江尻宿から府中宿をめざします。
江尻宿は今の清水のあたり。写真はJR清水駅前です。隣接している商店街では、一風変わった写真撮影イベントが賑わいを見せていました。今日は、鎮守の神輿も出ていて、街全体が賑やかな清水界隈でありました。
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お昼は、旧東海道沿いにある中華 新華楼のタンメン。スープにコクがあり、とても美味しかった。何と570円の安さに2度ビックリ
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川信康菩提寺の江浄寺です。
織田信長に自害させられた家康の長男が眠っています。
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武田信玄の居城 江尻城があった跡です。
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河童伝説が残る稚児橋。なんとも可愛らしい子どもの河童君が見送ってくれました。
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草薙の一里塚跡
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草薙神社の見上げるほどの大きな鳥居。いかにも神が宿る感じがします。イメージ 6

操車場の建設により遮断された旧東海道。整備を記念した碑が建てられています。
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遮断されたため、操車場の下を迂回路として造られた地下通路。暗く狭く、曲がりくねる暗渠にクラクションを鳴らすクルマがものすごいスピードで走り抜けて行きます。東海道ファンとしては、とても辛く感じました。
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東静岡駅あたりから富士山を眺めることができます。このあたり、今も開発が進んでいて新しい街並みができつつあります。
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ここでも、旧東海道が道路と架線の下となるため、迂回道に出会うことになります。
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漸く府中宿に入ります。今の静岡ですね。
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西郷隆盛と山岡鉄舟の会見の場所の碑。勝海舟との接見前に行われた事前会議で、新しい時代を見つめた歴史的な場所です。
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静岡市美術館で開催されていた徳川慶喜展。最終日とあって結構賑わっています。府中の人びとにとって慶喜公はいつまでもお殿様なのだなとあらためて思いました。
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徳川家ゆかりの駿府城です。
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駿府城から見た静岡市のモダンなドームの塔は国の登録文化財。
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最後の将軍、徳川慶喜は明治に入り、この浮月楼で20年過ごされていました。今は、高級料亭となっていて、ゆかりの資料も保存されています。
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静岡市美術館の地下にある入船寿司で駿河湾特選握りと桜海老の天ぷらと生ビールを注文。美味しかった。
駅前でお土産に静岡おでんと焼津名物の黒はんぺんと銘酒臥龍梅を買って帰りました。今日も青春18切符です。
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2013.12.15
39795  37.14km  2204kcal
今回は、由比宿から江尻宿を目指します。天候は西高東低の典型的な冬型の気圧配置で、日本海側は雪、太平洋側は低気温の晴天である。気温は、0度から10度なのですが、陽射しがあるので、気持ち良く歩けそうです。
歩く距離はこれまでで一番長く、日没も5時頃とまだ長くないので、サクサクと歩くことに。ここからはNikon一眼レフで撮ります。
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家を朝6時に出て、由井駅に9時に到着。商店街の先に雪を被った富士山が見えます。
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あかりの博物館。この日は休館で見ることができなく残念でした。この辺りでは、よく見かける赤いポストです。どことなく愛嬌があり、可愛らしい。ゴミ一つ落ちいない綺麗な道並みです。

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薩埵峠にかかる坂道は、見渡す限り早生みかん畑で何とも壮観です。家々の玄関口に無人で小分けにされたミカンが置かれています。だいたい5個で100円くらい。さすが、みかんの名産地ですね。
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街道の両側には、こうした設えの家々が整然と並んでいます。
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脇本陣の柏屋です。明治天皇が休憩された場所です。
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幕臣 山岡鉄舟が難を逃れたゆかりの地、望嶽亭 藤屋。今も当時の縁の品が保存されています。
崖の上に建っているので、裏側からは駿河湾が一望となっています。
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薩埵峠展望台から見た富士山です。広重が描いた薩た峠を思い浮かべながら撮ってみました。
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興津宿公園。山の緑と紅葉の混ざり具合がこの地の暖かさを感じさせてくれます。
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興津宿脇本陣  水口屋。今は、ある会社の研修センターとなっていますが、ミュージアムもあって見学することができます。
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興津宿 清見寺です。この辺りは、旧東海道に沿って東海道本線が通っています。清見寺はその線路を越え、階段を上がったところに建っています。
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庭園が有名なお寺で、本堂前には家康お手植えの梅があり、徳川家ゆかりの場所となっています。
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鐘楼は、国の重要文化財に指定されていて、風格がありました。
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元老の公爵 西園寺公望が1920(大正9)年に建てた別邸 坐漁荘。300坪の敷地に京風数寄屋造りということで、何とも贅を尽くした建物です。
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蒲原宿西木戸を右折し、396号線を海岸線に沿うように進みます。JR蒲原駅を過ぎたところで、東名高速道路が真上を横切ります。その先で旧道に入ます。
由比駅までの旧道が由比桜えび通りで、あちらこちらに桜えびの土産物屋や食堂が並んでいます。左には神沢川酒造が見えます。
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少し歩くと、東海道由比宿交流館が現れます。ここは、由比本陣公園の中にあり、東海道を象徴する静岡市東海道広重美術館と隣接しています。
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東海道由比宿交流館には情報拠点と軽食コーナーがあり、富士山の写真展が開催されていました。
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静岡市東海道広重美術館。大人500円。広重の浮世絵に堪能。
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由比正雪の生家と伝えられる染物屋の正雪紺屋。400年の歴史を感じます。ここで、お土産に手ぬぐいを購入しました。
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由比本陣公園の正面です。公園内に常夜灯があり、隣には風格を感じさせる櫓が建っています。
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由比宿おもしろい宿場館。土産と食事処があります。
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よくテレビで紹介されている浜のかき揚げや。桜えび丼が安く食べられるとあって、いつも賑わっています。着いた時には閉店。残念!
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旧東海道沿いにある老舗玉鉾で桜海老定食をいただくことに。
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由比駅前で駿河湾自慢の桜えびが歓迎してくれます。
この先は、冬の青春18切符で再開したいと思います。頂きに雪をかぶった富士山の姿に御目にかかることを楽しみに。
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蒲原宿から由比宿 2013.9.7
20.67km  1227kcal  204 
25849
今日は、吉原宿(富士駅)から蒲原宿を目指します。
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旧道と県道が合流するところで、漸くすき家さんを発見。チキンカレーをいただきました。美味しい。
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秋葉山の常夜灯と、道標がおかれています。ここから、再び、県道と別れます。
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富士川渡船場跡の碑が建つ、水神社。
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当時から水量が多く、川幅が広いことから富士川には、橋は無く、渡しに頼らざるを得ませんでした。空が澄んでいれば見えたはずの富士山でしたが、今日も見えません。
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岩渕から見た富士川。右遠方に新吉原の製紙工場が見えます。暫く、坂道を上ります。
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上がったところに間宿の岩淵があります。江戸の頃、山間部であった岩淵に東海道を整備し、小休本陣を作ることになり、常盤家が選ばれたのだそうです。国有形文化財に指定されています。
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常盤家の門前で男性からお誘いをいただきました。しばし休憩を兼ねてお伺いすることに。「里見浩太郎は、この街に4年間住んでいたんですよ。あまり知られていないのですが」さらに、「女優の常盤貴子が実は、常盤家の末裔でこの屋敷にも、たまに来るんですよ。」と教えてくれました。・・・そうでしたか、お伺いして正解でした。記念にパチリ。
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両側に遺されている岩淵の一里塚。
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岩淵には大小の常夜灯が街道のあちらこちらに置かれています。
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ここが東海道ですか?と思うような狭い架線下の通路をくぐり抜け、東海道新幹線の下を越します。由緒ある東海道が後輩の新幹線に道を譲るとは少し哀しい感じがしました。この後、東名高速道路を高架橋で横切ると、いよいよ静岡市に入ります。
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蒲原宿東木戸跡に着きました。ここにも、安全を祈願した文字が刻まれた常夜灯が置かれています。きっと、旅人の安全を祈願されていた証なのでしょう。
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蒲原宿には、街道沿いに旧家がとても良く遺されています。なまこ壁の白と黒のコントラストが装飾的で美しい佐藤家。
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旅籠和泉屋は、1830年(天保年間)の建物です。今は、国登録有形文化財でお休み処として活かされ、NPOが運営しています。ガイドをされている女性に熱いお茶を出していただきました。幅は、2軒程で狭いのですが、奥行きの長い構造になっています。東海道蒲原宿記念のお土産に手ぬぐいを購入しました。
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本陣跡佐藤家。現在の建物は大正のもの。
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磯部家。明治42年の建物です。全ての木に欅が使われています。1階の窓ガラスは、100年前のものだそうです。
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旧五十嵐歯科医院は国登録有形文化財。蒲原宿の情報拠点として活用されています。
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志田邸は醤油醸造を営む商屋でした。国登録有形文化財。安政の大地震後の安政2年、1855年に建て替えられています。

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増田家は、町屋に多く見られる伝統的な建築工法の格子戸が美しい建物です。
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蒲原宿の西木戸は、元禄12年(1699年)の大津波により、東海道は今歩いてきた山沿いに付け替えられたのです。ここから、直角に右折し、由比宿に向かいます。
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(続く)
愛鷹山の上に早くも厚い雲が覆っています。本来はその背景に富士山があるんです。ここで交差した東海道本線の踏切を渡ります。
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原宿に入りました。ここは、松陰寺。白隠禅師ゆかりの東海の名刹と名高いお寺。ちょうど和尚様が供養に出かけるところでした。
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松陰寺近くに白隠禅師の生誕地の碑があります。
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今回の旅の目的の一つに高嶋酒造さんにお寄りすることがありました。ずらりと出来たての原酒が並んでいます。お店の方から勧められ白隠正宗の4合瓶とおちょこ2個を買うことにしました。合せて1390円。おちょこはサービスしてくれました。お土産にします。
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しばらく歩いたところで、富士宮やきそばの黄色いカンバンが目に入りました。カンバンの下には「この先は飲食店無し」の文字が・・・。
ここを逃したら大変と急いで店の中へ。
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お腹が空き、慌てていたせいでしょうか写真がピンボケになっていますが、肉たっぷりの富士宮やきそばは予想以上の美味しさでした。さらに、御新香が付いて、なんと500円。
店の名前はゆきちゃん。ゆきちゃんらしきお店の方から「どちらから?」と話し掛けられ、会話が弾みました。最初から東海道を歩いていることは読まれているようでした。
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東田子の浦駅の前にある六王子神社。
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六王子神社の直ぐ近くにある立圓寺には、台風で転覆したインドネシア船舶の事故の様子をが紹介されています。境内には、転覆した船の錨がサビ止めの朱色のペンキを施し展示されています。
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この辺りの川の氾濫を防ぐための護岸工事を願い出た増田平四郎の像が用水路の隣に建てられています。
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長さ500m、幅50mの昭和放水路。
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元吉原から見た駿河湾の海岸線と伊豆半島の山並み。
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旧東海道に戻る途中、偶然富士塚を見つけました。江戸時代、富士山に登る前に、駿河湾の海で御清めをし、海岸から石を運び、この地に捧げることで富士登山の無事を祈ったものと伝えられています。
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吉原駅の近くにある毘沙門天妙法寺。お寺の入口に鳥居があるという珍しい光景です。元々、寺社が一緒だった名残りなのでしょう。
境内では、住職が車の交通安全祈願のため、松明を手にお祓いをしているところでした。
この寺は、日本三大ダルマ市のひとつであるのです。
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左富士神社。富士山が見えないので実感がなく通り過ぎました。
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左富士の史跡で唯一遺る一本松。
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逆光で見えにくいのですが、平家越の史跡です。平家と源氏の戦いの舞台でした。

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吉原本宿の中心に建つ旅籠の鯛屋旅館。創業300年の現役の老舗旅館です。
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疲れきった身体が欲していたのか、かりんとうの黄色い旗に引きつけられ店の中に。今日のお土産は和田屋さんのかりんとうです。中に入ると、かりんとうの試食三昧。一緒にいただいた冷たいお茶でとても美味でした。ごちそうさまです。

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富士駅に向かう途中で目に入った王子製紙工場。煙が風にたなびいています。この地を象徴する光景です。富士駅で缶ビールを買って、ホームでいただきました。青春18切符で帰りました。
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原宿(片浜駅)~吉原宿  2013.8.27(火)
30.03km   37542歩   309分