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その5<写真展とライブ>

その5<写真展とライブ>

 

 僕はSugarWaterの写真展用に、逗子に滞在していた時の写真や、街のスナップ、友人のポートレートのネガやポジを引っ張り出して、その中からお気に入りのものだけを選んでプリントすることにした。そう、デジタルカメラが普及する前だったからまだフィルムの時代だったのだ。

 また当時、僕のアルバム制作や音楽制作で協力してくれていたマニュピレーターの宮垣くんも写真好きだったこともあってこの写真展&ライブを一緒にやらないか?と提案すると、二つ返事で快諾してくれた。

(彼は自分でモノクロプリントにハマるくらいの写真好き)

 

 写真展示のお作法なども少しは勉強したが、予算もなかったので手作り感満載になるのは必至だった。しかし、それでも楽しかった。こうして初の写真展とライブの準備は着々と進んだ。

 

 仲間にも沢山声をかけた。そんなこんなで、当日は音楽系の友人や、僕に写真を教えてくれたカメラマンや、釣り関係の仲間も来てくれた。ライブでは宮垣くんもギターを弾き一緒に歌った。彼はギターも上手かった。結果、イベントは大盛況だった。

 

 今、それらの写真を見返すと、けして完成度が高いわけではない。むしろもっとこうだったらと、思うところがいくつもあるが、しかし、あの時の情熱は間違いなくあの時のもので、感性のおもむくまま夢中になって撮りまくった日々があったから今があるといえる。あの時、こんなにも惹かれるものがあったのだということだけは事実だった。

 

 10数年越しに写真展やライブなどで自由な時間を過ごさせてもらったSugarWaterは、まさに僕の感性を解放してくれた特別な場所だった。大切な場所だったからやたらめったに人を誘っては行くことはなく、ほとんど一人で行くことが多かった。

 

 写真展を行ってから1~2年たった頃だろうか?紆余曲折あった僕は、少し音楽から離れることを選んだ。音楽生活に疲れたというか、メジャーや業界の闇みないなものにも嫌気がさしていたのは事実だった。当然、ものすごく悩んだが、当時僕のライブサポートをしてくれていたギタリストの中川 進氏が

「好きなことやればいいんじゃない?でも、お前が歌いたくなったら俺がギター弾くから」

と、言ってくれたのが唯一の救いだった。後に、彼のCDジャケットの写真を僕が撮ったりと、いろいろと仕事を振ってくれた。もちろん、いまでも中川氏とは良い関係でいる。

 

 それから僕は、明けても暮れても写真のことばかり考えていた。どうしたらいい写真が撮れるのか?どうしたらプロになれるのか?そう、本気でプロになろうとおもっていた。自分が歌を歌ってたことなんて忘れるくらいに。本当に歌をやめるの?と、気にかけてくれる人もいたけれど、そんな言葉は耳に入らなかった。やめるやめないということよりも、ただただ写真を撮りたかった。そして僕は無謀な手段に出た。

 

 

つづく その6へ

 

2019年2月14日(木)

新宿・歌舞伎町 music BAR CIRCLE

オープン18時30分、スタート19時

ミュージックチャージ 3000円

 

メンバー

岩本義雄[sax&cho]

青木ゆき[Key&cho]

善明響一朗[g&cho]

渡辺 学[Vo]

 

今回は全て渡辺学のオリジナル曲をお届けします。

その4<再訪~SugarWatar>

その4<再訪~SugarWatar>

 

 世田谷の八幡山で暮らすようになって東京という街にも慣れてきた頃、その時すでに僕は『キャプテン翼J』のテーマや『超者ライディーン』のテーマなども歌い、ビクターからソロ・デビューもしていた。言ってみれば、ミュージシャンというかアーティストとして充実していたころだったと思う。ある日、青山での打ち合わせの帰りにふと思い出したが、昔、バンドの仲間とオーディションの後に寄って世界のビールを飲み比べた、渋谷のあのお店だった。それまですっかり忘れていたのだが、なぜだか急に思い出したのだった。

 

 青山から歩いて渋谷の駅前に着いた僕は、国道246号をまたぐ歩道橋を渡った。この歩道橋に来るといつもそうなのだが、僕は立ち止まって駅の方を振り返った。ここから見る景色が、いかにも渋谷という感じがして好きだったのだ。

 歩道橋を降りて楽器屋の前を過ぎ、エピキュラスのあった坂道の手前までくると、ぼんやりと懐かしい記憶が蘇った。あの頃は自分がアニメの歌を歌うなんて想像もしていなかったが、仲間とバンドで演奏しているだけで楽しかった記憶だ。当時、一人暮らしをしていたメンバーの部屋に転がり込んで朝まで酒を飲んで音楽談義をしたり、夢を語ったり、不安など微塵もなく、ただ根拠のない自信と勇気に満ち溢れていた。そんなことを思い出しながら坂道を歩いて行くと、その店は、すこし外観が変わったものの、同じ場所にあった。

 

 僕はドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開けた。奥から「いらっしゃいませ」と声が聞こえた。あのマスターだった。おぼろげな昔の記憶を引っ張り出しながら再訪した店内を見渡した。変わっている部分もあったが、雰囲気はあの頃のままだった。そして、マスターの風体も同じだった。

 

 店内には他に客がいなかった。僕は、あの頃仲間と座った席と同じ場所に座った。

「こんばんは」

「ミソス、それとポップコーンお願いします。」

「はい、おまちください」

 そういって、マスターは厨房に入っていった。オーダーしたビールは、あの時飲んだビールと同じなのだ。

「おまたせしました」

 マスターがビールをもって戻ってきた。

「ポップコーン、すこしまっててくださいね。熱々なのをつくりますので」

「はい、知ってます、随分前にも来たことがあるので」

「あぁ、そうなんですか?!」

 と、言ってマスターは再び厨房へ入って行き、僕はミソスをグラスに注いで一口飲んだ。

 柔らかい電球色の店内はとても居心地がよかった。テーブルにはマスターが手書きしたと思われるメニューと、どれでも100円のおつまみと、そしてアートに関する本や雑誌が置いてあった。もちろん、これもあの頃のままだった。

 

「おまたせしました」

 マスターが出来立てのポップコーンをもって戻ってきた。僕はテーブルに置かれたポップコーンをつまんで口の中に放り込みビールで流し込んでから話し始めた。

「もう、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、十年以上前に来たことがあって、今日は思い出をたどってきたんですよ」

「あぁ、そうなんですか!」

「あの頃、この坂の上にエピキュラスっていうライブハウスがあったんですが、そこでバンド仲間とオーディションの帰りによって、みんなでいろんなビールを飲ませてもらったんです」

「そうでしたか!ありがとうございます」

「その頃、千葉に住んでいたのでなかなか来れなかったのですが、少し前から東京に住むようになって、まだあるのかなぁって…」

「なんとかやってました(笑)」

「あれからアニメの歌でデビューして、そして今はビクターでソロでデビューして原点がここだったなぁって思ったりしたもので…」

「それはすごいですね!」

「おかげさまで、なんとかやってこれました」

 

 二本目のミソスを飲み終え、それからしばらくマスターと世間話していると、他のお客さんが入って来て忙しくなって来たので、僕はまた来ますと告げて、店を出た。とてもいい夜だった。それから二日後くらいにまた訪れてからは、月に二、三度くらいのペースで通った。

 

 ある日、早い時間に訪れて見ると、一人で飲んでいるメガネをかけた若い女性がいた。他にお客さんがいなかったこともあってか、マスターはその女性を僕に紹介してくれた。彼女はイラストレーターだという。

 そう、後にこの女性こそ、BUBUNGOで発表した「パツパツパンツ、パツパツスパッツ」のイラストを描いてくれた本人なのだ。もちろんそれだけではなく、その前には僕のビクターでのデビューソング「きっと雪が降る頃は」の自費出版フルアカペラ・バージョンの絵本風のイラストも描いてくれたのだ。出会った当時はまだ彼女も駆け出しだったが、彼女の描く優しいタッチのキャラクターが僕は好きで、いつかコラボしたいとずっとおもっていたのだった。

 

「実は、奥にもう一つアトリエに使ってる部屋があるんですけれど、そこでなんかやりませんか?」

 そういって、マスターは隠し扉を教えてくれた。それは背をかがめて潜らないと入れないほどの小さな扉だったが、中に入って見ると思った以上に広かった。

「ここでなんかやりませんか?ライブでもいいし、写真展などでもいいし」

「いいですね!」

 僕は何度か通うなかで、趣味で写真を撮っていることも話していたのだ。撮りためた写真とそしてミニライブ、楽しそうだなと思った。そして僕はすぐに日程を決めた。

 

その5につづく

 

<おしらせ!>

2019年2月14日(木)

新宿・歌舞伎町 music BAR CIRCLE

オープン18時30分、スタート19時

ミュージックチャージ 3000円

 

メンバー

岩本義雄[sax&cho]

青木ゆき[Key&cho]

善明響一朗[g&cho]

渡辺 学[Vo]

 

今回は全て渡辺学のオリジナル曲をお届けします。

 

 

告白

作文?の続きを載せようかとおもったけどそれは次回にして、
今年最初の霞ヶ浦の水辺清掃へ。

寒かったけど、嬉しいことがあった。

実を言うと、昨年の春くらいから自分の発声に違和感を感じていて、具体的に言うと、普通の音域で歌ってる分にはなんてことないんだけど、今まで余裕で出せていたハイトーンやファルセットがうまく出なくなってしまんたんだ。

もうね、ほんとに出し方を体が忘れてしまった感じでね。もちろん、なんとなく出るときもあったんだけど、その差が激しくて、声を出すこと自体に不安がいつもよぎって、さらに精神的にもあっかしてたんだ。

誰かが言うには年齢的なことで、いわゆる老化?確かにそれは否めない。でも受け入れられない自分がいてね。歌うことはもちろん、誰かの歌を聴くこと自体もつらくてさけてたんだ。

それでも、まだ普通の人が聴いたらわからないレベルだろうし、いまの自分の音域に合わせて曲を選ぶなりキーをさげるなりすればすむんだろうなっておもったりはしてたけど、翼を失ったような感覚は絶望的だった。

それが先週、お昼ご飯にとコンビニで買ったお弁当、急いで仕事しながら食べ終わると、喉に今まで感じたことのない痛みを感じたんだよ。

なんていうか、風邪の時のような痛みではなく、硬くて噛みきれず飲み込みきれないものを無理して飲み込んだ時のような感じで、喉が壊れたかとおもったんだ。

唾を飲み込むのも辛いくらい痛くて、これは尋常じゃない!とおもったんだけど、別に声は出るし熱が出るわけでもなく、そのまま放置していたんだよ。

それで、先日、何気に車を運転しながら、ふと声の調子はどーなんだろうかとおもって、出なくなった音域のある歌を恐る恐る歌ってみたんだよ。

そしたらね、出るんだよ。
あれ?って感じでね。

そりゃもう、いろいろ歌ったよ。
でも、まだ不安があったけどね。
それで、昨日はネッドドヒニーの歌を歌ってね、やっとね、感じが戻ってきたのを確信したんだ。


それでも、疑い深い僕はさらに、6時おきの今朝、霞ヶ浦までの道すがらいろんな声を出して歌ってみたんだよ。あの時の感じが、やっと戻ってきた感じがしてね。

あーこれこれ!ってね。

もーずっと歌ってた。車の中で1人でね。(笑)

楽しいよ。
翼が戻ってきた感じだもの。

正直いうと、もう歌うのやめようか?
やめたほうがいいのかとさえ、おもってたくらいだったしね。

声が出るのってこんなに楽しいことだったのかって改めておもったよ。

どーして声が戻ってきたのか?
あの痛みは食べ物のせいだったのか?
理由はわからないけど
何はともあれ、
声が戻ったきたことが嬉しくてね。

それが仕事だとか、なんだとかじゃなくても歌えるっていいじゃない?やっぱりね!

できることならライブやるとかそーじゃなくても、死ぬまで歌える自分ではいたいものね。


というわけで、やっと2/14の選曲ができました。
とにかく自分のオリジナルだけで選曲をしました。

鍵盤に青木ゆき、ギター善明響一朗、サックス岩本義雄、そして僕。

やっぱ、サックスいないとね!

2/14 歌舞伎町 music bar circleで!
復活した声でおおくりしたいとおもいます!


旅の写真と、つづきその3

昨年11月、シンガポール滞在中にヒンデゥー系のお祭りがあった。

もはや気分は『深夜特急』の沢木耕太郎だ。

お祝い用の飾りが所狭しと売られているマーケットには、信仰への確固たる思いが溢れていた。

大好きなガネーシャの仏像もたくさんあった。

この人は一体誰で、なんの目的でこんな感じなのか全くわからなかったが、ツーリストたちの注目の的だった。

 

こうして、写真に収めてしばらく経ってから見返すとその時には気がつかなかた感覚が蘇る。そして写真を撮ってきてよかったと思う。人はすぐに忘れてしまう生き物だから。

 

もしもあの頃、ちゃんと写真を撮っていたらと、

今思うと後悔しかない。

 

 

その3<Sugar Water>

 

 高校を卒業して就職もせずにバンド活動に明け暮れていたある日、楽器屋の掲示板で見つけてきたオーディションに出演することになって、仲間と訪れたのが桜丘の坂道を上がった先にあった「渋谷エピキュラス」というライブハウスだった。

 

 そのライブハウスはヤマハ系のレコーディングスタジオも兼ねたライブハウスで、音響はもとより、照明などの設備もしっかりしているライブハウスだった。

 

 何組かのソロアーティストやバンドが出演する中、僕らも演奏した。どんな曲を演奏し、どんな評価だったかは全く覚えていないが、その帰りに立ち寄ったのが「世界のビールが飲める店」と手書きで看板に書いてあった『Sugar Water』だった。

 

 エピキュラスから徒歩30秒ほどの場所にある、隠れ家のような佇まいの扉をそっと開けて中に入ると、中はまるで「おもちゃ箱」のようだった。店の奥からは「菅原麦酒」というビールのラベルをオマージュしたTシャツを着て首にバンダナを巻いたマスターが笑顔で迎えてくれた。そこで僕ら4人は、マスターの勧めでそれぞれ違う国のビールをオーダーし、飲み比べることにした。たしか、つまみは出来たて熱々のポップコーンだったと思う。これもマスターのおすすめだった。

 

下記のURLにSugarWatarファンが作ったフェイスブックページがあるので是非ご覧になってください。

https://www.facebook.com/pg/sugarwater428/posts/

 

 世界中のビールと世界中のコースターと、そしていろんなアート作品があった。そこにはいろいろなものが混ざり合って出来た「自由」があふれていた。僕らはそこで音楽と夢を語りながらいろんな国の違う味のビールを飲んだ。記念にもらったコースターや空瓶は未だに持っている。その後、二度ほど仲間と渋谷に来た時に訪れたが、当時は千葉に住んでいることもあって次第に疎遠になってしまった。

 

 それから『Sugar Water』に再訪したのは12年ほど過ぎ、僕が東京で生活するようになってしばらくたってからだった。

 

その4へつづく

試してみる。

 これまで、それなりに使い込んで来たアドビのLightroom4ですが、今回最新版のCCを無理くり使えるように導入したので、昨年仕事でシンガポールを訪れた時に撮影して来た画像を使っていろんな機能を試してみました。

↑元画像RAWよりJPEG化

↑編集後

↑元画像RAWよりJPEG化

↑編集後

↑元画像RAWよりJPEG化

↑編集後

 

 本来なら絞りを絞り込み気味にして、ISO感度も400くらいで三脚を使って撮るともっといい感じになるのですが、今回は三脚を遣わすに手持ちで撮ったのでかなりISO感度を上げて撮影しています。よれゆえ、そのままだとそれなりにノイズが目立ちますが、Lrでの補正後はかなりいい具合になりました。(補正だけならCanonのDPPでもできます)ちょっと効果がわかりやすくなるように、強めに色々な補正を試したので若干HDRのようなデジタル臭さがありますが、そのへんは好みでしょうか?

 あとは女性のポートレートなんかで肌の質感などがどんな感じにできるか楽しみなところです。

 

 また、作業時のレスポンスもLr4より改善されているので、少しだけ作業ストレスが減るんじゃないかと期待しています。

 

 いずれにしてもあとで編集することを前提に撮らないほうが、結果いい写真にはなると思っているのですが(編集内容にもよる)色補正やトリミングなどは、撮影時の状況でどうしても得られなかったイメージを補足するという手段にとどめるようには心がけています。というのも、先日、お世話になっている写真事務所L-Clip代表の前田さんと色々写真談義を話していた時に、記録写真はともかく、写真は見たまま撮れて当たり前で、それ以上の何かが必要なんだという意見に落ち落ちついたのでありました。

 

 

あ、例の3話目は明日アップします。