「はぁ、はぁはぁ、ぐぅぅう、」

燃え尽きた事を確認したソラは力を尽きるように塀から落ちる、その彼に私が駆け寄った。ソラの体中がボロボロだった。服装は焦げ、いくつか深い裂傷がみえる。
そして何より一番の重症はおなかに刺さる刀だった。

「動かないで!今、抜くから!」

私がソラに刺さっている錫杖に手をかけようとした瞬間、

「触るな!」

ソラが鬼気迫るように叫ぶ、私が突然の大声に驚いて止まる。
そして少しだけ申し訳無さそうに私に説明した。

「コイツは今、主人を失った。他の誰かが触ればそいつが呪われる。」
「でも、それじゃあ誰も触れないじゃない。」
「自分でぬく。俺は既に呪われている。呪いは一人に対して一つだけだからな。」

私を和まそうとしてかソラは無理に笑うと錫杖に手をかけてゆっくりと引き抜く。

「はぁはあぁぁぁぁ!」

ソラの引き抜く手に私は優しく手を添えた。
その行動に驚くソラは私を見つめる。
そして私は縋るようにその純粋な目に問いかける。

「助けるぐらいはさせてくれるでしょ?」
「・・・解った、一、二の三でぬくぞ。」
「解った。」

私はソラの手を掴んで錫杖を持つ。
ソラから流れ出る血が異様に熱い、いち早く抜いて処置しないとまずい。

「「一、」」

二人して言葉を紡ぐ、

「二の」

緊張が高まり、無意識にソラの手を掴む力を強めた。

「三!!」

その一言で一気に引き抜くとソラから血が吹き出る。

「がはぁ、」

そんな状態でも呪われた存在である錫杖を遠くへと投げ捨てるソラ、投げ捨てられた刀は軽い音をたてて転げ落ちる。
それにかまわず私はすぐさまソラを助ける為の行動を開始する。

「今、止血するから動かないで。」

傷を押さえつけながら私は彼を助けるために全身全霊をかけた。
一方、ソラと分かれたミコトは彼女の腰ぐらい高さの壺をひっくり倒していた。
その中にある液体が床一面に広がり、その液体独特の臭いが鼻腔をくすぐる。

「これでいいのよね?」

そこにいないソラに確認するミコトは撒き終えると走り出す。

「よし完璧!」

そしてミコトは暗闇に消えていった。

*

寺を見下ろし浮かぶお坊さんは錫杖を回転させる。
始めの時と同じ様に黒水の円盤が出来上がる。
お坊さんはその間に残った五つの水球を一つに纏め上げる。
それは一つの巨大な黒水球になり、空を覆う。

「あれは、まずいな」

ソラがそれを見て咄嗟に青い炎を放つ。
数メートル大の黒い水球を爆発させた青い炎だったが、巨大なく黒水球に炎が入り込むがドンドンと縮小していき、消え去っていた。

「くそ、大きすぎて無理か、」

お坊さんは錫杖を縦横無尽に振り回し、先ほどの黒水の円盤を分割して小さめの円盤三枚を作り出した。それをお坊さんは放った。
ソラは刀を振って炎で一、二枚目を炎で焼き尽くして三枚目を刀で防御する。
しかし防御した三枚目の黒水円盤が飛び散る、すると体中に水の破片が突き刺さる。

「かはっ、」

痛みに膝を着くソラにお坊さんは邪悪な笑みを魅せ付ける。
そして高々と錫杖を振り上げる。

「死んでしまいぃ」

思いっきり錫杖を振り下ろすお坊さん、それに伴って空を覆いつくすほどの黒い水球がゆっくりと落ちてくる。
人外の災害のレベルにまで高められた脅威にソラは冷や汗をかいていた。

(まだか?ミコト?)

心の中で呟くソラに待ちわびた声が届く。

「ソラ!準備いいわよ!」

ミコトはいつの間にか寺の外でソラに向けて叫んでいた。
その声に反応し、喜色を浮かべるソラに対してお坊さんは彼女がそこにいることに驚いていた。

「いつの間に!?」
「ミコト!隠れておけ!」
「うん!」

今度はソラの忠告を素直に聞いてミコトが寺から走って離れていったのを見送ると一掴みの炎を寺の床へと放り投げた。
ミコトによって寺にばら撒かれた油を伝わり紅蓮の炎が燃え広がった。
唐突に現れる炎の山とその真意を測りかねるお坊さんは眉を顰める。

「なんだというのだ?」

しかしお坊さんは余裕の態度は崩さない。
それは過信とも受け取れられかねない自信の表れだった、しかしソラもまた自身に溢れる声で告げる。

「俺の力は炎を生み出す力だけじゃない、炎を操る力でもある!」

そう言い放つと青い炎を纏う刀が寺を燃え上がせる紅蓮の炎を吸い込んでドンドンと大きくなっていく。

「炎が水に勝てると思うかぁ!」

それに危機感を感じたお坊さんは空を覆いつくすほどの黒い水球を落とす速度を速める。
しかしソラはそれでも尚余裕を崩さない。

「あぁ、勝てるね。」

そのままソラを押しつぶす巨大な黒い水球を見て、お坊さんが目を細めて笑う。

しかし次の瞬間に巨大な黒い水球が爆散する。

「な、なんだとぉ!?」

ソラは爆発の勢いで空を飛び、悠長に空中に浮かぶお坊さんに攻撃を加える。

ガキィン!

強烈なソラの一撃をお坊さんは錫杖に仕込まれた隠し刀で受け止める。
その仕掛けを見てソラは馬鹿にしたように笑う。

「仕込み刀か、性格と同じで卑怯な武器だ。」
「何だと!」
「はぁぁぁ!」

刀で圧倒するソラは押し切りお坊さんを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたお坊さんは風で体勢を整えながら軽い音を立てて大地に着陸する。
一方のソラは塀の上に瓦を粉砕しながらも着地し次の攻撃に備え刀を構える。
そのソラを見て隠れて見守っていたミコトが嘆息する。

「すごい、これなら勝てるかも・・・」

ミコトはあの寺の大火事が一気に収縮したのを見計らい戻ってくると塀から一部始終を隠れ除いていた。
あんな力があっただなんて、あれならお坊さんにも劣らないんじゃないか?そう思っていた矢先

「ふ、はははっはあははははは!」

しかしながらお坊さんは一撃を貰ったにも関わらず笑顔を浮かべていた、それも特上に歪んだ笑みを。
その笑みの異様さにソラは眉を顰める。
そしてお坊さんは口上する。

「見切った!見切ったぞ!小僧!貴様はもう先程の炎はだせんだろう?」
「?」

すこしだけ顔を歪めるソラはそのままお坊さんの話に聞き入る。

「貴様の炎を生み出す力は圧倒的に弱い、時間をかけて炎を貯蓄しようとも数発の攻撃で枯渇する。より強い炎を扱うためには何処からか燃料を持ってこなくてはならない。そしてその燃料となるものはもう無いだろう!」

そうだ、寺の周囲は荒地だ燃えるようなものはない。
それにあんな巨大な炎が使えるなら少年との戦いに使っているはずだ、あの戦いでは出さなかったんじゃない、出せる状況に無かったんだ。
なら今は?
燃えるものも、時間もない。ネタ切れだ。
ミコトが思案している間にお坊さんが軽く錫杖で地面を突く。

「私の能力は違う。大地から水を汲み上げること出来る、無尽蔵に力を扱えるのだ。」

お坊さんの言うとおり足元の地面から黒い水が込み上げて再び数個の黒い水球を精製できていた。
勝てない、ミコトはそう思っていた。
すぐに相手の弱点を見抜く観察眼、
さらには風と水の力、
加えて数百を越える怨念の力を受けても尚ピンピンとしている精神力。
どれもが桁違いだった。

しかしそんな絶望的状況の中で、

ソラは

笑っていた。


まるでお坊さんが冗談を言っているといわんばかりにクツクツと笑い声を隠し切れないでいた。
その言動に苛立ちを隠せないお坊さんが叫んだ。

「何がオカシイ!?」

するとソラはやはり笑いを堪え切れずにいた。

「確かに、お前の言った弱点は全て当たっている。」
「なら!」

なら、笑う余裕など、ないだろう。そう言いたいお坊さんの言葉を塞いでソラが言った。

「だが!お前は油断している。」

そしてソラはお坊さんを指差した。

「俺が自分自身の弱点を知らないと思うのか?」
「何だと?」

そういわれたお坊さんは数瞬呆気に取られる。
そしてソラは刀を高く掲げて威風堂々と言った。

「俺の炎の色を忘れたか?」

お坊さんは何時の間にか塀を越えた太陽の逆光に目を細める。

「俺の名前と同じ、空色だ!」
「ソラ、」

自分の名前を、新しくつけられた名前を、私がつけた名前を、
ソラは誇らしげに言った、
それにミコトは戦いの最中にも拘らず嬉しく微笑んでしまった。
しかし一転、お坊さんは空の異変に気付いた。

「空が燃えている!?」

お坊さんが改めて目を凝らすと空一面が青い炎で包まれていた。
脅威の光景に声を失うお坊さんにソラは淡々と述べる。

「俺の炎は燃料が無くとも燃え広がるが小さな火種が巨大な炎となるには時間がかかる、お前が気付かないように時間稼ぎにするのに苦労した。」

ソラが振り上げる刀に空一面の青い炎が加わる。
それは天空から大地へと降りる雷、
それは大地から天空へと伸びる樹、
それはソラから発せられる青い炎の柱だった。
お坊さんは恐怖に駆られて錫杖を振るとそこから怒涛の突風が吹き荒れた。
しかし突風を浴びる青い炎はより一層勢いを増して燃え上がった。
理由の分からぬお坊さんにソラは絶望的なまでに無感情に告げる。

「風は炎を更に強く大きく燃え上がらせるだけだ。」
「く、くそぉ。」

ソラがゆっくりと力を込めると青い炎の柱が倒れ始める。

「浄化の炎、なんて生ぬるい炎じゃない。」

その速度は段々と増していく、

「お前を責めぬく煉獄の炎だ!」

そして最終的には異様なほどの速さをもってお坊さんへと倒された。

「させるかぁぁぁ!」

お坊さんもまたそれを防ごうとしていた。
今までに無いぐらいに力を込めて大地から水分を奪い取り自分でも造った事のないほど強大で巨大な黒い水球を精製する。
それを襲い来る青い炎の柱からお坊さんを護る盾とする。
倒れる青い炎柱と黒い水球が接触する。

ジュゥゥゥゥゥウ!!

段々と黒い水球を構成する水が蒸発していく、しかし青い炎柱を押し戻そうとしている。

力は互角、後は使い手の精神力の戦いになっていた。

押すソラとそれを押し返そうとするお坊さんは互いに本気だった。

「はぁあああああああ!」
「ぐぅぅうぬぅぅぅぅ!」

黒い水球と青い炎柱が互いの領分を取り合う中で着実に黒い水球が押されているのがわかった。
その事実を飲み込めないお坊さんは一気に取り乱す、

「私が、この私がぁぁっぁ!!!」
「多くの罪と共に消えうせろぉぉぉ!!!」

取り乱したお坊さんの精神力では保てなかった黒い水球が力を失い、青い炎柱によって完全に蒸発する。
そして黒い水球を蒸発させた勢いのままお坊さんが押しつぶされる。

「ぎゃぁぁぁっぁぁぁ!小僧!!みちずれだぁあ!!」

体を燃やされながらも異様な執念、それは仕方ならぬこと数百の怨念を楽々と囲うことの出来る精神力を持っての執念だった。
自分の錫杖の仕込み刀を抜くとそれを投げやりの応用でソラへと投げつける。
真っ直ぐにソラへと向かう刀をソラの視界は捉えている、ミコトが咄嗟に叫ぶ。

「避けて!ソラァ!」

しかしミコトの思いは届かない、ソラは青い炎柱を支える事で精一杯で動く事が出来ない。腹部へと刺さる刀を見ることしか出来なかった。

「ぁかぁぁっは!」

しかしソラは揺らがない。血を吐きつつも炎の柱を維持することに全身全霊をかける。

「ぎゃぁぁぁぁあぁぁああああ!」

最後の攻撃を放ったそのあと、お坊さんは跡形もなく燃え尽きた。
道化はいつもより数段以上の時間をかけているのに準備を終えていなかった。
派手過ぎる服装も着こなし、ショーに使う彩り鮮やかな器具も手入れは欠かさない。
他の準備は既に終えている。
ただひとつ、顔のメイクを除いて。

「・・・本当の顔?」

今日のお客は上客だ。
とある国を統べる王族、しかも美しき王女と隣国の勇敢な王子の結婚式。
その余興に僕らサーカス団が呼ばれたのである。
そのような大事な場を前にして団長が皆に命令した。

「皆さん!失礼の無いようにメイクは薄めで!なるべく素顔で行ってください!」

奇妙な命令だったが団長命令は団内では絶対だ。
仕方なく今日の皆はメイクは薄いどころかやっていない者もいた。
友達の猛獣使いから聞いた話では王族達はアンサツというのを畏れているらしい。
アンサツが一体何か分からないが僕にとってその命令は余りに苛酷だった。

「素顔?」

僕はメイクをしないで人前に出たことがない。
だから初めて自分の顔を鏡でみたとき、それが自分であると理解するのに時間がかかった。

理解の後は違和感。
違和感の後に焦燥。
これが素顔?
鏡に移るこの顔が僕の顔?

どうにも納得できない僕は悩んだ揚げ句にやはりいつも通りに厚塗りのメイクを施す事に決めた。
そしてメイクを終え、鏡を見た僕は何時もの僕が鏡にいることで安堵した。

「オイ!時間だぞ!」
「うん、いまいく!」

団長の命令は無視しちゃったけど許してくれるよね?
かってに結論づける道化は一本のナイフを懐に部屋に出た。

その後の悲劇は語るのも悍ましい。
夜明けも近く、薄明かりの中。

音も立てずにソラの寝室にお坊さんが入ってくる。

その顔にはミコトと話したときの優しさも包み込む安堵も何も無い、無表情だった。

ソラは来訪者に気づいておらず、布団にくるまって惰眠をむさぼっていた。

お坊さんは錫杖を構えるとソラの布団へ狙いを定めて一気に放った。

ヒュッと軽い音だけを放つと錫杖の先は布団を貫いて床に突き刺さるほどの勢いを見せる。

しかしお坊さんの顔は一気に影が差す。

布団も床も貫いた、なのに肉の感覚がない。

何よりも信頼する自身の感覚にお坊さんが首を傾げると、後ろから声が聞こえる。

「やっと、本性見せたか。坊さん。」

お坊さんの後ろにはソラがいつの間にか立っていた。ソラはすこし笑みを浮かべながら彼を見つめていた。

お坊さんは一転笑顔になってこちらに振り向く、しかしその笑顔は先ほどの表情を見た後ではあからさまに取って付けた歪な印象をもった。

そんなお坊さんにソラは問う。

「アンタも呪われた者か、」

「いつから気付いていた?」

逆に聞かれたソラは淡々と述べる。

「端から、と言いたい所だがお前が縁側でミコトと話していた時に確信した。坊さんにしては殺気が立派過ぎる。」

あのときか、とお坊さんは思っていた。

刹那、あの馬鹿女の発言に苛立ちを持ってしまった。

そのときを感づかれたか、いや最初から怪しまれていたのかもしれないな。

最初の奇襲が失敗に終わってもなお、いやむしろ落ち着いた表情でお坊さんは笑いかける。

「ふ、これで倒せるとも思ってはいないが。」

ソラは正面に立ったお坊さんからの圧倒的な圧を感じ取っていた。

こいつ、昨日の少年よりも強い。そう感じ取っていた。

「坊さんも禊狙いか?」

「小僧は禊を行う気か?」

「まぁな、坊さんには悪いが此処で足踏みしてもらう。」

ソラはスラリと刀を抜いた。

「殺しはしない。少しばかり痛めつけるだけだ。もう百年待ってもらうぜ?」

しかしお坊さんはソラの言葉を聞くと笑顔から一転まじめな顔になった。

「残念だが、ワシは禊を受ける気はない。」

「何?」

それは意外な言葉だった、だからだろうか動きを止めてしまった。

「考えてもみろ。ワシらは神に近い力を得たのだぞ?それを削ぐ真似をどうして犯す?」


「それは、」

それは呪いが・・・

「悪夢が怖いのか?はっ、悪夢が何だ?幻がどうした?存在しない事を恐怖してどうする?」

自然とソラは聞き込んでいた、本来そんな隙を見せてはイケナイ相手であったことを感じておきながら失念していたのである。

だからこそソラは

「そんな怖いならワシがその呪を引き受けてやろう。」

「!?」

お坊さんの攻撃を予測できなかった。

シャリン。

軽い金属音の後、暗闇から現れた黒い水がソラに襲い掛かる。

刀で防御するも圧倒的質量の前に庭へと押し出される。



その轟音が寺に響き、ミコトが飛び起きる。

「な、なに?」

何事か理解できずに寝室から廊下に出るとギョッとした。

廊下がまるで洪水でもあったかのように濡れている、雨なんか降っていないのにどうしたというのだろうか、

疑問に思う私は轟音のした部屋へと走って向かった。

「一体どうなっているのよ?」

水は床だけでなく壁も天井も濡らしていた。

だんだんと濡れ方が酷くなっているのが分かった、その中心はソラの寝室だ、

「ソラ!?」

ソラの寝室についた私の眼に飛び込んできた光景は異様の一言だった。

全身ビショビショのソラが膝をついて刀を構えている。

その相手はお坊さん。

お坊さんは刀を向けられているのにも関わらず錫杖を持ち堂々と立っていた。

私が自体を飲み込む前にお坊さんが私に気づいた。

「ミコト君、残念ながらやはり彼は化け物です。私を殺そうとしました。」

ソラが?と私が声を出す前にソラが鬼気迫る声で叫んだ。

「ミコト!坊さんから離れろ!そいつは俺と同類だ!」

同類って呪われた人間って事?そんなことあり得ない、

私が事実を飲み込めずにいるとお坊さんが笑顔で声をかける

「ミコトさん、彼を信じないで下さい私を信じてください。彼は鬼です。危ないですからこちらに来てください。」

今度はソラが必死に叫ぶ。

「そいつの言葉を信じるな!早く逃げろ!」



お坊さんの優しい言葉とソラの厳しい叱咤に挟まれた私は、

一歩、お坊さんに近づいた。



しかし



刹那、一度だけ見せたソラの弱った微笑が脳裏をよぎる。



その瞬間に私は一気にソラに近づいて彼の影に隠れた。

お坊さんは信じられないといったように叫ぶ。



「どうして!」



私はソラの肩を掴んで言ってやった。

「だから言ったでしょ?女の直感だって。」

私がそういうとお坊さんは今まで付き合ってきて見たことがないほど顔をゆがめた。

一方、私に選ばれたソラは私に嘆息しながらいう。

「俺は逃げろといったはずだぞ、俺を信じるなら逃げて欲しかった。」

「うるさいわよ。ソラの言う事は信じるけど従いはしない。」

ソラは深いため息をついた。

お坊さんは、顔をうつむかせて怨念がましくぶつぶつと口に出す。

「愚かな、素直にこっちに来ておれば良い夢を見せてやるのに。」

そんな暗い表情だったお坊さんだが唐突に表情が笑顔に戻る、いや戻ったんじゃないどこか歪だった。

そして今度は歌うように私にいう。

「ミコト君!君も家族の元に行くか?」

「えっ、どういう意味。」

「聞くな!ミコト!」

ソラの忠告も聞こえない私はお坊さんの言葉に耳を貸しきっていた。

「すまないね、私は色々と嘘をついていたんだ。ホントはね君の村人はね」



その後の台詞は声が聞こえなかった、しかし口元だけで理解させられた。



全員死んだよ。



怒りか恐怖かはたまた他の何かが私の体を震わしていた。

「最初の水害で半数以上を死んだ。そして残りは私が直々に殺した。」

死の歌を口ずさむお坊さんは私の思い出に残る優しい人ではなかった。

「水害が起きた時に私に助けを求めた者もいたな、全く持って面白かった。私が命を奪う直前まで私を信用していた、その中には君の家族もいたんだよ。」

ソラが刀から吹き出る青い炎の出力を強める。

彼は私と同じように憤怒していた。

「てめぇ!」

「君の家族の最後の言葉を教えてやろうか?」

歪んだ笑顔を浮かべるお坊さんに我慢できなかった。

「きさまぁ!!」

ソラが叫ぶと同時に私は無言でお坊さんに向って走っていた。

「待て、ミコト!!」

どうあっても私はこいつを叩きのめしたかった、命で償わせてやろうと思った。

何が出来るかと言われれば何も出来ない。

ソラみたいに武器を持っているわけでも、巨人のように怪力を保有しているわけでもない、少年みたいに裏技を知っているわけでもない。

ただアノ歪な笑顔を殴ってやりたかった。

しかし私の特攻はいとも簡単に止められる

お坊さんは只一突き、床をついた。

すると私とお坊さんの間に床の隙間から黒い水が立ちはだかる。

そして間に入った黒い水が枝分かれして私の体に取り付いた。

「いや、いやぁぁぁぁ!」

暴れて藻掻くが黒い水はだんだんと量を増やして動きを制限していき、最後には身動き一つとれなくなってしまった。

「ミコト!」

私を助けようと走るソラだったがそれを制するようにお坊さんは錫杖を私の首筋へと持ってくる。まるで今すぐにでも殺せるぞと言わんばかりに、

「これで一対一。好きに戦えるだろう?」

「分が悪くなったら、人質に取る気だろう。」

「どうだろうね?」

庭に降りたお坊さんに続いて後ろの寺の隙間という隙間から黒い水が僧侶の周りを囲みつつ量を増やす。

ソラは尚一層青い炎を更に強める。その炎は暗闇に光る一筋の希望の光のように私の目に映っていた。

「さて、始めようか。」

お坊さんが笑った。
疲れ切っていたミコトは食事を終え、片づけを終えると縁側でうとうとしていた。

いくら青年とはいえ男の体重をささえて村へとやってきた彼女の体力はボロボロで精神面に置いても老人の少年との戦いを間近に見て窶れていたのである。

肝心のソラはと言うと食事の時、出来るだけ胃袋に食べ物を詰め込むとそのまま布団へと潜り込んでしまった。

若干の寂しさを感じつつミコトが瞼を自然と瞑ろうとしていた。
そんな彼女に声をかける一人の人間がいた。

「そろそろ寝たらどうです?ミコトくん、」

瞬時に意識を覚醒させた私は声をかける人間に笑いかけた。

「いいえ、ちょっとボォッとしていただけですから。」

「そうですか、あまり無理されないように。」

ミコトの笑顔につられたのか又はそれが僧侶自身のものなのか万人に好かれるような笑みを浮かべる。

この僧侶は私とは顔なじみであった。

村に近いこともあって儀式全般の運営を任されたり、相談役に話に乗ったりとして村人達からは全幅の信頼を置かれていた。

もちろん、私自身もそれに当てはまっていた。

幼い頃はこの寺で友達と遊んで無茶をしお坊さんに叱られるなど、ほほえましい思い出がある。

それは私が村から売られるまで延々と続いていた。

そんな僧侶は夜空を見上げながら感慨にふける。

「それにしても懐かしいですねぇ、ミコト君が出て行ってもう四季を五巡ほどしましたか?美しくなられた。」

「やだ、そんなことないですよ。お坊さんは全然変わりませんね?」

「もう年ですからね。早々変わりませんよ。」

実際のところお坊さんは本当に変わらなかった、子供の頃から一緒にいるのだが今の老人とも中年とも言い表せない容姿も人を包み込み安堵させる雰囲気もなにも変わらずに昔のままそこに居続けた。

私はそのことを不思議に思わなかった、むしろ変わらずにいてくれることの方が数段うれしかった。

お坊さんは私の横に座る。

「少しお話をしましょうか、」

「えぇ、もちろん!」

私はたくさん話した。

売られた直後に暴力を振られた話をするとお坊さんは本当に憤ってくれた。

毎日の畑仕事に最初は嫌がりながらも他の仲間と協同して乗り越えてそれはとても有意義だったことを伝えるとそれはよかったと微笑んでくれた。

そして話を進めて過去からはようやく近況にまで遡り、つい先日にあったソラの話をした。

しかしソラのことを言った私にお坊さんは始めて怪訝な顔を見せて、私に聞いてきた。


「つまり彼は人ではないのですね?」
「えっ、」

そんなことを聞かれた私の思考は停止した、そんな私に畳みかけるようにお坊さんは話し続ける。

「不老で人ならざる力を持った彼は最早人ではない。貴方の村を潰した巨人となんら変わらない。そんな人を信用しているのですか?」
「ソラは巨人とは違う!力のために人を殺さないって、言っていた!」

どこか棘のある言葉に私はとっさに反論する。

「貴方は彼の何を知っているのです?彼が言った事が真実だとなぜ信じられるのです?」
「それは、」

確かに会って数日も経ってない、確かにソラは人の枠を超えている。

お坊さんはただ事実を見て私に忠告してくれている、それは理解出来た。

しかし私にはソラを恐怖の対象としては捉えられなかった。

それは何故か?



走馬灯のように数日の記憶が頭を巡る。

私を守ってくれるソラ、

私が支えて支えるソラ、

名前を聞かれたときに戸惑うソラ、

怪我をしているのに自分の思いを果たそうと無理するソラ、



それらの映像を再度思い直して私は思った。



「それは女の直感です。」

私は彼を、ソラを信用する。そう言い切った。



「ふふふ、ははははは!直感か!それは実に君らしい答えだ!」

私の答えを聞いた途端にお坊さんは声高に笑い始めた、面を食らう私をおいてお坊さんはそのまま奥へと去っていく。

「まぁ、眠りなさい。それなら明日は忙しくなるでしょう。」

私はお坊さんの言葉に違和感を抱いた。