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音が外れても許されるのは

先日、僕がSNSで
「大切なことはみんな幼稚園で教わったことじゃないか?」
的なことを書いたら、
友人がこんな本を僕にくれた。
友人が僕の記事を見て
この本を持って来てくれたことも
さることながら、
同じ様に考えてた人が
居たんだって
知ることができたのが
嬉しい。
***
何でもみんなで分け合うこと。
ずるをしないこと。
人をぶたないこと。
使ったものはかならずもとのところに戻すこと。
ちらかしたら自分で後片付けすること。
人のものに手をださないこと。
誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。
食事の前には手を洗うこと。
トイレにいったらちゃんと水を流すこと。
焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。
釣り合いの取れた生活をすることーーー毎日、少し勉強し、少し考え
少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして、少し働くこと。
毎日かならず昼寝をすること。
おもてに出るときには車に気をつけ、手をつないで、はなればなれに
ならないようにすること。
不思議だな、と思う気持ちを大切にすること。
***
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』
著/ロバート・フルガム
訳/池 央耿
より転載
 
 
大の大人が
上記の内容でチェックリストを作ったら
一体、いくつチェックができるだろうか?
 
ちなみに僕は、
ひどいもんである(笑)
 
と、僕がこの様なことに意識が向いたのは
実はここ数年、写真の仕事で
ある幼稚園の年間行事の撮影を
して来たことが大きい。
 
入園後から遠足や運動会、
お遊戯会、お茶会、お正月遊びなど
年中行事を継続して撮影していくと
園児たちの顔も覚えるし
性格もだんだんわかってくる。
さらに、親の顔もわかる様になる。
 
特別、子供が好きなわけではない僕が
ある時、意識が変わったのは
年少組の遠足について行った時からだった。
 
親から離れ、
園にもなれて初めての遠足。
 
ぎこちない手つきで
ピクニックシートを広げ
作ってもらった小さなお弁当箱を開け
 
ある子供は自慢げに見せ
ある子供は「カメラマンさん、あげるよ!」と言ったり
そんな姿を、親は見ることができない。
 
僕はその姿を、
親になったつもりで撮影した。
 
満面の笑みを見せてくれる
子供達は笑顔は、
親の見ることが出来ない笑顔だ。
 
僕が親なら、
自分の知らない場所で
こんなに楽しげに過ごしている
我が子の姿を見ることができたなら
嬉しくないわけがない。
 
結果、その遠足の写真は
これまでの売り上げの中で
一番だったと言う。
 
そして父兄からの評価も
とても良かったと
先生から伺った。
 
写真に想いが残るというこは
こう言うことなんだろうなと
改めて思ったのも
この時だった。
 
その子たちも
つい先日、卒園式を迎えた。
 
僕は卒園式を撮影する予定では
なかったのだが
『スゲジュールが空いていれば
その子たちの卒園式を見に行きたい』と
撮影依頼を受けている
写真事務所に伝えると、
『それなら是非撮影もしてほしい』という
ことになり撮影して来た。
 
そして、
まんまと園児たちの歌に
やられるわけである。
 
歌って、こう言うもんだよなぁ。
と、思ったのも
園児たちの屈託のない
歌声でおもったのである。
 
昔から、お祝い事などには必ず歌がある。
 
その歌の著作権とかそう言うことは
おいておいて、
歌い継がれるというのは
なんと素敵なことだろうか?
 
と、うるうるしながら
園児たちの歌詞を
しっかり聞いてると
ふと冷静になり
面白いことに気がついた。
 
この歌詞は
園児たちが作った歌詞ではないよな?
(これがいかんクセである(笑))
 
そう、大人が作った歌詞である。
 
つまり、園児たちは
な〜んにも考えてないのである(笑)
 
ぶっちゃけ
悪い言葉で言えば
歌わされてるに過ぎない(笑)
 
しかし、泣かされてしまう(笑)
それはなぜだろうか?
 
純真無垢なまま
一生懸命歌ってる姿と
その声に歌詞が混ざって
響いてくるからなんだろうと思う。
 
でなきゃ、
あんなに音が外れてる
歌を生理的にも聴けしない(笑)
 
音痴でも聞ける(許される)のは
純真無垢な園児たちの
歌声だけである。
 
あぁ、
砂場で遊んで楽しかったあの気持ちを
もう一度感じたいものだ。
 
と、最近は、見るもの出会うもの
全てが何か自分に問いかけてくる様なことばかり。
自分がそう言うことを求めてるからなのか?
何か不思議な力で
そう言う出会いをさせられているのか
わからないが、
 
音楽以外に写真を撮って来たことも
僕にとっては
とても大切なことだったのだと
知った平成最後の春だった。
 
やり直し、というか
僕なりの仕切り直し。
 

2019年3月21日

新宿・歌舞伎町CIRCLE

「渡辺学 弾き語りライブ」

m/c 2500円

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

楽しいと思うことを続けて来ただけ…

 

2019年3月16日(土)に

茨城県土浦市桜川河口で行われた

第87回霞ヶ浦防塵挺身隊の活動記録です。

僕はいつもゴミを拾いながらの撮影なので

自分自身は映ってませんが、

時折、出てくる手元は僕の手元です(笑)

 

でもたまに他の人が撮ってくれた動画が手に入ると

僕も映ってたりします。 

それがこれ↓

最前線の防塵部隊はウエーダーっていう、

いわゆる胴まである長靴の親分みたいのを着て

入水し、水際やヨシ際にたまっている

ゴミを回収するわけです。

 

この発想は釣り人ならではだと思うんですよね。

 

僕の使っているウエーダーも

ほとんどゴミ拾い専用の

ウエーダーと化していますが、

これまで2回ほど穴が空いてしまいました。

その度ごとに修理して使っています。

 

と、こんな活動にも参加しておりますが

(詳しくはNPO水辺基盤協会のウェブサイトで)

 

先日は、あるご縁から

KIMONO Projectというプロジェクトの

撮影を依頼され都庁まで行ってきました。

その写真はこちらで↓↓↓

https://ameblo.jp/masterminmin/entry-12447312993.html

 

どんな形でも自分が関わったものが

世にでるというのはいいものですね。

 

しかし、僕のことをあまり知らない人からすると

一体何者???ということになるわけで(笑)

 

いろいろできていいね!

という人もいれば、

その反面、

どれが本当なの?

というネガティブ要素も

あったりします。

 

そんなこともあって

思い悩んだとこもありますが、

マルチなのが自分なので仕方ありません。

日本はとかく職人気質なのが

美徳に思う人が多いのも事実ですしね。

 

しかし、

マルチといってもなんでもかんでも

できるわけではないですよ。

 

基本、自分が面白そうだなと

思ったことしかできないし

やりません。

面白そうだなと思わないと

覚えられないんですよ(笑)

 

音楽、インストラクター、

釣り、アウトドア、

写真撮影、ウェブ制作、デザイン、

料理…。

 

とりあえす、お仕事として

お代をいただいたことがあるのは

このくらいです。

 

でも、普通の感覚からしたら多いか(笑)

 

曲作って歌だけ歌っていられたら

いいなぁ、と思ったこともありましたが

おそらく、潜在的に望んでないんでしょうね。

 

そもそも、じっとこもって

曲作りとかをずっとやるなんて

できないですから。

基本外に出たいですしね。

(人と会うとかは別ですよ)

 

いずれにしても

楽しいと思うことに

出会ってしまったら

無理ですからねぇ。

2019年3月21日

新宿・歌舞伎町CIRCLE

「渡辺学 弾き語りライブ」

m/c 2500円

 

だからまた一人で

ギターで歌うのも楽しいのですよ。

そりゃバンドの方が

音楽的なサウンドとして

楽しみは大きいですけれどね

でも原点だったわけですよ。

 

楽しいとか楽しくないとか

そんなことに関わらず

気がつきたらいつも

歌ってしまっていた

あの頃が懐かしくも思います。

 

だから昔よく

人前で歌ってくれと言われた時に

歌ってた歌も21日に歌おうかと。

 

随分昔の話ですが

当時勤めていた会社の

創立記念日のパーティーで

全社員の前で歌ったのを

思い出します(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その9<目立ってしまうのは仕方ない?>

世の中には、

誰かのために生きることがいい場合の人と、

思いっきり自分の信念を貫いて生きる方がいい人の

二通りいるんじゃないかなと思う。

 

いずれにしても、

前者は『誰かの為=自分の喜び』でもあるし

『自分の信念=誰かの喜び』になるので、

結果は同じなのだけれど。

 

犬と猫みたいだね(笑)

ちなみに前者が犬で後者が猫。

自分はどっちなんだろう?

 

2019年3月21日

新宿・歌舞伎町CIRCLE

「渡辺学 弾き語りライブ」

m/c 2500円

 

ということで、また例の話の続きを

 

 

その9<目立ってしまうのは仕方ない?>

 

 その翌週から研修で入り、3回目くらいの時期だったろうか?

「そろそろ一人で撮影できるでしょ?」とメインカメラマンとして式場に送り込まれることになった。

 

 式場でのお作法や、マネージャー、介添えさん、司会者などのそれぞれの立場や役割に関して、まだすこし把握しきれていないところはあったが、いい写真を撮る自信だけはなぜか人一倍あった。ただ、撮影に夢中になると前に出過ぎてしまうことがあって「あなた、目立つんだからダメよ」と介添えさんから注意されることが多々あった。しかし、注意して来る介添えさんは特定の介添えさんで、ほかのカメラマンやスタッフも要注意人物としていつも気を使っている人だった。

 

 式場での撮影もだいぶなれて自分のスタイルが見えてきた頃、撮影後に詰所に戻ると僕宛に、例の要注意人として知られる介添えさんから内線が入った。

 

「なべちゃん、柳田さんが来て欲しいって言ってるけど…」

「え?なんかやったかなぁ?」

「今すぐ、今日撮影したお二人の控え室に来て欲しいって」

「じゃ、ちょっと言って来まーす」

 

 僕は何か粗相したかな?と思いつつ、急ぎ足で介添えさんと二人が待つ控え室に向かった。

 

「おまたせしました」

 

 例の介添えさんが控え室の扉の前で待っていた。

 

「お二人がどうしても直接お礼をお伝えしたいというのでおよびたてしました」

「そうだったんですか」

 

 控え室に入ると、着替えを済ませたお二人は笑顔で僕を迎えてくれた。

 

「今日は本当にありがとうございました。お陰様で、とても楽しい一日になりました」

「こちらこそ、お二人の大切な日に立ち会わせていただいてとても光栄です」

「あの…これ」

 

 そう言って、新婦さんが僕に小さな祝儀袋を手渡した。

 

「ほんの気持ちです」

「いや…」

 

 僕はためらいながら居ると、介添えさんが「お二人の感謝の気持ちですから、受け取りなさい」と、僕に言った。

 

「では、遠慮なく頂戴いたします」

「よかった」

「これから二次会ですか?」

「そうなんです、カメラマンさんも来られます?」

「すみません、まだ少し仕事が残ってるもので」

「そうですか、改めて今日はありがとうございました」

「どうか、末長くお幸せに!」

「ありがとうございます」

 

 控え室を出ると、介添えさんが笑顔で近づいてきた。

 

「本当に、お二人喜んでいらっしゃいましたよ」

「そうなんですか?」

「カメラマン、あの人でよかったね、とずっと言ってましたから」

「それはうれしいですね」

「これからもよろしくお願いしますね」

「はい、よろしくおねがいします」

 

 それから僕の写真が某結婚情報誌に使われたりして、会場の支配人や例の要注意人物の介添えさんの対応が変わった。前もって、どこで写真を撮りたいのかや、なにも言わなくても列席者をまとめてくれたりした。それからはとても撮影しやすい環境になった。

 

 この頃の僕は音楽から全く離れていた。このままプロカメラマンとして生きていくのもいいだろうと思っていた。歌を歌っていたことなどカメラマン仲間に話すこはなかったし、忘年会などでカラオケにいっても自ら歌うようなことはしなかった。

 

 ただ時折、披露宴の余興で歌う歌や、仕事で歌いに来ている人たちの歌を聴いて、ここで今僕がマイクを奪い取って歌ったらきっとびっくりするだろうなぁ、なんて思うことはあった。自意識過剰といえばそれまでだが完全に音楽を、歌を、自分の中から消すことはできなかったのも事実だった。

 

その10につづく

 

その8<ギャラは一件5000円>

なんだか、人生というか、

人として基本的に大切ことの大半は

幼稚園で学ぶことにあるように

思えてならない今日この頃。

 

歌も、もちろんそう。

「明るく元気な声で」

これ、マジですよ。

 

大人になるといろんなことが

邪魔してできなくなる人が多いね。

 

切ない歌を歌うからとか

悲しい歌を歌うからとか

そういうことでなくて、

まず聞こえないと始まらない。

 

声が出ないとか思ってる人の大半は

メンタル的なことの方が影響してる。

それゆえに自分の体を最大限に

活用できてないだけなんだよ。

 

ということで、

3月になってしまいましたが

例の続きを掲載します。

過去のはブログのバックナンバーを

ご覧ください。

 

 

その8<ギャラは一件5000円>

 

 ネットの求人広告でカメラマン募集の求人を見つけた僕は、メールで問い合わせた後、履歴書をもって池袋にあった結婚式場に向かった。

 

 履歴書には余計な興味を持たれて説明が面倒になるだけだと思い、音楽系の経歴は一切書かず、最終学歴と、それと雑誌などの撮影経歴と、Canonのプロサポートに登録していることだけを記載した。

 

 面接には一張羅のスーツを着て出かけた。池袋駅から徒歩数分のその結婚式場はリビエラという式場だった。僕は入り口に到着し、担当者に電話をかけると、場所がわかりづらいので迎えに来てくれるという。ほどなくして、スーツ姿の男性が迎えに来くてくれた。気さくでとても感じの良い人だった。僕は彼について行き、建物の裏手にある扉から中に入った。建物中は異様に入り組んでいた。

 

「これ、絶対初めて来たら迷いますよね?」

「いまでも時々わからなくなる時がありますよ」

「たぶん、いま放置されたら、迷子になります」

「そうですよね」

 

 入り組んだ迷路のような通路を歩いて案内されたのは、カメラマンの待機場所として利用してるという、ほとんど倉庫のような場所だった。デスクには編集中のアルバムや、たくさんのネガフィルムが置いてあった。

 

 僕の面接を担当したのは、その写真事務所の社長と専務だという人だった。僕の履歴書と作品集を見ながら世間話のような面接はすぐに終わった。

 

「それで、いつからこれます?」

「いつからでも」

「じゃあ、次の土曜は?」

「大丈夫です」

「ちなみに、まだ研修期間になるのでギャラは一件5000円です」

「はい」

「まずはそれでやってもらって、一人で撮れるようになったら報酬があがります」

「わかりました」

「それと…そのヒゲ、こだわってます?」

「だめですか?」

「いろいろとうるさい人がいるので、剃ってもらったほうが…」

「わかりました」

 

 ヒゲに関しては、そんな指摘もあるだろうなとは思っていたので想定内だった。ギャラも5000円プラス交通費。飲みに行けば一晩で使ってしまうような金額だったが、やってみなければ何も始まらないと僕は思った。

 

その9に続く

 

2019年3月21日

新宿・歌舞伎町CIRCLE

「渡辺学 弾き語りライブ」

m/c 2500円

 

気がつけば3月

別にぼーっと過ごしていたわけではないのですが、

気がついたら3月も3日過ぎてしまいっていました。

 

最近、誰かのライブとかそういうのではないのですが、

改めて「歌」って素晴らしいなぁと

思う事がありまして、

心が洗われるような思いです。

 

大人になると、

子供の頃のような

純粋無垢な感覚が薄れたり

失ったりしてしまうと

思っていたんですが

 

それって、忘れているか

しまいこんでいただけ

なのかもしれません。

 

この殺伐とした経済社会の

俗世で生きていると

そうなってしまうのも

仕方ないのかもしれませんね。

せめて、音楽や歌の中だけは

純粋でありたいと

そう思うのであります。

 

ということで、

僕のライブでもずっとサポートしてくれている

青木ゆきさんがオリジナルの

インストアルバムを発表しました。

iTunesやレコチョクで試聴もできますので

聴いてみてください。

https://www.tunecore.co.jp/artist/yukiaoki

 

さて、私はといいますと、

3月21日に珍しく一人弾き語りライブを行います。

生声とギター、

生声とピアノ、

そんな感じです。

 

今回もオリジナル中心ですが

今まで弾き語りでは

やらなかったあの曲や

アニメの歌も歌う予定です。

 

どうやら

「超者ライディーン」は

CSで再放送始まったみたいで

さらに20周年だとかで、

ブルーレイとか発売されるようです。

 

そんなに経ったんだ(笑)

 

2019年3月21日

新宿・歌舞伎町CIRCLE

「渡辺学 弾き語りライブ」

m/c 2500円