『逃げきれた夢』(2023)
監督・脚本 二ノ宮隆太郎
光石研、吉本実憂、工藤遥、坂井真紀、松重豊、杏花、岡本麗、光石禎弘(みついしよしひろ)、他。
人間の哀愁を感じる。すごく良い素晴らしい作品だった。どう素晴らしいのか、語彙力の問題で言語化は出来ないんだけど、まあ、
以下、あらすじと解釈、感想をごちゃ混ぜで。
定時制高校で教頭を務めるもう1年で定年となる国語教師だった末永周平(光石研)。真面目で生徒との距離も近いが、家庭では妻彰子(坂井真紀)とは夫婦としては終わっているし、娘由真(工藤遥)にも煙たがれる存在。父親(光石禎弘)は認知もあり老人ホームへ預けられている。何もわかってないであろう父親には、心の内を独り言のようにだが話せる。
ある日、日課となってる出勤前に寄る食堂で、末永はお会計をせずに店を出る。店員であり元教え子の平賀南(吉本実憂)が追いかけ請求すると、謝りつつ忘れてしまう病気であることをサラッと話す。そう言いながら末永は、一度は財布から出したお金を、そのままポケットに入れて去ってしまう。
病気は本当で、先々が不安な末永は、頭がまだ働けている今だからこそと、親友の石田(松重豊)と久しぶりに馴染みの店へ行ったり、また病気を家族に話さず、代わりにこれまであまりやってこなかった家族との会話、団欒を進んでするようになる。彰子も由真もきみ悪がりつつも、何かを感じ取っている。数年後にはわからないことがどれだけ多くなるかわからない恐怖と不安に、末永は包まれている。
お会計をせずに帰った時の代金を平賀が立て替えたことから、お礼をすることになり、末永は平賀と馴染んだ地元を歩く。お礼はたった一杯のコーヒーになったが、平賀とはこのうえなく深くて本音が見え隠れする話を交わす。平賀も将来の不安を抱えており、互いに何かに誰かにすがりたい気持ちがあったのだろう。けれど、話に具体的に力となる終結は見られなかった。
ラスト、末永は、平賀と別れる時、後悔しないようやってくしかないねと言ったそばから、してもいいかと言い直す。これがもう人間であり人生の全てだと思った。そして平賀はこれまで「先生」だった末永が、自分とさして変わらない人間であると思っただろう。どんなにか小さく見えただろう。教師と生徒だった時、「そのままでいい」という一言で救われ勇気をもらったが、今は同じ地面に立っていることを感じたと思う。それは平賀が成長したということでもあるし、末永が対等に見ているということなのだろう。これでも末永は平賀をまた大人にしたのだ。
末永はといえば、それまでの家族への対応が今結果をもたらしてる。泣きつきたい、慰めが欲しい、現実を見たくない、そんな気持ちに向き合ってくれる人がいない。その対象は生徒だったり友人だったり知人、父親にも向くけど、誰も自分が望むよう応えてくれない。それが自分が作り歩んできた生き方なのだ。それがつらい。
昔から付き合いのある友達との会話、家族との会話、教え子との会話ときて、人との付き合いにおいて何が正解で何が間違っているのか考えさせらてしまった。それら考えが自己満でしかなく、言葉にする必要のないことでもあるのがわかってるだけに、余計心が揺さぶられる。特に教え子平賀との会話は涙が込み上げてくる。筆舌に尽くしがたい作品、素晴らしい作品だった。
そして役者の凄みたるや。台詞の内容はもちろん、間合い、トーン、そして表情でそれぞれの感情が伝わってくる。なんて素晴らしい役者たちなんだろう。また心の機微も逃さない映像、とにかく素晴らしくて素晴らしくて。普通に考えて、役者はもちろん、監督もカメラマンもかなり苦労したんじゃないかと想像。こんなの簡単に出来るわけない。
あと、方言がいい。ひとつの地域で生まれ育ち暮らす、人間の営みの小ささがより素晴らしく響いた。舞台は北九州のようだ。
さて、逃げきれた夢は何のことだろう。夢は他人か、人との関係か、人生か、自分自身か。何だろう。
★★★★★
配給 キノフィルムズ




