2020年10月31日(土)

横浜スタジアム

ベイスターズ 5-13 タイガース

勝 秋山拓巳 10勝3敗

負 井納翔一 6勝7敗

 

その瞬間、彼はベンチに向かい、両手を天にかざした。

そして、両手の人さし指を天に突き刺した。

 

打球は鋭い軌道を放ち、レフトスタンドへ飛び込んでいく。

NPB通算1000本安打は、彼らしい鮮やかな本塁打で決めた。

 

イチロー、松井秀喜に次ぐ、日米両リーグでの1000本安打の大偉業達成の瞬間だった。

さらに、メジャーで1000安打を達成した後に日本での1000本安打は、前人未踏の大記録。

 

歴史的瞬間に、ハマスタの感動は頂点に達した。

興奮を抑えきれずに、ダイヤモンドを一周する背番号2に贈られる惜しみない大拍手。

そしてホームインの瞬間に、再び天高く両手を差し出し歓喜を爆発させた。

 

「あのホセ・ロペスとプレイできるというだけで、興奮しましたよ」(ジャイアンツ時代の同僚 カープ長野久義)

 

「何度も助けてもらった。マウンドに来て声をかけてくれることでどれだけ救われたかわかりません」(山﨑康晃)

 

「日本の野球のことだけではなく、私生活についてもアドバイスしてくれている」(ネフタリ・ソト)

 

「尊敬している。本当に特別な存在です」(エドウィン・エスコバー)

 

「人に対する思いやりを教えてもらいました。恩人であり、兄貴のようであり、親友でもある。一言では表現できません」(天野通訳)

 

試合後の記念セレモニー。

次から次へと、賞賛の声が止まない。

 

愛する家族。

メジャーでともに闘ったエイドリアン・ベルトレ、オマー・ビスケル。

そして筒香嘉智からも祝福のメッセージが届いた。

 

誰からも愛されるチャモさん。

 

メジャーの実力と、温かい人柄。

2015年からベイスターズにやってきた。

この年から、明らかにチームは変わった。

 

万年最下位のチームから、本気で優勝を争えるチームになった。

 

偉大な記録ではあるが、まだまだ通過点。

来年でNPB9年目。

外国人登録が外れることになる。

 

「東京オリンピックをこの目で見たい。それまでは現役として横浜スタジアムで活躍する」

 

そして、もう一つの目標。

横浜にチャンピオンフラッグを掲げるために。

チャモさん、あなたの力が必要です。

 

生涯横浜のベイ戦士は、明日も闘いの舞台に立つ。

 

勝負がかかる

しびれる瞬間

流れを我らに

アニモ ロペス

チャモ!チャモ!ロペス!

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号2。

ホセ・ロペス。

 

TOGETHER WE CAN DO IT

チームも、ファンも、一緒なら達成できる。

 

心をひとつに。

BECAUSE WE ARE FAMILY.

 

2020年10月29日(木)

横浜スタジアム

ベイスターズ 5-2 ジャイアンツ

勝 平良拳太郎 4勝5敗

S 三嶋一輝 1勝1敗18S

負 アンヘル・サンチェス 8勝4敗

 

今日の出番は、7回表だった。

背番号14は、いつものように淡々とマウンドに向かった。

 

優勝に大手を賭けたジャイアンツを迎えてのハマスタ3連戦。

我らの選手会長はすべての試合に登板。

 

初戦は、8回表ノーアウト1,2塁の大ピンチに登板しパーフェクトリリーフ。

第2戦は、8回表を三者凡退。

 

そして第3戦は、7回表を三者凡退。

2014年、2019年に続くハマスタでの胴上げを阻止してみせた。

 

3試合とも、どちらに転ぶかわからない試合だった。

その3試合すべてで、彼の登板直後にベイスターズ打線が爆発したのだ。

選手会長の静かな闘志が、チームを鼓舞していったのだ。

 

圧巻の3試合連続ホールドに、熱き星たちの歓喜は爆発した。

 

思えば、2020年シーズンは、彼の「感謝」のメッセージからスタートした。

 

「最前線でサポートしていただいている医療従事者の皆さまをはじめ、多くの皆さまのおかげで本日プロ野球、開幕することができます」

 

先発投手としての志は、心の奥にしまい込んだ。

そして、ブルペンリーダーの一人として、結果を出し続けてきた。

 

いろんなことがあったシーズンだった。

どんなときも、流れるように美しいフォームから繰り出されるピッチングで、窮地を救ってきた。

 

疲れていないわけがない。

だが、彼は投げ続ける。

そして、チームを鼓舞し続ける。

 

その姿に、我々ファンもたくさんの勇気を与えられてきた。

 

冷静沈着にして、快刀乱麻。

 

頼れる選手会長は、今日もマウンドに向かう。

 

今日も全力投球。

明日も全力投球。

それが、我らの使命。

 

横浜のブルペンには、背番号14がいる。

 

最後の最後まで、全力で駆け抜けよう!

 

左腕がうなれば

狙いははずさない

ピンポイントの技

攻めろ攻めろ 健大

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号14。

石田健大。

 

GRATITUDE

ファン、家族、環境、すべてのものに感謝。

 

心をひとつに。

BECAUSE WE ARE FAMILY.

2020年10月28日(水)
横浜スタジアム
ベイスターズ 10-6 ジャイアンツ
勝 伊勢大夢 3勝0敗
負 髙橋優貴 1勝2敗

「もう、気持ちですね。僕にも意地がありますし、何とかしてやろうと思って打席に入りました」

背番号29は誇らしげに語った。

4点リードを追いつかれた直後のの3回裏。

ジャイアンツ髙橋優喜の投球に、彼は食らいついてく。

粘る。
粘る。
更に粘ること12球。

「本当にいいピッチングをしていたので、失投を待っていました。それを仕留めることが出来ました」


狙い澄ました打球は右中間を破るタイムリースリーベース。

ジャイアンツにいきかけた流れをその手で取り戻し、勝利への舵を切っていった。

1989年4月23日生まれ。
愛知県岡崎市出身の31歳。

明徳義塾高校から、2007年高校生ドラフト3位でオリックス・バファローズに入団。

度重なる怪我。そして分厚い選手層をかき分けて、レギュラーの座を獲得していく。

そして、優勝まであと一歩の所までこぎ着けていた。

2014年10月2日。
福岡ドーム。
ソフトバンクホークス戦。
勝った方が優勝の究極の最終決戦は、延長戦へ。

サヨナラでの幕切れに、彼はその場で人目はばからず号泣。

目の前で勝利の女神は逃げていってしまった。

その後は、チーム方針からスタメンを外れることもしばしば。
サードで出場した時期もあった。

そして、転機は突然訪れる。

2018年7月9日。
髙城俊人・白崎浩之との交換トレードで、赤間謙とともにベイスターズへの移籍が発表。

背番号は29。
突然のトレードに道具が間に合わず、バファローズのロゴを消して試合に出場した。

動画でベイスターズ投手陣のピッチィングを研究。
コミュニケーションも積極的に取っていった。

完投した投手をマウンドで抱きしめる「ヒカルのハグ」は、横浜の新名物。

2019年オフには、DeNAとしては最長の4年契約。

「ベイスターズに僕は救われました」

「いや、君にベイスターズが救われたんだよ」

契約更改の場から、2020年シーズンへの闘いが始まっていた。

開幕スタメンでスタートしたシーズンも、なぜかファーム降格を命じられた。

ファームでの怪我の影響で、一軍の舞台に戻ってきたのは秋になってからだった。

優勝争いの大事な時期に闘いの最前線にいることの出来なかったもどかしさ。

この日のスタメンマスクでも、心中期するものがあったはずだ。

初回の4点リードを守れなかった。
まずは、この打席で結果を出す。

そして、真剣勝負の打ち合いに見事に勝利をした。

「明日も勝つために全力を尽くします。応援宜しくお願いします!」

歓喜の瞬間の後は、明日の闘いへ。次の勝利へ。

最後の最後まで、全力で駆け抜けよう!

歓喜の瞬間を
その手で創るため
高鳴る胸に秘められた
覚悟を示すとき

横浜DeNAベイスターズ。
背番号29。
伊藤光。

DO MY BEST AND WORK
HARD FOR MY DREAM.
夢に向かって全力を尽くす。
小さい頃から大事にしている言葉。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.


2020年10月27日(火)
横浜スタジアム
ベイスターズ 9-2 ジャイアンツ
勝 大貫晋一 10勝5敗
負 戸郷翔征 8勝6敗

ハマの超新星、見参!

4点リードの8回裏1アウト。
万雷の大拍手を浴びて、背番号6がバッターボックスに向かった。

2002年1月28日生まれ。
静岡県静岡市出身の18歳。

桐蔭学園高校から2019年ドラフト1位で入団。

球団としては2011年の北方悠誠(栃木ゴールデンブレーブス、ロサンゼルス・ドジャース・マイナー)以来の高校生1位指名。
神奈川の高校からのドラ1は、2009年の筒香嘉智以来。

走攻守揃った逸材の獲得に、熱き星たちの心は躍った。

与えられた背番号は6。

クリート・ボイヤー。
高木由一。
高橋眞裕。
中根仁。
多村仁志。

球団史を彩ってきた名選手たちが背負った番号に、その期待と使命の大きさを感じさせる。

「一軍の試合に出場して、結果を出すことが目標です」

精悍な笑顔の中でも、現実を見据えた目標を設定して、18歳の青年はこの1年を闘ってきた。

そして、チャンスが巡ってきた。

キャプテン佐野恵太の負傷欠場を受けて、初の一軍登録即初出場。

相対するは、160km右腕チエゴ・ビエイラ。

「凄く速いなと思いました」
しかし臆することはなかった。

強く振り抜いた打球は、レフトフェンス直撃。
自慢の快足で二塁を陥れた。

「もう少しパワーがあれば入っていた。もっとトレーニングしないと」

ルーキーの初打席初ヒットとは思えない感想に、その大物ぶりがうかがえる。

緊張と興奮のなか、2000本安打達成間近のジャイアンツ坂本勇人から祝福の言葉をかけられ、はじめて笑顔がこぼれた。

「めちゃくちゃ嬉しかったです」

球団は違えどかつての高卒ドラ1の大先輩。
そして、球界を代表するショートストップにして背番号は6。

「石井琢朗のようなショートになれる」(神奈川担当スカウトの稲嶺茂夫)

ジャイアンツベンチからは、その石井琢朗コーチもその瞬間を見守った。

DAZN解説席には、多村仁志。

縦横無尽にハマの歴史が交錯する夜となった

その後、バッテリーエラーと大和の三塁打でプロ初得点。

昨日までは憧れだった一軍メンバーからの祝福を受けた。

試合後は指揮官と、記念のボールとバットを手に記念撮影。

「やっぱり大勢の方に見てもらって、応援してもらって、すごく嬉しかったです。また応援してもらえるように頑張りたいです」

パーソナルスローガンは、明月之珠(めいげつのたま)。
暗闇でも自ら光を放って照らす明月のような宝玉のこと。

どんなときでも、光を放ち続ける存在に。

令和の背番号6は、大いなる未来への第一歩を記した。

横浜に新たな星がまた一つ。

出た出たついに
必殺バットマン
白い弾丸打ち込んで
ガッツポーズだ

かっとばせ! 敬斗!

横浜DeNAベイスターズ。
背番号6。
森敬斗。

Keep shining even in the dark
明月之珠。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.


2020年10月27日(火)
横浜スタジアム
ベイスターズ 9-2 ジャイアンツ
勝 大貫晋一 10勝5敗
負 戸郷翔征 8勝6敗

優勝まで大手をかけたジャイアンツを迎えた晩秋のスタジアム。

鮮やかなピッチィングで10勝目を記録した大貫晋一とともに、ヒーローインタビュー呼ばれるのはのは誰か。

先日、日米通算2000本安打を記録し、5回裏に決勝の満塁ホームランを放ったホセ・ロペスか。

負傷欠場のキャプテン佐野恵太に、この試合4安打で打席数・安打数ともに同点となり、首位打者に並んだ梶谷隆幸か。

そして、その佐野恵太に代わってプロ初の一軍登録にして、プロ初打席・初安打・初得点を記録した森敬斗か。

この時点では、少し意外な男の名前が呼ばれることになった。

お立ち台に向かったのは、背番号53だった。

1988年2月20日生まれ。
アメリカ合衆国イリノイ州出身の32歳。

テキサス・レンジャーズ、シカゴ・カブスを経て、2017年よりベイスターズの一員に。

「君ならきっと成功するよ」

カブス時代に同僚だった元ホークス川崎宗則からも、日本行きをすすめられていた。

貴重なセットアッパーとして大車輪の活躍。

クライマックスシリーズ、日本シリーズ進出の大原動力となってきた。

だが、熱い闘志が裏目に出てしまった。

2019年シーズンの佳境。
自信の不甲斐ない投球に激高した彼は、降板後に拳をベンチの冷蔵庫に叩きつけてしまう。

ここで、彼のシーズンは終わってしまった。

「今シーズンのパフォーマンスと、2か月間チームを離れることになってしまった行為をとても悔しく思っている」

捲土重来を期した2020年シーズン。

圧巻のマウンドで相手をねじ伏せたこともあった。

慣れぬ先発のマウンドで、力を発揮できぬ屈辱も味わった。

そうした中で、勝利の証を積み上げてきた。

そして通算100ホールドを達成。

堂々のヒーローインタビューとなった。

球団では三上朋也に続いて史上2人目の記録。
また、外国人投手としてジャイアンツのスコット・マシソン、タイガースのジェフ・ウイリアムスに続いて3人目の快挙となった。

「みんなの記録がなければ取れないものなので、チームメートに感謝したいです」

そして話題は意外なところへ。

彼が10月から使用しているピンクのグラブについて、インタビュアーが尋ねる。

「これは全ての女性に向けたものです。僕の近くの大切な人や、今もたくさんの人が乳がんと闘っている。その人たちのためにこのグラブで闘っています」

10月はピンクリボン月間。乳がんについての啓発キャンペーンが行われている。

まさに「ミスター・オクトーバー」なのだ。

「残念ながら優勝することは出来ませんでしたが、最後まで全力で闘います。スタジアムに来て熱い応援宜しくお願いします!」

そしてブルペンで、100ホールドの記念ボードをかかげ記念撮影。

ジェネラルにも、ブルペンの同志たちにも忘れがたき夜となった。

君はハマの将軍。
心優しきセットアッパー。

今日もマウンドへ全力疾走。

闘いは続いてく。
最後まで駆け抜けよう!

心をひとつに 共に歩もう
すべての力合わせて 共に闘おう
どんな時も夢めざし 共に輝こう
心をひとつに
心をひとつに

We☆YOKOHAMA
We☆YOKOHAMA
We☆YOKOHAMA No.1

横浜DeNAベイスターズ。
背番号53。
スペンサー・パットン。

YOUR ATTITUDE WILL ALWAYS DETERMINE YOUR ALTITUDE.
物事に臨む姿勢によって結果は変わる。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.


2020年10月24日(土)

横浜スタジアム

ベイスターズ 1-2 カープ

勝 森下暢仁 9勝3敗

負 平田真吾 1勝1敗

 

爽やかな秋晴れのスタジアム。

 

鋭い打球が三塁線を抜けていく。

 

背番号2はファーストベースを駆け抜ける。

 

雄叫び一閃。

神に感謝の祈りを捧げた背番号2は、万雷の大拍手に最高の笑顔で応えた。

 

日米通算2000本安打の大偉業は、彼の愛するハマスタの熱き星たちの前で達成された。

 

1983年11月24日生まれ。

ベネズエラ・ボリバル共和国アンソアテギ州出身の36歳。

 

シアトル・マリナーズ (2004 - 2010)

コロラド・ロッキーズ 、フロリダ・マーリンズ (2011)

クリーブランド・インディアンス 、シカゴ・ホワイトソックス (2012)

 

メジャーで1005安打の実績をひっさげて2013年に来日。

2年間ジャイアンツでプレーした後、2015年よりベイスターズの一員となった。

 

メジャーの実力だけでなく、発展途上の若きチームにその経験と人柄が大きく貢献していく。

 

新加入の外国人選手には、日本のプロ野球での心構えを丁寧に教えた。

 

結果が出ない選手。ミスをしてしまった選手に温かく声をかける。

 

チームドキュメント映画「FOR REAL」。

リリーフ失敗をしていたダッグアウトでの山﨑康晃を撮影しようとしたスタッフを、怒鳴りつけたこともあった。

 

「ヤスの気持ちを考えろ!」

 

だが、そのスタッフに翌日彼は謝罪をしている。

 

「君の仕事であることは理解しているし、リスペクトしている。昨日は申し訳なかった」

 

撮影クルーは、そこまで自分たちのことを思ってくれていることに感動したという。

 

熱くなって審判に抗議しようとした梶谷隆幸を身を挺して防ぎ、退場劇を防ぐ冷静さも見せたこともある。

 

「何かを頼むときも『忙しいのに申し訳ない』など一言が必ずある」(天野通訳)

 

チームスタッフにも配慮を忘れない。

 

有形無形にチームの柱になった彼を皆はこう呼ぶようになった。

 

「チャモさん」と。

 

スペイン語で、少年とかやんちゃという意味だ。

 

最下位の常連だったチームは、2016年に初のクライマックスシリーズ進出。

2017年には日本シリーズ進出を果たす。

 

そして、優勝候補の一角にまでなっていった。

 

コロナ過でスタートした2020年シーズンは、背番号2にとっても試練のシーズンとなった。

 

本来の実力が発揮できず、怪我以外で初の二軍落ち。

 

だが、みな信じていた。

チャモさんが帰ってくることを。

偉大な記録を成し遂げることを。

 

そしてこの日、秋晴れのスタジアムで、その瞬間はやってきた。

 

前日から履いていた「NPB・MLB2000HITS」とプリントされた特注のスパイクで、一塁ベースを駆け抜けた。

 

記念のボードを掲げて感無量の表情に、ハマスタの歓喜が爆発した。

 

「すごく感情が出た。声援があっての記録。皆さまの前で打ててよかった」

 

国内FA権を取得したため、来シーズンからは外国人枠を外れることになる。

 

NPBでの1000本安打までも、あと5本。

チーム最年長の36歳は、捲土重来を期すチームにとってなくてはならい存在だ。

 

「個人の数字よりもチームに貢献するだけ」

 

そして我らのチャモさんは、次の勝利に向けて歩み始めた。

 

勝負がかかる

しびれる瞬間

流れを我らに

アニモ ロペス

 

チャモ!チャモ!ロペス!

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号2。

ホセ・ロペス。

 

TOGETHER WE CAN DO IT

チームも、ファンも、一緒なら達成できる。

心をひとつに。

BECAUSE WE ARE FAMILY.


2020年10月10日(土)

阪神甲子園球場

ベイスターズ 5-3 タイガース

勝 伊勢大夢 1勝0敗

S  三嶋一輝 1勝1敗13S

負 ジョー・ガンケル 1勝4敗


9回裏のマウンドには守護神・三嶋一輝。

タイガース打線をねじ伏せて、ナインと喜びを交わす。


ウイニングボールはドラ3ルーキーの手に渡された。


「高校時代に勝利を届けることができなかったので、このボールは親に贈りたいと思います」


念願のプロ初勝利に、強面の彼の顔が笑顔でほころんだ。


1998年3月7日生まれ。

熊本県熊本市出身の22歳。


九州学院高校ではエースとして甲子園に出場。

3年夏の大会では、2学年下の村上宗隆ととも必勝を期した。


だが、ピッチャーの彼とファーストの村上の連係プレイミスから決勝点を奪われ惜敗。


捲土重来を期し、甲子園を後にした。


その後、明治大学へ進学。

リリーフの一員として頭角を現していく。


そして、後輩の村上は2017年ドラフト1位でスワローズに入団。

2019年新人王に輝く。


「彼の活躍を見ながら、いつかプロで対戦したいと心に期していました」


東京六大学では、同期の森下暢仁と活躍。


2019年ドラフト会議。

森下はカープに1位指名。

彼はベイスターズに3位指名。


横浜のドラフト3位には実力者が揃っている。


梶谷隆幸(2006年高校生ドラフト)。

井納翔一(2012年)。

嶺井博希(2013年)。

倉本寿彦(2014年)。

柴田竜拓(2015年)。

大貫晋一(2018年)。


ドラ1のように騒がれることもない。

だが、スカウトが地べたを這いつくばるように足で稼ぎ、マークをしてその才能を見出した。


ドラフトでは2位以降は抽選がないので、他球団に指名されたらそれまで。


実力と運を兼ね備えた猛者たちは、チームの中心選手として活躍している。


「僕はずっと2番手だった。でもプロに入ったら必ず勝つ」


強い思いを胸に、開幕一軍を勝ち取る。


貴重なブルペンの一員として防御率は1点台。抜群の安定感を誇ってきた。


この日も同点の5回裏から2イニングをパーフェクトリリーフ。

6回表、ネフタリ・ソトのこの日2本目のホームランで逆転。


勝利投手の権利が転がり込んできた。


スペンサー・パットン。

エドウィン・エスコバー。

そして、三嶋一輝。


勝ちパターンのリリーフ陣の活躍をその目で見届けた。


闘志漲る力強いピッチングは、明治の先輩の木塚敦志コーチの姿をも彷彿とさせる。


「これからは敗戦処理だけでなく、勝ちパターンでホールドをかせいで、そしてセーブを記録できる投手になりたいです」


力強い決意に、横浜の明るい未来が見えてくる。


「一人ひとりに魂を込めて投げていくことを、いつも三嶋さんと話しています」


背番号13は、栄光の階段の第一歩を踏み出した。


たたかうぞ

闘志みなぎらせて

勝利の海

行くぞベイスターズ


横浜DeNAベイスターズ。

背番号13。

伊勢大夢。


Always rising after a fall

失敗を次の成功につなげチームに貢献したい。


心をひとつに。

BECAUSE WE ARE FAMILY.



2020年10月7日(水)
東京ドーム
ベイスターズ 6-3 ジャイアンツ
勝 平田真吾 1勝0敗
S  三嶋一輝 1勝1敗12S
負 田口麗斗 5勝5敗

夜明けの来ない夜はない。
冬は必ず春となる。

プロ7年目。
130試合目の登板。
2年ぶり2回目の先発マウンドは、5回85球。
首位を快走するジャイアンツ打線から奪ったアウト15のうち、三振は7。

ブルペンを支え続けてきた縁の下の力持ちに、初めて「勝利投手」の称号が与えられた。

1989年8月29日生まれ。

大洋ホエールズ発祥の地・山口県下関市出身の31歳。

「お金のことで親に迷惑をかけたくはなかった」

山口県立豊北高等学校から北九州市立大学へ進学。

苦労人は大学4年生のシーズンで力を発揮し、野球を続けられることになった。

そしてHonda熊本から、2013年ドラフト2位で入団。

2014年4月2日。
横浜スタジアム。
ジャイアンツ戦。

背番号34は、本拠地のマウンドにデビュー。

リードしていた8回に登板したが、1アウトしか取れずにノックアウト。

ジャイアンツ打線には、ホセ・ロペスもいた。

「いいボールを投げている。きっとチームの中心選手になりますよ」

球団OBの松原誠は、この頃ブレイクしていた梶谷隆幸とともに期待を寄せていた。

だが、なかなか結果は出なかった。

どんな場面でも投げてきた。
だが、打ち込まれたシーンばかりが記憶に残る。

プロとは厳しい世界だ。

昨シーズン終了後、大貫晋一らと共にオーストラリアン・ベースボールリーグへ派遣を志願。

2018年オフには、今永昇太、国吉佑樹らが派遣され、帰国後復活していた。

家族を残し、年末年始もなく野球に取り組んだ。

3ヵ月遅れでスタートした2020年シーズン。

開幕一軍を勝ち取って見せた。
ヒゲを蓄えて精悍さを摩した右腕は甦った。

誰もが経験したことのない、見えない敵とも闘わなければならないペナントレース。

勝ちゲーム。
敗戦処理。
同点の緊迫した場面で。

彼はマウンドに向かい続けた。

そして、今シーズン初。
2年ぶり2回目の先発のマウンドに向かった。

奇しくも舞台は同じ東京ドーム。

あの日も5回を無失点に抑えてはいた。
チームは勝利したが、打線が火を噴いたのは彼が降板した後だった。

初回のピンチも最少失点で切り抜けた。

その後もソロホームランだけで凌ぎきった。

彼の降板直後の6回表。

ベンチの誰もが知っていた。
右腕に、プロ初勝利の可能性があることを。

1点ビハインドの展開に、打線は大いに奮起した。

相手の守備の乱れをつき同点。
ホセ・ロペス、ネフタリ・ソトの連続ホームラン。

鮮やかすぎる逆転劇だった。

伊勢大夢。
砂田毅樹。
エドウィン・エスコバー。
石田健大。
三嶋一輝。

ブルペンの同志たちが、このリードを守り抜いた。

「長いイニングを投げられると思っていませんでした。次も先発ですか? 無理ですね」

右腕はウイニングボールを握りしめながら、笑顔で応えた。

「頼りない31歳ですが、まだまだ頑張りたい」

今シーズン95試合目の勝利は、熱き星たちにとって格別の喜びとなった。

こんな喜びがあるから、ファンを続けていくことが出来るのだ。

今日も闘いは続く。
横浜の熱き物語が綴られていく。

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
行くぞベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号34。
平田真吾。

LIVE FOR THE DAY
今日という日に後悔をしないように。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.


2020年9月30日(水)
横浜スタジアム
ベイスターズ 3-5 スワローズ
勝 石川雅規 1勝5敗
S  石山泰稚 3勝2敗14S
負 上茶谷大河 2勝2敗

5点リードされた6回裏。
2死2塁のチャンスで、彼は打席に向かった。

内角の変化球をとらえた打球はレフトの頭上を越えるタイムリーツーベース。

大拍手に包まれるスタジアム。
背番号3は、小さく拳を握ってその歓声の応えた。

その瞬間、月間42安打の球団新記録が樹立された。

1990年8月のジム・パチョレック。
そして1996年5月の佐伯貴弘が記録した月間41安打の球団記録を、四半世紀ぶりに塗り替える偉業を成し遂げた。

「偉大な先輩たちを超えることができて、感無量です」

この日のハマスタには、解説のためその佐伯の姿もあった。

2006年入団のプロ14年目。
当時は、高校生と大学・社会人のドラフトが分離されていた時代。

彼には2人の同期入団選手がいた。

高校生ドラフト1位は、北篤。
石川県の小松工業高校から入団。
将来のエースと期待された。

怪我に泣き、2年目のオフに内野手に変更。
湘南シーレックス(当時のベイスターズのファームチーム)のレギュラーに成長していく。

2012年オフに土屋健二とのトレードで北海道日本ハムファイターズへ移籍。
2015年シーズン中にジャイアンツに移籍。

2017年オフに戦力外通告を受け、引退。
現在は、ジャイアンツの球団職員として「ジャイアンツ・アカデミー」のコーチに就任。
子供たちの指導に当たっている。

同じく4位は、高森勇気。
岐阜県の中京高校から入団。
将来の中軸候補として期待され、頭角を現していく。

2009年オフに、潮目が変わる。

筒香嘉智。

横浜高校からドラフト1位で入団したスーパールーキーを、球団はファームでじっくり育成すると発表。

「スイングスピード、打球。全てが規格外だった。勝てるわけがないと勝手に諦めてしまった」

かつて彼が先輩からレギュラーを奪ったように。
今度は筒香がその座をあっさりと奪っていった。

腐りかけた高森の前に、一人の大先輩が現れる。

佐伯貴弘。

1998年日本一メンバーにして、四番打者も経験。
この頃は若返りを図るチーム方針から、ファームで過ごす時間が増えていた。

毎朝6:00に球場に現れ、練習開始。
後輩の道具もすすんで片付けていた。

その姿に、高森は今一度決意し直す。

その佐伯は、2010年シーズンオフに戦力外通告を受けチームを去る。

「2010年は、佐伯貴弘にとって最高の年になりました」

大先輩は笑顔で横須賀を去っていった。

2012年、登録名を「勇旗」に変えて心機一転シーズンに臨んだ。

「明日、事務所に来てくれ。スーツでだ」

少年時代から白球を追いかけ続けた男への勧告は、10分程度で終わる。

スーツでグラウンドに挨拶に訪れる意味を知らぬものはいない。

背番号63を付けていた同期の彼と、泣きながら、泥だらけになりながら、抱擁を交わす。

チームメイトもそれを涙で見守った。

「僕が一番先に戦力外になると思ってました。こんなに長くプロで活躍できるとは思っていなかった」

仲間の果たせなかった夢が、背番号3には託されていく。

「チームのためにいいプレイがしたいと、いつも思っています」

君の背中には多くの夢が託されている。

横浜の現在がある。

ベイスターズの未来を創る使命がある。

背番号3は、今日もスタジアムを駆け抜ける。

新たな歴史に
その名を刻め
梶谷隆幸
蒼い韋駄天

横浜DeNAベイスターズ。
背番号3。
梶谷隆幸。

I CAN DO IT.
不安があっても「俺はできる」と言い聞かせてプレイに臨む。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.

【参考】
俺たちの「戦力外通告」
高森勇旗 著

https://www.amazon.co.jp/dp/4863101945/ref=cm_sw_r_cp_apa_fab_LfuDFbV5450EM




2020年9月29日(火)
横浜スタジアム
ベイスターズ 8-4 スワローズ
勝 坂本裕哉 3勝0敗
負 小川泰弘 9勝4敗

「正直記録のことは知らなかったですけど、尊敬する佐伯さんの記録に並べたことは嬉しいです」

この日のヒーローも背番号3。
9月だけで3回目となる1試合4安打。

1990年8月のジム・パチョレック、そして1996年5月の佐伯貴弘が記録した月間41安打の球団記録に並んだ。

真夏のハマスタでノーヒットノーランを喰らったスワローズ小川泰弘をノックアウト。

鮮やかな逆転勝ちの立役者となった。

彼は2007年から2010年に佐伯が退団するまでの時を共に闘った。

マシンガン打線の一角として活躍した偉大な先輩。

最終年には殆どの時間をファームで過ごした佐伯は、若手を育成する方針から出場機会は限られていた。

それでも、どんなときでも、毎朝6:00には球場入り。
誰よりも早く練習をしていた。

そんな偉大な先輩の背中を見て、彼はプロのあるべき姿を学んだ。
 
「一度レギュラーから外れた選手が、もう一度そのポジションを勝ち取るにはもの凄いエネルギーがいるものなんです」

解説席での佐伯の言葉は、自身の経験をもとにした後輩たちへの熱い思いに満ちあふれている。

そしてこの日、尊敬する先輩に一つ追いつくことが出来た。

「佐伯さんのことは人としても尊敬しています。必死にやるということが若い自分にもヒシヒシと伝わってきた」

そして今月7度目の猛打賞は、2007年8月の金城龍彦の記録にも並んだ。

第1回WBCの優勝メンバーでもあり、新人王、首位打者を獲得した「ミスター・ベイスターズ」。

「1月から根気よく取り組んできたことが、結果に繋がっています」

熱い闘志を内に秘めて戦う姿勢は、偉大な外野手の先輩の姿にも重なる。

思えば金城も彼も、内野手から外野手へコンバートされチームを代表する選手になっていった。

リードオフマンとしてチームを牽引する背番号3は、最後の最後まで諦めない執念を感じさせる。

チームのスローガンは「継承と革新」。

横浜の財産を受け継ぎ、新たな歴史にその名を刻む男。

背番号3の闘いは続く。

最後の最後まで、全力で走り抜こう!

新たな歴史に
その名を刻め
梶谷隆幸
蒼い韋駄天

横浜DeNAベイスターズ。
背番号3。
梶谷隆幸。

I CAN DO IT.
不安があっても「俺はできる」と言い聞かせてプレイに臨む。

心をひとつに。
BECAUSE WE ARE FAMILY.