ロスト・キング 500年越しの運命 | akaneの鑑賞記録

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「クィーン」の名匠スティーブン・フリアーズが「シェイプ・オブ・ウォーター」のサリー・ホーキンスを主演に迎え、500年にわたり行方不明だった英国王リチャード3世の遺骨発見の立役者となった女性の実話をもとに撮りあげたヒューマンドラマ。

フィリッパ・ラングレーは職場で上司から理不尽な評価を受けるが、別居中の夫から生活費のため仕事を続けるように言われてしまう。そんなある日、息子の付き添いでシェイクスピア劇「リチャード三世」を鑑賞した彼女は、悪名高きリチャード3世も実際は自分と同じように不当に扱われてきたのではないかと疑問を抱き、歴史研究にのめり込むように。1485年に死亡したリチャード3世の遺骨は近くの川に投げ込まれたと長らく考えられてきたが、フィリッパは彼の汚名をそそぐべく遺骨探しを開始する。

 

 

 

 

 


イギリス・エディンバラに住んでいる主婦・フィリッパ・ラングレー(サリー・ホーキンス)は、会社員として働きながら、やんちゃ盛りの二人の息子を育てています。

別居中の夫・ジョン(スティーヴ・クーガン)とは、今でも共に子育てを分担していますが、「子どもたちの生活費のためにも仕事を続けるように」と念を押されています。


さらに、筋痛性脳脊髄炎を患っているフィリッパは、病気を理由に上司から理不尽な評価をされ、昇進できませんでした。


仕事は頑張っていて、評価されているはずなのにプロジェクトメンバーには選ばれなかった。
持病を持っているから?
もう若くはないから?

 

 


職場でも家庭でも自分の居場所がなく、鬱屈した気持ちで日々を過ごしていたフィリッパは、ある日、息子の付き添いで『リチャード三世』の舞台を観劇することに。

 

 

 

その時、リチャード三世を演じる俳優(ハリー・ロイド)の姿を見ながら、彼女の中に疑問が湧きおこったのです。


 

 


「リチャード三世は、本当に、シェイクスピアが描いているような悪しき王だったのか?」

「醜い外見で、心まで歪んだ恐怖の王だったのか?」

 



この日をきっかけに、フィリッパはリチャード三世の研究、お墓を探すことにのめり込んでいきます。

 

 

 

フィリッパ自身の閉塞感や境遇が、シェイクスピアの影響で500年以上も悪者認定されているリチャード三世に何か惹かれるものを感じたのでしょう。

 

 


持病を抱えていても、やりがいのある仕事にチャレンジしたい。
能力があっても正当に評価してもらえない境遇を打ち破りたい。
母親として息子たちを見守るだけでなく、自分の人生を生きたい。

 

 

 



リチャード三世を演じる俳優(ハリー・ロイド)の存在が、観客とフィリッパを繋げる良い働きをしています。

 

 

そうでないと、ただ単にフィリッパが激しい思い込みで1人よがりで動いているように感じてしまうから。

 

 

 

そして世間一般的な暴君のイメージでなく、少し寂しさを湛えた柔らかい風情なのも良いですね。

最初は遠巻きに見つめているだけなので、ずっと喋らないのかと思ってたのに、フィリッパが問いかけたら答えたので「しゃべれるんかい!」って、フィリッパと同時に突っ込んじゃいました。

最後に現実世界で普通の人として再登場するとこもお洒落。
 

 

 


主演のサリー・ホーキンスさんは好きな女優さんです。
シェイプ・オブ・ウォーター」や「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」など、ちょっと影があったり、病に悩まされているような役がハマりますが、今回はとてもパワフルです。
いわゆる究極の「推し活」ですよね。
やっぱり「推し」がいる人生ってのは強く、輝いているんだと納得(笑)



ダンナさん役のスチーブ・クーガンさんは、脚本や製作にも携わっています。

 


このご主人の設定も良いですよね。

夫婦は別居していて、月に何回かは子供たちに会う決まりなのかな。
でも「婚活中で若い女性に逢うから」とか、特に悪びれもせずに話したりする関係が、なんかいいな~と思って。
日本だとそんなドライな感じにならないですよね。

 


最初は半信半疑なんだけど、最終的にはフィリッパの行動をちゃんと理解してサポートしてくれるんです。
フィリッパは会社も辞めていて「出張に行く」と嘘までついて墓探しにのめり込んでいるのに。
良い旦那さん。
で、復縁しないところも良い。

 

 

 

 

 


当初はプロジェクトに懐疑的で非協力的だったレスター大学の関係者らが、遺骨が見つかった途端に大学主導の偉業のようにふるまい、フィリッパの功績を横取りするのは、嫌な気分になりますが…現実には良くあることかもしれません。

 

 

 

ただ、ここまで悪者扱いされたら大学側の面目丸潰れだし、実際に上映に当たっては訴訟寸前まで行ったらしいけれど、レスター大学側も少々後ろめたいと感じているところがあるのでしょうか。
エンドクレジットでは、フィリッパも後に、大英帝国勲章を授賞したと紹介されていて、少し報われて気分になりました。


 



15世紀のイングランド国王、リチャード三世(在位1483~1485年)。

 

 

 

英国王室の歴代の王の中でも名前が知られているという点で考えると、彼はかなり上位にランクされます。
王座を手に入れるため、邪魔になりそうな兄弟や肉親を残虐な方法で次々に殺害し、甥っ子の王子たちにも躊躇なく手をかけた冷酷非情な王。
リチャード三世に対する一般的なイメージは、このようなものです。




リチャード三世は薔薇戦争の最後の戦いであるボズワースの戦いで、後にチューダー朝最初の王となるヘンリー7世と戦い、32歳の若さで戦死しています。

 

 

 

 

15世紀に在位わずか2年2ヶ月弱で戦死してしまった国王が、ここまで有名になったのはひとえにシェークスピアの戯曲によるもの。

このあたりの英国王室の争いは非常に難解なのですが、1485年リチャード三世が戦死してから、約80年後の1564年にウィリアム・シェ-クスピアが生まれています。

リチャード三世のヨーク朝から、対立していたテューダー朝の時代に変わっており、テューダー朝の権力者は当然、ヨーク朝のことを批判的に扱いました。
そうした時代背景のもと、シェークスピアはリチャード三世を悪役として書き上げたと言えるでしょう。

 

 

 

 




本作のモデルとなった実際のフィリッパ・ラングレーさんは、

 

 

 

1998年にある本を買ったことが、リチャード三世に興味を持つきっかけとなったと語っています。

現代的な情報源を用いて書かれた書物などには、たった2年少しの王位でありながら、他の王と比べてもかなり色々と改革をおこなったと書かれており、シェイクスピアの描いた人物と真逆だったので、好奇心が湧いたそうです。
リチャード三世は勇敢で忠誠心にあふれ、敬虔で正義感の強い人だったという記述も見つかりました。




ボズワースで落命したリチャード三世の遺体は、20キロほど東にあったレスターの街のグレイフライアーズ修道院(教会)に運ばれ埋葬されたという記録が残っていました。
この教会は後の国王ヘンリー八世の宗教改革により解体され、1530年代にヘンリー8世が修道院を閉鎖し、教会を解体した際に、遺骨は墓から持ち出されて近くの川に投げ込まれたのだろうと考えられていましたが、長年の研究の末、レスターの社会福祉事務所の職員駐車場の場所が、かなりの有力候補となっていました。



フィリッパさんは彼の名誉回復を目指し、8年に及ぶリチャード三世の遺骨発掘プロジェクトを先導。
2012年、ついに500年もの間、行方不明になっていた遺骨を発掘し、英国王室の歴史を覆しました。

2012年9月、リチャード三世の遺骨発掘現場の写真です。



 

 

 


フィリッパさんは、その後、ヘンリー1世(在位1100~1135年)の遺骨も捜索を開始し、2016年には同じくレスターの駐車場の地下から見つかったようです。
王様の遺骨が、普段使われている駐車場の、たった深さ約1.5メートルから見つかるという奇跡!

 


400年500年も経ってから遺骨が見つかるのも凄いですが、国王だったのにそこまで放置されてお墓も残っていないというのも、なかなか血なまぐさい歴史を物語っていますね。


ドキュメンタリーだけでは堅苦しくなりがちなストーリーを、少しファンタジックに描くことによって共感をもたらし、なおかつ歴史の勉強もできる、センスの良い映画でした。