工場の見学を終え、我々は2階のミーティングルームに通された。
社長は柔やかな表情で会社のあらましをあらかた説明すると、
質問はありますかと聞いてきた。
待ってました!
いよいよ我が業界を救う機密情報が明らかになる。
早速、質問が飛んだ。
「我が日本では、長期不況の影響もあり、
この20年で印刷物の出荷額の3割強が失われました。
世界的に見ても、
電子情報端末の普及、世界同時不況、エコの推進という時代の流れの中で、
紙への印刷物は、製品ライフサイクルにおいて完全に衰退期に入ったと
思われますが、御社にその打開策はありますか?」
社長は少し苦笑しながら、静かに語りだした。
「そうですね。我がドイツでもその傾向は顕著です。
この数年でドイツ国内の印刷物の総出荷額は激減していますし、
将来的にもこの潮流は続くでしょう。
しかし、しかしですよ!
最後に印刷物がゼロになるかというと、それはない。
我が社の戦略は、最後の1社になろうとも、淘汰の果てに生き残ることです。
そのためには顧客のニーズを徹底的に聞く。
我が社では、お客様ととことん話し合います。
そして我が社にできることを丁寧に説明します。
我が社は、印刷品質については絶対の自信がありますが、
それでも顧客には夫々好みがありますから、
印刷時にはできるだけお客様に立会いをしていただきます。
そして納得していただいてから本格的に印刷をします。
品質的に顧客の要望に100%応えて、指名買いしていただく。
これが我が社の方針です。
その結果、お客様が新規のお客様を紹介してくれるようになり、
新規顧客は着実に増えています。
ですから我が社は、新規営業活動をあまりしません。」
ライプチヒ大学で印刷を学んだ英才は、
最後まで自社の印刷技術と共に生き抜く決意であった。
強みを生かす経営という視点でいえば、
印刷技術に絶対の自信を持つ企業の選択肢としては確かに正しいと思う。
逆風で荒れる大海に漕ぎ出し、嵐を抜けると、
そこはオンリーワンの楽園であった。
美しい話であるが、その過程で多くの船が難破するだろう。
すべての船が生き残る話ではない。
はたして、これが理事長が欲する印刷業界全体を救う秘策となりえるのか?
<つづく>