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あれから15年。
というわけではないけど、子どもたちには一度ちゃんと見せたいと思いつつ、近いから逆にあまり行く機会がなかった荒浜、震災遺構へ。


SNSで物凄い勢いで拡散されている某高校の暴行事件。
まぁ、こういう類いの暴行事件って明るみにならなかっただけで僕らが子供の時代からあったものではありますけどね。
タイマンだ!とか、学校間でのバチバチとか…僕らの時代はヤンキーという表現をしていたものですが…。
ちょっと道から外れる事に憧れたりとかさ。
かっこよく見せたかったりとか。
校則なんてクソ食らえって風潮とかもあったので、今のそれとは違うのも承知ですし、なんかそういう悪ぶってる奴らって、何気に見えないところで愛校心が極端に強かったり、守るためとか…礼儀がしっかりしていたりとか。だからこそカッコ良さがあったのも覚えています。
ここ数日であっという間に拡散されたあれ…。
見たくなくてもオススメにツイート出てくるので、目についてしまうんだけどさ。
まぁ、これは暴行事件と言っても良いし、集団で1人を痛めつけることなので、集団リンチという部類でしょう。前提として、無力、無抵抗な人間に手を挙げる事は決して許されないこと。ただ、その前後に何があっての、それなのかな?というのは、ここまで大騒ぎになった以上は必ず周知されるべきとも思います。
何よりも悲しいことは、その中でも誰一人、止めに入るとか、先生を頼る、あるいは今や、携帯、スマホを持つ学生も多い中で、こういう緊急時の通報とかそういう目的も含めての携帯所持で、決してこれを撮影して拡散する事が目的ではありません。
ましてや学校内でこういう事があるのは、暴行云々の前に学校と他生徒への『迷惑行為』であり、そこは教育者が手立てをして刑事介入、弁護士との仲介などすることでしっかりとした事実確認を行い、損害賠償は求めるべきと思います。
教育者といえ、その罰則やペナルティを考えるまてま担う必要はない。記録を残してしっかりとつなぐべきところへつなぐ。
この場合は教育委員会とかではなく、まずは刑事、民事で考えるのと、教育側は再発防止策というよりも、これはもう、必ずあるものと考え、これがあったときに円滑に通報しました、というところをどんどん評価するという意識を高めるべき。じゃなきゃ学校というよりも教育者が潰れます。
ちなみにですが。
皆さんに質問。
①いじめをした、あるいは加担した事がある
②いじめられた経験がある
③いじめをとめた、仲裁したことがある
どうでしょう?
ちなみに僕は全部経験があります。
まだ、イジメという概念すらよく分かってなかったころ。キモいとか、近寄るなとか、そういいながら逆に近づいて行って、殴る…というのも見た。
まぁ、典型的な、仲裁…というものではないけど、その対象者と自分が仲良くなって、よく遊ぶようになったら、自分がばい菌のように言われるようになった、という、よくありがちなものだった。
それまでは何もない平穏な日々が、ある日突然、誰も声を自分に掛けなくなった。
またある日突然、自分のノートや教科書に見覚えのない、品のない落書きが出現した。
登校したら自分の机がなくなっていた。
自分の後ろから、クスクス笑う声が増えた。
イライラして、なんなんだ??と言った。
クソ生意気なやつと蹴りが飛んできて、そこからよく覚えてない。
それが暫く続いた。
結局、集団というのは連鎖するもの。
中心にいる奴はわかっていた。
先生へ行っても信じてもらえなかった。
これがなくなるまでは地獄でした。
今さ。
ネットで、イジメはダメだ、こいつを社会的に抹消しろとか、過激な投稿と合わせて動画があちこちで見られるんだけどさ…。
これ拡散してる人たち…
本当に今まで一度たりともイジメをしたとか、経験ないの?って。
こんなやつ、世の中に一人もいないと思う。
見て見ぬふりしていることだって同罪だよ…って思うのよ。
この辛さは、多分目の当たりにしたことない人はわからないよね。
イジメの中心にいたやつよりも、そいつになびいた奴に対する憎しみは未だに消えない。
ちなみに自分の場合は、中心にいた奴が1人になった時を狙って、捕まえるという強行に出た訳ですが。
まぁ、自分がされたことと同じ事を味あわせてやろうと思ったところで、先生がようやく仲裁…となった訳ですが。
聞けばそいつはそいつで、自分がその的にならないように必死だった訳ですよ。
大体小学生の高学年頃からかな。段々個性が強くなる生徒が出てきて、力の差というのも出てくる。
家庭環境の違いに気づくのもこの頃から。
中学になると、不良グループみたいなのはどこの学校でも必ずあって…
自分は二度とこんな思いはしたくないから、孤立を選んで同じように孤立しがちな友達を選ぶようになっていたけど。
力のある奴に取り繕うというのも自己防衛の本能ではあるのでしょう。
つまり…
大事なのは、背景に何がある?というところ。
ここをハッキリさせない限り、同じことは永遠に続きます。
ダメ…なんて誰もがわかっていること。
けど、分かっていても自分で主張するもの、守りたいもの、それを誰かが理解しない限り、何も変わらないと僕は思います。
そして、「手を出さない勇気は強いこと」と被害者を慰める言葉も散見していますが。
そんな慰めは要らない。
頼るべき場所を探すことが大事。
そして、加害者をそのまま放任してはいけない。
けど、だからといって社会的に抹殺してはいけない。
守るということを知って、正しく力を使うことをしっかりと教えるべき。
それが出来るのは
法律→指導→教育→社会
だと思います。
大晦日まで普通にお仕事して、新年はマルっと休もうと思っていたんだけどね…
なかなかそうは上手くいかないもので…。
年明け早々からバタバタとしておりましたが、無事に新年は迎えられました。ありがとうございます。
紅白は見ないつもりだった上に娘が、SnowManの配信ライブを見るというのでテレビを占領。
終わって、さぁ、何を見ようか?と思ったら…
紅白以外のテレビ…
何だこれは…。
と、結局戻るところは紅白だったわけですが、これがなかなか…
10年前までは一切聞く気もしなかったAKB48が今こうやって聞けば、普通に聞けるじゃないか…とか。
かと思えばシニア層の奮闘とか。
家族で見るには世代を超えて…というのもまぁ、悪くはないよね。
結局、ゆく年くる年まで見終えたところで寒くてベッドに潜り込み…
用意していたワインは手を付けず、本日を迎え、気がつけば明後日からは世の中も通常稼働と…。
何だかね。まぁ仕方ないことなんだけどさ…。
理不尽だな…って思っちゃうよね。この見返りって、何かしらの形で自分にちゃんと返ってきてくれるのかな…。
結局そんなものだから、どこへ行くでもなく、近所の初売りやら、少しだけ車に乗って某蛇の神社へ向かったものの…

自分のリミッターって、解除するのは凄く勇気が必要なことなんだけどさ。
解除してしまうと、今度はそれをもう一度セットするのに勇気が必要なのね。
そして、そのリミットって実は自分で考えているよりもキャパは思いのほか狭くて…
心が壊れてからでは遅い…という、非常にむずかしいものです。
上手く行かなかった時のトラウマがまだまだ根深いようで…
悔しさ。
憤り。
悲しみ。
そして不信感。
様々な感情が交錯する。
こんな時は、別なことを考えようとするほど無限の負のループにハマっていく。
だからこそ、輝いていた自分にしがみついて、その時の自分とのギャップにまたもがく。
そんな事を考えていた事すらお構いなしに、また、ごく当たり前に日が昇って、日が暮れていくんだろうね。
この当たり前が、いつか、当たり前ではなかったと、思えるかな。
明日になれば、この夜も悪くなかった…って思えるように、冷蔵庫にストックしてたコイツを引っ張り出した。

人生はそう長くはない。
そして、生きることは愛おしいこと。
ただ息を吸って、ただ息を吐いて…
当たり前の感情を当たり前に感じられること。
感受性…
それが時には邪魔で仕方ない。
僕は多分ワガママだ。
そんな12月2日。
あぁ…
非常に悔しい終幕でした。
J2第38節
ベガルタ仙台vsいわきFC
まぁ、今シーズンの象徴とも言うべき試合でした。
誰一人手を抜いてる訳でもない。
調子が悪いわけでもない。
ジャッジが偏っている訳でもない。
チームとしては、堂々たる風格ある戦い方。
負ける要素はほとんど見当たらない。
けど、勝てない。
今日のゲーム云々よりも、前節の秋田戦に勝てなかった、それが全て。
運も実力のうちってはよく言うけど…
やっぱり、昨年同様圧倒的なストライカーの不在ってのはチームとしても厳しいよね。
そこに期待した宮崎と荒木。
まぁ、荒木は中盤の方が適正な気はするし、宮崎も覚醒し始める時期がちょっと遅かった。
それにしても、バランスというのは難しいものです。
無理してでも行くところ。
安牌を引くところ。
この力を信じるところ。
こういう部分が噛み合うときに結果が出るのは通常なんだけど…
結果を出せる選手が少ないというか…
1人で戦況を変える選手がいないのはやっぱり致命的だった。
まぁ、何を言っても仕方ないし、こうやって悔しい想いをしていること自体が、森山監督率いる今季のベガルタ仙台だから。
これ、このチームじゃなかったら、多分ここまで期待しなかったし、ダ・ゾーンだって入らなかったと思う。
そのくらい、今年の生活の活力はベガルタ仙台でした。
楽しかったよ、ありがとう。
そして、来季も森山さん、こと、ゴリさん率いる強いベガルタ仙台を期待してます。
郷家キャプテン…
これからも黄金戦士でいて欲しいけと…
飛躍するなら年齢的にも、今なのもわかる。
自分の信じる道を進んで欲しい。
その先が来年も仙台だったとしたら、全力で後押しします。
楽しかった。










