トランプの頭の中はアメリカは戦時下にある認識で、従来の国際社会の枠組みとは違うことを実際に始め、プーチンは世界はより危険になった云々と発言し、一方で米中間にはやや不気味な静けさがある気がします。プーチンは「ロシアは多極世界の理想にコミットしている」とも発言したようですが、まさに世界の多極化は今速い勢いで進んでいるように見えます。

 

 そんな時代、日本にとってやはり外交がとっても重要だと思います。外交は、これは民間に於ける関係作りや交渉なども全て同様ですが、人間と人間の部分の関係と、契約書に書くような具体的内容の部分と、二つの点、両方が重要です。外交の実務を私は良く知りませんが、この二点のひとつめは主に政治家が、ふたつめは主に官僚が行うのでしょうか。私の印象では、日本は官僚間のやり取りはしっかりしてきたが、政治家間の方は基本的に弱い、かつ首相が誰かで大きくぶれてきた感があります。

 

 外交が重要なこのタイムゾーンで、今の政権がこのひとつめについて積極的・活動的なのは良いことです。ただしいずれにしろ大きな変化がこれからも起きるでしょう。加えて総選挙が行われるとのことなので、外的変化に留まらず、内的変化も起きるかも知れません。こういう時代の資産運用には、大きなリスクと大きなチャンスがあります。普段から張り巡らしているアンテナを更に拡げ、情報収集と想像力の発揮と分析・思考を繰り返し、この時代をサバイブしてまいります。

新年早々から、世界は大きく動いています。トランプ大統領のしていることは、呆気に取られるというか、常識では考えられないように見えます。しかし、何が起きているのか、敢えてトランプ大統領の頭の中を想像してみました。

ベネズエラのことも、グリーンランドのことも、あるいは多くの国際機関からの脱退も、トランプ大統領とその政権が「アメリカは今、戦時下にある」と認識していると仮定すれば、まぁ考え得ることではあります。

それが被害妄想なのか、あるいは自分は何でも出来るという傲慢さからなのか、それは分かりません。しかし、アメリカは新時代において既に戦時下にある、そう彼らが本気で認識している可能性は、20%くらいはあるかも知れません。1%ではないでしょう。

この前提に立って、投資ポジションや経営の方向について、常に頭の体操をしておかねばならない。そんなことを思う新年です。

さて、話は変わりますが、私は社用車として、CDチェンジャーしか使えない中古車に乗っています。中に入っている6枚は、もう何年も同じものを聴いてきたのですが、今回すべて入れ替えることにしました。

では、今の自分が移動中に聴きたい6枚は何かと考えてみると、昔から聴いているバッハ、ショパン、モーツァルト、マーラーに加えて、フリートウッド・マックとキース・ジャレットでした。

渋いですね。
でも、移動中は、やはり聴き慣れた音楽が一番いい。

皆さんは、移動中にどんな音楽を聴かれるのでしょうか。

 いよいよ年末です。しかし私には全く年末感がありません。と云うのも、8月から本当に色々なことが起こり、それは主にプライベートなのですが、この約半年間、全く季節感もなく、心身共に疲れることをやり続けたのです。その結果、心に余裕がないのでしょう、年末が来るのを本当に今まで感じませんでした。

 

 今朝家を出たら、いくつかの街角に日の丸が飾られているのを見て、初めて年末を感じ始めました。今日からは、しっかりと年末を意識しようと思います。今年は大切な人を何人も見送ったので、またしっかりと心の中でみんなを愛おしんで、年内に、そして正月に、すべきことをきちんとして、大切に過ごしたいと思います。

 

 さて通常活動面での一年を振り返ると、私がとても重要に考えているマネックス・アクティビスト・ファンドに関しては、満足のいく仕事が出来て、結果が出せたと考えています。昨日の引けの段階で、東証株価指数TOPIXは、年初来+24%。一方マネックス・アクティビスト・ファンドは+36%(信託報酬、成功報酬控除後)。この背景には、東証の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」に委員として積極的に関与し、私が設立から大きく関わっている東京大学応用資本市場研究センター(UTCMR)でも4つの提言を出すなど、包括的な資本市場への取り組みが、大きな意味を持っていると確信しています。

 

 仕事から離れて活動しているルビ財団では、社会にふりがな(ルビ)を適切に増やすことであらゆる人が学びやすく、多文化が共生する社会づくりを目指しているのですが、実感・手応えとして、今年はルビが増えてきていると感じています。今更だけど英語が少しだけ上手になったかなぁ。マスターカードの取締役はもう10年目ですが、これもちょっと前より距離感が分かってきたかなぁ。ふと思うに、私はまだどれだけ成長出来るのだろう?そんなことも含めて、年末年始、様々な思いを巡らせたいと存じます。

 

 皆さま、2025年も大変お世話になりました。良いお年をお迎え下さい!

 今日は私の誕生日です。遂に62歳になりました。アメイジング。アンビリーバボー!自分としてはそんなに歳を取った感覚がなく、まだ青年だと思ってるのですが、ハタで聞いたら笑っちゃいますね。これを私は人間相対性理論と呼んでいます。

 

 光速に近い速さで飛ぶロケットの中にいる人はほとんど歳を取らないうちに、その外側、例えば地球上では多くの時間が進み、人はお爺さん、或いはそれ以上になります。ロケットの中に二人いれば、二人はほとんど歳を取らない相手を見て暮らすのですが、地球上に戻って来ると全ての人がとっても歳を取っています。

 

 最近も昔の仲間との年に一回の集まりがあったのですが、「変わらないねぇ~」などとお互いに云ってますが、ハタから見るとお爺ちゃんが何を云ってるの?と思ったことでしょう。それが人間相対性理論。自分自身についての感覚は、この人間相対性理論が一番強く効きます。自分自身とは、完全に同じ系の中にいますから。

 

 そんな私は、私も、62歳になりました。いつまでも若い気持ち、未熟で青い考えを捨てないようにしたいと思いつつ、人間相対性理論の現実も忘れないで、周りの人と楽しく過ごしていきたいと思います。さて、明日は沖縄で全国投資セミナーです。沖縄開催は初めてです。楽しみです!皆さまも良い週末をお過ごし下さい。

 ニューヨークが激混みです。私はニューヨークは、1985年以来今年まで40年間、来なかった年はないと思うのですが、今年のニューヨークは一番混んでいるかも知れません。5番街が歩けないほど混んでいる、ブライアントパークのクリスマスマーケットがぎゅうぎゅう詰めになっている、など、今までに見たことのない混み方をしています。レストランなども同様。

 何故か?恐らくドル安が原因でしょう。日本にいると円安ばかり気になりますが、世界的にはドル安が進んでいます。ドルが安いので、ヨーロッパなどから多くの観光客が来ているのでしょう。加えて、アメリカ国内からニューヨークへの観光客も多いそうです。ドル安で海外旅行に行くのが高くなって、国内でニューヨーク観光に来るのでしょう。こうして海外からも国内からもドル安のために大勢の観光客が来るのでニューヨークが未だかつて見たことのないような混雑になっているのだと思います。為替の影響恐るべし。

 翻って日本のことを考えると、そんな安いドルよりも更に円が安くなっています。だからインバウンドの観光客で日本中が混んでしまうのは当たり前です。金融的に云うと、実質金利(名目金利からインフレ率を引いたもの)がマイナスの国は、世界中で日本とアルゼンチンとジンバブエだけです。おったまげです!

 日銀も早く金利を上げないと、色々と大変なことになってしまうと心配するのは、いやすべきなのは、私だけでしょうか?そんなことを考えさせる、ニューヨークの状況でした。

 師走に入りました。今年ももうひと月もないか。今年は仕事や私事で、色々な達成・成果もありましたが、それ以上に、仕事でも私事でも、乗り越えねばならない試練が多かった年でした。大切な人も見送らねばならなかったし、仕事上も顕在化した大きな課題がいくつかありました。しかしやり残した感覚はなくて、どれもちゃんと対応したと思っています。そう考えると総じて、精神的仕事量の多い年だったと思います。毎年そうだと云えばそうかも知れないのですが、やはり今年はちょっと多かったなと思います。

 そんな年だったからこそ、年末までにまだ日はあるのですが、早めに来年の目標を考えたいと思うに至りました。ひとつは先週書いたように、紙とカーボンによるスケジュール帳の復活か、アナログに日記を書くことを始めること。これはかなり強い意志が必要で、計画倒れはしたくないので、慎重にやるかやらないか、やる場合でもその方法を考えたいと思います。

 ふたつ目は、仕事上の様々なトランジションを更に大きく進めること。これは新しいことではなくて、もうずっと何年も取り組んでいることなのですが、色々やり切るにはエネルギーも必要なので、何となく来年がその年に合っている気がします。あ、私は仕事をやめることも、マネックスから離れることもありません。しかしこれからの体制をもっと強く築きたいと思います。

 そしてみっつ目は、日本文化をもっと深く正確に知り、理解し、身に付けることです。私は遠州流茶道の稽古を受けていますが、茶道を枠組みとして、建築、着物、季節の花、文学などを、もっともっと嗜みたいです。そしてそれらをきちんと英語でも説明したいです。まだまだやりたいことはありますが、取り敢えず来年の最低限の目標としては、このみっつかなと思っています。

 さて、今年最後の海外出張にこれから出掛けます。とってもとっても寒いようです。皆さまも健康に気を付けられて、良い週末をお迎え下さい。

 最近毎晩、父の部屋の片付けをしています。引き出しなどに入っている大量の書類や郵便物を、確認し、仕分けしています。請求書の類いが多くて、これは捨てるのですが、アクティビティの片鱗が見て取れます。役所関係(各種税金など)も多いですが、これは今後の処理等を、封筒に書いてある電話番号に掛ければ、時間は取りますが、状況が分かり、必要であれば解決出来ます。私信は読まないようにしてますが、交友関係が知れます。興味を持った雑誌や新聞の記事の切り取りもあります。とにかく様々な形で、父の過去の活動の輪郭が、全く不完全ですが、ぼんやりと浮かび上がってきます。紙・アナログのいいところです。

 これらが全てメールやデータベースなどのデジタルだったらどうなるでしょう?ログイン出来なかったらそれでもう何も分かりませんし、そもそもハードディスクなどであれば、壊れてしまえばもう再現できません。どのくらいの量なのかが、紙であれば目で見て感じられますが、デジタルでは分かりません。興味を持たなければその瞬間に全てがないのと同然です。

 私は中学の終わりの頃からつい一年ほど前まで、自分のスケジュールは全て手帳にシャーペンで(カーボンで)記入してきました。40年以上の記録ですが、全て残っています。因みに新社会人頃の数年を除き、全部同じブランド・シリーズの手帳です(リドのミニプランナー)。毎日の用事が多過ぎて、かつ変更が頻繁なため、一年ほど前にギブアップして、ネットワーク上のカレンダーだけにしました。しかし今回の片付けをしていて、やや思い直そうかと考えています。少なくとも定期的に紙に印刷出力して、紙の束を今までのスケジュール帳と一緒に保管しといた方がいいかな、と。スケジュールに限らず、毎年一冊のプリントされた写真アルバムを作るのもいいかも知れません。或いは日記をアナログに書くのが一番いいかなぁ。丁寧に考えたいと思います。

 先日、父が亡くなりました。90歳でした。亡くなる6日前にも身内の小さなパーティに出席し、楽しかった!楽しかった!とその後毎日話し、亡くなる前日まで古代ローマのホラティウスの詩を、ラテン-フランス語辞典を引きながら勉強し、亡くなる前日に家族の前で夕食を完食し、当日はお昼にパスタを食べてる最中に突然天寿を全うした、文字通りの大往生でした。

 

 父からは多くの話を聞きましたが、大体フランスや古代ローマや荷風の話などを一方的に聞かされるばかりで、親子の会話らしい双方向の会話は、私の記憶の限りでは、一生の間に数回(3回くらい?)だけだったと思います。しかしその数回のうちのひとつが、私にとってはあまりにも大きな出来事でした。あれは私が幼稚園生の時、私は何かをして父に怒られました。父曰く、「なんでこんなことをしたのだ!」。私答える、「だって先生がいいって云ったから」。すると父は烈火の如く更に怒り、「お前は教師が人を殺せと云ったら殺すのかー!」と。

 

 私の記憶では、当時煙草を吸っていた父は、その火を私の手に押し付けようとして、母がそれを防いだように覚えているのですが、この煙草の部分は後からの私の脚色かも知れません。しかし言葉のやり取りは間違いなく上記の如しでした。父は、昭和9年下町生まれの人間で、空爆を受けて育ち、しかしベーゴマで遊ぶ時は強いコマを持ってる子は自分のコマをB-29と呼び、弱いコマは紫電改と呼んで遊んでいたとのことで、全体主義・ファシズムに強い批判精神を持っている世代、人間でした。

 

 その父が私に放ったこの言葉は、私に強烈な影響をもたらし、私の生き方を決めました。・・物事の善悪は自分で決めなくてはいけない。教師の云うことを聞いても、責任は全て自分にある。・・幼稚園生の私に、このことは深く深く刻み込まれたのでした。このことが、その後の私の生き方、生きざまを強く定義しました。それが原因か、小学校2年の終わりに私は退学になり、大学卒業まで、常に史上最低の生徒であったのですが…。

 

 たった一言ですが、父は生き方を私に教えてくれました。その父が亡くなったことは、思っていた以上に遙かに大きな穴を、私に開けました。ポッカリと、本当に何かが胸から抜けたような。父の生きざまとは何だったのか。これからゆっくり考えていきたいと思います。

 最近ふと思い出した、新卒で働き始めた頃に叩き込まれたフレーズについて書きたいと思います。最近思い出したと書きましたが、その考え方自体は身に染み込んでいて、私の仕事人生の40年弱、常に私と在りました。

 1987年、英語も出来ないのにアメリカの投資銀行のソロモン・ブラザーズに入社した私は、東京で入社して3ヶ月後に、ニューヨークのトレーニング・クラスに送り込まれました。文字通り、右も左も分からない状況でした。そんな中で、当時のウォールストリートで歴史上最大のトレーニング・クラスが始まりました。実はこのクラス、その3~4ヶ月の期間中にブラック・マンデーが起き、トレーニーの過半がトレーニーなのにクビを切られることになるのですが、クラスが始まった時は、当時キング・オブ・ウォール・ストリートと呼ばれたソロモンの威光の感じられる雰囲気でした。

 そのトレーニング・クラスの最初の授業は、トレーディング・ハウスであるソロモンではあるけれども、セールス出身のオーウェンによる授業でした。そこで彼曰く、君たちが覚えておかねばならないのはこの言葉だ。IDKIFO。即ち、I don't know, but I will find out. - 分かりません。しかし調べて折り返します。 - お客さまから質問を受けたら知ったかぶりをする必要はない。むしろすべきではない。その替わりに、調べて折り返しますと返事して、同僚・先輩・上司に聞いて、答えを調べ、一流の返答をお客さまにするのだ。それが何よりも大切だ。 - そう教わりました。

 私はどちらかと云うとトレーダーの道に進んで行くのですが、実はトレーダーもセールスも、根っこは一緒です。相手の云うことを聞くこと。当たり前のように自分の知らないこと・分からないことの方が遙かに多くて大きいので、真摯にそれを受け止め、「云い当てる」ことよりも「学ぶ」ことを自分の前に出すこと。これらが肝要です。私にとっては当たり前のことなのですが、周りを見ていると必ずしも皆がそうしているようには見えません。

 私は、メイド・イン・ソロモン。仕事人としてのいろはは全てソロモンで学びました。リスク・テイキングとリスク管理の学びが多かったのですが、今思い起こすと、その以前にこのような「姿勢」について教えてくれたのでした。感謝です。IDKIFO。もしそのような行動規範を取ってない若いビジネス・パーソンがいたら、是非導入することをお勧めします。

 「元気をもらう」という言葉があります。かつて私はこの言葉が、どこか嘘っぽい響きがする気がして、あまりピンと来なかったのですが、最近はひしとその温かみを感じることが多くなりました。

 

 辛いことも疲れることもいくらでもありますが、誰かの温かい心や前向きな気持ちに触れると、そしてそれが特に複数のそのような心に同時に触れると、「元気をもらった」と感じるのでしょう。ちょっと歳を取ったのか、人の心の機微が分かるようになったのか。でも、相手を想う心と、優しい気持ちが、人の生活には重要ですよね。

 

 実は個人的に、最近色々なことがありました。季節は冬に入っていこうとしており、マーケットもやや荒れていますが、優しさと前向きさを忘れずに進んでいきたいと思います。