「ありがとうございました!」
自動ドアが開き、二人組のお客様が出て行くと、店内には一時の静寂が訪れた。
「今年はいろいろあったなぁ」
ガラス越しに遠ざかるお客様の背中をぼんやり見つめながら梅田半休がポツリと呟いた。
大晦日というのに、いつもの日常と何も変わらない時間が、ゆっくりと過ぎていく。
あと1時間で来年だというのに、去年の今頃はこたつに潜り込んで紅白を見ていたっけ。
そんなとりとめのないことを考えていた。
「店長、お正月はどっか行くんですか?」
不意にカウンターの後ろから、誰かが声をかけてきた。
我に返って振り向くと、そこにはバイトリーダーの二条たけしが立っていた。
「ああ、二条さんか・・・
うーん、特には予定はないなぁ。お正月の特売もあるし、ゆっくり休んじゃいられないよ」
「ですよね。私もやることないから、お正月中ずうっとシフト入れちゃいましたよ」
「ま、稼ぐに追いつく貧乏なしって言うからね。
今や、正月におせちを食べない人も多いっていうし、頑張って稼ぎましょう!」
「ええ、そうします」
そういうやりとりの後、また沈黙が店内を支配した。
年の瀬に中年の男2人が佇むコンビニの店内は、
侘しくもあり、懐かしくもあり、昭和の匂いがした。
ここは、練馬区は光が丘パークタウンの一角にあるコンビニ『ホーソン光が丘サンチョ目店』
梅田半休がオーナー兼店長をしている24時間営業のお店である。
場所は光が丘公園脇の住宅街の一角にあり、夜ともなれば仕事帰りのOLやサラリーマン、
出勤前のバツイチのキャバクラ女、塾帰りにたむろする中学生などでいつもは込み合うものだが、
大晦日の今夜は静かなものであった。
梅田半休がここにコンビニ店をオープンして早三か月が経つ。
梅田は半年前、内閣官房特命捜査官として防衛省情報本部の松浦に協力して、
ロシアの地殻爆弾破壊に一役買った。
しかし、六条ひとまと藤田関白に扮したヒモツグ・ドロナワコフを取り逃したことで、帰国後、
上長の上末内閣情報官に詰られる羽目になった。
危機を回避させたにも関わらず評価が低いことに失望し、
やるせない気持ちを募らせた梅田は、上末に辞表を叩きつけ、潔く退官した。
さて、辞めるのはいいとして、次は何をしよう?
あれこれ考え抜いた末に、身寄りのない二条たけしの就職も考慮して、
退職金を元手にコンビニを開業することにした。
二条は二条で、なんでもあちらの次元では「中小企業診断士」という聞きなれない資格を
持っていたそうだが、こちらの世界では勿論そのような資格もなく、
慣れないこの世界で出来る仕事といえば、コンビニのバイトぐらいであった。
二条は梅田の配慮に心から感謝し、コンビニで一生懸命働いた。
そう、『ホーソン光が丘サンチョ目店』は、そんな中年男たちが再出発を期する、
愛の巣であったのだ。オエッ
その時だ。
突然、自動ドアが開いて数人の男女が雪崩れ込んできた。
「お、やってる、やってる」
サルバドーレ小林が半年ぶりの再会にも関わらず、
昨日も立ち寄った風情でレジカウンターに寄りかかってきた。
「へー 結構広いじゃん」
港野ヨーコが腰に手を当てたまま店内を見渡しながらうそぶいた。
「ほんまやな~」
セニョリータ多田が夜だというのにオレンジ色に反射するオークリーのサングラス越しに
店内を物色している。
「なかなかイイ店じゃない!」
マダム・サイババ・ミエコが、トイレの芳香剤をいじりながら、その奥の入浴剤に目をやった。
「いやいやいや、梅田さんもお元気そうで」
藤田関白がニヤニヤしながら馴れ馴れしく梅田に握手を求めてきた。
その後から、ダンディ松浦、SK‐Ⅱ・伊東、六条大麦君も続いて入ってきた。
勿論、マンゴーファイターこと私ミッションもはせ参じた。
「天井から金ダライとか落ちてきませんよね?」
そう言いながら、一番最後に茶屋団子が恐る恐る店内に入ってきた。
「おおっ 皆お揃いでどうしたの?」
梅田の顔から笑顔がこぼれた。
「どうしたもこうしたも、さえない2人組がコンビニ始めたって噂で聞いたから、
わざわざ新潟から来たわよ」
そう港野ヨーコが言うと、それを合図に全員が声を合わせて、
「おめでとう!」
と叫び、手に持っていたクラッカーを鳴らし、祝福の紙吹雪が舞う。
梅田が顔をくしゃくしゃにしながら「みんなありがとう!」と声を震わせる。
それを見た港野ヨーコが、
「バカね。何泣いてるのよ。2012年をみんなでお祝いしただけよ!」
慌てて梅田が後ろの壁の時計を見上げると、時刻は深夜0時を5分ほど回っていた。
「あ、ほんとだ・・・あけおめ・・・だね」
梅田が涙を手で拭いながらニッコリと笑う。
後ろから二条氏も、
「あけましておめでとうございます!」
と声をかけてきた。そして続けて、
「今年の目標は、元の世界に戻ること!早く本物のお母ちゃんに会いたいよ~」
と叫んだ。
それを聞いた六条大麦君が一言、
「じゃあ、うちに居候したら?
親父が行方不明になって以来、二段ベッドの下が空いていますから」
それを聞いたサルバドーレ小林が目を丸くして、
「え~ 六条ひとまさん、二段ベッドに寝ていたの? ありえね~」
と言うと、みんながドッと沸いた。
二条氏だけが、真顔で複雑な表情をしているのをワシは見逃さなかった。
ワシは苦笑しながらふと、ガラス越しに店外を見た。
「あれ?」
今たしか、六条ひとまと藤田関白に扮したヒモツグ・ドロナワコフが居たような・・・
目の錯覚か? それとも新たな事件の幕開けか?
急に背筋がゾッとする。
窓越しに寒月が浮かび、2012年の新風が吹きぬけて行った。
<完>