相手の話に同意している

意志を伝える表現に

「相槌」があります。

相槌は、

相手の話を引き出す効果があります。

反面、

その打ち方によっては、

相手が話しにくく

なってしまうケースもあります。

話をよく聞き、

言葉の合間に

「はい」

「ええ」

「そうですね」と頷きながら、

タイミングよく相槌を打ちましょう。

相手は話しやすくなるばかりでなく、

聞き手に対して好印象を持つことになります。

反対に

「はいはい」

「エーエー」

「なるほど、なるほど」

「ほーほー」など、

同じ言葉を繰り返す相槌は、

かえって耳障りとなります。

相手の話を遮ることにもなり、

本当にこちらの言葉を

汲み取っているのだろうかと

不安に思わせてしまう可能性もあるため、

厳重な注意が必要です。

相手の言葉をよく聞き、

正しく受け止めて対応することは、

仕事を円滑に進めていく

最低限のマナーです。
 
相槌を上手に打ちながら、

お互いに気持ちの良い対話をしたいものです。

定年を迎えたK氏は、

かつて雑誌の編集者として活躍していた時、

妻から

「別れてほしい」と告げられ、

大変なショックを受けた経験があります。

忙しさを理由に会話もせず、

話もろくに聞かなかったなと、

妻に寂しい思いを

させていたことを深く反省したK氏。

妻から信頼される夫となるよう、

忙しい中でも会話を増やした結果、

以前のような仲の良い夫婦に戻ったのです。

物事が現在進行形の時は、

なかなか状況の悪化に

気がつかないものです。

そして事が度を越した時に初めて、

自分の置かれている状況を知るのです。

幸いにしてK氏は、

深い反省の心によって

状況を挽回しました。

仕事第一だった氏にとって、

家族の信頼を得ることの

大切さと難しさを実感した

時期となったのです。

「雨降って地固まる」の如く、

夫婦の絆は強いものとなりました。

元気に仕事ができるのも、

家庭の安定があってのことです。

妻や夫に感謝してこそ、

より質の高い仕事ができると考えましょう。

身近な人への感謝なくして

成長はありません。

成長への原動力とは、

何よりもまず家庭の安定なのです。
陽気が良くなると

共に気になるのが

「汗」です。

しかし、

今や空調設備は多くの場まで行き届き、

汗腺は休止状態になりがちです。

汗腺が正常に働くと、

体内のミネラルを上手に取り込めるので、

汗はサラリとします。

一方、

休止中の汗腺が急に活動を始めると、

ミネラルまで放出され、

べとつきを招いてしまうのです。

制汗にこだわる近年の風潮も見過ごせません。

職場で汗をかく機会のない人は、

代謝を良くするための工夫が必要です。

清掃や休み時間のウォーキングなど、

時間を見つけて一汗かく習慣がお勧めです。

家庭では、

四十三~五度のお湯で

膝下と腕を五分間温めた後、

ぬるま湯で全身を十分間以上温めます。

これを三週間も続けると

汗腺が正しく働くようになり、

ホルモンバランスも免疫機能も整えることができます。

日本では勤労の象徴として

「汗」という言葉をよく用います。

汗をかくべき時にかくのは、

人として必要な生理現象です。

仕事でもスポーツでも、

良い汗をかくことで

心地よい時間に繋げたいものです。
Aさんが高速バスに乗り、

出発を待っていた時のことです。

発車時間ギリギリになって、

一人の青年が駆け込んできました。

青年は息を切らせながら、

険しい表情で席を探しています。

Aさんは<今どきの若者が

乗ってきて厄介だなと、

第一印象から不快感を覚えたのです。

すると、

Aさんの後ろに座っていた老婦人が

「どうぞ、こちらにお座りになって」

と窓側の席を譲ったのです。

「私はトイレに行くことが

あるから通路側がいいの。

勝手なことを言ってごめんなさいね」

と話しかける婦人に、

青年はていねいに会釈して席に着いたのです。

その後、

青年は婦人が降車するまで、

誠実に彼女の話を聞いていました。

そのやり取りを耳にしながら、

Aさんは青年がバスに

乗ってくるやいなや、

良いイメージを持たなかった

自分を反省しました。

自分は人を見た目で

判断していたと気づいたAさん。

まずは相手のそのままを受け入れよう。

具体的な評価はそれからの

ことだと気を引き締めたのです。

 医学博士の大島清氏は、

「感動」の反対語は「

退屈」かもしれないと言います。

退屈は脳を老化させ、

感動は脳年齢を若々しくすると強調します。

感動は人の心の奥底に強く働きかけ、

心を浄化し、

癒し、

そして行動を促すので、

感動の少ない人は

退屈な人生を送ることになるのでしょう。

同じ状況下であっても、

感動する人としない人がいます。

これは感動する感覚の違い、

つまり

「感動力」の差だと考えられます。

どうすれば感動力を高められるでしょうか。

それには次のような

トレーニングを試してみてはいかがでしょう。

ふだん「当たり前」と

感じていることに眼を向けて、

自らにその意味を問いかけるのです。

例えば、

家族がお茶を淹れてくれるなどの

些細な事柄に眼を向け、

それを「当たり前だ」と片付けず、

「有り難いことかもしれない」と

問いかけるのです。

「有り難い」と感じるようになると、

日常の場も新鮮に映ります。

新たな感動が得られ、

併せて他者の感動も引き出して、

共に感化し合う空間が生じるでしょう。