先週キッシンジャー氏の話を書きましたが、
さて、最近一番気になったニュースについて。
しかも違法に、ギャングが勝手に、或いは元の所有者を排除して、
うーむ。困ったものです。このような傾向、
先週キッシンジャー氏の話を書きましたが、
さて、最近一番気になったニュースについて。
しかも違法に、ギャングが勝手に、或いは元の所有者を排除して、
うーむ。困ったものです。このような傾向、
ヘンリー・キッシンジャー、米元国務長官は、
ところで私には良く喋るアメリカ人の知人がいます。
翻って考えるに、私は英語で行われる国際会議などで、
南米では左派が政権を取る流れがここ暫く続いていましたが、
この南米のアルゼンチンとヨーロッパのポーランドというかつての
先日の当社の全国投資セミナー in 福岡では、面白い質問がありました。「もしトラ」
実際約1年後に行われるアメリカ大統領選では、
それはともかく、今この激動の世界の中で、
先日或る茶室で見た掛け軸がとても気になりました。「八角磨盤空裏走」ーはっかくのまばん、くうりをはしる。と読みます。禅宗である臨済宗が台頭してきた鎌倉時代、旧仏教の面々がその急成長に危機感を抱き、宮中清涼殿での旧仏教対臨済宗のディベートを要求し、対決が始まりました。時に1325年5月21日。しかしその対決は、あっという間に決着が着いたとのこと。
初回先攻の延暦寺の僧が、「如何なるか是教外別伝の禅」ー教えの外にあるような出自の怪しい禅とは一体何なのだ?ーと聞くと、南禅寺の宗峰妙超なる僧が即答した言葉。「八角磨盤空裏走」ー古代インドで使われた八つの角を持つ石臼のような武器「磨盤」は、空中を飛び回り全てのものを粉砕する、と。知っていること、固定概念に囚われてはいけない。知とは、書物の中の固定された文の中にあるのではない。もっと活発に自由に動き、人智の届かぬ世界の常識を壊していくものだ(それが禅だ)。
中々いい言葉です。書物の中に、閉じこもってはいけないのです。常識なんてぶっ飛ばせ!私やマネックスの生き方に合っている言葉です。実に700年前の言葉が、現代にも生きた意味を持つというのは、或る意味驚きですし、或る意味当たり前かも知れません。昔も今も、人の考えること、人が囚われること、人が過ちを犯すことは、概ね一緒です。
「八角磨盤空裏走」ー過去や固定概念、書物の中に書かれていることに縛られないで、広く柔軟な発想と姿勢で、歩んでいくようにしたいと思います。
今日、友人のマルコが訪ねてきてくれました。マルコはユダヤ人であり、南米コロンビアで生まれ育った人であり、普段はマイアミに住んでいます。もう20年以上の付き合いで、私の様々な人生上の悩みを打ち明けて相談をして来たこともある、掛け替えのない親友です。
遠い所に居て、言葉もお互いに完全にツーカーで話せる訳でもないのに、どうしてマルコとは、近くに居る友人とも話さないことを話し、そしてどうしてマルコはいつでも本当に親身に聞いてくれて、時にスケジュール上で随分無理をして、私の側に来てくれて、相談に乗ってくれたのか。これは、本当に分からないのです。たまたまそういう関係である、たまたま気が合う、そういうことでしょうか。
ただひとつ思うこと、それはマルコが私にしてくれることを、私も返さないといけないということです。外国人で親しい友人たちは、皆、義理堅い人たちです。これは例外がありません。その人たちに対して、私も目一杯義理堅くなければいけない。そう思います。それを完全に実践することは、世界を跨いで義理を通すことなので、云うは易し、行うは難し、なのですが、きちんと行っていきたいと強く思います。
個人の思いと活動の上に、会社も、社会も、国も成り立っている。そう信じて、これからも進んで参ります。
この一週間でも世界はいっぱい動いています。イスラエル・
そのような中で、東欧諸国でも右傾化が進む中で、
一方我が国では、増税は反対だが減税も気に入らない、政党間の(
随分前に、もしかしたら20年前とかに、
私は一応法学部を卒業していますが、
法は、人類の知恵だと思います。人それぞれに、
このことは、例えば名誉毀損罪なる法律に如実に表れています。
人は、1対1の場ではなく人前で云われるとカッとなる。
法は、人類の知恵の蓄積なのです。
今、中東でも南シナ海でも、
今、ロンドンにいます。と云うか今日ロンドンに着きました。朝方は氷点下まで行ったとのことで、寒いです。4日ほどの予定で、いくつかの用事をこなします。
UK・ヨーロッパ行きの飛行機は、ロシア上空を飛べなくなったために、日本を出てから北西に行かずに北東に行って、北米大陸の北を通り、グリーンランドの上空を飛んで欧州に入っていくというルートを通るため、以前より3~4時間飛行時間が長くなっています。これがキツい。私の場合ニューヨーク便には慣れていますが、反対方向に飛ぶ便には慣れていないというのもあるかも知れません。ま、折り合いを付けるしかしょうがないので、うまくカラダを合わせて、予定を、或いは予定以上のことを、ロンドンで実行したいと思います。
さて、今日の本題はこのロンドンではなく、京都のお寺での或る経験について。
月曜の朝に東京を発ったのですが、日曜日は京都で或る法要、伝統的な行事に参加しました。阿弥陀如来と二十五菩薩の来迎を、リアルに再現するものなのですが、阿弥陀如来の化身である大地蔵菩薩役を務めさせていただきました。菩薩の中に入る、菩薩に成り代わるという経験、お堂の中で大勢の僧侶の方と密教行事に参加する体験。本の名前を忘れたのですが、山田風太郎が書いた信長の時代の密教の勤行、あの或る意味異次元の世界の真っ只中に自分がいる。得難い体験をしました。
やってみる前よりも、実際にやってみた後の方が、ずっと重くて深い感触が、私の心と頭の中にあります。大地蔵菩薩役になるには、立派な衣装を着るだけでなく、お面を被ります。そして小さな目の穴から、外界を見ます。宗教は眼鏡のようだ、と云った人がいます。違うレンズで見ると、世の中は違って見える。お面の中から見る世界は、普段の私とは違う世界だったかも知れません。そのような「異なる」経験をする、文字通り異なる視点で世界を見る、と云うことは、現代のように様々な価値観がぶつかり合って問題を起こしている時代には、必要なひとときかも知れません。とても良い経験をさせていただきました。
違う眼鏡、違うお面を被るような視点は、意識の持ち様ではいつでも出来るかも知れないとも思われ、実践を試みたいと思います。
先週水曜日に、NTTドコモ、マネックスグループ、
最初に、全体像をお話しすると、
マネックス証券のお客さまにとっては、
ただ、
マネックス証券の社員はどうでしょう?今後、様々な形で、
マネックスグループの株主にとっては、
一方で、この提携の中で、
どこかの記事に、
そして、何よりも大切だと思うことは、私は真剣に、
マネックスは、力強く、新しい時代に、新しい世代と共に、
毎営業日つぶやきを書くのをやめて、週に一回火曜日のみとなってから約3ヶ月が経ちました。良い点と悪い点と両方ありまして、良い点は毎日原稿の締め切りに追われずに済むことです。悪い点は、案外一週間の間に、色んなことが起きて、どんどん過去になってしまい、大勢の人に披露できるような考えやストーリーをまとめないうちに、もう語ることが陳腐化してしまうことです。時の流れは速いですね。
例えばこの一週間でも、中学高校の同窓生と還暦記念の大学年会が開かれたこと、そしてそこには様々なドラマがあったことや、或る特別な用事で久し振りに軽井沢に行って、それこそ本当に久し振りにタンデム自転車(二人乗り)に乗ったことや、或いは軽井沢の思い出や、中々微妙なテーマではあるのですが、一連のジャニーズ問題とか、はたまたスロヴァキアやポーランドのとても気になる動きとか、いっぱいいっぱい話題はあるのですが、今日になるとちょっと今更書くことでもないように思えて、週一回書くというのも中々それはそれで難しいものです。
後出しジャンケン的に、これまでの一週間のフラッシュニュースとコメント、的なものもアリかとは思うのですが、きっと月並みでつまらないのではないかと思い。うーん。困ったもんだ。比較的タイムリーなのは、昨日宝島社が主催する、第22回『このミステリーがすごい!』大賞において、マネックスグループ取締役兼執行役の山田尚史さん(ペンネーム白川尚史)が大賞を受賞したことでしょうか。タイトルは『ミイラの仮面(マスク)と欠けのある心臓(イヴ)(仮題)』といって、かなりぶっ飛びの内容でとても面白そうで、正月に発刊の予定なのですが早く読みたいです。当社グループ、本当に色んな人が居るんです。ダイバーシティです!
あと明日。私の『資本市場立国論』が発売されます。明日は10月4日で投資の日ですね!いいことがありますように!