その2<恋愛体質>そしてサカナ
昔の写真を引っ張り出そうと思っていろいろ探していたけれど、当時はフィルム&プリントなんだよね。もちろんプリント自体をスマホで撮ってデジタル化というのはありなんだけれど、そんなんで見始めると、うわーっ!ってものすごく懐かしくなったりして収集つかなくなりそうだったのでやめました。アルアルっすね(笑)リングサイドでボクシングの写真とったやつなんか、かなりカッコイイのがあるんだけれど、ポジなんだよねぇ。。。いつか、そんなのをデジタル化して見てもらえるようにしたいと思ってます。
ということで、前回のつづき。
その2<恋愛体質>
東京に戻った僕は、しばらく普段の生活に戻れずにいた。毎日9階のバルコニーから海を眺めて、釣りをして曲を作って写真を撮って、そんな生活を2ヶ月続けていたわけだから無理もない。しかし、新しいアルバムのプリプロに入ることになって僕はさらに曲を作ることにした。
アルバムに収録する曲を選ぶ段階になり、作りためた曲を色々聞き返していたが、逗子で作った数十曲はアレンジのモチーフとして一部使用したものの、そのほとんどは楽曲としてほぼ完成しているにもかかわらずアルバムには収録しなかった。その理由についていろいろあるのだが「Zero」「本当の僕」「It’s My Reason」「君がいるから」などがそうである。(これらは後にライブのみで歌い、さらに自主制作の手売りCDに収めて販売された。)
そんな流れで発表した新しいアルバムは「恋愛体質」というタイトルで、ビクターでは3枚目の僕のオリジナルアルバムだった。いま思えば「恋愛体質」などという、意味不明なタイトルをよくつけたのもだと思うのだが、世の中の流れに反発していたのは否めない。つまり天邪鬼ということだ。
このアルバムを制作するにあたってレコーディングされ、シングル候補で宣材サンプルまで作った「水魚(サカナ)」というバラードがあるが、レコーディングではピアノアレンジに国府弘子さん、ストリングアレンジで斎藤ネコさんに参加いただいたこともあって、歌入れの時の僕の感情移入がそれこそ尋常ではなかった。
ビクター青山スタジオのグランドピアノがある302スタジオに僕は国府弘子さんと二人で入った。弘子さんには大まかなイメージを伝えてあとは自由に弾いてくださいとお願いした。そのピアノを聴きながら、僕は同時に歌った。切ないイントロが始まって、感じるままに歌った。僕のヘッドフォンには弘子さんのピアノと僕の歌だけが聞こえている。大サビに来て、切なさと愛しさの混ざり合った感情が頂点に達すると、僕の感情は崩壊した。
涙が止まらなかった。レコーディングで感情が高まりすぎて歌えなくなるといいことはこれまでほとんどなかったのだが、とても抑えきれなかった。ヘッドフォンを通して聞こえてくる弘子さんがそっとピアノをタッチしている音や、ペダルをふみ変える音、そんなかすかな音さえも僕には鮮明に聞こえた。そして、そんな風に音楽を感じられることが幸せだった。
しかし、大人の事情というやつで「水魚(サカナ)」はラジオなどへのサンプル版としてわずかに配られた以外、ビクターから世に出すことはなかった。当時旬だった岩井俊二監督の映画の挿入歌かエンディングテーマにでも使われたら素敵だななどと思っていたが、それは夢でしかなかった。もし「水魚」がシングルだったら今頃どうなっていただろうか?
結局、シングルは「With All My Heart」という曲に差し替えることになった。ただ、この二曲はいずれも僕の作詞ではなく、当時担当ディレクターより紹介された「青木らく」さんという女性作詞家が、僕との対談で書き下ろしてくれた詩に僕が曲をつけたものだった。そもそも「青木らく」という女性作詞家が紹介されたのも、僕の気がつかないところでの大人の事情ってやつだったのかもしれない。
それから1年ほどしただろうか、泣かず飛ばすのままビクターとの契約期間も終わりどうしたものかと途方に暮れていた頃、僕はその思いの矛先をさらに写真に向けるようになっていた。
撮りためた写真のなかから気に入ったものをまとめて、いわゆるポートフォリオも作った。当時、渋谷の桜丘にあった伝説のビール・バー『Sugar Water 菅原麦酒』で写真展とライブもやった。本当に感性の赴くままだった。
そう、この渋谷のビール・バー『Sugar Water 菅原麦酒』との出会いは僕の人生にとって運命的で、それは写真展を行った時からさらに10年以上遡ることになる。
<つづく>
Who Do You Love?
僕が撮影した幹大くんの写真なかでお気に入りの一枚。女子の手入れの行き届いた髪の様にしなやかに舞う長い髪がとても素敵だった。幹大くんも気に入ってくれて雑誌の掲載に使ってくれました。
(EOS 5Dmk III, EF24-105mm f4 L IS USM)
ということで
2019年、改めまして今年もよろしくおねがいします。
さて、新年早々、少し長いお話をね。
僕がなぜ写真を撮っているのかというね。
せっかくだからちょっと小説風に書いてみます。(笑)
《Who Do You love?》
バルコニーの窓を全開にした海からの風が通り抜ける9階の部屋で、毎日の様に聴いていたネッド・ドヒニーやボビー・コールドウェルは本当に最高だった。97年にレコーディングで訪れたサンタモニカのビーチと、由比ヶ浜がネット・ドヒニーの「Who Do You Love?」という楽曲で僕の中では一つのイメージになってしまっているのだ。(とてもいい曲なのだがマニアックなのかYoutubeなどにはない)
いまでもこの歌を聴くと思い出す。僕を形成する物事のなかで音楽関係以外に生業として稼働しているものがいくつかあるが、あの時から写真を撮ることが特別な意味を持ち、そして仕事の一つになった。
それは遡ることおよそ20年ほど前、まだフィルムの時代だった。友人の一眼レフに触れたのをきっかけに、音楽生活の傍ら僕はすっかり写真にハマってしまったのだ。
当時、実家には僕が生まれた頃に買ったという古いミノルタのカメラがあったが、一眼レフではないということで渋谷のヨドバシカメラで型落ちで安くなっていたキャノンのEOS kiss(フィルムカメラ)のWレンズキットを僕は買った。しかし、いろいろ知ってくるとEOS kissではどうしても物足りなくなり(病気レベルの凝り性)EOS kissは2ヶ月ほどで手放し、次から次へと上位機種に買い換えていった。
これにレンズも加わり、機材に使った金額はかなりの額だったと思う。またフィルム時代だった為、フィルム代と現像代も相当使ったのを覚えている。そんなこともあって、当時の印税のほとんどはカメラ機材と現像費に消えていった。
とにかく、写真が上手くなりたかった僕は基本的なレンズ画角と露出感覚を養う為に、50mmの単焦点レンズだけを使って最低1日36枚撮りのフィルムを一本撮りきるというのを2〜3ヶ月くらい続けていた。
フィルムはネガはもちろん、ポジ(リバーサル)も使っていた。現像&プリントに出して仕上がるまでのワクワク感がとても楽しかったのを今でも覚えている。もちろん最初の頃は、ほとんど思う様な仕上がりになるわけもなく、しかし、それこそがさらにハマるきっかけでもあった。それからは、もうどこへ行くのもカメラをもって(まだスマホがない時代)知り合いのライブ、友人のポートレート、街角&風景スナップ、カーレース、植物など、感性の赴くままに毎日撮影していた。
2000年の4月、新しいアルバム(音楽のほう)の制作に集中してほしいという理由で、当時所属していた事務所が所有する逗子のリゾートマンション(逗子マリーナ)の一室に録音機材を持ち込んで制作してみてはどうか?というなんと贅沢な話が舞いこんだ。
マネージャーと共に下見をしに訪れると、9階建最上階10帖以上あるリビングルームのバルコニーからは由比ヶ浜と江ノ島が一望でき、その景色は昼夜問わずとても素晴らしいものだった。部屋はリビングとキッチン以外に6帖の和室と4.5帖の洋室があり、さらに家電製品など生活に必要なものはすべてそろっていた。
当然、僕に拒む理由などは見つからなかった。後日、マネージャーと共に機材を搬入し、楽器や録音機材の他に移動用の自転車とカメラ機材も持ち込んで、逗子のリゾートマンションでの暮らしが始まった。
4月の初旬の由比ヶ浜はまだ静かだったが、週末の天気の良い日になると海を眺めに来るカップルなどが訪れていた。僕は曲作りの傍ら、9階のバルコニーから毎日の様に金色に輝く水面や、由比ヶ浜の写真を撮っていた。
逗子での滞在が1週間ほど過ぎ、ある程度まわりの環境もわかってきて生活ペースが出来上がってくると、僕は毎日の様に日の出くらいに起きて近くの漁港に釣りに行った。漁港では、ヒイラギや海タナゴなどの小物が釣れていた。午前中は釣りをし、釣れた魚は一旦部屋に持ち帰り、午後にはカメラをもって自転車に乗って鎌倉や葉山などを撮影しながら散策した。夜は釣った魚をおかずにして夕食、そして深夜まで曲作りをしていた。睡眠時間は3〜4時間でほぼ毎日その繰り返しだった。週に一度、マネージャーが様子を見に来ることになっていたので、それまでに何曲か聞かせられるものを作っておくというのが最低限のノルマだった。
逗子マリーナでの滞在はひと月の予定ではあったが、あまりにも快適だったため、僕は事務所にわがままを言って延長させてもらうことにした。さすがに5月のゴールデンウィークにもなると鎌倉〜由比ヶ浜界隈は賑やかだったが、それでも最盛期の夏と比べれば平日は穏やかなものだった。結果的に6月の初旬まで滞在したが、おそらく僕の人生のなかで、いちばん自由で最高に感性の赴くままに過ごした2ヶ月だったと思う。
東京に戻ってきた僕はさらに写真を撮り続けた。しかし、その頃はまだハマりすぎた趣味にすぎなかった。
<つづく>
Mt. Fuji
今年もあと残すところあと三日。撮影データ整理もやっと目処が立って、大晦日カウントダウンライブの方に気持ちをシフトさせているところです。
さて、この富士山の画像は数年前に本栖湖のキャンプ場から撮影した富士山で、僕のMacの壁紙になっているものです。(iPhoneの待ち受けも富士山だった) なんだかパワーがあるんですよね、富士山って。やっぱり冠雪してる富士山の方がさらにいいですね。
あっ、先日撮影した少年サッカーの画像が公開されたようです。
どなたでもご覧になれるようなので、興味がある方はどうぞ!
東京 調布 GINZ
たつや“カウント・ダウン”せっしょん
メンバー;
渡辺学(Vo)
山本公樹(Sax)
越田太郎丸(Gt)
草間信一(Pf)
小森啓資(Dr)
竹本一匹(Perc)
池田達也(Bs)
他 ゲスト有り
料金;
予約¥4,000-
当日¥4,500- 学生¥3,000-
(年越し蕎麦付き)
*蕎麦以外のフード、ドリンクは別料金
OPEN ; 20:30
START ; 1st 21:30~
2nd 23:00~
CLOSE ; 26:00
GINZ
東京都調布市
小島町 2-25-8
フジヨシ小島ビルB1
予約&お問い合わせ
TEL ; 042-489-1991
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/ginz/
ならば直しちゃえ!
ネジとかはないので、まずは無理やりですが
隙間をこじ開けパカーッとやっちゃいます。
結構な力をかけないと開きませんよ。
ほぼ壊している感じに近いかも(笑)
たつや“カウント・ダウン”せっしょん
メンバー;
渡辺学(Vo)
山本公樹(Sax)
越田太郎丸(Gt)
草間信一(Pf)
小森啓資(Dr)
竹本一匹(Perc)
池田達也(Bs)
他 ゲスト有り
料金;
予約¥4,000-
当日¥4,500- 学生¥3,000-
(年越し蕎麦付き)
*蕎麦以外のフード、ドリンクは別料金
OPEN ; 20:30
START ; 1st 21:30~
2nd 23:00~
CLOSE ; 26:00












