3日目の朝、漸く岡崎城に着きました。小さいながら美しい城郭です。
昨日は、岡崎城下に入ったものの、城の防衛のためにつくられた二十七曲に苦戦を強いられ、地図と道標を頼りに漸く辿りつきました。
やはり、岡崎城には特別な思いがします。それは、徳川家康が天文11年(1542年)12月26日に岡崎城内で産声を上げたことと、再び、今川義元が桶狭間で討ち死にすると、青年家康は岡崎城に戻り独立した城だからなんだと思います。
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八丁味噌は岡崎の名物。この板塀はまるや八丁味噌の建物。
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板塀も美しい。
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楽王寺
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尾崎の一里塚
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松並木。推定樹齢200~250年。市の指定天然記念物。
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永安寺の雲竜松。樹齢300年。
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知立駅。知立は池濃鮒とも書きます。これは「ちりふの町の右の方に長き池あり。神の池なり鯉、鮒多し、依て名とす」に由来しているそうです。
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知立駅近くの中華料理屋さんで半チャーハンラーメン定食をいただきました。懐かしい美味しさ。
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知立神社
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知立神社の境内に建つ多宝塔は国の重要文化財。
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3日目の今日は、何とか宮宿まで行きたいところでしたが、刈谷のあたりで疲労からか、右足首の脛が筋肉痛でつま先が上がらなくなってしまいました。そこになんと境川健康センター。そこで、温泉に入り、足首を温めることにしました。しかし、思ったように足首は戻らず、無念のリタイア。(逆に冷やす必要があったのかも)
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現存している阿野一里。
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今回は、計画では宮宿まででしたが、鳴海宿で終わることに。名鉄名古屋本線の前後駅から名古屋駅に向かいました。新幹線の待ち時間で駅構内にある串焼き屋の1000円乾杯セットで一人反省会。
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2014.3.23  岡崎宿~鳴海宿
32.66km 40829歩 1938.3kcal  晴 16  北西風  体感温度10
豊橋駅にはオシャレな路面電車が走っています。市内の主要な交通手段のようです。向かいのビルには、「鈴木明子選手のオリンピックお疲れ様」の垂れ幕が掲げられていました。
アイススケートの鈴木明子さんは豊橋市出身なんですね。さて、今日のコースもタフなので、昨日の疲れと北西の強い向い風がスタミナを奪うのではないかと少し心配です。
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できるだけ寄り道を避けるため、街道から少し離れている吉田城には寄らずに先を急ぐことにしました。豊川沿いに建つ聖眼寺でお参りしました。芭蕉の句碑があります。
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豊川放水路の橋「高橋」とそこにつながる旧街道はとても狭く、歩道もない所もあり、非常に危険なルートです。しかも、豊橋魚市場もあるからでしょうか、交通量もとても多いので本当にヒヤヒヤえーんの連続でした。この建物は元禄16年創業の菜種油の店のヤマサンです。今は近くに近代的な工場で生産が行われています。
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伊奈村立場茶屋跡。ここでは当時、道中薬「良香散」を売っていたそうです。
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佐奈橋のたもとに春の訪れを知らせる菜の花が一面に咲いています。
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大社神社。徳川十四代将軍家茂は長州征に向かう途中、戦勝祈願するため立ち寄り、短刀を奉納されています。
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東林寺。旅館大津屋の遊女4人が入水したため、主人は当寺に葬り、旅籠を廃業し、味噌屋に転じたと伝えられています。
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御油の松並木。樹齢300年以上の黒松350本が600メートル続いています。日本の名松百選にも選ばれています。
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赤坂宿の酒屋の看板は歴史の香りを感じさせてくれます。
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赤坂宿の問屋場近くにある尾崎屋。曲輪の老舗だったようです。
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旅籠屋の大橋屋。東海道五十三次の紹介では必ず登場する老舗旅館で広重のモデルにもなっています。私が訪れた時はまだ宿泊することができましたが、平成27年3月に廃業され、豊川市に寄付をされています。今後、公開が待たれます。二階には松尾芭蕉が泊まったという部屋があると紹介されています。
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赤坂宿の里山に咲く桜が春を呼んでいます。
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法蔵寺の境内には新選組の近藤勇の首塚があります。板橋で処刑され、京都で晒されていたところ、同士がこれを盗み出しここに葬ったもの。長い間、秘匿されていました。
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法蔵寺の境内。イメージ 14

医師宇津野氏の長屋門。宇津野氏はシーボルトの医学を学んだ蘭方医。今も末裔の方が病院を経営されているようです。
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藤川宿にある名奉行の大岡越前守陣屋跡。
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大平一里塚跡。
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岡崎宿で見つけた思いっきり味わいのある銭湯を見つけました。この設えを見たら入らない手はないでしょう。
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銭湯は小さく龍城温泉と書いてあります。もしかして天然温泉?暖簾をくぐると昔ながらの番台があり、女将さんが出迎えてくれます。風呂場には常連らしきお客さんが1人だけ。やっぱり銭湯は疲れを癒してくれますねキラキラ
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脱衣所にはレトロではありますがサウナもあるのです。ロッカーには宣伝広告が書かれていて、一世を風靡していた頃の銭湯「龍城温泉」を垣間見たように感じました。岡崎ではABホテルに泊まりました。12食で6800円、朝食付き。
 
2014.3.22  豊橋〜岡崎
46.7㎞  58378歩  2771.4kcal  490
  最高気温14  北西の風・強風   体感温度5度くらい
3月のお彼岸の3連休を利用して、浜松宿から吉田宿(豊橋)を目指します。今回初めて3泊して120kmほどの距離に挑戦する旅となります。
天候はというと、昨日までの台風並みの豪雨から一転し、晴天の3日間。ただ10度の気温も北西の強風のため、体感温度は1度位と厳しい日が続きました。
これまでの青春18きっぷを使っての鈍行列車の旅から一転し、品川駅から新幹線で浜松に向います。予想通り3連休の初日とあって新幹線の自由席車両は超満員。
浜松駅前では、ユニークなキャラクターが出迎えてくれました。
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駅前にとても有名な鰻屋の八百徳さんがあります。今回は時間が合わず、残念ながら素通りです。
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浜松城は市役所の隣にあります。徳川家康は29歳から45歳までの17年間をこの浜松城で過ごしました。その間、有名な姉川、長篠、小牧・長久手の戦いがありました。特に、1572年の三方ケ原の合戦は、関ケ原の戦い以上に家康にとって試練の戦いであったと伝えられています。現在の城郭は1958年に再建されたものです。
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本丸には徳川家康の像が建っています。家康が築いた浜松城は、天下統一の足がかりとなったことから「出世城」と呼ばれています。
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街道の両脇に建つ若林の二つ御堂。平泉の藤原秀ひらが病に倒れた知らせを受け、愛妾が京に向かう途中、この地で死去したためその弔いにのために建立したと伝わってます。
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稲荷神社は1440年に伏見稲荷より勧請され、拝殿は1588年に再建されています。
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舞阪の観音堂跡。木造観音は定朝作で北の如意寺に移されています。
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340本の松並木が700メートルにわたり続きます。当時は、1420本の松が植えられていました。
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舞坂宿の料理屋「 魚あら」で名物の活天丼を頂きました。
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浜名湖が一望できる窓際の席を案内され、ラッキー。2100円。天丼より浜名湖のアサリの味噌汁に感動。
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魚あら」の窓から望遠で撮った鳥居。
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浜名湖にかかる橋を渡り、新居の関に向います。この日は北西の強風の向い風で橋を渡り切るのにとても苦労しました
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新居の関は安政2年(1855年)に建築で、東海道で唯一遺された遺跡で国の特別史跡に指定されています。
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当時のお役人も怖かったのでしょうが、この蝋人形もリアルで別な意味で怖いです。 
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新居関の近くに旅籠屋「紀伊国屋」が遺されています。
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連泊の初日はスタートが遅かった点と、低温でおまけに向かい風の強風、薄手の装備等もあって、思った以上に厳しい旅となってしまいました。豊橋に近づいた頃にはついに足の裏が剥けるという状況となり、漸く豊橋のビジネスホテル青山に着いたのは、夜の830分過ぎでした。とりあえず空腹に耐えかね、近くの「横浜」という名前の中華屋さんで豊橋風チャンポンメンと餃子を頂きました。

2014.3.21 浜松〜豊橋
42.58km 53288歩 2526kcal 432
後半は、見付宿から浜松宿を目指します。見付の宿のシンボルは今やジュビロかも知れません。磐田市見付の宝光寺の梵鐘は家康の寄進によるもの。
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宝光寺の境内。
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明治8年に建てられた見付学校。現存する最古の木造の建物。建物の中は当時の様子や資料が整えられており、市の博物館となっています。ちなみに明治国家は、文部省を明治4年につくり、明治5年に学制を公布しています。
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当時の学校の授業の様子です。
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資料として置かれた当時の高札。
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脇本陣の門跡。
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西坂の梅塚跡。一本の梅がありました。
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遠州国分寺跡。
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府八幡宮。
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寒いのでお昼は、温かいうどんを。手打ちうどんが有名なあづまやの鳥うどん。550円。
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ジュビロ通りに建つキャラクター。ジュビロ頑張れ。サッカー
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磐田駅前。
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駅前には樟がある。樹齢700年。
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いよいよ天竜川を渡る。当時は渡し舟でありました。
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天竜川を渡り、渡し舟が着く場所に、六所神社が祀られていました。再び東海道に。
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天竜川の治水に功績かあった金原明善生誕地は今、明善記念館として公開されています。
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浜松宿に入ります。浜松宿は今や現代的ビル群に囲まれています。
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午後4時45分、浜松駅に着きました。駅のキオスクで樽の初亀の生酒で乾杯!
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31.76km  320分  39700歩 1884kcal
後半は、日坂宿から袋井宿を目指します。日坂宿の西側の口に高札場跡があります。
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日坂宿旅籠  川坂屋
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国道1号線と合流するところに誉田八幡、別名、事任八幡宮があります。
「ことのままにかなう」と評判の八幡宮で、この辺りのパワースポットです。樹齢1000年の大杉があり、お参りする人が列をつくるほど。ここで初詣をしました。
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街道から少し離れたところに掛川道の駅があります。この先の国道沿いにはレストランが見当たらないので、早めの昼食をとります。
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掛川宿の伊達方の1里塚。
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街道辻にある酒蔵。喜平。
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葛川の1里塚。
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掛川城の大手門。ここから見た掛川城が一番美しいと言われています。
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豊臣秀吉から掛川城主を命ぜられた山内一豊は、天守閣を築き、城下町を整備しました。関ヶ原の戦いで功績を上げた一豊は、掛川六万石から土佐二十万石に栄転します。
二の丸御殿は、国の重要文化財。
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円満寺の表門に移築された掛川城の城内門。
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掛川宿から袋井宿の間は、松並木と土塁が残されていて美しい景観が続きます。
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西日に映える松並木。
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富士浅間宮の入り口の赤鳥居。
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中東小学校の正門にあった表札がユニークで頼もしいです。
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お宅の玄関先にある油山寺への道標。
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新屋の秋葉神社常夜灯。
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2014.1.2  34km
金谷宿~袋井宿