗中傷している人も心を持った人間のはずです。1人でも多く自分の愚かさに気付いて欲しい。


まとまりのない内容で申し訳ないです。

自分の心のうちにあったモヤモヤを吐き出してちょっと楽になろうというこれぞ自己中な考えですがどうかお許しください。