トランプ大統領によるグリーンランド買収アイデア。瞬間にデンマーク首相に一蹴されましたが、中々面白いアイデアな気もします。本件は安全保障上のニーズなどから生まれたアイデアだと思いますが、私も昔、日本とアルゼンチンのM&Aとかしたら面白いよね、季節も反対だし、色々補完するものもあって、などと云っていたこともあります。ま、もちろん今のアルゼンチンの状態を考えると、今ではとても考えられませんが。

 

 これらは素っ頓狂なアイデアのようで、今から100年ぐらい経ったら、もしかしたら何かしら似たことが起きているかも知れません。世界にもかつて植民地といった概念があった訳ですが、そのような文脈ではなく、人口構造や技術力の偏り、食料供給の補完などの観点から、協力的な形で、SF的ですが、あり得る気もします。地球連合なんていうのも、遠い未来にはあるのかなぁ。そうしたら国家間の諍いなんてなくなるのかなぁ。ま、連合は出来得ても、諍いはなくならないのでしょうか、人類の性として。悲しいなぁ。

 

 最近の世界の情況を見るに、子供の頃からの教育って、本当に大きな影響を、個人だけでなく、国家に対しても与えますね。そんなことを思う今日この頃でした。

 昨晩は、マルコなる知己に会いました。週末に突然連絡してきて、東京に来たから会えない?と云うので、調整して会ったのです。マルコとは20年来の友人になります。或る国際会議で知り合い、髪の毛を後ろに束ねた、ちょっとファンキーなラテン系ユダヤ人で、しかし真面目なビジネスマンで、掛け値なしにとってもとっても優しい奴で、私は悩み事とかあまり相談しないタチなのですが、或る意味で世界中でもっとも心を開いてきた友人かも知れません。少なくとも、私は他人の言葉に助けられると感じることはない性格なのですが、彼にだけは、その優しい言葉に助けられたことがあるのです。

 

 マルコは、しょっちゅう会う訳でもないのですが、掛け替えのない親友です。昨日も他愛のないことをお喋りしたのですが、やはり確認し合える絆のようなものを感じました。縁とは不思議なものです。縁があるから仲良くなるのか、仲良くなったから縁が出来るのか。いずれにしても私は、人との縁なくして生きていけると到底思えません。でも縁って、ちゃんとメンテナンスすることが大切なんですよね。これからも縁を大切にしていきたいと思います。

 お盆が終わりました。今年はかき氷も食べ、短い時間ですが盆踊りにも参加し、便乗ですが灯籠を灯す機会もあり、プチお盆を、自分たちなりに過ごしました。そんなお盆だったので、ふらっと入った書店で仏像とお寺の本を思わず買ったのですが、これがやたらと面白く、暫く読み耽ってしまいました。

 

 仏教の構造や仏像は、こんなことを云うと信心深い方に怒られそうですが、怪獣やキャラクターが出てくるSF映画の世界のようにとても面白くて、いや、これら映画などが、仏教の構造や様々なエピソードに気付きを得て制作されているのだと思われますが、とにかく面白くて、良く出来ていて、キリがありません。映画などと違って、掘れば掘るほど色々な話が出てくる。その構造の大きさと緻密さは、人間の想像力の結集のように思えて、かつ日本中、世界中にその発露たるお寺や仏像を見に行けるので、こりゃ面白い!と思った次第です。

 

 お盆が過ぎるともう秋はそこまで来ています。いや、もう秋なのかも知れません。虫の声も大きくなったし。秋が来ると冬も来るなぁ、なんて当たり前のことを、猛暑の中で思う、いかにもありそうな日本の夏を過ごした週末でした。冬が来ると来年が来て、そうするとオリンピックです!第一次抽選では全て外れたので、第二次抽選に応募することが出来ました。今度はなるべく人気のなさそうなところに応募したのですが、果たしてどうなることやら。

 

 いずれにしても、夏は去りゆく。未来に向けて色々考えていきたいと思います。

 パスコードというものが嫌いです。半年前だったか一年前だったか、明け方にiPhoneを使おうとしたらパスコードを急にど忘れし、寝ぼけまなこにエイッ!エイッ!と連続して入力していたらタマを使い果たし、強制リセットが入ってローカル端末にあったデータが全てすっ飛んだことがありました。今度は昨日、iOSのアップデートをしたらAppleIDの設定のアップデートをしてくれと出てきて、進めていたら「古いパスコードを入力して下さい」という謎の呪文が出てきて、そこから進めなくなってしまいました。以来、警告メッセージが出続けています。困ったもんだ。

 

 パスコードは、定期的に変更を求められたり、連続する番号はダメです、などの制約があって、結果覚えていられなくなり、このような事態に陥ります。パスコード生成&記憶のウェブサービスとかないですかね?でもそしたらそのサービスのパスワード忘れちゃったりして。ま、私の場合、様々な情報やデバイスを分散してかつ有機的に管理しているので、最終的にはナントカなるようにはなっているのですが。

 

 そうは云いますが、私は何処かでアンプラグドな環境(インターネット接続のない環境)でも困らないようにしておく習性があり、デジタルマネーも多用しますが、どんな時でも紙幣は必ず持っていますし、スケジュール管理はネットワーク上でも行っていますが、薄い紙の手帳に鉛筆(シャープペンシル)で記入もしています。一番安定した、記憶媒体です。ま、云い訳はこの位にして、しっかりとパスコード管理するようにします。皆さんも気を付けましょう!

 戦後74年。私が生まれたのは昭和38年ですから、戦後18年。小さい頃は、戦争は遠い過去の話のように思っていたのですが、今考えると、生まれるたった18年前に我が国は戦争をしていたことになります。18年なんて、マネックスを創業してからの月日よりも短い。マネックスメールやこのつぶやきの期間よりも短い。シンプルに、大きな驚きです。

 私が小さい頃に感じていた世界と今の世界には大きな違いをあまり感じません。しかし私が小さい頃の世界と戦時下の世界は、あまりにも大きく違うと感じていました。今も感じます。しかしそれらは全て錯覚かも知れません。錯覚かも知れないけれど、人間は認識することが全てですから、年月の流れよりも、「気持ち」「感覚」が、大きな作用をもたらすのでしょう。そう考えると、コミュニケーションが如何に大切かを知ります。

 内政も外交も、コミュニケーションによってどう感じるか、認識されるかが、とっても重要です。最近の世界を見ていると、どうもこのコミュニケーションが乱暴になっている気がして、それが心配です。大戦が終わったこの日に、そんなことに思
馳せたのでした。

 先週の金曜日に、マネックスメールを一営業日も休まず出し続けて20周年を迎えた話を書きましたが、石の上にも3年と云いますが、20年はやはりそれなりの長さのようです。と申しますのも、先日或る場所で茗荷御飯を食べて、これがすこぶる美味しくて、茗荷を食べると忘れやすくなると云うけれども何でだったっけ?と考えるとクリアに思い出せず、その語源を調べたのです。

 

 お釈迦様の弟子の中で、一番愚かな者に、シュリハンドクという者がいた。彼は愚かで自分の名前を覚えることすら出来なく、自分の名前を書いた札を背負っていた。ハンドクが自分の愚かさを泣いて、釈迦の弟子を辞めようとすると、釈迦は「悲しむ必要はない。お前は自分の愚かさを知っている。世の中には賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは最も悟りに近いのだ」と云い、ホウキを渡し、「チリを払わん、あかを除かん」の言葉を与えた。ハンドクは掃除をし続け、「チリを払わん」を覚えると「あかを除かん」を忘れ、「あかを除かん」を覚えると「チリを払わん」を忘れた。そうして20年間掃除を続けた。

 

 すると子供が掃除したばかりの所に入って来て汚してしまった。ハンドクはうっかり怒鳴ってしまうのだが、その時ふと、こんな所が汚れている筈がないと思っていた所が汚れているのに気が付いた。そしてまた、どんなモノも人の心も、一旦は綺麗であってもすぐに汚れてしまうこともあるのだと気付いた。即ち、悟りを開いたのであった。このシュリハンドクが死んだ後に、その墓から生えてきたのが茗荷。名前札をかついでいたハンドクに因んで付けられたものであると。

 

 なーるほど。お釈迦様のスケールでも、20年同じことを続けることは、それなりに意味のあることなのだと知って、マネックスメールもこのつぶやきも良くやってきたなぁと、今更ながら、そして自画自賛丸出しでお恥ずかしいことではありますが、思ったのです。しかし私たちは何か悟りを開いたでしょうか?うーむ。もっと修行します!

 私が香港に行ったのは2週間前で、街は思ったよりも平穏で、それよりもシグナル8の台風が来てそれが大変でした。私は、やっぱり自然の力は大きいなぁ、なんて呑気なことを云っていたのですが、どうやら事態の関係は逆というか、台風が来たのでデモがお休みになっただけのようです。そう云えば2週間前も、「香港人抗争日程表」なんてものが出回っていて、大規模なデモが告知されていたのですが、実際には何もなかったので、「日程表」はガセネタだったと整理していたのですが、どうやら台風のためにキャンセルになっただけなのかも知れません

 

 香港情勢も、韓国との関係も心配ですし、円高も進行しましたが、日本株は鉄板のようなPBR1のライン(日経平均2万円程度)でサポートされているように見えます。なんか随分風景が変わって来ましたが、冷静に日本株市場を見ると、配当利回りも5%以上のものがゴロゴロありますし、益利回りも市場平均で7%もあります。世界の情勢を注意深く見ながら、日本株の長期ポートフォリオを作るにはいいタイミングが来ている気もします。色々な形で、お客さまにも提案をしてきたいと存じます。

 

 マネックスメールが、20周年を迎えました。1999年8月10日、火曜日、私たちはこのマネックスメールの発行を始めました。お客さまに、供給者の視点ではなく需要者の視点に立った、即ち証券会社の視点ではなく投資家の視点に立った情報を、提供していこう。そういう思いで、ウルトラベンチャーであった当時の私たちはマネックスメールを創刊しました。

 

 会社をゼロから立ち上げて、まだちょうど4ヶ月経った頃。開業する2ヶ月ほど前。社員数も全部で15人くらいしかいなかったと思います。そんな時に、神田の小さなオフィスの中で、マネックスメールは生まれました。そして創刊当時の編集長のT氏が私に、当日の午後に、「社長、メルマガ出し始めますがネタが足りないのでなんかコラム書いて下さい」と云われ、「いいよ」と答えて以来、今日まで20年間、一営業日も休まずに、私たちはマネックスメールを書いて、編集して、発行し続け、私もつぶやきを書き続けてきました。因みにつぶやきとは英語で云うとtwitterですが、当時はブログもSNSもまだない時代でした。

 

 お客さまに毎日マーケットの情報や、投資の考え方などをまとめたメールを提供していこう、という取り組みは、凄い勢いで読者数を増やし、多くの人に待ち望まれるようになりました。そして他社も何社か、追随してきましたが、長くは続かず、日刊から週刊に替えたり、情報量を減らしたり、読み物をなくしてデータだけにしたり、或いは廃刊したり、となりました。そんな中で私たちだけは、強い、熱い情熱を持って、このマネックスメールを、20年間、全営業日、お届けしてきました。

 

 20年間、ご愛読ありがとうございました。20年間全営業日というと、流石に若干感慨深いものもありますが、そんなことよりも、不断の変化・改善を重ねてまいりますので、今後ともマネックスメールと当社を、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 今日は立秋です。今年の日本は梅雨が異常に長かったし、ごく最近ようやく夏がやってきた感じがしますが、暦の上ではもう立秋です。確かに耳を澄ますと蝉の声もしますし、台風も来始めているので、秋は確実に近寄ってきているのでしょう。

 

 季節が巡るように、政治・経済・マーケットの状況も変化し続けています。そして季節はいつも変わってから気が付くものです。「秋来ぬ」「Spring has come」、彼の国でも我が国でも、季節は完了形で来ます。同じように、マーケットの変化も、完了形で来るものです。しかし来たと思ったら、既に次の変化に入っています。とにかく巡り続ける。それが自然であり、人間の営みの全てでもあるのでしょう。

 

 そんなマーケットの中で投資をしていく時に大事なことは何か?それは、「運用を始める前に「現状認識」と「目標設定」を行うこと」だと、以前当社に在籍していた内藤忍さんが、新しく当社のマネクリでコラム連載を始めてくれて、その初回に書いてくれました。なるほど~~。さて、明日はマネックスメールを始めて満20年です。驚きです。明日はそのことを書きます!

 

 今日のマネックスメールは第4906号、即ちこのつぶやきも4906回目ですが、<反省文>というタイトルは、初めてです。反省文という三字熟語も、恐らく300万字程度の文章の中で、今までに一回しか使ったことがありません。そんな稀な反省文です。

 

 当社のクラブのひとつに「江戸を食す部」というのがあるのですが、昨晩はその部活で、浅草に行きました。部活のあとに、六区の路上で二次会、更に三次会まで行ってしまい、、、。飲み過ぎました。で、反省しているのですが、「反省だけなら猿にも出来る」と申します。結果を出さねばなりません。どうしたら結果を出せるかを考えた末、敢えて反省文をこの場で公開することにしました。

 

 お酒の量を減らします。ほろ酔いになっても、酔っ払いきるまで飲まないようにします。味わって飲むようにし、水代わりのように飲むことをしません。ここに書いた以上、嘘は付けません。ちゃんと反省の結果を出すようにします。本日はしょうもない個人的な話で失礼しました!