今回は、金谷宿から掛川宿を通り、袋井宿を目指します。距離は、34kmと長めです。
金谷駅から登り坂が続きます。金谷坂石畳坂の途中には石畳茶屋があり、休憩に良いところです。ここからは金谷宿が一望できます。
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金谷坂石畳坂を登り切ると芭蕉の句碑があります。
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少し歩くと街道沿いに奥行きのあるこんもりとした木立ちが広がります。これは、戦国時代の城(山城)で国指定史跡の諏訪原城跡です。甲斐の武田氏が築城したもので、城内に諏訪大明神を祀ったことからこの名が付いたとされています。徳川氏時代の城名は牧野城です。現在は建築物は残っていないものの、自然を巧妙に利用した城で三日月堀や曲輪など戦国時代の武田氏・徳川氏の築城様式の特徴が遺されています。

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菊川の石畳を下ると、間の宿の菊川宿となります。入り口には、高麗橋があるので、目印になります。
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久延寺の大樹。
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久延寺は掛川城主の山内一豊が関ヶ原の合戦に向かう家康を接待するため境内に茶室を設けたと伝えられる寺です。
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接待の場所と伝わるところ。
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伝説 小夜の中山夜泣き石。
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久延寺です。
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茶畑の中にある白山神社。
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広重の日坂峠。
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歌川広重の峠の絵は丁度この辺りを描いているのです。
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日坂峠は、箱根以来の長くきつい坂でした。街道辻には句碑があります。辛いなか少しでも和めるようにとの心遣いが嬉しいです。
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日坂峠から見た東名高速道路。
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日坂宿の扇谷本陣跡。
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本陣跡は、広場になっています。
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安政3年に建てられた常夜灯。
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前半は、ここまでです。     (続く)
後編です。引き続き、島田宿から金谷宿を目指します。
朝顔の松公園。
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大井川橋を渡り切るのに11分かかりました。江戸時代はさらに川幅が広かったのでしょうから、やはり渡しは命がけだったに違いありません。駿河國から遠江國へ。
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八軒屋橋。当時、京都からきた旅人は、大井川の渡しは天候に左右され、大雨が続けば何日も足止めとなることも。大井川の両岸には何軒も旅籠が建ち並んでいました。
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秋葉神社。旅人はここで川越の安全を祈願したのでしょう。
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往還橋です。渡り終えると祝杯を上げたそうです。当時は、一大事だったことが窺えます。
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一里塚跡が遺されています。当時は榎が街道の両側にあったことがわかります。
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金谷駅。レンガが美しい駅舎です。今日の旅はここまで。
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上りの東海道本線に乗り、富士川駅を過ぎた頃、夕日を浴びた富士山が車窓に現れました。
近くに座っていた乗客が口々に「赤富士」!と叫びながら、一斉にシャッターが鳴り響いたのですカメラ
みんな富士山に魅せられてるんだな~。お互いに親近感を覚えた瞬間でした。
私もまたとない機会と、急遽次の富士駅で途中下車。しかし、夕日が落ちるのは早く、思うようには撮れないものです。
後から知ったのですが、これは「紅富士」という現象で、「赤富士」とは、雪がない富士山のことのようです。初めて知りました。
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富士駅前から見た「赤富士」、ではなく「紅富士」。
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2013.12.29()晴れ 6:0419:45
藤枝宿~金谷宿
27.93km  34917  1657.6kcal
今日は久しぶりに雲ひとつない晴天。ただ、今シーズン一番の寒波が来ていて、日本海側は大雪。太平洋側は冷たい風が吹き荒れる1日となりました。
直線距離は12.6kmとこれまでで一番短いので、ゆっくりと東海道の風情を楽しみたいと思います。
最初の写真は、前回のブログでご紹介できなかった私のお気に入りの宇津ノ谷宿の一枚です。
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吉原駅で途中下車して富士山を撮りました。
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10時に藤枝駅に到着。再び、旧東海道を歩き始めます。
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鏡池堂。六地蔵尊を祀っています。
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東海道追分。古東海道の分岐点です。
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この写真は千貫堤跡。田中城主 水野忠善が大井川の洪水に備え、銭千貫を費やして築いたそうです。今でも一部が残っています。
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旧東海道の名残の松並木が美しいですね。
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地酒の銘酒喜久酔の酒蔵に遭遇。
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酒蔵喜久酔の玄関の軒下にかかる緑色の杉玉。この杉玉が茶色に変わる頃が、飲み頃なのだそうです。
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これはツゲの木を風にしたものなんですね。お見事!でも・・・思わず、笑えます。
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旧東海道近くに架かる木製の橋、蓬莱橋。 蓬莱橋は今でも強風になると渡れなくなります。今日は寒波で風が強いので危ないところでした。写真からは想像できないと思いますが、近くには大型ショッピングセンターがあって、結構賑やかな界隈です。雰囲気が大事なので、写真は橋だけにしておきます。ちなみに橋を渡るのに、大人100円かかります(三島のつり橋の10分の1の料金設定でスリル満点です)。
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橋ができたのは、明治12年。全長896.5メートル、道幅2.7メートル。往復すると、2キロ弱です。勇気を出して記念に渡ってみました!壮観です。
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お昼は、島田宿でカツ丼です。このお店は、明治37年創業の老舗のお蕎麦屋さんです。ごちそうさまでした。
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大善寺の時の鐘。脇に閻魔堂があります。この鐘は川越に使われたようです。しかし、戦時中供出させられた悲しい歴史があるそうです。
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島田宿大井川川越遺跡です。
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川会所跡です。
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当時の川越宿場跡です。とてもよく整備されています。
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島田市博物館。本日は休館。残念でした。
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                               (続く)
宇津ノ谷の入口から静岡方面を望みます。右手に見えるのが道の駅。ここから峠道に入ります。
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宇津ノ谷の宿は町並みが整然としています。
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宇津ノ谷峠の入り口につながる宇津ノ谷の宿場。
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この日は、12月23日。天皇誕生日をお祝いするため、あちこちで日の丸が掲げられています。
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宇津(ウツ)とは、静岡の方言で「けものみち」を意味するそうです。当時、立場茶屋が並ぶ集落でした。
宇津ノ谷峠は天正17年(1589年)、秀吉が小田原攻めの際、大軍を通すため、峠に新道を開削したものが、後に東海道になったという謂れがあります。
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宇津ノ谷峠の竹林の街道が美しい。
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明治のトンネルは今も現役。そっと抜けたいところですが、旧東海道の地図にはありませんから、わざわざ30分ほど山道を迂回し、峠越えをしました。箱根越え以来の峠に足はもうパンパンです。
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明治のトンネルは国の登録有形文化財に指定されています。美しい。
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峠から見た宇津ノ谷の集落。タイムスリップして江戸時代に戻ったような気分にさせていただきました。いつまでも遺したい風景です。
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岡部宿の大旅籠柏屋は歴史資料館として遺されています。建物は天保7年(1836年)の築で国の登録文化財に指定されています。
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地酒でファンが多い「初亀」の酒造元。旧東海道には酒造が多いですね。特に静岡には銘酒が顔を揃えています。
島田宿では「喜久酔」が私を待っています。酒蔵巡りは東海道53次のもう一つの楽しみなのです。
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2013年1223() 雲 ☁︎ 3度〜11
930分〜17時 34.61km  43269  2054kcal
今日は、府中宿から藤枝宿を目指します。
我が家を早朝出発し、東海道線の普通電車を2度乗り継ぎ、朝930分に静岡駅に漸く到着。朝食はウナギでと言いたいところですが、駅ホームの超有名な立食いそば屋「富士見そば」で掛けそばをいただきました。先は長いので倹約の精神です。
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駿河城側から見た石垣と西洋風の建築デザインの静岡県庁。いつ見ても美しい姿に思わずうっとりですね。

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県庁は、江戸時代の駿河町奉行所跡に建っているのです。昔も今も役所なんですね。
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由井正雪公之墓は安倍川の手前に建立されていました。手を合わせます。
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安倍川の手前に建つ安倍川餅の元祖!「茶屋の石部屋」。今も健在です!

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当時は渡しだった安倍川橋。川幅が広く、先が見えません。
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丸子宿の脇本陣跡。
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こちらが、丸子宿の本陣跡。
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名物「とろろ汁の丁子屋」。歌川広重の東海道53次と言えばここですね。
今回は時間が合わず残念ですがスルーさせていただきました。
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丸子は、紅葉の日本発祥の地なのだそうです。存じ上げませんでした。失礼。
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昼食は、道の駅  宇津ノ谷で静岡おでんとおにぎりをいただきました。宇津ノ谷は、「間の宿」です。
 静岡おでんは、八丁味噌を付けて食べるのです。全て100円です。
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静岡おでんは、やっぱり「大根」と「こんにゃく」でしょ~。
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旧東海道は宇津ノ谷峠を越える山越えルートなのです。当たり前の話ですが、江戸時代には、トンネルはありません。右手が昭和のトンネル。左手が平成のトンネル。峠の途中で明治トンネルが登場します。
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(続く)