職場には、

気の合う人もいれば、

そうでない場合もあります。

私たちは<気の合う同士が

一番いいと考えがちです。

しかし場合によっては、

人の美点が見えなくなってしまう

事態も起きかねません。

同じ方向からしか見なくなったり、

逆にお世辞ばかり言い合う

可能性もあります。

人は「なくて七癖」と言われるほど、

様々な癖を持っています。

異論があったり、

様々な見解があるのは当たり前なのです。

例えば子供は、

親が「ダメだ、ダメだ」と

何かにつけ手を出し、

過保護に育てると、

ついには依頼心の強い、

自主性の乏しい子になってしまうものです。

「言って聞かせて、して見せて、

褒めてやらねば、人は動かじ」

という先人の言葉があります。

短所や欠点ばかりに目を向けていたのでは、

褒める術がありません。

長所と短所は一枚の

紙の表裏を見るようなものです。

裏には裏の良さを見いだし、

表には表の良さを感じてこそ、

その存在価値が発揮されるのです。

茨城県に創業五十年を迎えた

S工務店があります。

毎年作成される経営方針書の中に、

「17年目を迎えた我が社の親孝行」

と題して、

全社員に対し社長からの

メッセージが記されていました。

1 今年は3月27日から二ヵ月間を

「親孝行月間」とする。

2 この世に誕生してから今日まで、

自分を育ててくださった両親に対し、

心から感謝の思いを込めて、

はっきりとお礼の口上を伝える。

3 親のいない人は夫婦で墓参をする。

4 実践した後、

感想文を5月30日までに提出する。

五十一名の社員全員が感想文を寄せ、

「親孝行感想文集」と

題する冊子が完成しました。

社長はその「あとがき」において、

「我が社で一番大切なことは、

お客様の信用を得て、

頼りにされる人になることである」と

語っています。

お客様に信頼される働きをするには、

まず自身の生命の源に感謝する意識が不可欠です。

親に感謝をしない人間が、

他人の信頼を得られるはずがないのです。
「自分が好きですか?」

と問われたなら、

どのように答えるでしょう。

また自分自身の現在を採点した時、

いったい何点を付けるでしょう。

過去の失敗や嫌な面を

減点材料として加味すれば、

いくらでも低くなってしまうかもしれません。

しかし人は皆、

過去の積み重ねの結果として今があり、

過ぎたことはすべて

「最良の経験」と

定義づけられるはずです。

自分自身を受容できない人は、

他人に対しても減点主義の見方をします。

「私は私のままで素晴らしい。

私はありのままの私を受け容れます。

私はかけがえのない存在です」と

宣言できてこそ、

他者の受容も可能となるのです。

自分が住んでいる所、

自分の周辺の人や物、

そしてすべての存在の良い面を

褒めることから始めてみましょう。

きっと私たちの心は豊かになり、

自分自身の魅力は増していくはずです。

欠点を自覚するだけでは、

伸びるものも伸びません。

過去から未来すべてを含めて、

「これがよい」と

受け止められる人物を目指したいものです。
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


スノーホワイト



過去作とビジュアルに大差がない?

確かに傑作『指輪物語』を

連想させる部分等は多々あった。

けど『指輪~』以降、

似たような映像表現の作品はワラワラあった訳で、

今になって比較されて評価を

落とされるのはなんか不遇な気がする。

物語を詰め込み過ぎ?

確かに。

終盤、

主人公が戦いを決意する動機は不明瞭。

ハンツマンとウィリアムの関係や

決着ももっと描いて欲しかった気がするし、

その他の人物描写も薄味。

だが本作、

エンタメに徹しつつも

映像美を感じる部分は多く、

開幕から終幕まで、

白・黒・赤・金が映える映像は見事だ。

そして独自性を感じさせる設定も多い。

ずるりと溶けるブロンズの鏡。

メッセンジャーとして現れる白黒のカラス。

樹木と殆ど一体化したトロール。

怪物と化す黒い硝子。

タールの如く粘るラヴェンナのマント。

特に面白いのは、

人の不安を糧にする

黒い森の短くも濃密なビジュアル。

そして、

スノー・ホワイトを救い主として

受け入れる森の動植物たちだ。

小動物も草木も、

幻想的でありながら十分な

現実味も感じさせ、

美しさの中に1割程度の

グロテスクが加味されたような絶妙なデザイン。

そして、主役2人の魅力。

氷のように冷たく美しい女王ラヴェンナ。

若さを保つ為、

若い娘の血で満たした風呂に浸かったという

実在の殺人者

エリザベート・バートリを連想した。

さすがに血の風呂は登場しなかったが、

石膏のような液体からせり上がる

彼女は無機質で不気味。

一方で、

常に“美”に追い回されているような

焦燥と恐怖の表情が憐れだった。

ラヴェンナが

『美しくなければ世界に棄てられる』

という強迫観念に駆られていたのに対し、

スノー・ホワイトは生き延びる為には

汚泥や血に塗れる事にも躊躇しない、

いわば生命の美とでも

呼べそうな美しさを有している。

森の生き物が彼女を

受け入れたのも、

彼女が

彼等と同じ生への

渇望に満ちていたからかも、

なんてね。

僕は作品が

『物語に重きを置いてない』

と感じたら

物語の整合性とかは割と

アッサリ無視して観られる人間でして、

むしろ『この内容を2時間足らずで

そつなくまとめたなあ』と感じた位だ。

個人的には贅沢なビジュアルと、

異なる“美”の

対決を最後まで楽しめた訳で。
アパレルメーカーの営業部に所属して、

四年目となるKさん。

同じ部署のSさんとは同期ということもあり、

何かと比較をされます。

ある朝、

始業時間になってもSさんが出勤しませんでした。

上司や同僚は

「S君は大丈夫か?」

「体調を崩したのでは?」と心配し、

Kさんに連絡を入れるよう指示しました。

連絡を入れると、

単なる寝坊であることがわかりました。

翌週、

Kさんが通勤で乗車していた電車が、

安全確認のために途中の駅で停車しました。

Kさんは電話で上司に状況を報告しましたが、

電話口で

「本当は寝坊なんじゃないのか」と言われ、

大きなショックを受けました。

Sさんの時は心配し、

自分には疑いの目が向けられたことを先輩に話すと、

「それはそうだ。

日頃の二人の勤務態度を見ていれば妥当だろう」

と言うのです。

先輩は「S君はこの三年間、

無遅刻・無欠勤だ。

対する君は、

遅刻の常習犯だ」と指摘しました。

日頃の言動の積み重ねが、

職場内での人物像を作り上げていることを、

Kさんは痛感したのでした。