しあわせの絵の具  愛を描く人 モード・ルイス | akaneの鑑賞記録

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美しい風景や動物たちを描いた素朴な作風で知られるカナダの画家モード・ルイスの伝記ドラマ。絵と自由を愛したモードの人生を、彼女を支え続けた夫との関係を軸に描き出す。
カナダ東部の田舎町で叔母と暮らし、絵を描くことが生きがいのモード(サリー・ホーキンス)は、魚の行商をしているエベレット(イーサン・ホーク)の家で住み込みの家政婦として働き始める。幼少期にリウマチを患い身内に冷たくされてきたモードと、養護施設で育ったエベレットは互いを認め合い、やがて夫婦になる。ある日、モードの絵の才能を見いだす女性が現われ……。


素晴らしい映画でした!泣いたわ~。

サリー・ホーキンスの演技が凄いのはもちろんのこと、エベレットを演じたイーサン・ホークが絶品でした。
孤児院でゴミのように育てられ、魚の行商、廃品回収など働きづめで貧しい粗野な男が、モードとの生活によって変化していく様が本当に自然で…。
出会った頃の頑なな心、気持ちが変化していく戸惑い、素直に愛や喜びを伝えられるようになったときの優しさ。
インタビュー映像なんか見ると、現代の俳優さんなんですけどね。
この二人はもう演技してると思えなかったです。

リウマチを患って不自由なモードは、両親が亡くなった後、叔母の家に引き取られていますが、いつも邪魔者扱い。
慕っている兄は借金まみれで、親の残した家も売り払ってしまいます。
行き場のないモードが、なんとか自活できる道を探しているとき、近所の店で家政婦を募集しているエベレットを見かけ、雇ってもらうべく、貼り紙を持って出かけて行きます。
体が不自由ということもあり、一旦は断られるのですが、試用期間ということで住み込みを始めます。
何も指示をもらえず、何をして良いかわからず、探り探り家事を始めるモード。
何度も怒鳴られ、出て行けと言われても、叔母の家に帰りたくない彼女は、必死にくらいついて耐えるのです。
町の人には「モードはエベレットの”慰み者(Love slave)”になった」と蔑まれます。
エベレットも、人に優しく接してもらったことなどありませんから、どう対応したらいいのかわからないんですよね。
乱暴に冷たく育てられたら、自分もそのようにしか人と接することができないです。
ずっと年上のおばさんならともかく、まずまず自分と同年代の女性など、どう扱ったらいいかもっとかわからなかったでしょう。
言葉より先に手が出てしまう、学がなくて説明できないのがもどかしくて怒鳴ってしまう。
「俺がボスだ!」って何度も言うんです。
「この家で一番偉いのは俺様、次は犬、ニワトリ、お前はその次!」
「俺のものに触るな」などなど。
恐らく自分の気持ちに大きな変化が訪れて、自分のアイデンティティを保ちきれなくなってきたのかな。
そんなエベレットでしたが、徐々に彼女との生活にも馴染んできます。
モードが寂しさや辛さを紛らわすために壁に描いた絵にも理解を示すようになります。
「これは鳥か?妖精か?」なんて会話もできるように。
ある日、NYからバカンスに訪れた一人の女性が、「頼んだ魚が届かない」とクレームに来ました。
些細な会話のなか、壁の絵を見つけたサンドラ(カリ・マチェット)は、一瞬で彼女の絵の才能を見抜きます。
「あ~この女優さん、絶対とこかで見たことある!」ってずっと気になってましたが、海外ドラマ「コバート・アフェア」に出ていました!

行商でのミスをなくすため、メモ(納品書みたいなもの)を渡すようにしましょう、とモードは提案。
自分が絵を描いたカードをメモとして使うことにします。
魚を届けに行ったサンドラのところで「このカードを買うわ」と言われ、エベレットは「25セントで」と値段を付けたのでした。これは彼女の週給と同額。
サンドラの家を出た後、モードは「絵が売れたわ!」と本当に嬉しそうな顔をするんですね。
初めて彼女は自立したのです。自分の力で自分の才能で、お金を稼ぐことができたんです。
どれだけ嬉しかったことでしょう。どれだけ自信になったことでしょう。
その機会をパートナーのエベレットが作ってくれたんです。
少しずつ画家としての仕事が増えていき、今度はエベレットが家事をするように。(立場逆転!)
絵を描いている横でいきなり掃除を始めて

「まだ絵の具が乾いてないの。埃が立つから、外でやってね」

と閉め出されちゃったり。

 

「ハエが入ってくるから網戸が欲しい」

「ダメ!絶対網戸なんか付けない」

→すぐに網戸付けてくれる。
みたいなツンデレ具合が可愛いです。

 

最初はエベレットの後を、不自由な足で必死について歩いていたのに、

彼の押す荷車に乗せてもらえるようになったり、

ちゃんと結婚式もするんですよね。

 

でもTVに出たりして、どんどん人が訪ねてきたり自分の立場や居場所がなくなってしまったことで、エベレットは怒ってしまい、モードは家出してサンドラの元に身を寄せたりもするのですが、離れてみてお互いなくてはならない存在だと気づき、また二人は仲良く暮らし始めます。
モードがずっと心に引っかかっていたある事柄に関しても、エベレットが解決してくれたりして。
そんな二人のささやかな生活ですが、リウマチが悪化して、モードは亡くなってしまいます。
一人家に帰ってきたエベレットがまさに抜け殻状態。
もうそのあとどうやって生きて行ったのか心配でなりませんでした。


エンドロールで実際の二人の映像が流れます。
モードは本当に笑顔一杯の可愛い可愛いおばあちゃん。
おとぎ話のような夢のおうちに住んでいる愛情溢れる素敵なご夫婦でした。

二人は亡くなるまで、電気もガスもない、コンロ兼用の薪ストーブだけの生活、4メートル四方の小さな小さな家で、本当に慎ましくささやかな暮らしをしましたが、とても満ち足りた人生だったのだとしみじみ思いました。
日々の生活、どうしても不満ばかりが先に立ちます。
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を思い出しました。

セットでの撮影はせず、実際に同寸の小さな家を建て、全編そこでのロケ。
その狭さが、とてもリアルで、ほとんど引きの画はなく、見切れてしまうことも多いのですが、まるで二人のすぐそばで見守っているような気持になってきます。
四季の移り変わり、空の色、自然光がとても美しいです。
極力音楽が少ないのも良いですね。
風の音、鳥のさえずり、絵筆の擦れる音、息遣い、そういった全ての音が、研ぎ澄まされた耳に届きます。
昨年観た「花戦さ」でも自然の音がふんだんに聴こえてきて、とても癒されたのを思い出しました。
アクション映画も面白いですけど、ちょっと音に関してはうるさすぎますからね。
あとは時代感。
家庭内の道具や着ている衣服なんかも本当にリアルなんです。
「衣装」って言えないです。

そのくたびれ具合、古ぼけたデザイン、サイズの合っていない感じ、センスのかけらもなく生活するためにだけ身にまとっているんですが、とても馴染んでいて全く違和感がないんです。

ちょっと気になったのは、モードのキャラクターが、シェイプオブウォーターのイライザととても似ていることですね。
公開時期が重なってしまったのは偶然かもしれませんが。
描かれている年代も似たような時代。
障害を持ちながらも、決して卑屈になることはなく、自分の意志で、自分の行動で道を切り開いていく女性であること。
外見や地位に囚われず、本質的に素晴らしいパートナーと巡り合い、元々は粗野な相手を変え(本来の姿に戻し?)愛に満ちた人生を得ること。

モードとエベレットの場合は、長い年月をかけて全く異なる二人が歩み寄って築き上げた絆。
人を愛するということは、異なるアイデンティティを認め、受け入れることですからね。
最初は分かり合えないこと、ぶつかること、一杯あったと思います。
心から信頼できる人と歩む人生は本当に輝いていますね。

二人が亡くなった後、この家は町の有志の人達が維持管理していましたが、1984年にノバスコシア美術館に移築され、壁の絵が道具なども修復し、展示されています。
https://www.artgalleryofnovascotia.ca/maud-lewis/
いつか見に行けたらいいな。

(2018.3.25)