土曜日のマネックスグループの株主総会は、529名の株主の方が会場に来て下さいました。朝は爽やかな快晴。総会は約2時間続きましたが、終了して10分後くらいに、雨が降ってきました。私はウルトラ総会晴れ男なのですが、梅雨にもかかわらず、その記録は連続20回までかろうじて伸びました。

 

 金曜日のつぶやきに書いた通り、総会での質疑応答は匿名で行いました。御質問・御意見のあられる株主の方は、入場票番号も氏名も云わずに、いきなり発言が出来る形にしました。他にそのような例を聞いたことがありません。果たして実施してみると、まだ具体的なデータを確認してませんが、発言される株主の方の数は、必ずしも大きく増加はしませんでしたが、それぞれの方の御発言が、従来よりも長くなり、株主の方が思う存分御質問や、思いの丈をお話し下さったように感じました。

 

 実は或る課題も気が付いたのですが、全体として、やはりより開かれた総会の実現に資することが出来たと思います。更に改善を続けて参ります。総会とその後の株主説明会の中で、多くの示唆を得ました。また決意を新たに、グループ各社のお客さまへのサービスの向上と、株価の上昇を通じての株主価値の増大に、真剣に取り組んでいきたいと思います。

 

 総会の後は、慰労会、打ち上げ、などが深夜近くまで続き、翌日曜日の朝には飛行機に乗って、またニューヨークに参りました。また色々レポートなどもしたいと思います!

 明日はマネックスグループの株主総会です。マネックス証券が上場したのが2000年8月ですから、上場企業としてのマネックスの株主総会は、2009年12月の臨時株主総会を含めて、明日の総会が20回目になります。最初は知らないことばかりでしたが、今では株主総会のことは誰よりも詳しいようになりました。然しながら、株主総会を迎えるのは、やはり特別な気持ちで、正装をして白州に出て行くような(そんなことしたことありませんが)、凜とした気持ちになります。

 

 開かれた株主総会を推進すべく、私たちはマネックス・アクティビスト・フォーラムを運営してきました。隗より始めよ、と云います。明日の株主総会では、株主の方が発言される際に、入場票番号やお名前を云っていただかない形にしました。私が知る限り、そんな株主総会は今までなかったのではないでしょうか?入場時に株主であることは確認させていただいているので、なんか牽制球を敢えて投げるような、発言前のアイデンティティ開示はなしにしたのです。

 

 様々な御質問、御意見、御批判をいただくことでしょう。それらに正面に向き合って、真摯にお答えすることが、私たちの務めです。明日は、なるべく多くの株主の方の声を受け止めたいと思います。

 2020年東京オリンピックのチケット。全部外れました!がびーん。周りでは当たっている人も大勢居ます。私の家族でも当たりが出たので、幸い生の目で見ることは出来そうですが、なんで私は丸っきりスカだったんだろう?「日頃の行いが悪いからです」と意地悪を云う人も居ます。ま、たまたまか。

 

 でもこうやってチケットが現実的に目の前に現れてくると、そろそろ実感も湧いてきそうです。ワクワク。でも待っているだけでなくて、自分たちでも何が2020に向けて出来るか、真剣に考え始めたいと思います。

 

 ビバ、2020!

 Libra=リブラが話題です。フェイスブックが様々な物品やサービスの購入や利用者間の送金、寄附を、国境を越えてでも簡単に行える新しいサービスとして開発するものです。アメリカ企業を中心とした27社がこのプロジェクトに参加しています。リブラはビットコインのように価格が大きく上下するものではなく、ドルやユーロに連動した、決済に使いやすい性質のものにする予定です。

 

 仮想通貨界に於ける超ビッグニュースでしたが、一日も経たないうちに、世界中の規制当局者が様々な懸念や牽制を表明し、しまいに米下院金融委員会が公聴会を要請し、当面リブラの開発を止めるように要求する事態にまで発展しました。色々な論点がありますが、最終的に、新しいイノベーションを止めないで欲しいと、個人的には思います。

 

 しかし今回の動きは、私企業のプロジェクトに世界が注目し、多くの政府や公的セクターの重要人物の発言がリアルタイムでまた世界に流れる、このような大きなことが、そしてそのダイナミックなやり取りが、白日のもと透明になされることに、私は大きな可能性と憧れを感じました。何が民主主義か、を定義するのは難しいことですが、このようなプロセスは、多くの人の知恵を巻き込んで、きっといい方向に帰着させていくと感じるのです。やはり彼の国アメリカは一歩も二歩も進んでいるなぁ!

どうやらこの時期恒例の、夏バテ症状が若干出てきたようです。例年よりちょっと早い気もしますが、私は梅雨の時期に水分の調節に微妙なぶれが出て、一旦体調を落とし気味になりますが、どうやらその時期が来たようです。結局よく食べて、よく飲んで(水分を!)、よく寝れば直になおるのですが、しばし気を付けたいと思います。
 

そんな時に、目が覚めるようなニュースが飛び込んできました。オークションハウスのサザビーズが、約4000億円のキャッシュで買収されるとのこと。サザビーズは上場企業で、株価に約6割のプレミアムを付けて買収し非上場化するのは、モロッコ生まれのユダヤ人でフランスなどに市民権を持つビリオネアのパトリック・ドライ氏とのこと。すごーい。ビックリですね。

金額もさることながら、上場企業である以上こうやって丸ごと買収があるというのが、資本市場の、特にアメリカの市場のダイナミズムです。こういったダイナミズムを、もっと伝えていきたいと思います!

 私は毎日このつぶやきを書いていますが、今日で4870号になります。当たり前ですが毎日書くのは大変で、特に忙しい時、世の中で色々なことが起きている時、自分にストレスが掛かっている時など、締め切り時間に間に合うように、絞り出すように書くのは難儀なものです。然しながら、ふと思うに、これは難儀なようで、自分の心配やストレス、或いは間違った考えを自己増殖させないことに、少なからず効用があるのではないかと。まぁ逆にそうでも思ってやらないとやってられません。

 

 今個人的に私が気になっているのは、イランであり、中国であり、香港であり、そういう騒々しいことに心が奪われて、なんかそわそわとしているのです。しかし日本にいる私には、本当はその騒々しさは迫っていないのです。なべてメディアは、穏やかな情報よりも騒々しい情報を提供してくるので、放っておくと心配やストレスが増殖します。このつぶやきは、そんな中での自分に対する、或いは読んで下さっている方々に対する緩和剤でありたいと思います。そんなことを思う週の初めでした。やはり、騒々しいのですね。。。

 昨日「数学」というつぶやきを書きましたが、昨晩の飲み会で数学というか物理のクイズを出して楽しみました。これもやはり小学生高学年の頃に読んだブルーバックスに載っていたものです。その年頃に読んだものを良く覚えがちなのか?或いはそれらのブルーバックスの内容が面白くて覚えていて、たまたまそれらを同じ頃に読んだのか?どちらかというと前者のような気がしますが、定かではありません。

 

 あの頃は、「これを読もう」と自分で決めて読んでいたのではなく、本屋さんで立ち読みしたり、家に転がってたものを読んでいたので、何十年も印象に残るものに出会えたのかも知れません。最近は読み物は基本的に自分で選んで読んでいるので、入り口時点で驚きが足りないのかも知れません。うむ、この可能性は高そうです。いい本屋さんが減りましたが、探して、半日くらい立ち読みに行こうかな。そんなことを思いました。

 

 さて、週末です。世界は色々きな臭いことも起きていますが、穏やかな週末をお過ごし下さい。

 小さい頃算数が得意で、数学が好きでした。ブルーバックスは多くの本を読みましたが、特に「パズル数学入門」は愛読書でした。小学校高学年の頃でしょうか。この本の最後の方に論理数学の章があって、当時の私にはちょっと難しかったのですが、背伸びをしてそれを少し理解した時に、ちょっとした興奮を覚えました。今でもその時の感覚を覚えています。

 

 ブロックチェーンには様々な種類がありますが、この論理数学的な考え方を活用するものもあります。その辺りを熱く語る若い人の話を聞いて、その目を見て、小さい頃に憧れた数学の世界をちょっと思い出しました。いいよなぁ。私は数学や物理の道を諦めちゃったからなぁ。ま、でも、好奇心は絶やさず持っていきたいと思います!

 梅雨です。梅雨は寒いです。気温は数字で見るとそんなに寒くないのですが、体感温度は寒いです。湿気があって、それを除湿するので(或いは蒸発するので)、気化熱を奪われて寒く感じるのだと思うのですが、これは私の場合であって、人によって違うのかも知れません。今日ミーティングをしていたオーストラリア人は、私が寒いと感じる環境で、今日は生温いねー、みたいなことを云ってました。そんなに違うものか。外国人と日本人の違い、例えば肌の表面温度の違い、かと思ったのですが、オフィス内の国内同僚の中でも感じ方は違うようなので、単に個体差が大きいようです。では何の個体差かというと、室内温度は皆に対して同じだと思うので、肌の蒸発、気化の速度の違いなのでしょうか?思い当たる節はあり、私の前腕(手首から肘の間)はラジエーターのような働きが活発なのです。そんなことを思った梅雨の日。つまらないつぶやきですいません。私は梅雨が嫌いなのです!天候もマーケットも、早くカラッと晴れて欲しいです!

 或る事象をどう認識するか、というのは深いテーマです。人は様々なことを、共通認識ツールである言語を使って共有しますが、個々の人がそれぞれ本当にどう認識しているかは、分かりません。この服赤いね。そうだね、赤いね。と話しても、「赤い」という色が、それぞれの人にどう見えているかは、その人本人にしか分からないことです。全ては言葉という、触ることの出来ない記号によって変換されています。

 

 自分自身の認識を取っても、自分でも驚くような錯覚はあります。背景色などの違いによって、同じ色のものが違う色に見える。そして背景色などを取り除いてみて、同じ色であることを実際に確認しても、また背景色などを入れるとまた完全な錯覚を起こしてしまう。そんなテストをやってみたことがある方も多いことでしょう。

 

 人々の認識は錯覚に満ちており、かつ人と人の間の認識の共有は、かなり覚束ないものである。であるからこそ、コミュニケーションというのは、念には念を入れて行わないと、まぁ基本は誤解に陥るのだと思います。そういう出来事、多いですね。もって他山の石とすべし。気を付けたいと思います。