「ボーはおそれている」ネタバレ考察2 "天井の男"と"誕生日の男"の謎。ロジャーの家はボーの願望

これはアリ・アスター監督の映画「ボーはおそれている」について、時系列に沿って解読を試みる記事です。

「ネタバレ考察１」の続きです。そちらから順にご覧ください。

書いていることはすべて独自解釈です。何らかの公的な情報に基づくものではありませんので、ご了承願います。

最後までネタバレしています。

水がない

ママに怒られる…という不安で不安定になったボーは、セラピストに処方された薬を飲みます。

「必ず水と一緒に」と念を押された薬。しかし、水がない。水道も出ない。なぜかアパート中が断水しています。

窓から向かいの店を見ると、たくさんの水のボトルが。でも通りでは、殺人事件が絶賛進行中です。

Googleで検索すると、水なしで服用した副作用は「入院や死亡」。

これ、やりがちですね。健康不安などがあるとググりたくなるのだけど、不安を解消するよりは、かえって不安を募らせることが多いですね。

ボーは後にもトニのパソコンでGoogle検索しています。彼が世界とつながる、情報を得る手段はもっぱらGoogleなんでしょう。

ゾンビに部屋を乗っ取られる

決死の思いで外へ出て、命懸けで向かいの店へ行き、水を買うボー。

しかしクレジットカードが使えず、もたもたしている間に通りの暴力的な群衆がアパートの中へ。

玄関を閉められ、鍵のないボーは締め出されてしまいます。

群衆はボーの部屋に乱入して乱暴狼藉を働き、通りは無人に。ボーは工事用の足場で一夜を過ごします…。

…という顛末もめちゃくちゃですが、これもやっぱり前回で紹介したのと同じ、「ママの家に行けない言い訳の実写化」なのでしょう。

「ママに会いに行こうとしたんだよ！　でも、水が切れていて。買いに行ったらクレジットカードが使えなくて、鍵がないから締め出されてしまって。乱暴な連中が部屋に入ってしまったから、見張っていないといけなくて。仕方がないから、外の足場で部屋を見張って一夜を過ごしたんだ。こんな大変なことがあったんだから、会いに行けなくても仕方がないだろう？」という。そんないかにも嘘くさい言い訳の実写化。

人々がぞろぞろとアパートに入っていくのは「ゾンビ」の引用でしょうね。映画の作り手というか、ボーが「ゾンビ」を引用してる。

全身タトゥーの男とか、赤いシャツの男とかは常にボーの家の近くにいて、何の目的もなくうろついてるだけに見える。その辺の有り様がまんま「ゾンビ」です。

人々はみんなボーの部屋に入っていくのだけど、そこで何をするでもない。金や物を盗むでもなく、ただ「漠然とイメージする乱暴狼藉なこと」をやってるだけです。

合理的な目的を持たずただそこにいる様はゾンビ的だし、具体的な悪事が思い描けないのはボーのイメージの限界と思われます。

水を母親の象徴とするなら、水がない＝ママがいない隙に悪い奴らが家に入り込んで悪行を働いた…ということになって、​これは終盤の裁判シーンで指摘される「ボーが​15​歳の時の出来事」を思い出させます。

ママの留守中に友達を引っ張り込んで、ママの下着の匂いを嗅がせたり、持って帰らせたりした…って奴ですね。ボーは「脅されたんだ！」って言ってたけど。

ここで描かれたのは、15歳の頃の出来事の再現であるとも言える。その時ボーは必死で水を求めていた＝ママを求めていたのであり、こんなにママを必要としているんだよ！という、やっぱり言い訳なんですね。

タトゥーの男の死

朝(2022年7月13日水曜日)、ドリルの粉を浴びて目覚めるボー。背後には「イエスはあなたの忌まわしい行いを見ている」の看板が。

これ、「忌まわしい行い」は表面的には部屋の中の惨状を指しているようだけど、実のところは「ボーの行い」のことでしょう。

ママに嘘をつき、会いに行くことを拒否して、でたらめな言い訳に逃げ込むという忌まわしい行い。それは神の目からは​とっくにバレているのだぞ！という、その戒め自体もボーが想像しているのですが。

部屋の入り口では、タトゥーの男が死んでいる。911に通報しかけた携帯電話を手に持ったまま。

タトゥーの男はその見かけの派手さからか、ボーにとっての「ご近所恐怖」の象徴みたいな存在でした。

タトゥーの男がなぜ死んだのか(誰に殺されたのか)は不明ですが、首に残る壊死したような痕から、ドクイトグモの餌食になったと考えるのが適当と思われます。

タトゥーの男がドクイトグモに襲われ、他の人々はみんな逃げ出し、ただ一人「天井の男」だけが浴室に追い詰められてしまい、クモを避けるために天井に貼りついた…という筋書きかもしれません。それにしても現実離れはしてますが。

クレジットカードの失効

靴が突き刺さったパソコンで調べたボーは、クレジットカードがやはり失効していることを知ります。

ボーはまったく仕事をしている気配がないので、稼ぎはなさそうです。おそらくこれはママのクレジットカードで、ボーはそれを渡されて自由に使うことで生活しているのでしょう。

モナ・ワッサーマンは大金持ちなので何事でもないでしょうが、ボーはまったく自立できていないですね。

そして、クレジットカードが失効しているというのは、名義人であるモナが死亡したから…というのが妥当でしょう。

(水を買おうとしたのはママと電話した直後なので、早すぎる感はありますが)

ただ、モナの過保護ぶりを思うと、仕事もしてないボーが親元を離れて一人暮らししているのはそもそも不自然ではあるんですよね。

モナが許すとも思えないし、ボーにそんな勇気があるとも思えない。ボーは実家暮らしで子供部屋おじさんになってる方が自然であるように思えます。

と考えていくと、ボーが実家と離れた街で一人で暮らしているという前提自体が疑われてくるのですが…それはまた後ほど。

ママの死を知らされる

ママに電話するけれどメッセージを残すことができず、もう一度かけるとUPS配達の男が出てママの死を伝えます。シャンデリアが落ちて、頭部を粉々に粉砕されるという驚くべき死に方で。

この時、ボーはいつものように「行けなかった言い訳」を伝えるつもりだったのでしょう。

しかし、それはママによって拒否されます。死によって、永遠に。

これまでのボーは、ママに依存しつつ、一定の距離を置くという方法をとることで、自分自身のバランスをなんとか保ってきた訳です。

ママに会いに行くのを先延ばしにするのは遅れてきた反抗期みたいなもので、反抗しつつ、でもママを傷つけないように(怒られないように)言い訳を用意しておく。

それでなんとか上手くやってきたつもりだったのが、突然はしごを外されてしまった。

ママへの依存は強引に断ち切られ、反抗にはまったく意味がなくなり、会いに行くのを拒否していたことはただの親不孝な重罪になってしまった。

もはや先延ばし​にするこ​​とはできず、ボーはママに会いに行かなくちゃならない…そして、自分の罪に向き合わなくちゃならない。

いきなり自分のもっともやりたくないこと、直面したくないことを突きつけられ、ボーはなんとかしてそこから逃げ出したい。

なので、そこに行かずに済む言い訳を必死で繕っていく。車に轢かれ、殺人鬼に刺され、重症で動けなくなり、奇妙な家族に引き止められ、劇に参加し、長い旅に出て、父を見つけ出し、陰謀論に巻き込まれる…

…というのが、この後のボーに起こっていくことですね。

また、その視点に立つと、本作は非常に普遍的なテーマを扱っていると言えます。

人は誰でも、成長過程で親に依存したり、愛したり、逆に憎んで遠ざけたりする。

でも、その親はいつか必ずいなくなる。ある日突然消えてしまって、自分自身の依存も、愛も、憎しみも、すべて断ち切られて宙ぶらりんにされてしまう。

その時に起こる、困惑、混乱、後悔、罪悪感。自分を責める心。それは精神の根底を揺るがす大きな事態だし、誰にでも起こることである…。

そう考えると、誰しも共感できる親しみやすいテーマを扱っていると言えるんじゃないでしょうか。

風呂

混乱したボーは風呂に入ります。落ち着くために、「水」の中に身を置く。

水は母の象徴だから、これはママにだっこしてもらうようなものですね。ママに優しく抱き止めてもらい、リラックスしようとする。

しかし平穏は長く続かない。見上げると天井に汗をかいたハゲの男が張り付いていて、ぷるぷる震えている。

男の顔をドクイトグモが這って、男はバスタブに落ちてきて、ボーは溺れかけることになります。

本作の中でももっとも素っ頓狂なシーンです。

これはいったい何なのか。ボーが思い描いたのは、さっき書いたように、ドクイトグモから逃げて追い詰められた侵入者の一人が天井に逃れた…というストーリーだと思うのですが。

まあ、現実的ではないですね。朝になってボーが帰ってきてママの死を知って風呂入れてくつろいで…という長い時間の間、ずっとここにへばりついてる意味なんて何もないのだから。

だからこれはボーが思い描いた「詰めの甘い、ずさんな言い訳」ということになるのだろうけど。精神的に幼い人が思い描く稚拙なストーリーを、あえてそのまま、現実描写として映像化しているというのが、本作の最大の特徴になるのだろうと思います。

それでいて映画全体の印象は稚拙なものになっておらず、不条理な奥行きを感じさせるものになっている…というのが、すごいところだと思うのですが。

ちなみにネットを検索してみると、意外と「誰かが天井裏に潜んでいる」という不安を訴えてる人は多いんですね。

「うちの天井裏に誰かいる！　物音がするし、気配もする。どうしたらいいですか？」みたいな相談が、結構目につく。

そんな事案が現実にたくさんあるとも思えないので、これは多くの人が抱きやすい普遍的な不安妄想なのかもしれません。

ただまあ、日本の場合は天井裏があるので。欧米には天井裏がないので、天井に取りつこうと思ったら手足を突っ張って頑張るしかない。

なので、天井に人がいる不安はそれほど一般的なものではないと思うのですが。

ボーはバスタブの中に押し込まれ、溺れかけることになります。

音がくぐもり、ゴボゴボと音がする。その様子は冒頭の「誕生」シーンを思わせます。

ここでのボーは「羊水の中に戻された」ようでもあるし、あるいはそもそもまだ生まれておらず羊水の中にいたのだ…とも取れます。

ボーと「誕生日の男」

ボーは助けを求め、全裸のまま外に飛び出します。外にはニュースで報道されていた殺人鬼「誕生日の男」が待ち受けています。

ボーは警官に助けを求めますが、話が通じません。「武器を捨てろ！」と言われ、手に持ったマリア像を落として壊してしまいます。ボーがじっとしているにもかかわらず警官は「フリーズ！」「撃たせないでくれ」などと言い、ボーは危険を感じて逃げ出します。

そこへフードトラックが突っ込んで、ボーを撥ね飛ばします。ボーは意識を失い、第1パートは終わります。

ボーの話が通じないというシーンはそれまでにもありました。管理人に電話しても勧誘と思われて切られ、掃除人は「お前は終わりだ」などと言ってくる。

自分がとっているつもりである態度と、周りの人の受け取り方が一致しない。これは統合失調症の症状としてあり得ることです。

特に、周囲の人が一斉にいわれのない悪意を向けてくる。自分を憎み、嘲笑い、加害しようとしてくる…という被害妄想は典型的です。

ボーを襲う「誕生日の男」は何者か。

このシーンには全裸の男が二人います。ボーと「誕生日の男」ですが、客観的には「誕生日の男」はボーの認識の中にしか存在していません。

怯えた警官の目には、ボーが「誕生日の男」に見えたでしょうね。

そう考えていくと、「誕生日の男」はボー自身であるように思えます。

ボーの実際の誕生日は5月10日ですが、父の命日である7月12日はボーが受精された日、厳密な意味での誕生日です。

「誕生日の男」は「既に3人殺している」と報道されています。

ボーはこの後、モナの首を絞めて殺します。

エレインも、ボーが殺したと言えるでしょう。セックスで殺した。

あとは…トニかな。少なくともグレースは、ボーを人殺しと見做していました。

ニュースの「誕生日の男」は、機関銃の男やボートで遊ぶ子供と同じく、映画の結末を予言するものとも取れます。

「3人殺している」という話から、ボーの「GUILTY」の思い、罪悪感を象徴する存在とも取れます。ボーの罪を告発し、罰を与えに来るボー自身の分身。

ここで気になるのが、告発されている罪が殺人であること。ただママへの愛が足りなかった、ママを裏切っていた…というだけでは済まない、より深刻な重罪が問題にされているように見える。

エレインとトニはともかく、映画にはボーが実際にモナの首を絞めて昏倒させるシーンがあります。

ボーは、ママを殺しているのかもしれない。ボーが自分の世界をこれほどまでに異常に歪ませるほどの罪悪感とは、ママを殺したことなのかもしれない。

それが象徴的な意味なのか(失望のままに死なせてしまった…なども含めて)、あるいは直接的な意味なのか(首絞めシーンの時制が違っていて、むしろあれが事実なのか)、そこは保留です。おいおい検討していきます！

フードトラックの謎と幕間

ボーを撥ねたのは「フードトラック」ということになっています。これは日本ではよくキッチンカーと呼ばれるものです。移動式屋台ですね。

この通りにはスープのフードトラックが来ていて、ミネストローネを売っていたので、それかな？と思います。

ですが、この車を運転しているのはロジャーとグレースの夫婦だと言うんですよね。なんで高名な外科医の裕福な夫婦が、フードトラックを運転しているんだ？

…というわけで、ここも最初からおかしなことになっています。

本作には4つのパートがありますが、それぞれのパートは必ずボーの気絶で終わり、次のパートに移り変わっていきます。

意識を失ったボーは「海と星空」を眺め、いつも見る「風呂に入っている夢」を見ます。ママと「もう一人のボー」がいて、ママはミャウミャウと猫のような鳴き声で威嚇してきます。

ロジャーとグレースの家

ここから第2パート。高名な外科医ロジャーと、その妻グレース、その娘トニの家で、異常なホームドラマが展開されます。

ボーは2日間眠っていて、目覚めたこの日は土曜日なので、この日は2022年7月16日土曜日ということになります。

ボーが寝かされているのはピンク色の部屋。壁にはKポップアイドルのポスター。女子高生トニの部屋です。枕元には接着剤で修復されたマリア像があります。

目覚めたボーに、グレースは2日間眠っていたこと、「私たちの車」が撥ねたこと、それだけでなく脇腹に傷があり、それは「誕生日の男」に刺された傷であることを知らせます。

足には「ヘルスモニター」が装着されています。

ネイトとトニ、ジーヴス

ロジャーとグレースの夫妻には、ネイト(ネイサン)という息子と、トニという女子高生の娘がいます。

ただし、ネイトはもう亡くなっています。第82空挺師団に所属し、カラカスに駐屯していたネイトは戦死を遂げました。

ネイトを愛する両親は、リビングをネイトの写真で埋め尽くし、ネイトの部屋もそのまま保存し、グレースはネイトのマグカップを愛用しています。

そんな両親の態度に、トニは疎外感を感じているようです。

第82空挺師団はアメリカ陸軍に実在する師団で、第一次大戦時に創設され、第二次大戦でもノルマンディーなどで活躍。その後もベトナムやパナマ、アフガニスタンやイラクなど歴戦で活動した由緒ある部隊です。

ネイトが戦死したと聞いて、ボーは驚いて「どこで？」と聞きます。

カラカスはベネズエラの首都ですが、アメリカがベネズエラに対して軍事行動を起こしたことはなく、ネイトが死んだ激しい戦闘がどこの戦争でのものだったのか、不明瞭です。

（架空のベネズエラ戦争が想定されているようでもあります。）

家の庭のトレーラーハウスには、ジーヴスが住んでいます。彼はネイトの戦友だった人物です。

ネイトの死の現場に居合わせたジーヴスは精神を病んでいます。発見時、彼は敵味方問わず死体に銃を乱射していました。

戦争によるPTSDを抱え、いまだに戦場にいるかのように振る舞うジーヴス。

ジーヴスにとっては、今も周囲の世界はベネズエラの戦場に見えているのかもしれません。

ボーをネイトの代わりの家族とする物語

では、このパートはいったい何なのか…なのですが。

ここにも、いくつかのフェイズがあります。

第1のフェイズは、まずは見た目通りの世界について。

(第2のフェイズはMW社による陰謀論の世界ですが、それについては後で検討します。)

ロジャーとグレースは轢いてしまったボーを病院に連れて行くと偽って家に連れ帰り、治療した。

何のために？というのが疑問になりますが、展開の中で、ロジャーとグレースは戦死した息子ネイトに強い執着を持っていて、ボーをネイトの代わりとして養子に迎え入れようとしている…という様相が見えてきます。

ネイトを失った喪失感が強すぎて、ちょっと異常をきたしてしまっているロジャーとグレースの夫妻。

おそらく、ジーヴスを引き取ったのもネイトの代わりにすることを意図してのものだったのでしょう。しかしジーヴスは思った以上に壊れていて、家族の一員にはなり得なかった。

そこで、新たにボーを迎えようとしている。

娘のトニは、そんな両親に批判的。ネイトの代替品にかまけて、生きている娘であるトニが蔑ろにされている、そのことに傷ついている…。

…という、少し歪んだ家族の物語。

これ自体は、とてもわかりやすい物語だと思います。歪んではいるけれど、あり得ないとは言えない。

異様になるのは、その焦点にいるのがボーだから。

ロジャーもグレースも、何だったらトニも、ボーがネイトの代わりになり得るような魅力的な若者であるかのように振る舞うのですが。

しかし、画面に映ってるのはハゲで腹の出た精巣上体炎の持病を持つ老けたおっさんです。

ボーは47歳。たぶんロジャーやグレースと同年輩か、年上。見た目は実年齢より老けてるので、ほとんどおじいちゃんのように見えます。

しょぼくれた年寄りのおっさんを、小さな子供のように慰め、チヤホヤするロジャーとグレース。そして「ボーが両親を奪う」と嫉妬するトニ。

ボーが焦点になることで、この物語は一気に異常な、あり得ないものになってしまいます。

ここで、第1パートを思い出します。本作におけるすべての場面は、ボーの主観というフィルターを通った画面。客観的な事実ではありません。

そう思って見れば、これはボーがこうあって欲しいと思う願望の世界かと思えます。

過保護なママを失って、チヤホヤされる立場を失ってしまったボー。

新しいパパとママのところに養子に行って、ぬくぬくした「恵まれた子供の立場」に戻りたいというボーの願望。

ボーは47歳だけど、ママの庇護のもと過保護な子供の立場に身を置き続けてきた訳なので。それを失いたくないと思うあまり、こんな歪んだ世界を作り出したのかもしれません。

ママから逃げたいと思っていたくせに、ママが死んだ途端に新しく養子に迎えてくれるパパとママを熱望する。これは罪深い…ですね、ボー。

ボーの年齢の問題

映画の全体を通して、ボーの過去が語られるのはせいぜい15歳までで、それ以降現在の47歳に至るまでの長い年月についてはまったく語られることがありません。

現在のボーはまるで15歳のまま、肉体だけ47歳になってしまったように見えます。

二十代も三十代も、ほとんど変化のないまま生きてきてしまったんだろうけど。

最近、実年齢と自己認識の年齢が違う「トランスエイジ」という概念が報道されていて、さすがにビックリしたもんですが。

ボーはトランスエイジかもしれません。実年齢は47歳だけど、自己認識は15歳くらい。

トランスエイジだから、周囲の人にも自己認識の年齢で認識してもらいたい。その願望が、ロジャーやグレースの接し方として現れているのでしょう。

「親に守って貰わなくては生きていくことができない、精神年齢が未成年の人物が突然親を失ったら、どうなるか」というテーマ。

これは現代社会の普遍的なテーマ。日本でも「こどおじ」とか「パラサイトシングル」とか、問題になってますね。そんな時事的な問題を、ここまでスペクタクルにするのもすごい！

ジーヴスとボーの相似

カラカスの？戦闘でPTSDになり、今も戦場にいるかのように感じているジーヴス。

ジーヴスの主観を映画にしたら、敵に囲まれ銃弾が飛び交う戦争映画になるのかもしれません。

現実と異なる独自の世界に生きているという点で、ジーヴスとボーは相似形ですね。

ということは、ボーの姿を客観的に見たならば、ジーヴスと同じように見えているのかもしれない。

いない相手と話したり、何もないのに怯えて逃げ出したり、パントマイムのようなことをしてる。

ジーヴスというのは、映画の中では一切描かれない「ボーの現実の姿」を示す存在であると考えることができますね。

ボーとジーヴスが同じ立場なら、二人が同じ家に預けられていることも筋が通ってきます。

ロジャーとグレースの家というのは実は、精神を病んで現実を認識できなくなった患者が収容される、なんらかの施設である…と解釈することができそうです。

ボーは錯乱して全裸で街に飛び出し、警官の静止を振り切って走り回っていた訳だから。そりゃまあ、そういう施設に連れて行かれることになりますね。

まあ、本作ではボーの主観を外れた客観的な世界は一切描かれないので、それを考えることにはそれほど意味はないと思うのですが。

「実はどうなのか」について、一つのヒントにはなると思います。

埋葬を待つ

ボーはグレースから電話を借りて、ママの弁護士であるコーエンに電話します。なぜかボーはドクターと呼び、コーエンはドクターでなく弁護士だと言うのですが。

ボーの期待も虚しく、コーエン弁護士はモナがシャンデリアの下敷きになって死亡したことを告げます。

ボーがいなければ埋葬してはならないという故人の遺言で、モナの遺体は埋葬されないまま、葬儀は「非常識なほど延期」されています。

コーエンは聖書の言葉「朝まで置いてはならない」を引用し、待てば待つほど死者への冒涜になるとして、ボーに早く来るよう命じます。

ユダヤ教の律法では、家族が亡くなった後すぐ、当日のうちに葬ることが定められています。これは聖書時代のイスラエルの気候が温暖だったからと言われています。

死後遺体が埋葬されないまま長く放置されることは、遺族にとって極めて不名誉なことでした。

ボーは慌て出し、早くママの元に帰らねばと主張します。

ロジャーとグレースは飛行機には耐えられないからとそれを引き留め、明日には送っていくと約束します。

「ショーの後、一緒に戻ってこよう。家族として」とロジャーは言います。

ロジャーはボーを家族の一員に迎えようとしているようです。しかも、モナの葬儀を「ショー」と表現しています。

これがボーの願望なら、彼は早くもママに見切りをつけて、新たな家族を望んでいるようです。

そんなボーを、トニが撮影しています。

また出発延期

立派なネーム入りのパジャマを与えられるボー。この高待遇は何なのか。こんなハゲのちんちくりんのおっさんに。

実の娘トニはソファで寝させられ、ベッドはボーに。

トニはジーヴスと仲がいいようです。

翌朝、2022年7月17日日曜日。

ロジャーは急患の手術が入り、ボーを送っていくことができません。

というか、ボーは47歳のおっさんなのでね。本来は送ってもらうも何も、自分でどうにかすればいいだけの話ではあります。

しかしボーは一人では何もできない。まるっきり子供と同じです。

ボーの聖痕とキリスト

ボーの腹の「誕生日の男」に刺された傷が開き、それもまだ出発できない理由とされます。

ボーは「誕生日の男」の攻撃によって、脇腹と両手のひらに傷を負っています。この傷の位置はキリストと同じです。（キリストは両手のひらに釘を打たれて十字架にかけられ、脇腹をロンギヌスの槍で突かれます。）

ボーが救世主であるとはとても思えませんが、「受難の人物」であるという点において、ボーは自分をイエス・キリストに重ねているのかもしれません。

また、「ロジャーとグレースにちやほやしてもらい、家族として迎えてもらうにふさわしい重要人物」という自己認識でもあるでしょう。

カメラの存在、エレイン

グレースは出かける際に、ボーに監視カメラの所在を教えようとします。

また、「自分を責めるのはやめて」というメッセージをこっそりボーに伝えます。

これは第2のフェイズ、ママは生きていて、ロジャーたちはママの部下であるという物語の伏線となるものですね。

ボーはトニのパソコンを使ってGoogle検索し、モナ・ワッサーマン死去のニュースを見ます。

ボーにママの死を伝えたUPSの男がインタビューに応じています。

もう一人、MW社の社員としてインタビューに応じているのがエレイン・ブレイです。彼女を見て、ボーはトニのパソコンの上に吐いてしまいます。

なぜ吐くのか。エレインはボーの初恋の人で、憧れの対象じゃなかったのか。

偶然エレインを発見して喜ぶならわかるけど、吐くというのはどういうことか。

この反応から、ボーのエレインへの感情も見掛け通りのものではないと疑われてくるんですよね。

「ネタバレ考察３」に続きます！

悪い月が昇る 最恐小説大賞

↑このブログ著者のホラー小説です。記事を面白いと思ってもらえたら、小説もぜひ手にとってみてください。

『「ボーはおそれている」ネタバレ考察1 映画全体の見方をガイドする第1パートの非現実的描写』

『「ボーはおそれている」ネタバレ考察3 エレインもトニもペネロペもママの分身？』