一気に、”The 日本の文化!” くらいにまで成った、
恵方巻。
いつも思うけど、アレはほんと凄いよね。
あんな短期間で、”もう当たり前でしょ”くらいの位置まで持っていけるなんて。
スーパーが本気を出して広告を投下すれば、
その国の”文化”すら誤認させるくらいのパワーになるって事だもんね。
ジャスコ凄いわ~。ファミマも凄い。
「丸かぶり」なんて、だ~れもやってなかったぜ10年くらい前は。
その翌年くらいに、一気に「聞こえだして」、
その翌年には「あぁ、あれね、例の恵方巻ね」くらいに染められ、
その次の年には「節分と言えば恵方巻でしょ?」くらいになり、
その翌年には、「太古から日本国民はみんなやってたっしょ?」ってなってる・・・。
歴史って意外と簡単に作れるんじゃね?
って思うよね。
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恵方巻はジャスコが仕掛けたけど、
豆まきにはちゃんとした歴史があるよね!
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って人もさ。
竹田恒泰さんが言うには、
豆まくのも意味ないんだってよ。
スーパーで買った豆をまいても意味がない。
まくなら神社で分けてもらった「豆」か、
どうしてもスーパーで買いたいなら、
桃の缶詰をまきましょう(笑)。
なぜ桃の缶詰か?
それは古事記の話しになる。
黄泉の国へイザナミの神に会いに行くと、
悪霊たち(黄泉の軍団)が追いかけて来た。
そこで「桃」を投げつけると、退散した。
桃には霊力がある。
ただ、いつでも「桃を投げる」訳には行かないので、
神社で神前に「豆」を上げて祝詞を読む。
「この豆に、桃の霊力を授けて下さい」と。
だから、神社で分けてもらった豆には、
桃の霊力が入っているし、
スーパーので買うなら「豆」より「桃の缶詰」になるのである。
詳しくは⇒こちらで竹田さんの動画
まぁ、「桃の缶詰」はさすがにまけないけど、
桃に霊力が宿るというのは微生物の話しだろうなと思う。
↓これは、去年の天河神社の大際の写真。
実際に「鬼の子孫」と言われている柿坂宮司さんの手前に、
桃が三つ。
カメラマンのPhotoPhiveさんに、
「あの桃が大事だから、写真撮っといて」
ってお願いして↓
大祭の後、柿坂宮司さんの家に入らせて頂いた時、
「祭りで使ったあの桃、下げるなら是非ください」って直接お願いしたら、
もう川に流したって事でもらえなかったけど。
植物には、「その植物ならでは」の微生物がいっぱい付着してる訳で、
「桃の霊力」と呼ばれているのは、桃に宿る微生物の振動と、
その振動周期の「整数倍」になって拡がる波(波及)にヒントがある。
もちろん、桃だけじゃなくて、
色んな植物には、それにしか出せない効力があって、
(効力って言うと不思議なパワーに聞こえるけど、味も、手触りも、効能も、作用も)
結局はその植物を構成している微生物のカタチ(振動数)が、
相似形で大きく波及した時にどうなるか?
っていう仕組みがあるだけ。
「小さいモノ」が組み合わさってるのが「大きなモノ」で、
組み合うためにはお互いに一致する部品(最小公倍数の「波」の幅)が必要。
似たモノ同士しか組み合えない。
小さい振動が、そのカタチのまま大きく成る。
なんで急に難しい話しになったのか自分でも分からないけど、
めちゃ簡単に言うと、
「霊力が宿る」と言うと怪しく聞こえるけど、
ちゃんとした仕組みが働いているんだよと。
とにかくジャスコによると今年の恵方は東北東なんだってさ。
東北の人は「えっへん!」っていうポーズで、
日本中からあがめられたらいいと思う。
(「えっへん」は過去の豆まき記事参照)
https://ameblo.jp/mitsulow/entry-11983002934.html
https://ameblo.jp/mitsulow/entry-11982992370.html
https://ameblo.jp/mitsulow/entry-11457812588.html
https://ameblo.jp/mitsulow/entry-11493994280.html
https://ameblo.jp/mitsulow/entry-12327501386.html